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ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

バリアフリー温泉、熱い人気 ホテルも需要掘り出し

2017年01月03日 02時47分46秒 | 障害者の自立

 車いすでも、足腰が弱って介助が必要な高齢者でも楽しめる「バリアフリー温泉」が、全国各地で人気を集めている。観光庁や旅行会社も後押ししている。

 先駆けとされるのが、富士レークホテル(山梨県富士河口湖町)だ。バブル崩壊で宿泊も宴会も落ち込んでいた1999年、当時常務だった井出泰済(やすなり)社長が「新しいものに挑戦しなければ」と、ユニバーサルデザインの客室をつくった。

 5年ほど前には河口湖を望む「レークビュー貸切風呂」に、入浴介助用のリフトを付けた。利用者は同行者らの介助を受けて洗い場でリフトに乗り、湯船に移動できる。事前に予約すれば別料金で介助スタッフも呼べる。

 2011年の東日本大震災後、全国的な行楽自粛ムードで利用客が激減し、特色を打ち出そうとより一層バリアフリー化を進めた。現在、74室のうち23室がユニバーサルデザインで、障害者や高齢者のリピート率は約40%と高いという。

 高山グリーンホテル(岐阜県高山市)も01年、専用の車いすに乗ったまま大浴場に入れるサポート機器を導入した。森野有(たもつ)・営業企画係長は「健常者と同じように大きなお風呂に入ってほしかった」と振り返る。ユニバーサルデザインの客室も9室備え、今後も段差解消やスロープ設置などの改修を進める方針だ。

 ホテルニューアワジプラザ淡路島兵庫県南あわじ市)も同年、電動のサポート機器が付いた4、5人用の貸し切り風呂をつくった。現在はユニバーサルデザインの客室が13室あり、見た目の美しさや華やかさを損なわない減塩食や刻み食、ミキサー食も提供するなど要望に細かく応じている。前田憲司・副支配人は「3世代の家族旅行で選んでもらうためにはバリアフリー対応が重要」と話す。

 一方、観光庁は全国でバリアフリー観光の受け入れ拠点づくりを支援している。拠点は観光施設や行政、福祉サービス事業者などと連携し、利用者の希望に沿う施設を紹介。施設向けには改修の助言をしたり勉強会を開いたりしている。昨年度末時点で21都道府県に一つ以上の拠点があり、NPO法人などが運営している。

 旅行会社も力を入れる。JTBはホームページで「車椅子で泊まれる宿」を特集し、全国13施設を紹介。国内769店舗やグループ会社を含む約2万2千人の社員に「ユニバーサルツーリズムガイドブック」を配り、「耳や言葉の不自由なお客様には、窓口の順番がきたら、行ってお知らせする」などと細やかな対応手順を指導している。

 「バリアフリー温泉で家族旅行」(昭文社)の著作がある温泉エッセイストの山崎まゆみさん(46)は「各施設が試行錯誤しているが、何か一つ基準ができると取り組みやすいのではないか」と指摘する。著作では、施設改修が十分ではなくても、歩行練習など湯治に力を入れる施設も載せた。山崎さんは「大切なのは心。立派な設備がなくても対応できることを知ってほしい」と話す。

写真・図版 

入浴介助用のリフトが付いた富士レークホテルの貸し切り風呂。窓の外には河口湖が広がる

2017年1月1日   朝日新聞


ともに夢を追って あの感動、もう一度

2017年01月03日 02時43分19秒 | 障害者の自立

「原石」掘り起こし県注力 資金支援も課題多く

 2020年東京パラリンピックに向け、県は15年度から有力選手を資金面で支援するとともに、パラリンピアンの「原石」の掘り起こしに力を入れている。

  16年度は1500万円の予算を組み、県内チームや県出身者から特別強化指定48、基礎強化指定44の計92選手を選んで、県障がい者スポーツ協会を通じて所属団体に助成した。使い道は海外遠征や用具など幅広く、特別強化指定を受けているブラインドサッカーの佐々木康裕選手(41)は「シューズなどの消耗品やコンディションを整えるマッサージの費用に充ててきた。強化指定を受けて練習の相手や場所も確保しやすくなった」と話す。

