この本は、加藤周一が信濃毎日新聞に連載したものをまとめたものである。「高原好日」という言葉にひかれて読んだ。この本が出版されたのは、2008年の11月3日であり、その1ヵ月後の12月5日加藤周一は89歳の生涯を終えた。
加藤周一は、旧制高校のときから、夏になると信濃追分の別荘で過ごし、その時合った人々の思い出を書き留めている。追分の旅宿「油屋」主人から始まり、堀辰夫・堀多恵子夫妻、中野重治、川島武宣夫妻、朝吹登水子(サガンの翻訳者)、水村美苗、武満徹、丸山真男、御木本隆三(ミキモト真珠)、樋口陽一まで、62名の実に多彩な人たちが出てきた。私たちサラリーマンには思いも付かない世界が広がっているのが面白い。今は雑踏と化してしまった、かつての軽井沢が如何に優雅だったかも伺われる。
前口上から引用すると
「『故郷は遠きにありて思うもの』であるとすれば、私の故郷は何処にあるのだろうか。東京で生まれ育った私は今もそこに住んでいる。しかし、思い出すべき町並みも、味も、匂いも、言葉さえも、もはやそこにはない。私が遠くに在って思い出したのは、メキシコ市外の溶岩台地で考えた浅間の火山灰地の踏み心地であり、内蒙古の草原に鳴く秋蝉が呼び覚ました追分の秋であり、フランス西南部の松林の中で友人と語り明かした夜に蘇ってきた信州の雑木林の小道である。・・私にとっての浅間高原は、生涯を通じてそこへたち帰ることをやめなかった地点であり、そこに『心を残す』ことなしにはたち去ることのなかった故郷でもあるのだろう。」
私にとっては「八ケ岳・清里高原」が加藤周一の言う「浅間高原」になるのであろうか。