Fさんの日々の記録と山歩き

 山歩きが生き甲斐の団塊世代オッサン、ある事無い事日々感ずるままに綴っていこうと思います。

新潟市で開催された「G7主要国農相サミット」に一言もの申したい

2016年04月30日 | 日記

 4月30日(土)

 先週の日曜日、金北山登山の為佐渡汽船の新潟港へ向かった時の事だが、新潟市街に入るとやけに警察官の姿が多い。全く知らなかったのだけど、この土日二日間に「G7主要国農業大臣サミット」が新潟市で開催されていたのだった。

 会議場は「朱鷺メッセ」と呼ばれる新潟県が誇る豪華な総合会議場施設で、信濃川河口を挟んだ新潟港の対岸にその巨大な高層ビルが聳えている。サミット警備の為に港へ向かう道路は警察によって封鎖され、通行する車は1台1台検問を受けていた。

 予定していたカーフェリーの出航時間までそれ程余裕が無かった私は、検問の車列に並ばされている間、遅れてしまうんじゃないかと気が気ではなかった。(結果的は間に合ったけれど)

そんな思いをさせられたから言うんじゃないが、「たかが農相サミットくらいでこんな大袈裟な警備が必要なのか」と文句の一つも言いたくなった。

 警備を心配するんなら一般市民に迷惑かけてこんな大都市でやらずとも、静かな佐渡島辺りでやればいい。それじゃアクセスが悪いと言うなら、今営業を終えて閑古鳥が鳴いている苗場スキー場辺りだっていいじゃないか。巨大なプリンスホテルがあるから、施設的にも問題ないし地元だって潤う。苗場を通る国道17号が閉鎖されたって、関越道があるから交通にも殆ど支障はない。

 大体自慢たらしく豪華な建物でやろうというのは、今時先進国の発想じゃないよ。それよか豊かな自然がある苗場で会議をやって、合間に谷川岳ロープウェーでも案内してやれば、その雄大な眺めに各国代表をきっと感激するだろうし、新潟県だって誇れると思うんだけどね。

 検問を終えてもらった臨時車両通行証

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今年も咲いたベランダの花々

2016年04月28日 | 日記

 4月28日(木)

 妻が丹精込めて育てているベランダの植物達は、世の中何があろうと毎年4月になると艶やかな花を咲かせてくれる。風流な心根など持ち合せぬ私だが、花々のある風景というのは何となく幸せや喜び、平和を連想させてくれる。

 せっかく律儀に咲いてくれたから、ブログに載せてみました。皆さん人生には苦しい時や悲しい時も多々あるでしょう。そんな時は美しい花々を見て心癒してくださいね。・・・・何て言うのは大袈裟だけど、・・でも植物っていうのは偉いよね。お日様と水と僅かな肥料だけで、黙って美しい花を咲かせてくれる。口先ばかりの私とは大違いだ。

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佐渡、ドンデン高原から金北山へ

2016年04月27日 | 登山

4月25日(月)     天気=晴れ

05:31ドンデン山荘→ 05:54アオネバ十字路→ 06:30マトネ→ 06:45~50石花越分岐→ 07:16ツンブリ平→ 07:30~43真砂の峰→ 07:49いもり平→ 08:18天狗の休場→ 09:24~51金北山→ 10:26 神子岩→ 10:51じゅんさい池→ 10:59栗ヶ沢登山道分岐→ 11:39~49横山登山口→ 12:20秋津バス停→ 13:10両津港

 

 今日の好天を約束するような真紅の日の出が昇った。これから向かう金北山もクッキリ浮かんで見える。朝5時半頃ドンデン山荘を出発する。20分程で昨日登ってきたアオネバ十字路に着いた。ここからマトネの山頂までは標高差170m程の登りになる。今朝は風も無くTシャツ1枚でも暖かい。アオネバ十字路から35分程で着いたマトネの山頂からは目指す金北山や両津市街地が望まれた。

 ドンデン山荘の日の出

 山荘から金北山

 マトネから金北山方面

 ここからは幾つかの小さなピークを越えて行く。道沿いには青いカタクリの花?がいたるところ咲き乱れ、優しげに登山者を和ませてくれる。マトネから緩やかに降った鞍部が「石花越分岐」で石花集落へ降る道が右に分岐している。分岐から小さな樹林のピークを越えた先が広々とした砂地の「ツンブリ平」で、テントが幾つも張れそうな明るい台地だ。ツンブリ平からゆるやかに登って「真砂の峰」に着いた。

 カタクリの花咲く登山道

 石花越分岐

 広々としたツンブリ平(右端の山が真砂の峰)

 ここが金北山~ドンデン高原間の中間点くらいになる。展望も良く気持ちのいい場所なので一休みしたくなる。真砂のピークから緩やかに降った牧草地のような鞍部が「イモリ平」で、水場の標示もありテント場としても適地だ。

