『いつも、いつでも元気炸裂!』

どんな環境やどんな状況でも、どんな人とでも明るく元気な笑顔で交流するよう心がければ自他ともに更に元気な心が増幅します。

79歳の誕生日に・・・

2021-05-15 11:09:27 | 喜怒哀楽をポジティブに
今日は私の79歳の誕生日、一昨日の投稿記事のあと、ブログ友たちから
たくさんの「おめでとう!」のコメントをいただき、神戸在住の姉や
友人や子供からも嬉しいメッセージが次々と・・・。

やはり幾つになっても誕生日のお祝いのメッセージは嬉しいし、
誕生日で自分の存在を確かめることができるのはいいものだとつくづく思う。

一昨日の記事のとおり昨日は私達夫婦の誕生祝いの食事を
二人でささやかに・・・特別のごちそうはなくてもお互いに
無事に79歳になったこと、そしてさらなる意欲で取りあえず
目前の傘寿を目指し、米寿、卒寿、そして白寿、さらには
二人同時に百寿(紀寿)へと伸ばしていきたいと思う。
そしてその後は・・・
私一人になっても目標の125歳まで・・『やればできる!』を
ここでも実践したいと考えているのだ。

私が125歳になる頃の世界は・・そして日本は・・
便利すぎる社会や生活ばかりではなく、日本古来の良き習慣や
風習、風情、情緒なども残っているのだろうか?
この目で確かめるためにも125歳までは絶対に生きようと思う。

思えば・・・
この79年間、子供の頃に遊泳中、急激な潮の流れに自らを
制御できなくなり恐怖に陥ったこと、車を運転中に後方から
追突されたことが2回、そして工事現場の鉄パイプが突然頭部を
襲ったことや、トラックの上からの落下事件、など何度か
命の危険に繋がるようなこともあったが、自分自身一番
気になり、そしてその後安心できたのは9年前の70歳の
誕生日に行った腹腔鏡手術による『胆嚢全摘出手術』だった。

胆石によって起こる激しい痛みの治療や胆石症解決のために
私は「胆嚢を全部切除してしまう」という手段を選び、
敢て70歳の誕生日をその手術日に充てたのだ。

それは私の場合、大きな胆石が複数あり、また胆嚢内(底)に
細かな砂利状、砂状の胆石が無数にあったため、普通の
治療や一部の切除では再発を繰り返す事になるという診断から
全摘出を・・・となり、そして選んだのは開腹手術ではなく、
「腹腔鏡手術」を・・・

取り出した袋(胆嚢)の中の砂状の石を家族は見ているが
私は見ていない・・・
しかし、取り出した大きな結石(直径2.5cm位)は今も我が家で
保管しているが色も大きさも少しずつ変化しているようだ。

ちょうどその頃、群馬大学病院で行われた腹腔鏡を用いた
肝臓切除の手術で何人もの患者が相次いで死亡したという
報道があったので私にも家族にも不安と言うより多少の
心配はあったのだが、私は手術の結果、万が一命を落とすことに
なったとしてもそれが70歳の誕生日ならいいだろう・・と
思い、迷うことなくその日に決めたのである。

後に聞いた話だが医師達は私の話から『この手術は何があっても絶対に
成功させなければ・・』と思って取り組んだのだという。
手術は首尾良く終わり何の問題もなかった。
ただ胆嚢の役割や働きはできず、他の臓器との連係プレーなどには
多少問題があるのかもしれないが、日常生活にも全く問題がなく
健康な毎日を過ごすことができている。

入浴中に時々腹腔鏡手術で穴を開けた4カ所の傷跡を見ることが
あるが、どれも数ミリ程度で肌に表れるシミとの区別ができない
くらいになっている。

そんなことを色々思い出しながらの79歳の誕生日の後半に
また何かの思い出を作りたいがこの後は読書で静かな時間を
送ることにしよう。

コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする