『いつも、いつでも元気炸裂!』

どんな環境やどんな状況でも、どんな人とでも明るく元気な笑顔で交流するよう心がければ自他ともに更に元気な心が増幅します。

遂に大晦日・・・新しく迎える年はすべての人たちが希望を持てるような年になってほしいと願う。

2019-12-31 16:56:09 | 喜怒哀楽をポジティブに
今日は北陸方面は気温も低く雪をまじえた大荒れの天気のようだが
ここ大宮は朝から風もなく昼を過ぎても青空と暖かい陽射しに
恵まれていたが3時ごろからは風もかなり強くなり、今は木々も
大きく揺れている。

あと10日、あと1週間・・・などと言っていた今年も年の瀬は時間の経過が
早く、遂に大晦日となってしまった。

11月中に照明を含む高いところの掃除は終わっていたので12月に
入っても特に大掃除というほどのことはしなかったが、気にかけていた
障子と襖の張替えを昨日一日で終えたので今日はいつもより更にのんびり・・・。

妻は正月の料理に取り掛かっているようだ。
といっても以前に比べると種類も量もかなり少なくするらしい。
近くにいる息子夫婦や娘夫婦もそれぞれ仕事も個人的な予定もあり
今回は正月中に我が家へ来る予定がないからである。

それでも不意の訪問に備え、多少の準備をしておきたいと考えるのは
やはり昭和生まれのベテラン主婦だからなのだろうか。

今年を振り返ってみたいような気もするが、すべて新しい年への希望、
期待で新年を迎えたい。

我が家はすぐ近くに寺がないので除夜の鐘を直接聞くことはできないが
梵鐘がなり始める頃には宗教には無縁の私も心の中で煩悩を振り払い、
気持ちを新たに新年を迎えたいと思う。

「除夜の鐘」と言えば最近騒音や訴訟として扱われたり中止を余儀なく
されたり、昼間に変更などという問題が発生しているが、もう少し
ゆったりとおおらかに考えられないものだろうか。

除夜の鐘を騒音と感じ、迷惑であると主張する人たちにはそれぞれ
それなりの理由や考えがあるのだろうと思うとその声を無視する
訳にはいかないと思うが、除夜の鐘は爆音や、耳をつんざくような音や
不愉快な音ではないし、108回に要する時間もそれほど長くはないし、
多くの人たちの心の安らぎに繋がるものだという効果と共に一年に
一回の行事の意味や由来を尊ぶのは決して悪いことではないと思う。

風物詩でもある除夜の鐘が永久に存続することに私は賛成である。

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刻一刻と新しい年に近づいているが・・・

2019-12-28 07:22:02 | 喜怒哀楽をポジティブに
今日は12月28日、今日を含めてあと4日間で今年も終わり、
ごく自然に新しい年が始まる。
昨年、リタイアしてからは年末の慌ただしさや一種の緊張感、緊迫感、
そして安堵感のようなものを感じることはなくなり、いろんな意味での
落ち着きや自分の心の安寧を得ることはできたが一方ではちょっと
寂しいような気もする。

世の中では職種にもよるが今日から概ね9連休だという。
この季節の大型連休についての考え方や評価、過ごし方、楽しみ方など
は当然まちまちで、百人百様、千差万別の生活がそれぞれの生活に
何らかの影響を与えるだろう。

誰もが価値ある連休にしたいと思い、友人知人、家族などとの交流や
生活が夢や希望を膨らませ、英気、鋭気を養う大きな機会にしてほしい。

また昨夜あたりから既に帰省が始まっているようだがすべての人たちに
帰省ラッシュによる事故やトラブルがないようにと願う。
みんなでよい年を迎えるために・・・・
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またもや腐敗した政治家の悪事が露呈

2019-12-26 09:24:51 | 喜怒哀楽をポジティブに
カジノを含む総合型リゾート事業に参入を目指す中国企業から
賄賂を受け取っていたとして自民党の秋元議員が逮捕された。
また、屋久島町の荒木耕治町長も町の事業に参入を希望していた
業者から飲食や現金の提供を受けていたという同じような事件の
報道がされている。