 「原石」の発掘では、陸上や水泳、ボッチャなどの競技団体に依頼し、体験会を開いている。参加者から運動能力の高い選手を見つけてパラリンピックに送り出すのが狙いだ。

 障害者スポーツは、リオデジャネイロ・パラリンピックなどを機に関心が高まったが、練習場所の確保や交通費の捻出など課題も多い。多古町の知的障害者施設「ひかり学園」のチーム「ひかりAC」に所属する陸上の安西伸浩選手(20)は、町内に陸上競技場やトレーニング機器の整った施設がないため、週に数回約15キロ離れた成田高校グラウンドに通っている。ACの藤崎明代表は「交通費が莫大(ばくだい)にかかり、特別強化指定で受けている助成でも十分とは言えない」と打ち明ける。

 車いすラグビーやバスケットボールのチームがあり「車いすスポーツの聖地」を目指す千葉市は14年、国際大会などでも使われる「千葉ポートアリーナ」に、床が傷付くのを防ぐためのマットを約2000万円で常備した。選手がマットを借りる費用を負担していたためだ。幕張メッセは東京パラリンピックの車いすフェンシングやシッティングバレーなど4競技の会場に決まっている。市はリオ大会の期間中、一般向け体験会を開くなど障害者スポーツへの理解を深めてもらう活動にも取り組んでいる。

毎日新聞   2017年1月1日


辻沙絵 「感動をありがとう」で終わらせたくない 東京で表彰台の一番上に

2017年01月03日 02時26分36秒 | 障害者の自立

 リオデジャネイロ・パラリンピックの陸上女子400メートルで銅メダルを獲得した辻沙絵(22)=日体大。2020年東京パラリンピックまで3年。辻沙絵は何を思い新しい年を迎えたのか。

競技転向し1年半 シンデレラストーリー

 リオでの私の姿を見て、シンデレラストーリーと言われることがあります。健常者と競っていたハンドボールからパラリンピック競技に転向し、1年半ほどでメダルを獲得。世間の反応も分かるけど、過程も理解してほしかったと思っています。準備段階でつらかったこともたくさんあったんですよ。選手村ではベッドと壁の間に挟まって「行きたくない!」と、初めてレースが怖くなりました。

 帰国して3カ月以上がたちましたが、今は私よりも周囲がリオの余韻に浸っている感じ。大学でもいろいろな方々に声をかけてもらい、たくさんのイベントに参加しました。メダリストとしてやらなくてはいけないことが増えただけでなく、10月には母校で教育実習を行いました。練習を再開できなかった焦りもあったと思います。

 でも、リオでの緊張感はやっぱり脳裏に焼き付いています。会場は地響きのような歓声で、自分の心臓の音しか聞こえない。みんなが死にものぐるいでメダルを取りにいく状況で、どうやって冷静に走るか考えていました。400メートルで3位に入ったときは、後ろの選手との距離感が分からなくて、電光掲示板で自分の名前を確認して初めて実感しました。うれしかったのは一瞬です。金メダルだった中国選手とは2秒以上の差。頂点までの道のりはまだ遠いですね。

 障害者、健常者問わず世界で戦った経験を次の世代に伝えたい。教師になりたい夢は変わりませんが、指導法をもっと専門的に学びたいと思い、今春から大学院に進む予定です。大学で遠征などの支援を受けただけでなく、陸上に深い知識を持つ指導者に出会えたことも大きかったです。

 リオでは右肘から先がない卓球選手が五輪とパラリンピック両方に出場しました。私も二つの大会の差を縮めたいと思います。「パラだから簡単にメダルを取れたんでしょ?」って言われるのは結構悔しいので。走っているのは、最終的には自分が勝ちたいから。「感動をありがとう」では終わらせたくない。大好きだったハンドボールをやめてまで始めた陸上。東京では表彰台の一番上に立ちます。


つじ・さえ 北海道函館市出身。生まれつき右腕の肘から先がない。小学5年でハンドボールを始め、「留学」した茨城県立水海道二高では高校総体、国体に出場。日体大進学後は膝のケガに悩まされ、2015年春にパラリンピック陸上に転向し、同10月の世界選手権女子100メートルで6位。リオデジャネイロ・パラリンピックで同400メートルで銅メダルを獲得した。