 真砂の峰山頂

 真砂の峰からドンデン高原方面

 イモリ平

 イモリ平から金北山に向かってグングン標高を上げて行く。登るにつれ残雪が多くなってきた。標高1000m付近の「天狗の休場」からは金北山は目前で、山頂の自衛隊レーダー施設が大きく見える。

 役の行者から金北山前衛ピーク

 更に登った標高1050m付近が「役の行者」でこの辺りから先は雪に覆われて登山道が判然としない。しかしピンクの目印が点々とあるので、それを追って行けば道に迷う事は無い。まだ半分以上凍った小さなあやめ池を過ぎると急勾配の雪の坂になった。アイゼンが無いので少し不安だったがコース上にロープが張られていたので、それを伝って問題なく登る事ができた。

 あやめ池付近(ピンクの目印が頼りになる)

 おやめ池

 ロープの坂を越え雪道をしばらく登って行くと、目の前にレーダー施設が現れ、09:24金北山(1172m)に到着した。山頂敷地の大部分は自衛隊レーダー施設で、その間に小さく山頂神社が建っていた。施設が邪魔して西半分の展望が得られない。

 金北山山頂

 山頂から両津市街地

 山頂からドンデン高原方面

 山頂神社の石段で一人ノンビリ休憩していたら、何やら人声が聞こえてきた。それは施設の点検にきた5名ほどの自衛隊員だった。「どこから来たんですか?」と声を掛けられ、続いて「雪はどうでした?」と聞かれたので、「ドンデン山荘からです。雪は金北山周辺だけですね。」と応えた。「今年は雪が少ないなあ」何て言いながら自衛隊員達は去って行った。

 南の妙見山にも巨大なレーダー施設があり、ここ金北山の施設は古びているから稼働していないのかも知れない。でも「ブーン」という音が聞こえるから、今一つ判然としない。 金北山からの降りは防衛庁管理道路を通って白雲台に下山する人が多いようだが、管理道路を通行するには自衛隊の許可が必要だし(電話一本で簡単らしいけど)、車道を歩くのもつまらないので横山からの登山道を降る事にする。

 山頂から妙見山(山頂に自衛隊レーダー施設が見える。)方面

 山頂から少し戻り「神子岩→」と書かれた標識の地点からピンクの目印を頼りに雪道を降って行くと、ハッキリとした登山道になった。標高が下げるにつれて残雪は消え歩き易くなり、緩やかな尾根をグングン降って行く。

 横山への下山道

 この下山道もカタクリの花が多く眼に美しいが、写真に撮るとパッとしない。カメラが安物のせいか、それとも腕が悪いのかなあ。山頂から30分余で「神子岩」に着いた。金北山東面の荒々しい山肌が望まれ、展望の良い所だ。

 神子岩

 更に緩やかに降って行くと途中平坦な所になった。「じゅんさい池」と書かれた標識があるけれど、池は見当たらない。干上がってしまったのだろうか。神子岩から30分程で登山道が分岐する地点に着いた。右は栗ヶ沢へ下山する道で、私は横山へ降る左の道を行く。

 栗ケ沢への登山道分岐

 分岐を過ぎると道が荒廃してきた。栗ヶ沢の方が近いから、この道を利用する人は少ないのだろうか。しばらく降ると沢水が流れる「祓川」に着いた。ここでご夫婦らしき人達とすれ違った。下山の道で初めて他の登山者と出会ったので少しホッとした。

 祓川の水場

 この先の道は湿地や倒木が多い。しかし明瞭な道なので迷う事はない。だんだん湿った急坂となり滑らぬよう慎重に降って行くと、大きく「横山登山口」と書かれた看板があり、そこが横山登山口であった。山頂から標高差約1000m、1時間50分の道程だった。

 横山登山口

 ここからタクシーを呼ぶと高い料金になりそうなので、麓の国道まで直線的な車道をテクテク歩いて行く。振り返れば2時間ほど前に居た金北山の山頂が、随分高くそして遠くに見える。

 国道へ降る道

 麓の集落を降る

 国道350号沿いの秋津バス停に着き時刻表を確認すると、次のバスは40分後だ。地図を見ると両津港まで4キロ程しかないから国道沿いに歩いて行く事にする。吹く風は爽やかだし、これもウォーキングを兼ねた観光見物だ。

 交通量の多い国道350号を歩いて行くと右手に、汽水湖である「加茂湖」が見えてきた。その加茂湖の畔を通り両津の市街地に入る。人気の少ない商店街を抜け、13:10に両津港に到着した。

 両津の飲食街

 両津港の佐渡汽船ターミナル

 次の出航まで待ち時間が3時間もあるので、まずは缶ビールで喉の渇きを癒し付近を散策して時間をつぶす。考えてみれば佐渡島まで遠路遥々来たのに、滞在時間は僅か28時間、島が使ったお金はタクシー代2380円+宿代4500円+缶ビール3本で1000円と合計1万円にも満たない。島の経済活性化に貢献できなかった事を少し反省する。