屋久島の町長は航空券の払い戻しなどによる出張旅費横領の
疑惑もあり、この二人はいずれも事実無根などとしらを切り
罪から逃れようとしているようだ。

いずれも動かぬ証拠が幾つも出ているのに秋元議員は全く身に
覚えのないこと・・・などと嘯き、安倍政権に共通する厚顔無恥の
様相を呈しており、一方の荒木屋久島町長も『記憶を掘り起こして・・・』
などと何十年も前のことのようにとぼけた発言で国民を軽く見ている
態度は許されるものではない。

事実無根を言い張る秋元議員は自民党に離党届を提出し受理
されたようだ。
無実ならば議員として堂々と事実解明のために戦うべきだろう。
これは恐らく自民党がこれ以上支持率を下げたり国民の不信感を
募らせないよう今後は『自民党の秋元議員』ではなく『議員秋元』として
取り扱われるよう先手を打ったつもりの卑怯な手法を用いたのであろう。

政治家の中には自分の地位や立場を利用してこのように私利私欲に
奔走する者がいるのは本当に情けないことである。
国民のために力を発揮しなければならない立場の人間がなぜこのような
卑しい心で生きているのか?・・・

日本の美しい自然と日本人の心や人柄、勤勉さなどは世界でも高く
評価されていると言われている中でこのように人としての生き方や
恥を知らぬ、日本人らしからぬ人間がいることは嘆かわしい。

私たちはいろんな機会に臆することなく、人として正しいと思うことは
常に自信を持って発言していかなければならないとあらためて思う。

また罪を犯し、信頼を失った政治家たちは今こそ、謙虚に反省し、罪を悔い、
責任をとり、身の回りの小さなことにも『過ちては則ち改むるに憚ること勿れ』の
意味を噛みしめながら実践して人としての心を取り戻す努力が必要であろう。



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我が家の庭のタヌキを家の中へ・・・。

2019-12-25 09:06:02 | 喜怒哀楽をポジティブに
我が家には二匹のタヌキがいる。
古参の風格のあるタヌキと我が家へきて10年ぐらいのタヌキである。

庭のタヌキ?・・・といぶかしげに思われる方も多いかもしれないが・・・・
実は信楽焼のタヌキなのである。

少し大きい古参のタヌキは私が勤務していた会社に1990年入社の
若者が帰省した折に土産に買ってきたくれたもので、我が家へ来て
からもう30年ほどになり、小さい方は『ぶんぶく茶釜』で有名な茂林寺
(群馬県館林市)のタヌキとして作られたちょっとおどけ顔のタヌキである。

庭のタヌキを家の中へ・・・の意味は・・・
以前は季節の変わり目や庭の植物の成長などによって庭のあちこちへ
動かしていたのだが妻のちょっとした都合で場所を変えられることもあり、
今年の春からはずう~っとハナミズキの下に50センチほどの
間隔で緑の中から家の中を見るように並んでいた。

周りの木々の葉も落ち、花や草も枯れてしまったこの時季、庭へ出る
機会も少ないが一昨日、庭へ出た時にふと目を遣ると雨で跳ね上がった
土でタヌキの顏も体も泥だらけの様子だった。

なんとなく可哀そうな気がして、洗ってやろうと思い、持ち上げて下から
空洞の部分を覗くと中も泥で汚れただけではなく、ダンゴムシが何ヵ所にも
かたまってくっついていた。

散水栓のシャワーを利用し、強く噴射しても泥と虫がなかなか落ちず、
大きなバケツに水を張り、漂白剤で洗浄と虫退治のため、一晩つけて
おき、昨日は洗剤とブラシで綺麗に洗い、すすぎと仕上げのつもりで
また水を張ったバケツの中へ。

そして今日は先ごろから綺麗になったタヌキ2匹をエアコンの室外機の
上に乗せて乾燥中。
夕刻には予定どおり室内へ入れるつもりなのだ。
さて、彼ら(?)の居場所は?・・・
玄関の棚の上?それともリビング?私の部屋?・・・いろいろと考えているが
妻はどこにおいても変わらないと思っているらしく、関心をしめさない。
乾く頃までに私の独断で決めようと思う。