 笑顔でピースサインをする辻
 
2017年1月2日   毎日新聞

五輪メダリスト「東京」へ情熱 新春座談会「スポーツの力」

2017年01月03日 02時13分45秒 | 障害者の自立

 2016年、リオデジャネイロで行われた五輪、パラリンピックの静岡県勢の活躍は、県民に大きな感動と勇気を与えてくれた。今後も2019年ラグビーワールドカップ(W杯)、20年東京五輪などが本県でも開催されるなど、スポーツによる地域振興は県の重要課題として注目されている。リオ五輪陸上銀メダリストの飯塚翔太選手(御前崎市出身)、体操男子団体で選手、監督として五輪金メダルに輝いた水鳥寿思さん(静岡市出身)、障害者スポーツの第一人者でリオ・パラリンピック陸上2種目でメダルを獲得した山本篤選手(掛川市出身)が「スポーツの力」をテーマに語り合った。(司会は大石剛静岡新聞社社長)

 ■リオの記憶
 司会 リオの熱気を、静岡県が元気になるためにどうつなげるかということを含めて聞いていきたいと思います。まずは飯塚選手、リレー銀メダルおめでとうございます。ご自身のレースを振り返ってください。
 飯塚選手 リオの競技場は5万人弱入るんですけど、そこは五輪ならではの雰囲気でした。顔面の皮膚が突っ張って裂けそうで、心臓の鼓動が何倍にも感じるような緊張感。リレー決勝は1走の「位置について」の時に5万人が静かになるんですよ。「ドン」の瞬間に「ウワァー」っとなって、1走が声援を運んで自分に向かってくる感じです。でも、バトンをもらったところから記憶がなくて、気付いたら渡していた。つないだとき上位にいたんですけど、後の走者を見守っているときは短距離の壁を破っているような気持ちで応援して叫んでいました。
 司会 山本篤選手と水鳥さんにも聞きたいと思います。山本選手はリオ・パラリンピックで2個のメダルを獲得しました。心に残ったこと、印象に残ったことはありますか。
 山本選手 (銀メダルの)走り幅跳びはやっぱり悔しい思いが強いですね。金を取るためにずっと練習してきて、昨年5月には世界記録も出しました。万全の状態だと思ったんですけど、8センチ差で負けてしまった。でも、(ライバルと)勝負ができたのは楽しかったし、こういう戦いがあるからこそ観客も楽しめるのだろうと感じました。リレーはうれしかったですね。2008年大会から出場して4位が続いていました。繰り上げだけど、頑張った成果を出せました。リオ五輪でも(飯塚選手の)リレーが銀メダルを取ったので、自分たちもいい流れで銅メダルが取れました。
 司会 水鳥さんは、監督として体操男子を団体総合で3大会ぶりの金メダルに導かれました。選手でも04年のアテネで団体総合の金を獲得していますが、違う重みがあったと思います。
 水鳥さん 選手の時は、自分の出番になったときに急に「ボーン」と緊張感が高まるような感じでした。監督で行った今回は試合中、ずっと高いレベルで緊張していたという状況でした。選手を信頼していたけど、やっぱり緊張するもんだなあと感じました。ただ、本当に強い選手と一緒に戦えてよかったなと思っています。
 司会 監督では選手一人一人について、いろいろなことをマネジメントすることは大変だったと思います。
 水鳥さん 私が日本協会から強化本部長に指名されたとき、「アテネの再現を」と任された部分がありました。ですが、アテネのときとは体操のルールも技も選手の性格も違う。同じやり方じゃなくてもいいんじゃないかと考え、「選手主体」を重視しました。主将の内村航平選手と合宿ごとに計画とか練習内容を確認し合いしながら、選手が思うような形で練習を組み立てられるようにすることを意識しました。