 加茂湖から金北山(左)~ドンデン高原の稜線(右)

 16:05予定通りカーフェリーは両津港を出航した。船の周りを見送るようにカモメの群れが飛んでいる。その彼方奥にドンデン高原から金北山に連なる大佐渡山脈の稜線が墨絵のように望まれた。取りあえずこれで三百名山の一つが終わり、残す山はあと13座となった。

 カモメに見送られ佐渡を離れる

 

 

 

 

 

 

 

 

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佐渡、アオネバ登山口からドンデン高原へ

2016年04月26日 | 登山

4月24日(日)     天気=雨後晴れ

12:25アオネバ登山口→ 12:45落合→ 13:08ユブ→ 13:33~38アオネバ十字路→ 13:55~14:15ドンデン山荘→ 14:25~30尻立山→ 14:38ドンデン山荘

 

 今年初めての三百名登山は尾瀬の景鶴山を予定していたけれど、尾瀬の山小屋に問い合わせると「今年は異常に雪が少なくて、もう登山はできません。」と言われたので急遽予定を変更し、佐渡の金北山を登る事にした。

 09:20新潟港発のカーフェリーに乗船するつもりで朝4時頃我家を出発した。余裕と思っていたが、新潟市内で「G7主要国農相サミット」が開催されており特別警備中の検問に足止めされ一時は乗船できないのではと焦った。

 新潟港を出港

 しかし間に合って佐渡汽船の「ときわ丸」は予定どおり新潟港を出航し、予定通り12時頃に佐渡島の両津港に接岸した。港で昼飯でも喰ってからと思ったが、タクシーの運転手に声を掛けられ、すぐにアオネバ登山口へ向かった。車中運転手さんとの会話によれば「今年は佐渡でも異常に雪が少なく、ドンデン高原と金北山間を縦走する登山者もポツポツいる。」と言う。そして「明日横山登山口へ下山の予定」と話したら、「携帯の通じる所で電話をくれたら迎えに行きますよ」と名刺をくれた。

 両津港に到着(左奥の高山が金北山、右端奥がドンデン高原)

 タクシーは20分程でアオネバ登山口に着いた。(タクシー代2830円)佐渡の土を踏んでロクに見物もせぬうちに奥深い山中に連れてこられた。しかし天気は良いし、船内でノンビリできたからヤル気満々で快調に歩き始める。

 アオネバ登山口

 アオネバという地名は漢字だと「青粘」で、青っぽい粘土状の地質が見られる事からきてるのだろうか。沢沿いの登山道は数多くの花が咲いている。コイワカガミやカタクリ等(花オンチの私はこれ位しか知らぬ。)そして育ち過ぎたコゴミの群生も凄い。道沿いの木々も美しく山桜が霞のように咲いている。

 白や青の花々とコゴミの群落

 沢沿いに登山道は続く。

 道沿いの山桜

 右へ緩やかに曲がりつつ登って行くとだんだん沢水も細り、やがて残雪を踏んで稜線縦走路のアオネバ十字路に達した。登山口からここまで標高差480mを約1時間かかった。ここを右折して登山道を少し行くと廃道化したような林道となり、その道を3~4回クネクネ曲って進むと大佐渡山脈を横断する佐渡縦貫道路(通称大佐渡スカイライン)に着いた。ここが金北山縦走路の入り口で立派な標識が立っている。

 登山道上部にあるユブという地点

 アオネバ十字路(食べ頃のフキノトウが一杯咲いてた。)

 金北山縦走路入口

 舗装された道路沿いにしばらく歩き、13時55分今宵の宿ドンデン山荘に着いた。登山口から1時間半の道程だった。時間も早いので宿で宿泊の手続きを済ませると、荷物を預け空身でドンデン高原の最高地点、尻立山へ向かう。山荘真上のテレビアンテナ塔が建つピークに登り、そこから緩やかに降って登り約10分程で尻立山(980m)に着いた。

 テレビアンテナ塔のピークから尻立山

 ドンデン高原最高地点、尻立山山頂

 

 山頂からは360度の大展望、西に明日目指す佐渡島最高峰の金北山が大佐渡山脈の奥に聳え、眼下には日本海の大海原が広がる。素晴らしい眺めだったがビールの誘惑に負け、写真を撮り終えると山頂を後に急いで山荘へと戻った。

 山頂から金北山(左奥の山)

 ドンデン山荘は眼下に両津市街地を望むドンデン高原の一角に建ち、絶景の宿だ。山小屋というより立派な宿泊施設で料金は素泊りで4500円とリーズナブル、私の部屋は小さいながらも個室のベッドで、同宿者にイビキで迷惑を掛けずに済むと安堵した。

 ドンデン山荘(車でも簡単に来れる。)

 そして立派な浴室もあり、山歩きの汗を流せたのはありがたかった。風呂から上がると屋外の展望テラスにただ一人陣取り、ベンチでコンロに火をつけ食事の準備をする。夕食のメニューは「オデン」「牛肉缶詰」「漬物」「焼きソーセージ」「干物のツマミ」と「赤飯」、眼下の両津湊を眺めつつビールを飲めば何とも言えぬ贅沢な気分である。ドンデン山荘は実に快適な山宿だが、来週から当分の間は満室が続くという。明日の早立ち備えて午後8時頃就寝した。

 山荘のから両津港の眺め

 

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西武ドームでプロ野球観戦、まだナイターは寒いね。

2016年04月23日 | お出掛け

 4月22日(金)

 新聞販売店にタダ券をもらったので、今年初めて西武球場の西武~楽天戦を観に行った。両チームともパッとしない成績なので、試合前の西武ドームも何となく活気がない。

 何となく活気ない試合前の西武ドーム

 そんな寂しげな雰囲気を吹き飛ばすようにチアーガールやセンターバックスクリーンの大型ディスプレイ等、球場内のデモンストレーションは工夫が凝らされ年々華やかになっている。

 ところがグランドでプレーする肝心の選手達に花形プレイヤーが見当たらない。両軍とも四番バッターは外人だし、クリーンアップの強打者が打率1割台、本塁打0じゃ迫力もない。

 試合は点を取合う接戦で数字だけ見ると好ゲームのようだが、エラーや暴投が絡んでの得点じゃ興ざめしてしまう。しかも結果は9回裏、最後のバッター西武「秋山」が、甲子園で活躍した楽天の左腕「松井」の前にあえなく三振し7対8で敗戦、あまりの情けない幕切れに熱烈西武ファンのオッサンが「バカヤロー」と叫んで看板を蹴っ飛ばし警備員に捕まっていたけれど、彼の気持ちが少々理解できる。

 楽天、松井投手の前に西武、秋山あえなく三振し、ジ・エンド

 昼間は暖かかったんだけど、所沢の夜はまだ寒くてナイターには時期尚早ですね。接戦のせいで4時間以上の長時間ゲームになってしまい、非正規西武ファンの私は秋山が三振した時、延長戦にならずに済んだから思わずホッとしたくらいだ。

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碓氷峠越えハイキング

2016年04月21日 | 登山

 4月19日(火)     天気=晴れ

08:57軽井沢駅→ 09:40~47遊歩道分岐→ 10:33~11:12碓氷峠(見晴台)→ 12:47北向馬頭観音→ 13:36中山道入口

 

  信州軽井沢から碓氷峠越えで群馬県坂本宿まで、江戸時代に主要街道の一つであった旧中山道が現存し一度は歩いてみたいと思っていた。早朝我家を出発し、上信道、松井田・妙義インターで降りると坂本宿側の旧中山道下山口に向かい、ここに折畳み自転車を残置する。その後JR横川駅まで戻ると鉄道文化むら横の駐車場に車を停め、08:20発軽井沢駅行の始発バスに乗車した。(バス料金510円)

 鉄道文化むら駐車場から妙義山

 08:50頃バスは軽井沢駅に到着し、駅前から歩き始める。まず北に向かって進み、旧軽井沢交差点で右に曲り旧軽メインストリートに入る。この辺りは軽井沢観光の中心だが早朝のせいか人出は多くない。それでも中国人観光客の団体さんが何組か行き交っており、そのバイタリティーには少々圧倒される。

 軽井沢駅前

 旧軽メインストリート

 ショー記念礼拝堂を過ぎてしばらく進むと、入口に「熊注意」の看板が立つ遊歩道が右に分岐している。碓氷峠へは車道を行く方が早いけど、歩くにはつまらぬ道なので右へ曲って遊歩道に入る。別荘地帯をしばらく行くと木製の吊り橋があり、その先から細い山道に変った。

 遊歩道入口

 木製吊橋

 山道は山腹沿いに緩やかに続き、とても歩き易い道だ。徐々に標高を上げ、車道を跨ぐ鉄橋を渡って緩やかに登ると何件か茶店が並ぶ碓氷峠に着いた。峠近くの見晴台は広々としており、関東平野や妙義山、八ヶ岳等の山岳展望も素晴らしく、ここで休んでランチタイムとする。

 

 車道を跨ぐ遊歩道鉄橋

 峠間近の遊歩道

 群馬・長野県境の見晴台

 見晴台から八ヶ岳や奥秩父の展望

 長野と群馬県境の碓氷峠には熊野皇大神社がある。昔の人はここで旅の無事を祈って行き交ったのであろう。神社の先で車道が細い林道となり、右に分岐する道がある。ここから旧中山道の山道が始まり、緩やかに降って行く。しばらく進むと流水のある沢に着く。

 碓氷峠の熊野皇大神社

 看板には「人馬施行所跡」と書かれており、旅人や荷馬がここで水を飲んで休憩したのであろう。更に進んで行くと左からの道と合流した。左の道も碓氷峠と通じており道幅は広いが少し遠回りになる。

 人馬施行所跡

 子持山直下の遊歩道合流地点

 碓氷峠越えの旧中山道は地形を巧みに利用してどこまでも緩やかな降りが続き快適に脚が進む。やがて仮設の建物がポツンとある広い平坦な場所に着いた。ここは「山中茶屋跡」と呼ばれ江戸時代には13軒の茶屋が建ち並び、明治には小学校まであったという。

 山中茶屋跡地

 更にゆるゆると尾根を降って行く。道沿いに咲くツツジがピンクの薄雲のようで美しい。やがて「交番派出所跡」と書かれた看板の所に着いた。明治天皇が巡幸された際の巡幸道路が、ここから右に分岐しているが今は廃道となり入口はゲートで閉じられていた。

 道沿いに咲くピンクのツツジ

 「交番派出所跡」からしばらく進むと、「座頭ころがし」と呼ばれる急坂に差しかかる。急坂と言っても普通の登山道に比べたら楽な道だ。この辺りの新緑は実に瑞々しく、思わず見惚れてしまう。

 座頭ころがし付近の新緑

 更に降って行くと「堀切」と書かれた細尾根に着いた。ここは戦国時代、豊臣秀吉の小田原攻めで戦場となった場所と看板に書かれており、NHKで今放映中の「真田丸」の舞台でもあった訳だ。

 戦場跡の堀切

 堀切からしばらく行くと「北向馬頭観音」の石碑が建っていた。昔は旅人を襲う山賊どもが跋扈していたから、人々は旅の安全を祈願して街道のアチコチにこのような石碑を建立したのだろう。

 北向馬頭観音石碑

 ここまで来ると下山口までそう遠く無い。やがて「覗」と呼ばれる展望の効く地点に着いた。樹木の合間から眼下にまっすぐ伸びる坂本宿の家並みが望まれた。更に降って行くと道沿いにいろんな遺物が点在している。刎石山には柱状節理と呼ばれる溶岩流の痕跡が残り興味をそそられる。

 覗から坂本宿方面

 街道沿いの巨大石碑

溶岩流の痕跡「柱状節理」

 溶岩流の痕跡から急坂を一気に降り薄暗い樹林帯を抜けると、碓氷峠越えの旧国道沿いの下山口に降り立った。妻をここで待たせ、私は残置した折畳み自転車に乗って緩やかに降る車道を疾走して車を駐車している横川駅まで戻った。

 旧中山道坂本宿側入口

 車で下山口に居る妻をピックアップして近くに在る日帰り温泉「峠の湯」に向かい程良く疲れた身体を温泉に浸した。軽井沢駅から碓氷峠まで約250mの登り道、そして峠から坂本宿まで750mの降り道は、登山と言うより街道ウォーキングと称した方が相応しいが、美しい自然や昔の遺物等数多くの見所があり楽しい道程だった。体力的にも容易な道なので、今度は紅葉シーズンに山仲間を誘って歩くのも楽しいだろうと思った。

 

 

 

 

 

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熊本地震、義捐金を送る。

2016年04月18日 | 日記

 4月17日(月)

 14日夜に発生した熊本の地震は、その後収束に向かうかと思われたが、16日深夜にはM7.3の本震が発生し増々状況は悪化している。自然災害の脅威の前に如何に現代社会が脆いのかと思い知らされる。

 今も避難生活を強いられる被災者が20万人もおられるという状況に、「頑張ってください。」という安易な言葉も空しく響き、一日も早い収束を願わずにいられない。

 前回のブログでも言ったけど、名も無き庶民が今できる支援は義捐金を送る事くらいだ。根がケチでしがない年金暮らしの私は普段の生活じゃ舌を出すのも嫌な性分だけど、同じ日本人として今回ばかりは座視できぬ。

 そこで早速郵便局へ赴き、ン万円の義捐金を振り込んだ。小心者の私としては清水の舞台から飛び降りる程の金額だ。さあ同胞の皆さんも今が日本人の底力をみせる時、お金持ちはより多く、そうで無い人もそれなりに被災者に支援の手を差しのべましょう。

 ちなみに私が送金した宛先は「朝日新聞厚生文化事業団、口座番号00920-6-301395」、ここに送ると後日紙面に名前が掲載されます。良い事をして新聞に載るチャンスですよ。それから送金した明細票や領収書は保管してくださいね。来年の確定申告で税の控除に使えます。

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晴天の霹靂、熊本大地震

2016年04月16日 | 日記

 4月16日(土)

