新聞を読んでいて、記者が気の毒に思えるときがあります。制約があるからです。それは他でもない行数制限。
「これ30行で、急いでな」
「囲みで80行やるから、思いっきり書けよ」
というような会話が編集部で交わされているのだろうと想像するのですが、他の記事との兼ね合いもあるから仕方ないとしても、記事に詰め込まれる情報量は大きく制限されてしまいます。ニュースを配信する通信社などは特に厳格なのではないかと思います。
行数を削るというのは難しい作業だと思うのですが、記者はプロだけにそこら辺はサラリとこなしてしまうのでしょう。すごいなあと思うのです。
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このところ暴動の話ばかりで申し訳ありません。騒ぎが発生しそれが報じられる以上は拾っておきたいと思うのですが、似たような事件記事ばかりでキリがありませんから、そろそろ別の角度から眺めるようにしていきたいと考えているところです。
この「似たような」というのがミソでして、要するに都市でも農村でも、中国では似たようなことが全国各地で行われているのでしょう。暴動の話ばかりとはいっても、メディアに拾い上げられるニュースは実際にはごく一部ではないかと思います(以前より随分増えてはいますけど)。闇に葬られるという訳ではないのでしょうが、「都市」や「都市郊外型農村」での事件でもない限り、ネットでタレ込んでくれる人の視界外の出来事になってしまいますから。
なぜ中国では似たようなことが全国各地で行われているか、というのを考えることで、打ち続く騒乱についても別の視点を持つことができるのだろうと思います。……思いますけど、今回はそれともまた別の角度から(そんな大したもんじゃありませんけど)暴動の話を取り上げておきます。
前々回のコメント欄で「@」さんから情報提供のあったニュースについてです。日本でも共同通信→「Sankei Web」の形で報じられています。まずはその記事から。
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●遺体掲げ村民1万人が抗議 妊婦死亡で中国・湖南省(2005/07/09/15:50)
http://www.sankei.co.jp/news/050709/kok061.htm
9日付香港紙、蘋果日報によると、中国湖南省衡山県の村で先月末、公安当局の強制捜査の際に、村に住む妊娠中の女性が殴られるなどして死亡。反発した1万人以上の村民が女性の遺体を掲げて交番前で抗議し、一部が車を横転させたり、交番のガラスを割るなど暴徒化した。
同紙によると、当局は女性の家族が持つ小売店の免許に不備があるとして先月29日に女性の自宅を捜査し、家族らを連行。女性はこの際、公安と称する男から暴行を受けて死亡したという。
当局が11万元(約150万円)の賠償金を女性の家族に支払った後に騒ぎは収まったという。(共同)
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……というもので、私などが云々するのもおこがましいのですが、限られた行数のなか要点をきちんと押さえている点でしっかりした記事だと思います。
ただ、如何せん行数制限のためでしょうが、要点は確保しているものの、事件の陰影といいますか、機微のようなもの、村民の肉声が伝わってくるような内容にまでは仕立てられていません。重ねて申し上げますが、行数制限のせいに他なりません。
……という訳で、元ネタである『蘋果日報』(2005/07/09)をかいつまんで訳出してみます。ちなみに同紙のニュースソースは反体制系ラジオ局「RFA」(自由亜洲電台)と同紙記者による取材(たぶん村民などへの電話取材)となっています。
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●湖南省で1万人の騒乱――公安、室内に乱入して連行、妊婦を撲殺
南嶽衡山のふもとに位置する湖南省衡山県で6月29日夜、地元の公安(警官)が民家に乱入して住民を拘束・連行し、その際に居合わせた妊娠6カ月の女性を殴打し殺すという事件が発生した。地元民衆はこれに憤慨して警察署を襲撃、建物を占拠して内部を破壊したほか、警察車両を燃やすなどした。
事件の舞台となった同県東湖鎮の農民が語ったところによると、発端は約1カ月前、同地で石油販売業を営んでいた貴州人の陳さんに対し、地元都市管理部門がこれに難癖をつけたことに始まる。陳さんの営業免許証が期限に達していないのに、「免許に関する要件が揃っていない」という理由をひねり出し、陳さんに対し営業を停止して施設の一切を撤去するよう要求したのである。都市管理部門によるこの「野蛮な行為」に地元の民衆多数が反発し、都市管理部門の関係者を追い払ったことで事態は一応、一件落着となった。
ところが、公安や都市管理部門は追い払われたことで「面子を潰された」と考えたのである。衡山県公安局と東湖鎮派出所(警察署)の公安十数名が6月29日午後9時ごろ、突然陳さんの自宅に乱入。陳さんとその兄を殴打し連行したが、その際、これらヘルメットをかぶった公安を自称する屈強な男たちは、その場にいた妊娠6カ月になる陳さんの妻にも暴力を振るい、撲殺した。当時、公安は陳さんの妻が死亡したとは気付かず、陳さんとその兄の二人を警察署に連行して全身が痣だらけになるほどの暴行を加えた。