 ■人づくり
 司会 静岡県が力強く前に進むためにはやはり人だと思っています。人づくりもスポーツの大きな役割でしょう。反対側からのアプローチですが、トップ選手の2人にそのヒントがあるのではと思います。飯塚選手、山本選手はこれまでの経験で、何を学び、どう成長できたと思いますか。
 飯塚選手 山あり谷ありの陸上生活ですが、一番力になったのは周りの人ですね。挫折した時は孤独な感じになり、自分のためにだけ頑張るのは難しかった。期待して復活を待ってくれる人がいるから頑張れた。自己記録を更新するのもうれしいけど、自分の走りで誰かが喜んでくれることが一番うれしい。そこに喜びを感じられるようになったことは大きいです。これからも実力を付けるのは当然のことですが、競技以外にもいろいろやって、子どもたちになりたいと思われる選手になりたいです。僕が小さい時に憧れた選手は、強さと格好良さを兼ね備えていました。昔で言ったら戦隊ヒーローみたいでした。困っている時に助けてくれて、落ち込んでいる時は元気をくれる。だから、応援してくれる子どもたちには心から接しますし、目を見て「頑張れ」と言います。憧れてくれたら幸せです。
 山本選手 私自身、足を切断してから陸上を始めましたが、ここまで成長できた。実力もそうですけど、人間としてもです。最初はなぜこうなったんだろうとか、義足で不安なことがありました。競技を続けてきたことで心も大きく変わりました。足が1本くらいなくても走れるし、みんなと楽しむこともできる。命があれば、そのぐらい問題ないなというふうに思えるようになりました。そういう意味でスポーツというものは人間を成長させるものかなって思いました。

 ■地域活性化
 司会 静岡は野球、サッカー、陸上などスポーツが盛んだと思います。東京五輪やパラリンピック、2019年にエコパスタジアムでも開催されるラグビーW杯などが追い風になって、地域の活性化につながったらいいなと考えています。
 飯塚選手 例えば陸上短距離は、マラソンのような市民ランナーの競技会がないんです。競技会をつくってスポーツの人口や頻度を増やしたいですね。また、静岡は海も山もあって、暖かくて雪が降らない。合宿地には最高だと思います。施設が必要になりますし、指導する人も必要になります。活性化の可能性はスポーツに関心のある県しかできないと思いますが、静岡はかなりできるのでは。
 山本選手 新幹線も通っていて東京や名古屋からも近く、空港もあります。合宿誘致の意味で静岡は使いやすいと思います。後は施設と宿泊をうまくセットで売り出すことができるかということですね。分かれていると両方にアプローチしないといけないんですが、例えば体育館と宿泊施設が連動してパッケージにすればやりやすいと思います。毎年春に練習で沖縄に行きますが、宿泊施設の人に連絡すると、飛行機も競技場や室内練習場も手配してくれるので負担が少なくて済みます。後は情報発信。多くの人が利用するインターネットを活用できればいいと思います。
 水鳥さん 大会後に体操やスポーツに興味を持つ子が増えるとか普及の部分は当然望むところです。それ以外でも、バリアフリー化が進んだとか、島国の日本でもかなり国際的な感覚が身についてきたとか。スポーツに関わっていない人にも影響があることを実感できるようなレガシー(遺産)が残れば、スポーツの力で社会がいい方向に変わるのかなと思います。体操で言えば、今のところレガシーという意味の専用体育館が残ることがないのは非常に残念で、五輪を機に「ここが体操の聖地だ」というものが残ればいいなという思いもあります。先日、川勝平太知事にお会いして一緒に体操日本代表のエキシビションを見ていただいたんですけど、「スポーツと地域振興」に非常に関心を持たれている印象を受けました。静岡は人口の減少が厳しい地域だと認識しています。成熟した日本で、生きがいとかやりがいとか、あるいは地域とのつながりというコミュニティー形成の意味でも、スポーツが果たせる役割は大きいのではと改めて感じています。

