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monologue
夜明けに向けて
 

世襲  


 ポスはドッグショーのグレートピレネーズ犬部門で何回か優勝してグランドチャンピオンということになった。プロのブリーダーに頼んで子供を作ろうとしたのだが相手の雌のピレニアンマウンテンドッグとの種付けがうまくゆかず結局、子供はできなかった。残念ながらポスは子孫を遺すことができなかったのである。

 手乗りセキセイインコのオスにはセイタロウ、メスにはセイコと名付けていたのだがセキセイインコは子供が多くて一回の出産で十羽近く生まれた。それでも中には羽が生えないまま死んでしまうものもいた。そして元気に成鳥になった家族のその中で特に人に親しく狎れやすいものがセイタロウ、セイコの名前を継いだ。世襲というか、何代経っても手乗りインコの名前はセイタロウだった。なにか伝統芸能の世界と似ているような…。
fumio


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ポス  


ピレニアン・マウンテン・ドッグの子犬は大きいので父は初めはボスと名付けようとしたがそれでは当たり前すぎるのでひねって「ポス」にした。それで大きくなってドッグショーに出る時、地名を前につけて「久御山ポスボーイ」という名前で出場した。グレートピレネーズの部門ではいつも優勝したが全体では優勝できなかった。犬全体で優勝するにはそれなりのなにかが必要らしかった。ポスは父が帰宅してしばらくすると前足でガラス戸を開けて家に上がりこんできた。お座敷犬ではないのに父の横に座って夕食のおかずを相伴した。セキセイインコたちもご飯の茶碗にとまったりする。犬とインコは喧嘩することなく平和に一家の夕餉の団らんに顔をそろえた。
fumio

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わたしの父は滋賀の田舎で育ったせいか生き物好きだった。戦後、京都市内の長屋式の家に住んだ時、シェパードを飼った。ジョンやメリーと名付けられたシェパードは庭がないので走り回れずかわいそうだった。社会にも個人にもすこし余裕ができた頃、京都の郊外に家を建てた時、狭いながらも庭を作れたのでピレニアン・マウンテン・ドッグという犬種の真っ白な子犬を買ってきた。その犬はセントバーナード並の体格に成長した。近所の人が子供を連れて見に来たりしたものだった。父は文鳥やセキセイインコなどを買ってきた。慣らして手乗りにするのはわたしの役目だった。文鳥よりセキセイインコのほうが人に慣れやすく口まねもうまく面白かった。生まれた時から育てると家族同然になる。いつも呼ばれるセイタロウという自分の名前を覚えて、わたしたちの食事中に肩にとまってセイタロウ、セイタロウ、と耳元で言ってご飯粒をねだった。好きな時に籠に入り呼ぶと遊びに来た。自由に人間との生活を楽しんでいるようだった。
fumio


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今年3月15日、月曜の朝、裏に鶯(うぐいす)がやって来てきれいな声で鳴いていた。
テレビやラジオで聴く「ホーホケキョッ」というほれぼれするような美しい声だった。その姿は視認できなかったのでだれかがテープレコーダーで流しているのかと疑った。

 そして4月11日、日曜の朝、鷺(さぎ)が裏の家の屋根にとまっていた。近くの綾瀬川あたりに住んでいる鷺が羽根休めしているのかと思った。妻に写真を撮られるとしばらくしてどこかに飛び立って、午後にまたとまっていた。まるでわたしたちにその姿を見せつけるように。そして4月18日、日曜朝8時頃裏の家の屋根にまたやって来た。以来姿を見せない。なにが言いたかったのかと思う。なにの兆しなのか。鳥の姿を借りてだれがやってきたのか。これだけのヒントでわたしに解読させるつもりなのだろうか。
どうだわかるかと挑まれたようである。

 むづかしいけれどやってみよう。鵜と鷺であればウサギで宇佐の気であるニギハヤヒなのだろうが鶯(うぐいす)鷺(さぎ)ならウサギの音は入っているがすこし外れているようだ。「ウグイスサギ」つまり「うぐいスサギ」で須佐の気ということだろうか。結論としては素盞嗚尊さんがウグイスとサギの姿で様子を見に来たと解読しておこう。はたして合っているのだろうか。
fumio

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