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机の上

我、机の上に散らかった日々雑多な趣味(イラスト・劇画・CG・模型・HP・生活)の更新記録です。

九九式艦上爆撃機

2009-06-01 22:24:00 | 楽描き
アメリカの自動車産業が沈没している。

二十世紀始めライト兄弟が有人飛行機を初めて飛ばした頃、産声をあげた自動車産業が、沈む巨大な要塞軍艦の様に見える。

国費を投じると新聞にあるがアメリカンドリームだとか自由競争だとか言っていた国とは思えない。

赤字覚悟で国営にでもするつもりなのか。

あんた等そういう思想の国とずっと冷戦を続けてきたのだろう。

三島由紀夫は大学生の頃に群馬県の中島製作所小泉工場に勤労動員に行ったと、その著書にある。
今その写真を別の雑誌で見ている。居並ぶ半完成品の零戦を若者達が組み立てている。

本田宗一郎も戦時中中島製作所の下請工場で働いていた。戦後、二輪から四輪へ、そして世界のHONDAへと突き進むのは周知の通りである。

1989年頃、ホンダのアコードはアメリカで売り上げランキングで一位になる。

それより先にホンダはF1に参戦する。葉巻型のボディの白地に真っ赤な日の丸はきっと本田宗一郎の意図に違いない。

遠い異国の港町で偶然出くわした日の丸の国旗を見て胸熱くなるとは三島の弁。

ずっと昔小さな地方都市で偶然通りかかったバイク屋にホンダのF1が無造作に表に置いてあった。狭い運転席は楕円にえぐられ、まるで零戦のコックピットの様だった。
1980年頃日本車の排斥運動がアメリカで強まる。対米輸出自主規制が始まる。

アメリカも鎖国をするんだ。

その後もホンダのF1は疾走する。

富と栄光の象徴であるキャデラックは今ゆっくりと沈む。

ピンクのキャデラックという歌の歌詞が思い出される。

「図体ばかりデカく。燃費が悪く。時代遅れ。それでもピンクのキャデラック。ピンクのキャデラック。」ブルース、スプリーングスティーンも歌っていた。

アメリカの飛行機が寄ってたかって戦艦大和を沈めた様に日本車がアメリカのGMを沈めたのだろうか?いいやそれは違う。

ただ零戦や九九式艦爆の技術力が戦後の物造りの礎になっているのは確かだ。