小さい方はモデムを設置した小さなスチールの棚のあたりがいいかもしれない。
大きいのはテレビの横にでも・・・と考えている。

以前、仕事で信楽を通った時にいろんなサイズの信楽焼タヌキを見たことを
懐かしく思い出す。
綺麗になり、家の中で生活(?)をするこの2匹のタヌキのために、
来年ツツジの咲くころにぶんぶく茶釜の舞台となった茂林寺へ行き、
信楽焼のタヌキの意味や子供の頃に聞いたぶんぶく茶釜の話を
もう一度詳しくしらべてみたい。
そうするとこの信楽焼のタヌキにも独特の愛着がわくかもしれない。
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高齢ドライバーに『限定免許』と厳しい『実技検査』導入は一刻も早く実施してほしい。

2019-12-24 13:17:58 | 喜怒哀楽をポジティブに
今年も高齢ドライバーによる深刻、悲惨な事故が多発したが、警察庁は
ようやく(?)自動ブレーキなどを装備した車に限り運転することができる
新たな免許の導入や一定の違反歴のある高齢者の免許更新時に
実技検査を義務付ける方針を固めたという。

私も後期高齢者の一人で運転歴56年、毎日車に乗るが、自分では
絶対に事故は起こさない・・・という強い自信と注意力でハンドルを
握っている。

それは『事故は必ず何らかの違反とマナーの欠如によっておこるもの・・・』と
いうこれも強い信念を持っているからである。

私は過去のブログでも何度も主張してきたが、現行の高齢者講習による
免許更新はあまりにも危険であり、大きく改善すべきだと思う。

視力検査で行われる「動体視力」「視野検査」「夜間視力」などは
当然必要だと考えられるが、70歳から75歳未満までの高齢者講習も
75歳以上の人が義務付けられている認知機能検査を含む高齢者講習も
講習の結果が更新に影響するものではなく、それぞれの運転を見直す
機会を得るというだけのものだと思う。

シミュレーターを使った模擬運転も教習所内を実際の車で走る実車テスト
での結果の良否も講習であり、試験ではないので指導はできるが教習所では
不合格にはできないという点に問題ありと考える。

認知機能検査の結果免許の停止、または取り消しの対象となる…というのは
解りやすいが、道路上での運転が危ぶまれるような技能や判断に
ついては警察署員立会いの下、教習所のコースや路上などを使って
厳しい実技試験を実施するなどして合否の判断基準にしてほしい。
教習所における「温情」のようなものは全く不要・・・

いやな言い方だが『車は走る凶器』であることを常に考えられるよう、
確実な判断と運転技術、そして軽微なものであっても絶対に違反は
犯さない・・・という人だけが運転できるような仕組みに一刻も早く
近づけるよう、『実技試験最優先』で行政機関は取り組んでほしいと思う。

残念ながら更新できず失効した高齢者のためには自治体のサポートや
国を挙げての交通インフラの整備が不可欠なのは言うまでもないので
先ずは全力を挙げて対策を・・・。

そしてそのためにもイージスアショアや戦闘機の購入などの費用、
またこれから十数年もかかるという辺野古の埋め立てに要する費用の
撤廃などにも本来の日本人らしい思い切った考えで対処し、
卑怯なコウモリやポチと呼ばれるような政権を叩き潰し、真の国民主権の
一歩を踏み出さなければならないと思う。

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『M-1グランプリ』をみて・・・。

2019-12-23 12:24:31 | 喜怒哀楽をポジティブに
今朝、7時ごろには雨は上がり、雲がたなびく中に青空が少しずつ
見えていたがこの時間は雲もまばらで薄く柔らかい白色となり、
青空の範囲も徐々に拡がり、青と白とのはっきりとしたコントラストが
私たちみんなに何か勇気や希望を与えてくれるように見える。

希望を持つ、或いは何事も最後まで諦めないということはどの人にも
どんな立場でも大きな力になるものだと思う。
それをあらためて感じたのは昨夜の3時間40分にも及ぶ生放送で
伝えられた『M-1グランプリ』

いろんな動機からお笑いの世界を目指し、苦節何年、何十年・・・と
はかり知れない苦労や苦しみを味わってきた人たちがその頂点を目指す
戦いは5000人以上もの人たちが参加し、その1回戦は8月から
行われているという。

彼らがお笑いの世界で生きようとするのにはそれぞれ違った動機や
目的があるのだと思うが、テレビやラジオなどに出演できたり、
脚光を浴びたり、そして安定した収入を得ることができるのはほんの
一握りの人たちだと考えられる。

有名になりたいという気持ちや将来お金を得たい・・・という人の他に
純粋に古典芸能のようなお笑い(漫才)そのものに大きな魅力を感じ、
その世界に飛び込んだ人もいることだろう。

学校を卒業と同時にその世界に飛び込んだ人、他の職業から紆余曲折を
経て、もがきながら目標に向かっている人・・・漫才の世界も現実は厳しく
希望がなければ気持ちも滅入ってしまうかもしれない。

昨日の興奮や小さな喜びがかれら全員に今後の勇気と希望を与えて
くれることを信じたい。
決勝に残ることはおろか1回戦で敗退した人たちにも参加し、自分たちを表現できたことが今後の希望や、継続する勇気の源となってほしいものだと思う。

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曇り空の冬至だが心は軽やかに・・・

2019-12-22 11:43:59 | 喜怒哀楽をポジティブに
今日は冬至・・・
一年で一番昼の時間が短く昼間の長さは10時間に満たないという。
ここさいたま市の空は雲に覆われ青空のかけらも見えないスッキリ
しない天気で空気もひんやりとしている。

午後には関東南部でも冷たい雨が降るかもしれないと言う予報もあり、
気温が下がってくると秩父方面や関東北部の山では雪となり明朝には
積雪となるかもしれない。

昼間の時間が短い冬の間は特に青空が欲しいと思う。
ミカンの黄色や椿の花も青空の下ではいっそうその鮮やかさが際立ち
うつ向きがちな姿勢や視線を上に向けてくれるような気がする。
例え天気が悪くても心はいつも明るく、おおらかに、できるだけ穏やかに
そして軽やかに行動したいものだと思う。

そして・・・冬至にカボチャを食べ、柚子湯に入る意味、由来などを
あらためて考え、今夜は心身共にゆっくりと温まり、今年最後の10日間を
無事、元気に過ごすとともに来年も常に『いつも、いつでも元気炸裂!』な
自分でいられるよう健康である自分に感謝して明日を迎えようと思う。

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今週もあっという間に土曜日がきた。

2019-12-21 05:57:39 | 喜怒哀楽をポジティブに
今朝も早くから目が覚めた。
今日も『爺さんカルテット』の楽しい集まりがあるのでそのまま起きることにして
素早く着替え、リビングへ・・・
時間はたっぷりとあるが何故か落ち着かない。

今日は定期的な古紙(新聞)回収日。
昨日まとめて縛ったものをドアの外へ出し、エントランスの郵便受けへ行き、
朝刊を取り出して戻る時、通路を冷たい風が吹き抜けた。
ちょうどその時エレベーターのドアが開き、降りてきた人はマフラーの中へ
首をすっぽりとうずめるような格好で鞄を抱えるようにして歩き始めた。

挨拶をかわすと彼は駐輪場へ向かい、自転車を取り出すと少し明るく
なり始めた空をちょっと仰ぎ、冷たい空気の中を背中を丸めて勢いよく
ペダルを踏んで走り出した。
彼は土曜出勤なのかシフト勤務なのか、ウィークデーならこの時間から
出勤する人もいるようだが今日は駐車場、駐輪場とも静かで人声も
聞こえてこない。

最近は益々月日の経つのが早いと感じる・・・
今の時季、日没も早く、あっという間に暗くなるような感じだが
明日は冬至・・・明日を境に少しずつ日も伸びるので気持ちも
更に明るく元気になれそうな気がする。

我が家では例年どおり今年も食卓には南瓜が・・・そして気持ちのいい
柚子湯が用意されているようだ。
今日も小さな幸せを大きくゆったりと味わいたい。
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今後も断捨離の功罪(?)を考えていきたい。

2019-12-20 08:45:02 | 喜怒哀楽をポジティブに
かなり前に『断捨離礼賛』『断捨離推奨』に物申す・・・というような
投稿をしたが、私は勿論断捨離を全否定はしていないつもりである。

断捨離を推奨する人たちをミニマリストと呼び、彼ら彼女らは
断捨離のメリットを強くアピールしているようだが・・・。

断捨離という言葉を広めたやましたひでこ(山下英子)さんや
「ときめき」という言葉と共に「こんまり」さんで有名になった
かたづけコンサルタントの近藤麻理恵さんも断捨離にはメリット、
デメリットがあることは語っており、やましたひでこさんは断捨離と
ミニマリストとははっきり区別しているという。

私が断捨離に異議を唱えたいのはミニマリストの中には断捨離が
「できる人」「できない人」などとあたかも「能力」の有無を語っている
かのような発言をする人がいることについてなのだが・・・

過日のブログにも書いたと記憶しているが、断捨離にメリットが
あるということは認めるとしてもあくまで個人の考えで『する』或いは
『しない』を決めるものだと考える。(決して能力の問題ではないと思う)

私は物の少ない時代に育ったので物を捨てることに「もったいない」
という意識を持っているためどんなものでも安易に捨てることができない。
「もったいない」といいう固定観念に囚われてしまった心を開放し、
物への執着心をなくす・・・というとかっこいいいいように聞こえるし、
物がない生活の快適さを話すミニマリストもいる。

物がない生活を良いと考えるのも物があることで便利さや充足感を
持つことも人それぞれの生活スタイルと考えであって、時には判断に
アドバイスを受けることは必要かもしれないが断捨離すべき・・・や
何故断捨離ができない人・・・などと言われる必要はないはずである。

ただ、物を無造作に集めたり、整理整頓ができないのは問題あり・・
だと私も思う。
「もったいない」や「いずれ何かに活用」を考え、あまりものを捨てない
私は何でも捨てたがる妻とは対照的・・・
妻もきれい好きではあり、人並みに整理や片づけは充分できていると
思うが、整理整頓術が得意な私にはまだまだ及ばない。
私の部屋のクローゼットの上部や自分で作成した棚にはいろんな
大きさの箱が寄せ木細工のように並んでいる。

ベッドの下もしかり・・・私のベッドは「空中ベッド」呼ばれ、加工、
改良したベッドの下には工具類をはじめ、他人にとっては無用の
長物であっても私にはいろんな宝物(?)が整然と並んでいるのである。

あれこれ、すべて何がどこのどの箱に‥或いはどの場所に・・・と
ある程度分類もしながらいざという時のためにすべて頭の中にいれてあり、
『家庭内便利屋』を自称する私は日々の小さな改善の為にも道具類や
書籍、はもとより衣料品も含め有効活用を目指しているつもりなのだ。

従い、物を捨てる・・・などということは大罪に等しいと考えているので
断捨離礼賛派、断捨離推奨派の人たちとは反りが合わないかもしれないが
あまり意固地にならず、断捨離のメリットは素直に認め、今後のことも
考えながら気持ちの上でも行動の面からも今後のことも考えあわせ、
できる範囲内で取捨選択を見極め、やってみようかなとも思う。

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納得できない・・いや許しがたい3件のニュース

2019-12-19 11:34:34 | 喜怒哀楽をポジティブに
「性暴力犯罪者山口敬之の無反省な言動」
「新幹線殺傷事件」
「かんぽ生命保険の不適切販売問題」

この三つの事件はいずれも人として相手や関係者の心の中を
思うという気持ちが微塵もない劣悪な人間による許しがたい事件である。

  • 「性暴力犯罪者山口敬之の無反省な言動」
この事件は警察が山口敬之の逮捕状を請求し、裁判所が認め
空港での逮捕直前に、以前管義偉官房長官の秘書官を務めた
警視庁の刑事部長中村氏によって突然逮捕が止められ、理由不開示のまま
以後不起訴になってしまったという残念な事件で、安倍総理べったりの
記者が政権トップに守られたことが世に大きく伝わりもした。

