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机の上

我、机の上に散らかった日々雑多な趣味(イラスト・劇画・CG・模型・HP・生活)の更新記録です。

粉炭ストーブの頃・おもしろブック

2018-05-22 03:08:00 | 本の読味
 小学二年生の冬だったろうか。記憶は判然としないのだが、そういう事にしよう

 当時、「おもしろブック」を読んでいた。その「おもしろブック」が「少年ブック」に本の名称を変えるという一文が書かれているのが印象深くて、今でも憶えている。子供心に別に「おもしろブック」のままでも良いではないかと思っていたからだ。
 
 内容ははっきりとは憶えてはいないが、これからの新しい時代に相応しい誌面づくりに応えるために改称するという主旨の事が書かれていたと思う。

 今はネットで情報も容易に収集できるので検索してみたら、発行期間は昭和二十四年から昭和三十四年の十二月とあった。冬であったことには間違いがなかったし、それ以降昭和三十五年の一月から「少年ブック」となっていったわけだ。

 どうしてこの時期「少年ブック」と改称したのだろう。気になるので調べてみた。
案の定、この年の三十四年の三月に「少年サンデー」「少年マガジン」の両誌がこぞって発刊されていた。
週刊誌時代の幕開けだ。

 「おもしろブック」も「少年ブック」と改題して対抗しようと当時の編集者は考えていたのだろうか。それからは昭和四十四年までつづき、月刊少年ジャンプに後を引き継ぐ形となった。
 
 当時、我が家は粉炭ストーブで、そのすぐ後に直径三十センチほどの真鍮製の湯沸し器を連結させていたものを使っていた。
外は勿論のこと家の中も寒く、ストーブのまわりだけが暖かく湯沸し器のお湯のゆげが心をなごませていた。

 そのストーブにべったりとへばりついて見る「おもしろブック」は冬の寒さを忘れさせてくれたものである。

 巻頭は色刷りの時代劇で作者も作品名も忘れてしまったが、その誌面全体から溢れ出る豊かさは何物にもかえがたいものであった。

 その後も改題された「少年ブック」を読んでいたのだろう。
関谷ひさしの「少年№1」はしっかりと憶えている。無免許の少年が自動車レースを通じて成長し、やがては音速までに到達するという話しはその後のスピード時代を象徴しているように感じられた。

 冬はマイナス30度にもなり猛吹雪にもなる、この地において・・・。
寒さをも、ものともせずに月に一冊発行される雑誌を買いにいったのである。

 帰ってきて、ひもどきページをめくる興奮に粉炭ストーブの思い出とあいまって・・・。

今も心に燃えている。