夜間に起きた事件であり、地元村民の多くはすでに床に就いていたものの、ある村民が陳さんの妻が死んでいるのを発見。その知らせは村中を走り、ほどなく激昂した村民たち多数が集まった。村民たちは当夜の午後10時ごろ、陳氏の妻の遺体を掲げて東湖鎮警察署前に屯集。翌日(6月30日)には警察署前に集まった民衆の数はどんどん増えて、「犯人を差し出せ」との声がシュプレヒコール同様に繰り返された。この状況をみて、警察署にいた公安は全て「逃走」し、出勤しようとする者はいなくなった。
訴えに対し何の反応もないことに怒った一部の民衆は、警察署のガラスを割り、署内に置かれていたテレビ、冷蔵庫などを破壊。ある住民によれば、「3階建ての警察署が、壁だけ残して中の物はみんなぶっ壊されたよ」という徹底ぶり。憤激してやまない民衆はさらに付近に駐車していたパトカー1台を炎上させ、他に2台を仰向けにひっくり返すなどした。
この事件については地元政府及び公安当局が厳重な報道統制を敷いたものの、集まる民衆の数は増える一方で、騒ぎも激しくなるばかり。このため湖南省公安庁の関係者が同日(6月30日)夜9時に現場へと足を運び、遺族に賠償金として11万元を支払い、これを受けて遺族は遺体を自宅に戻した。事件はこれによって片付いたかのようにみえるが、地元民衆は昨日(7月8日)、「これで終わった訳じゃない。(殺人の)真犯人をこちらに引き渡さなきゃだめだ!」とまくし立てている。
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「事件の陰影といいますか、機微のようなもの」、あるいはある種の生々しさ。……事件を活写しつつそうした要素も併せて織り込めるのが、行数制限から解放されているブログのいいところです。そして実は、そうした機微のようなものや生々しさの方が、事態を考える上で、また社会状況や中国社会に広がる空気をみる上で重要だったりします。
例えば石油販売の営業権について「難癖をつけた」のは、袖の下をせびりたかったからかも知れません。そうした都市管理部門の行為に「地元民衆の多数が反発」したのは、そういう行為が以前から常態化していて、村民の不満が蓄積されていたから、という可能性があります。また「貴州人」、つまり本来他所者である陳氏を村民たちが助けたのは、陳氏が湖南省の田舎にしっかりと根付いて(仲間と認められて)生活していることをうかがわせます。
それから陳氏の妻が殺害された(妊婦に暴力を振るうという公安側の神経にも驚かされますね)というニュースを聞いてすぐ結集し、警察署に押し掛ける村民の反応の速さや団結力にはみるべきものがあります。「遺体を掲げて」というのは凄まじいですが、これは昨年の四川・漢源農民暴動と同じやり方です。そういう抗議の型なり風習なりといったものがあるのでしょうか。
警察署前での抗議行動が暴動に発展してしまったのは、公安という「官」に対する民衆の不信感が積もりに積もっていたからでしょう。安徽省池州市の暴動でもそうでしたが、怒髪天を衝いて押し寄せる民衆の前には、警察が全く無力になってしまうことが改めて示されてもいます。
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そして、湖南省公安庁が出馬した、というのは事件の重大さを省当局が認識している証拠です。村民が押し寄せた警察署は東湖鎮のものです。行政のピラミッドでいえば、その上に県があり、そのまた上に市があります。要するに、
「省>>市>>県>>鎮」
……という流れになるのですが、県や市の公安局を飛び越えて、いきなり雲の上の省公安庁が出てくるというのは、よほどの非常事態なのです。
その省公安庁が「賠償金11万元」を支払ったことで事態はとりあえず落ち着いた訳ですが、この金額にしても、例えば炭坑労働者が事故死すれば最低20万元出るという「相場」からみれば低いように思えます。遺族はこれで本当に納得したのかどうかがよくわかりません。
あとは最後に出てくる、
「これで終わった訳じゃない。真犯人をこちらに引き渡さなきゃだめだ!」
という村民の声です。この言葉には法制も法治もなく、あるのは王朝時代以来の村落自治のみです。あるいはその気分(村のことは村で裁く)がいまなお横溢していることを十分感じさせるもので、示唆に富んでいるといいますか、そこを起点にまた色々考えを巡らせることができる実に豊潤なセリフです。
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だからどうした、と言われても困ってしまうのですが、この種の事件報道にあえてヲチめいたものを試みてみただけです。『蘋果日報』の原文に接した記者も、行数にゆとりがあればもっと色々と記事に織り込みたかったことでしょう。
まあ、御託はどうでもいいのです。個人的には、
「これで終わった訳じゃない。真犯人をこちらに引き渡さなきゃだめだ!」
……と、この一言にひかれてここまで書いてしまった次第です。
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いやー、この前の「打、打死一個也就三十多万」といい、近頃はしびれるセリフが多いですねぇ。
中国の歴史書では農民の出身で、後にそこそこになった人物だと立ち上げの際に大演説をしたことになってて、あり得ないことにそれが記録として後世に残っていたりしますから。
やはり捏造でも何でも、文が重要なんですねぇ。いやあ、これからも名台詞が出てくる事を期待しています!
お楽しみはこれからだ!
せっかくさずかった子供も政府の命令でおろさないといけないなんて、ほんとう生命を冒涜するものだと思います。だから、平気で妊婦に暴力をふるったりするんでしょうね。
村人にはがんばってほしいです。公安が殺したのはひとりじゃないんですから。二人なんですから。
この手の事件では、責任者を処罰(トカゲの尻尾切り)して一件落着させているようですが、
疑問1
民衆がトカゲの尻尾でいつまで満足していてくれるのか?
疑問2
無理な命令などで地方の責任者がトカゲの尻尾になるリスクを負わされているのか?
という疑問がわきます。
このあたりどうお考えでしょうか。
お忙しい中、日々色々なニュースが流れる昨今ですが、今年の夏は例年よりさらに暑くなりそうです。
「遺体を掲げて」についてですが、知人さんに昔聞いたことがあります。これは風習として昔からあるそうです。
訴える手段としては最後の最後らしいです。遺骸を棺にいれ埋葬しないと、死んだものは成仏できず呪うそうです。呪われたほうは相当たまらないそうです(役所の前に死体をわざと放置するというのもあるそうです)。
本来はきちんとお葬式をしてあげるのが故人への礼なのですが、恨みを抱いて死んだ場合は、故人の恨みを晴らすために遺族がこのような行動に出るようです。
この手の話しは地方で多いらしく、よく村へ無茶な徴税をかし、それに抗議した正しい村人が役人のやとったやくざに殺され、残った村人が彼の遺骸を役所に放り込む、その後役所を焼き討ちというのが多いそうです。
余談ですが、日本に徴税の勉強に来た中国の役人が、日本の徴税担当者と現場研修したさい、なぜガードマンがつかないのかと質問されたという話しがあります。彼らいわく、中国では徴税は命がけだそうです。
散漫になってしまいましたが、このような事態が増えるというのは大変危険なことというのが知人さんの考えで、どうせ生きていても救われないのなら命をかけて訴えるという手段へとどんどん変化しているのかもしれません。
一ついえることは、こういうニュースが一般そして海外に流布するという事態から、かなり地方は荒れまくっているのかもしれません。
情報通信の発達した現代では農民も知恵をつけてきたでしょうから、地方政府の横暴にもそうそうは屈しないでしょう。が、全国騒乱状態になっては困りますね。
補足ですけど、 「計画生育政策」に対して、農民達は「闇出産」で対抗しているみたいです。
当然、闇で生んだ子供(故郷を離れて出産する)だから「戸籍」が無い。
これらの「無戸籍」の「闇児」と言われていて党も把握していないが恐らく「一億はいる」との予測もあります。
問題なのは、男尊女卑が絶対の中国では「女」だと判った時点で中絶か生まれても直ぐに遺棄されてしまうことが平然と行われている事。
例の「胎児料理」の背景にはこんな農村の悲惨な背景があるわけですね。
本当に恐ろしい国です、中国は。
困りません。
待ち望んでいるのは正しくそれです。
元はといえば、妹が日本人(私)と結婚したんだから金があるはずと、嫁さんの実父が戸口簿と引き換えに金を要求したため、結婚登記できなかったのです。
公安にちくったのはその実父らしいのが悲しいところです。自分の娘がどうなるか理解してないのか。結果を見て初めて実家にはほんとに金がないことを気づいたんでしょうね。
妻の実家、祖父の代は上海商人、戦争時に財産持って農村へ疎開したものの、文革で全財産失い没落、柱に龍の彫刻があるところだけが昔の名残で、村で冠婚葬祭があれば集会所として家を提供するくらいが精一杯の、自給自足農家です。
末娘を日本人に嫁がせ、すわ、銘家復興かと村人にねたまれたでしょう。現実は支度金数万しか出してないので赤字なのに(ふがいないぞ>おれ)。
あのとき嫁さんが死んでたら、村人は立ち上がってくれたんだろうか。(^_^;
ということで、今も昔も変わらぬ国であることが、身近にあるという話題提供でした。
私の愛読書、水滸伝によると役人は上に行くほど罪を
簡単に逃れられ、罰が軽く、下級の役人は簡単に罪を
着せられ、罰が重かったそうです。
今も当時と変わらないという説が。^^;
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