 ■迎える態勢
 司会 水鳥さんは豊富な海外遠征で印象に残った場所や出来事が多くあると思います。大会運営や開催地のホスピタリティー(もてなし)も含めた経験でお話しいただけるとありがたいんですが。
 水鳥さん 最近印象に残った試合は、2015年のグラスゴー(英国)で行われた世界選手権です。これまでと違う迫力ある演出というか、プロスポーツのようなワクワク感がありました。これからは競技をやるだけではなく、見るものとしての変化もあるのかなと感じました。競技レベルや競技人口をいかに維持するかを考えるとき、強化だけにとらわれず広い視野で長期的に考えることも必要だなと思います。
 司会 東京五輪、パラリンピックに向けハード、ソフト面の準備が今後本格化します。自転車競技が行われる伊豆市もボランティアの育成が始まります。世界のアスリートが最高のパフォーマンスを発揮し、観客が快適に過ごすために、迎え入れる側はどのような点に配慮して準備すればいいでしょうか。
 山本選手 日本のおもてなしは、海外選手から見ればすごくいいものだと思う。何度も海外に行っていますが、日本が一番優れていると思います。そこに「理解する」ことがプラスされればいいですね。日本では健常者と障害者に分かれていますけど、海外では一緒なんです。年齢、性別…すべてが一緒。高齢者が大きな荷物を持って階段を上ろうとしているときに、若者が普通に「手伝いますよ」と上まで持っていく姿を見たりすると、こういうことかなって思います。日本にはシャイ(恥ずかしがり屋)の文化があるけど、一声掛ける勇気が出れば、最高のものになるのではないでしょうか。理解が進めば、障害者と健常者の分かれている部分がなくなっていくのかなと思います。
 司会 大会後も地域にレガシーをどう残すかという部分も考えなければいけませんね。
 飯塚選手 国内の陸上で一番有名な競技場は国立競技場です。国立で最初に走ったのは小学生の時でしたが、かなり力をもらいました。今回も東京五輪の会場で未来の子どもたちが触れ合う機会ができれば、将来のモチベーションになると思います。伊豆の自転車競技の会場も一般の人に使えるようにしたり、実際に静岡に来た選手の足跡を形として残しておいたりとか。サインや写真が置いてあるだけでも「あの選手この店に来たんだ」とか、勇気をもらえることがあると思います。

 ■2020に向けて
 司会 リオでは県勢も五輪でメダル4、パラリンピックが7と大活躍しました。メダリストの銀座パレードには沿道に80万人が詰めかけるなど注目度や今後の期待の大きさを実感されたと思います。3年後の東京大会に向け、意気込みや競技力向上の課題などを聞かせてください。
 山本選手 今回、パラリンピック選手が初めて五輪選手と一緒にパレードをしたんですが、最初は多くの人は五輪選手を見に来るんだろうなと思っていました。いざ行ってみると、パラリンピック選手が乗ったバスが通りかかったときに大きな声で呼ばれたり、名前を書いたうちわを振ったりとかしてもらいました。パラリンピックは今回初めて生中継で放送されたこともあって、反響はすごかったです。私自身もメダルを取ったときに多くのメールをいただいた。
 司会 8センチ差で走り幅跳びの金メダルを逃した山本選手。東京に向けてどうですか。
 山本選手 一応、目指そうかなとは思っています。ただ、年齢が今34歳で東京では38歳。記録はまだ伸びると思っていますし、今年は確実に世界記録を出したい気持ちがあります。ただ、3年後はどうなっているかは分かりません。でも、現役時代に自国開催があるのは、ほとんどの国の人がないことなので頑張りたい。目指せる状況だったら、金メダルを取りたい気持ちはすごくあります。
 司会 水鳥さん、体操はどうでしょうか。
 水鳥さん リオは5人中4人がロンドン大会の代表だった。団体で金をとることが、リオの最大で唯一の目標といっても過言ではないくらいの意気込みで臨みました。目標を達成したので、次は団体総合だけではなく、すべてで勝てるかということが非常に大事だと思っています。具体的にはやはり最後の個人種目別までしっかりとメダルを狙う意識づくりをしていきたい。
 司会 東京五輪に向け、チームの底上げが重要になりますね。
 水鳥さん 基本的には、リオの代表選手すべてが残ることはないと思っています。さらに、内村選手がリオで完璧な演技をしても接戦だったということも考えると、簡単には勝てないでしょう。一年一年、危機感を持ってやらなければと思っていますし、東京で活躍してその先も(強化を)継続していくような仕組みづくりを考えていかなければいけないと思っています。
 司会 飯塚選手、パレードの熱狂は東京五輪へのモチベーションが高まったのではないでしょうか。
 飯塚選手 日本に帰って来てパレードをやって、「リレーおめでとう」って看板持ってる人がいっぱいいました。銀メダルの反響がすごくて、陸上競技がこんなに注目されるなんて幸せだなと思いました。東京に向けて良いスタートが切れたと感じました。

和やかな雰囲気の中、「スポーツの力」をテーマに語り合う出席者

 

2017/1/2    @S[アットエス] by 静岡新聞

 

 


2020年への挑戦/1 埼玉から世界へ 夢実現、一歩ずつ

2017年01月03日 02時02分48秒 | 障害者の自立

 ◆パラリンピック

 水泳 小池さくら選手(15)

 昨年7月に横浜市で開かれた「ジャパンパラ水泳競技大会」に出場し、400メートル自由形など3種目で日本記録を更新した。同3月に出たリオデジャネイロ・パラリンピックの選考会で果たせなかった夢をかなえようと、2020年東京パラリンピックに向け、あくなき挑戦を続けている。

 生後11カ月の時、血の塊が脊髄(せきずい)を圧迫する脊髄硬膜外血腫を発症し、両足が動かなくなる後遺症が残った。水遊びが好きで、家族で海やプールに行ったが「泳げれば、もっと楽しいのに……」と、ずっともどかしさを感じていた。

 小学4年の時、障害者を受け入れる越谷市のスイミングスクールに通うようになった。最初は水に浮かぶことにも苦労したが、「自分はこれでは負けないという目標ができた」と振り返る。母久佐子さん(43)も「挑戦させてあげたい」と見守ってくれた。

 小学校卒業と同時にスクールも卒業し、中学にも水泳部がなかったため、練習の場がなくなった。そんな時、パラリンピック水泳日本代表の峰村史世ヘッドコーチに出会った。

 中学2年で東京都内で活動する峰村コーチのクラブチームに加入。15年の日本身体障がい者水泳連盟の記録会でリオデジャネイロ・パラリンピックの選考会に参加するための標準タイムを突破し、「夢が目標に変わった」。だが、選考会の本番では緊張から本来の泳ぎができず、リオに届かなかった。ショックで1カ月は気分が乗らなかった。

 それでも気持ちを切り替え、練習も新たに毎回目標タイムを設定するなどし、黙々と挑戦を続けた。その結果が、昨夏の記録ラッシュにつながった。

 現在、世界に最も近い種目は400メートル自由形。峰村コーチは「残された(身体)機能をいかに引き出せるかが鍵。柔軟性の向上や奇麗なストリームライン(流線型の姿勢)を作ることなどハードにやっていく必要があるが、日本でなく世界を意識して伸びてほしい」と期待する。

 今秋の世界選手権に向けた3月の選考会を控え、日々の練習に励む。「20年の東京パラリンピックを、成長した自分を出せる機会にしたい」。澄んだ瞳を輝かせた。


県、強化事業で後押し

 2020年東京五輪に向け、県は16年度から県ゆかりの若手選手を強化する「彩の国2020ドリームアスリート」事業に乗り出している。昨年8月までに25競技計60人(冬季3競技3人を含む)を強化指定しており、資金面や育成面などでバックアップしていく。16年のリオデジャネイロ五輪には県ゆかりの選手が59人(15競技)出場したが、20年は100人を目指している。

 事業では、指定選手1人について遠征や合宿、コーチやトレーナーにかかる費用を年最大40万円助成。所沢市の早稲田大スポーツ科学部でMRIなどを使った身体能力の測定や分析などができるほか、県体育協会に配置したフィジカルトレーナー、管理栄養士、メンタルトレーナーから指導を受けられる。

 一方、東京パラリンピックに向けても、県は15年度から若手を中心とした県ゆかりの選手の強化事業を始め、16年度は4競技計43人を指定した。

 指定選手には、海外遠征1回当たりで最大10万円を助成。競技団体ごとに年10回程度、強化練習会などを開催するほか、県総合リハビリテーションセンターで身体能力を数値化して練習に生かすプログラムなどを提供している。

大きなストロークで泳ぐ小池さくら選手
 
毎日新聞   2017年1月1日