今回の民事訴訟では伊藤詩織さんの勝訴となったが、もともと制裁を
受けるべき山口敬之がまたしても不合理な反論で逃れようとし、
あろうことか控訴するという。

責任ある立場の人間が犯した重大な事件であることを自認し、反省や
後悔する・・・という態度が全く見られないことに強い憤りを感じる。
  • 「新幹線殺傷事件」
横浜地方裁判所(小田原支部)はこの事件で『強固な殺意に基づく
残忍で悪質な犯行で、残虐極まりない』として求刑どおり無期懲役を
言い渡した・・・ということだがこれでいいのだろうか。

私が疑問に思うことはいくつもあるが先ずその動機が『一生刑務所に入る為』
という人としては考えられない自分勝手なものであるということ。
そして死刑におびえ、死刑とならないよう殺人は二人にとどめた・・・
有期刑ならば出所後また殺人を犯す・・・老若男女構わずだれでも・・・
自分の命が惜しい・・・無期懲役を望むので謝罪しない・・・など。

自分の犯した計画的で残忍な殺害と真剣に向き合い、遺族や怪我を
した人たちに対する思いなど全くないと思われるこの態度に『無期懲役』と
求刑した検察や求刑どおりの判決を下した裁判所にもそして制度にも
大いに疑問を持ってしまった。

検察は「凶悪かつ重大な無差別殺傷事件で、反省の態度も微塵もない」
としながらも前科がないことを考慮しての無期懲役の求刑だという。
裁判長も「裁判での態度から事件に向き合っているとは到底言えない」
と厳しく見ているがやはり前科がないことを考慮して・・・と求刑どおりの
判決。

遺族や被害者たちの感情、心境を考えると三人だったら死刑で二人だと
死刑にならない・・・などということは全く考える必要はないと思う。
害獣、害鳥、害虫の命さえも尊重され、みだりに殺さぬことが求められる
現代社会においては例え一人であっても人の命はまさに地球よりも
重いはずであろう。
  • 「かんぽ生命保険の不適切販売問題」
これは『何おか言わんや』・・・トップの会見があのようでは社内の
徹底や再発防止などは期待できないと思う。
競争の厳しさは理解できるが、だからと言って犯罪擬きの仕事は
許されるものではない。
厳しい中で正しく業績を上げる必要があるからこそ小さなことにも
改善が必要で、先ずその芽を育てることから始める地道な努力が
必要なのではないか。

地位に胡坐をかき、パワハラで業績を上げようとする人達には
即刻辞めてもらい昔、昔の郵便局員のように信頼される集団で
あってほしい。

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カレンダーも買う時代?・・・

2019-12-18 08:51:18 | 喜怒哀楽をポジティブに
最後の一枚となったカレンダーも今日を含めてあと2週間で役目を
終えてパリッとした新しい係(?)と交代することになる。

昔はいろんなところからカレンダーをもらったが、最近は年々、
カレンダーを無料で提供してくれる会社や商店が少なくなったような
気がする。
それは自分自身も社会との交流や繋がりが少なくなってきている
証拠なのかもしれない。
こんな些細なことでも何かのきっかけにして地域社会との関りを
大切にしていければ・・・と思う。

我が家でも毎年カレンダーをもらうのは長年付き合っているディーラー
からだけなのでふとしたきっかけでカレンダーをもらうとなんとなく嬉しく、
それが予定などを書き込めるような欄や空白が大きい物だと
なおさら嬉しくなる。

今は二人だけの生活なのでそんなに沢山は要らないし、文房具店で
買うこともできるのだが、昔からカレンダーを買うという意識がなかったので
わざわざ買いに出かけることにも多少の抵抗感もある。

すべてのカレンダーに予定や行事を書き込むわけではないが各部屋と
自分の部屋や廊下などにもあると便利なのでやはり5~6部は欲しい
ところである。

昨年は大きな文房具店で買ったが以前よく見かけた立派な写真付きの
ものとは程遠いごく普通に見えるものでもけっこういい値段だった。
その後100円ショップでも見かけ、購入したものは200円程度だったが
充分役にたつものだったことを思うと企業はもとより、個人的にも
やはり無駄の排除と生活改善なのかなあと納得。

身近にパソコンやスマホがあるこの時代であっても壁に目を遣ると
一目瞭然のカレンダーはやはり便利であり不可欠なものなのでは
ないかと思う。

我々『爺さんカルテット』の一人のメンバーの家のトイレには毎年、
故事やことわざ、名言などが書き込まれたカレンダーが掛けられている。

リビングやダイニングでなく何故トイレなのかをいつか聞いてみようと
思いながら今年も師走になってしまった。
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一瞬とも思える時間で味わった幸福感は大きかった。

2019-12-16 13:12:49 | 喜怒哀楽をポジティブに
昨日、近くのショッピングセンター(ステラタウン)での買い物を済ませ、
駐車場に向かうエレベータの中でほんの一瞬だがたいへん幸せな
時間を感じた。

降りてきたエレベータからぞろぞろと人が降りてきた後、私たちと
同じように駐車場へ向かうエレベーターを待つ人の中に赤ちゃんを
ベビーカーに乗せた若いお母さんとその母親らしき女性がいた。

大勢の人が一斉に乗り込んだ隣のエレベーターのドアが閉まり、
上り始め時には前述のお母さんたちと私たち夫婦だけが次の
エレベーターを待つことになり、まもなくエレベータが到着・・・
日曜日の午後には珍しくその時間帯に乗り込んだのはその家族と
私たちの他に1人だけ。

大きく広いエレベーターの中は静かな雰囲気で2階に到着しても
乗る人はいないままドアが閉まった時に何気なく赤ちゃんのほうへ
目を向けるとベビーカーの赤ちゃんが私の顔をみて笑っていた。

まさに天使の微笑みを見たようで私もにっこり・・・それに気づいた妻も
『本当に可愛いわね』の声と共に赤ちゃんに目を注ぐ・・・
まだ1歳にはなっていないと思われるような赤ちゃんは眉毛のあたりまで
隠れる暖かそうな帽子を被っており、意思の強そうに見える目元だけでは
男の子か女の子か解らなかったが、いずれにしろ私はできればこのまま
その家族も3階で降りずに私たちと同じ4階の駐車場までこの可愛い笑顔を
見ていたいと思った。

赤ちゃんは大きな目を少し細めながら笑顔でじっと私の顔を見つめて
いたので私もついついしゃがみ込むようにして『こんにちは』と言うと
妻もあやすような仕種で可愛い可愛いを連発・・・
若いお母さんは少しはにかむような笑顔で『ありがとうございます』と
挨拶をかわしてくれたのだ。

エレベーターが1階から4階へ上るまでのほんの短い時間の出来事
だったが私たち二人は車の中で不思議とも思える幸福感を味わえた
ことを語り合った。


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枯れ葉や小さな花びらにも感情があるようにみえて・・・。

2019-12-15 10:19:23 | 喜怒哀楽をポジティブに
今朝、リビングから外を見ると庭の芝生に枯れ葉が散乱していた。
空は今日も曇っているがその向こう側にぼんやりと太陽の影が
見えるような気がする。

テレビを見ている時、一瞬私の視界にテラスに降り立って動き回る
小鳥たちが見えた。
あっ、今朝はどんな鳥だろう?・・・と目を遣るとそれは数枚の枯れ葉
だった。
レースのカーテン越しだったので枯れ葉が風に舞う姿がかわいい
小鳥の姿に見えたのだ。

昨日は例の『爺さんカルテット』の集まりで、自宅に戻ったのが20時。
一人を家まで送り届け、車のドアを開けた時も帰途の木々の揺れからも
感じていたあの強い風が我が家にも枯れ葉をもたらしたのかと納得。

鮮やかな紅葉ではないがそれなりに色の変化を見せながら少なくは
なったとはいえ前日まではまだかなり残っていた庭の木蓮の葉っぱが
昨日からの風で12枚になってしまった。

庭のところどころに赤い花びらが落ちている。
マンションの生け垣はヒイラギとサザンカの組み合わせでできており、
舞い込んだサザンカの花びらと隣家のバラの花びらが枯れた芝や
枯れ葉の中でその赤やピンクを主張し、自分たちの存在を曇り空に
訴えているようだった。

自然の偉大さや不思議・・・ごく小さなものでも私たちの言動になぞらえ、
擬人化し、見たり考えたりすると葉っぱや花びら一つ、風の動きにも
感覚、感情、などが大きく広がってくるようで私の楽しい時間でもある。

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ヤツデの葉っぱは8枚じゃなかった。

2019-12-13 08:36:55 | 喜怒哀楽をポジティブに
今朝もどんよりと曇っていたが雨が降っていなかったので自転車で
近くの整形外科へ・・・
週に3~4回、7時半に妻の脊柱管狭窄症・すべり症のリハビリの
ための順番の札を取りに行き、開院後私が車で送るか本人が杖を
使って歩くか・・・という状況が続いているのだが…

自転車で3分程度のところなので天候が悪くなければゆっくりと
周りの景色を見ながら走ることにしている。
ジャンバーを着てスキンヘッドの頭は妻の言う通り帽子を被っているが
今朝も頬に当たる空気は冷たく、少し首をすくめるような姿勢で走った。

途中の民家のブロック塀の上からはみ出したヤツデの花が寒い空気の中でひときわ白く見えた。
少し走るとまた一軒、もう一軒とあのカリフラワーをほぐしたように
見えるヤツデの花があの光沢のある大きな葉っぱの上のほうから
上空に向かって何かをアピールしているように見えた。

そういえば昨日、妻がヤツデの葉っぱは8枚かと思っていたら9枚だと
いう人がいたので数えたら9枚だった…と言っていたので数えてみると
やはり9枚のものが多く、7枚のものもあった。

今こうしてネットで調べてみるとやはり、一般的には7枚か9枚の
種類が多く、8枚のものは四葉のクロバー同様、ごく珍しいものだと
わかり、また小さの知識を得たことを嬉しく思った。


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癌の疑いが晴れて心も軽やかに・・・

2019-12-12 09:55:02 | 喜怒哀楽をポジティブに
昨日は過日(11月24日)「生体組織検査」をした『前立腺肥大によるがんの疑い』の
有無の判断がくだされた・・・。

検査日も結果の診断も家族の同伴が必要とのことで先日は妻と娘が
同行してくれたが、昨日は妻が浦和の公民館で教えている絵手紙教室を
休むわけにはいかないので娘だけが同伴。

結果はがんの疑いは殆どない…というものだった。
前立腺の12か所から採った組織からは癌の細胞が見つからず、
今後も定期的に血液検査の数値を見ながら薬の投与を続け
経過観察ということで一先ず安心。

ほぼ予約時間通りに終わったので、電車で浦和へ行くつもりだった
妻に結果報告と合わせて教室へは車で送っていく旨の電話をし、
心配してくれていた家族や親せき、友人たちにも異常なし・・・の連絡。

浦和へ向かう間、「与野中央通り」の両側に長く続いている今が
真っ盛りのようなサザンカの並木を見ながら走った。
殆どが濃い赤の花だったがピンクの混ざった赤や、少しピンクがかった
白の花もあり、どの花も私の検査の結果を喜んでくれているように思えて、
路面に落ちている花びらさえもひときわ綺麗な笑顔に見えるようだった。

教室が終わるまでの2時間半はいつも桜区役所の図書館や荒川の
河川敷で時を過ごすことにしているが、何故か今日はいつもより
短く感じた。
検査の結果はどうあれ素直に(?)受け止めてて、しかるべき対処を
しようと思っていたが、いい結果だったので心も軽やかに土手の
風景を眺めていたあの時間は何時までも忘れることはないと思う。
(落ち着いていたつもりだがやはり少しは不安があったからかも
しれない。)

家に着き、車から降りる時に妻も喜びのあまり(?)車内の杖を
忘れる始末・・・気のせいか足取りも軽そうだった。
妻は腎臓病気も抱えており、いつもは殆ど私一人で飲むビールだが
昨日は夫婦で診断結果に喜び「乾杯!、乾杯!・・」と・・キンキンに冷えた
ビールを二人そろって『ああ、旨~い』という表情で飲んだがこの小さな
幸せ感・・・という小市民的発想が我が家らしい。
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