 一昨日の夜、テレビニュースのテロップで小さく流れた熊本県の地震情報、翌朝になって阪神淡路大震災級の地震である事を知った。元来九州は地震が少ない地方で、私も北九州で生まれ育ったのだがその地を離れるまで地震に遭遇した記憶が無い。それだけに今回被災に遭われた方々にとっては青天の霹靂の大惨事ではなかったろうか。

 余震も収まらず今夕からは大雨の恐れもあり、今後どれだけ被害が拡大するのか懸念される。今は自衛隊や警察・消防・医療等救援機関の健闘を祈って、被害が最小限に抑えられるよう推移を見守るしかない。

 2年前の5月に3百名山登山で九州各地を3週間ほど巡り廻ったが、震源地の九州中部は阿蘇や久住の火山が連なり名湯が点在する風光明媚な桃源郷であった。それだけに多くの人が訪れる人気の観光地でもあり、ゴールデンウィークを控えて今後観光産業へも大きな痛手になるのではと心配だ。

 遠く離れた地に住む我々庶民にできる支援は、細やかでも復興の募金に協力し、時期がくれば震災から立ち直ろうとする観光地を訪れて地元の活性化に寄与する事ではなかろうか。

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私の小さなディスカバリー

2016年04月14日 | 日記

 4月14日(木)

 人目にふれない私のブログ二日に1回は更新したいと思っているのだが、ありふれた老後の日々を過ごす身にはそれ程のネタは無い。週に6日も更新している、私のブログの師匠である I さんは本当に凄いと思う。しかし彼は囲碁に古民家暮しに雪の結晶撮影、エト・セトラと好奇心の塊みたいな人だからそれ程ネタには苦労しないのだろう。

 そんな私の本日のブログですが、皆さんTシャツやセーター、トレパンを着る時に、前後を逆に着てイラッとする事はないだろうか。そそっかしい私はそれが茶飯事で、その度自分の愚かさに血が昇り随分と脳の毛細血管を傷つけたのではなかろうか。

 それがある時フト気付いた。衣類の内側には品質等を表示する小さな布切れ(表示ラベル)が付いている。そしてその位置は必ず?衣類の左側下部にあるのだ。70歳ちかくになって初めて気付いた小さなディスカバリー、この発見以降、表示ラベルを確認して着るようになり、前後の着間違えは殆ど無くなった。

 「エッそんな事常識じゃん」、「みんな知ってるよ」と多くの人が私の無知を笑うかも知れぬ。でも私にとっては、世紀の大発見である「重力波の観測」や「ニュートリノの質量証明」より、「衣類の表示ラベルは左側の位置」論は生活に密着した大きな発見なのだ。・・・・と見得をきりつつ、今日もくだらぬネタだったなあと自己嫌悪。

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競泳の北島選手引退と、日本男子バドミントン選手の処分

2016年04月12日 | 日記

 4月12日(火)

 先日、男子競泳の北島康介が引退声明を出した。選手寿命の短い水泳競技で五輪2大会連続金メダル等は正しく偉業で、日本人スイマーとしては空前絶後の偉大な選手だった。又最後まで挑戦を続ける姿勢と飾らぬ人柄も人々に感動を与え、正に日本スポーツ界の歴史に残る名選手である。

 それに引きかえあまりにも不甲斐ないのが日本の男子バドミントンだ。長らくの低迷を脱しやっと世界トップクラスの選手が現れたと思ったら、その張本人が違法賭博で処分をくらった。競輪、競馬、パチンコ等合法的な博打を楽しめば良かろうに、何で怪しげな賭博に手を出したのかその心情が測りがたい。

 ただ博打という行為は直接他人に迷惑を掛ける訳では無いし、合法的なものと認める国も数多くある。過って自民党議員だった政界の暴れん坊、浜田幸一先生などはラスベガスの賭博で数億円負けたと笑い話になった。

 賭博は法に反する行為とは言っても、多くの人が花札やトランプ麻雀などで賭けをした経験があるだろう。私も正直それ程の悪事と言う認識が無い。

 先般プロ野球巨人軍選手の違法賭博行為が発覚した直後でもあり、主導的立場だった田児選手の無期限登録抹消は仕方ないとしても、6回行って50万円負けたという桃田選手の無期限出場停止処分は、初犯でもある事だしもう少し情けを掛けてあげてもとよいのではと思わぬでない。

 彼には1千万円単位の制裁金と今後1年間の賞金没収、そしてリオの五輪には行かせてやるが(IOCと国際バドミントン協会が認めればだけど)必ず優勝しろ。金メダルを取ったらお前の処分をチャラにしてやる。・・・とこんな処分でどうでしょう。

 これも一種の賭けだから、勝負事の好きな桃田君は必死で戦うんじゃなかろうか。それにやってもらわん事にゃ、今まで彼に託した選手強化費という国費が勿体ない。

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谷川連峰、平標山~仙ノ倉山登山

2016年04月10日 | 登山

4月9日(土)     天気=晴れ

07:18平標山登山口駐車場→ 08:24~36送電線鉄塔→ 09:13~19松手山→ 10:44~11:00平標山→ 11:43~49仙ノ倉山→ 12:24~13:00平標山→ 13:25~39平標山ノ家→ 14:20~25林道出合→ 15:15平標山登山口駐車場

 

 春の陽気に誘われて妻と残雪の谷川連峰へ出掛けた。目指したのは連峰西端の平標山で余裕があれば東隣の連峰最高峰の仙ノ倉山も登ろうという予定、朝4時起きで我家を出発した。スキーシーズンも終わりに近づいたせいか週末の関越道下りは空いており、7時頃に登山口の駐車場へ到着した。

 登山口駐車場

 通常ここの駐車場は有料なんだけどシーズンオフの今は無料で、トイレも閉鎖されて使えなかった。準備を終えて歩き始める。二居川に掛かる橋を渡ってすぐに登山口があり、初めから一気に登りの急登だ。しかしつづら折りの道は意外と歩き良い。先月の天狗岳では体調不良の為登山を中止した妻も今日は「もう少しペースをあげていいよ。」と言うくらい快調なのでホッとした。

 登山道入口

 黙々と登っていると同年輩の単独男性に追いついた。挨拶を交わしたら「川越の方ですか。」と聞かれた。彼は川越市の人で、今朝方三国峠の登りで私の車を抜いた時、車番の地名が同じだったので記憶していたらしい。少しは話して別れたが、その後彼とは平標山の山頂で再会する。

 約1時間の登りで高圧電線の鉄塔が立つ地点に着いた。展望が効いて眼下に見下ろす苗場スキー場のゲレンデは殆ど雪は残っていない。この辺りから残雪が増えて雪道歩きが多くなった。しかしグサグサの腐れ雪なので、アイゼンを付けるまでもない。

 送電線鉄塔地点

 鉄塔地点から苗場スキー場方面

 やがて傾斜が緩み森林限界を脱し、稜線の一角に達した。目の前にゆったりとした平標山の山頂が姿を現した。雪尾根をしばらく歩いて松手山(1614m)に着いた。山頂の標識は頭部分まで埋まっている。ここから平坦な雪尾根を進み、平標山の肩へ突上げる標高差200m余の急登になる。

 松手山手前の尾根道

 松手山山頂

 松手山から平標山へ続く尾根

 この急登が今日一番の頑張りどころで、息を荒げつつ登って行く。だんだん背後の松手山が低くなり平標山の肩に達した。後は山頂まで緩やかな尾根が続く。小さなアップダウンを幾度か繰り返して、10時44分、平標山(1984m)に到着した。

 平標山山頂

 今の時期山頂は雪に覆われているのが通常だが、今年は異常に雪が少なく山頂一帯の地肌は剝き出しになっていた。山頂からは360度の展望で西に聳える苗場山や奥滋賀の山々は真っ白な雪に覆われていた。

 山頂から苗場山方面

 しばらく休んで仙ノ倉山へ向う。そこに至る尾根はゆったりした起伏の草原で実に気持ちの良い道だ。仙ノ倉へ登る途中で「疲れたからここで待ってる。」と妻が言った。これから下山の道も長いので妻をそこで休ませ、私一人で仙ノ倉までピストンした。

 平標山から仙ノ倉山方面(三つのピークの真ん中)

 辿り着いた谷川連峰最高峰の仙ノ倉山(2026m)も山頂に雪が無い。ここも平標山に劣らぬ360度の大展望で、今まで見えなかった谷川岳や一ノ倉岳がそう遠く無い位置に望まれた。

 仙ノ倉山山頂

 山頂から谷川岳方面

 慌ただしく写真を撮り終えると山頂を後にして、途中で待って居る妻と合流し再び平標山へ戻った。山頂へ着いた時、「もう仙ノ倉まで行って来たんですか早いですねぇ」と声を掛けられた。今朝登る途中に出会った川越の男性だった。

 仙ノ倉山から平標山方面(遠くに苗場山)

 途中で待っていた妻と背後に平標山

 一緒に食事を取りながら少し会話を交わしたのだが、淡々と話す彼の話は重いものだった。「随分前に白血病を患い高価な薬を飲んで治療しているんだけど、あまりに薬代が高く又薬で体調も悪くなるので今は投薬を止めている。発症した数年間は落ち込んでいたが、これでは自分が駄目になると思い山を始めたんです。今は週に一度のペースで山へ行ってます。でも検査の数値が悪化してるので、又薬を飲まねばならないかも知れませんね。」と柔和な表情で話してくれた。

 そんな話に我々夫婦が安易に返す言葉がなかった。でも初対面の私達にそれを話す事で彼の気持ちが僅かでも和むならば、それはそれで良いのではと思った。彼とは「又何処かでお会いしましょう。お元気で」とさり気なく挨拶して別れた。

下山の道は平標山ノ家経由で降った。山頂から小さく見える山ノ家へ緩やかな降りで、雪道と夏道が交互に現れる。雪道では気をつけないと時折ボコッと膝上辺りまで踏み抜くから慎重に降った。

 平標山ノ家に向かう下山の道

 下山途中から仙ノ倉山

 山ノ家までもう少し

 平標山ノ家

 山ノ家はまだ閉鎖されていたが、屋外のシンクにはホースが引かれ冷たい水が迸っていた。山の家から河内沢沿いの林道まではジグザグの道で最初は踏み跡が錯綜した雪道なので少々難儀したが、途中からは雪も消え夏道に変わったので楽に降る事ができた。

 山ノ家から平標山を振り返る

 林道合流地点

 登山口へ戻る林道はけっこう長かったが、緩やかな降りが続いたので脚が勝手に前へ進んでくれた。40分程降った地点で「登山口駐車場→」と書かれた標識があり、そこから右に分岐する遊歩道を10分程歩いて登山口駐車場へ戻ってきたが、右折せずに車道を直進した方が早く楽に着いたような気がした。

 登山口へ降る長い岩魚沢林道

 登山口付近から見上げる松手山手前の送電線鉄塔方面

 車に乗ると3キロ程離れた日帰り温泉「宿場の湯」へ向かい、山の汗を流す。ここは料金600円で広い休憩室や食堂もあって中々充実しており、近くにあるまだ営業中の田代やかぐら・みつまたスキー場で滑り終えた人達が立寄ってけっこう混んでいた。

 今日はポカポカ陽気で天気も良かったし、前回の登山では不調だった妻も元気に歩き通した。ソコソコの雪山気分を味わえて満足の山歩きだった。

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川越プチ観光

2016年04月07日 | 旅行

 4月7日(木)

 

 一昨日のブログで「テニスが出来ぬならいっそ雨よ降れ。」、何て念力をかけたもんだからこのところよく雨が降る。そんな中、昨日は珍しく小春日和の好天だったので、予てより「花見に行こう」と言っていた妻と二人で川越へ桜見物を兼ねたプチ観光に出掛けた。

 川越駅の東口から歩き始め、ありふれた商業地や住宅街を抜けて片道2車線の国道16号に出る。騒々しい国道をしばらく進むと新河岸川が流れに出会う。ここから始まる約1キロ続く川沿いの桜が美しい。観光スポットでないから行き交う人も少なくノンビリ花見を楽しめた。

 桜と菜の花のコラボが美しい。

 国道407号にぶつかると川は左に曲り、しばらく行くと木々がこんもり繁る初雁公園で、園内には川越城本丸御殿や野球場、博物館等がある。ここも観光スポットだから訪れる人も多い。

 この少し先から続く川沿いの桜が一番見事だった。その桜並木の中程にヤオコー美術館がある。小さな建物だが洒落た造りで、中には喫茶室もあり料金も300円と手頃だから休憩するにはちょうどいい。ちょうど三栖右嗣という日本画家の絵が展示されていたけれど、絵心の判らぬ者が論評しても時間の無駄だから省略する。美術館を出ると更に川を遡る。

 氷川神社近くの桜並木

 ヤオコー美術館

 美術館を出て更に川を遡る。歩いていて感じたが、新河岸川は市街地を囲むように流れている。これは城を護る為に昔の人が人為的に流れを変えたのではないだろうか。氷川神社を過ぎた辺りで川は北西から南西へと向きを変えた。

 道灌公園先の高沢橋を左に曲ると川越一番の観光名所、菓子屋横丁や蔵造りの街並みがある。その一隅に大正時代の面影を残す洒落た洋風の建物があり、太陽軒というレストランが営業していた。

 レストラン「太陽軒」

 

 先程訪れたヤオコー美術館とこのお店が妻のお目当てだったが、ランチメニューは1900円の定食のみで、私はソコソコ満足したけれど肉嫌いの妻はヤヤ不満げだった。

 ランチの後は徳川家所縁のお寺「喜多院」へ向かう。広い境内には見頃の桜が咲き多くの露店もあって、シートを広げ花見を楽しむ沢山の人がいた。その後、川越一の繁華街クレアモール通りを抜けて川越駅に戻り、約5時間、交通費一人490円のプチ観光を終えた。

 喜多院の桜

 何度も訪れている川越の街はけっこう見所も多いのだが、観光地としてはイマイチ名が知れ渡っていない。その原因として埼玉県民のプレゼン力の無さもあるだろうが、都内の池袋から電車で僅か30分というアクセスの良さが、逆に旅情を掻きたてぬというマイナス要因になってるのではと、旅行コメンテーターとしての私は推測しておるのだが。

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人生とは悩みと共存しつつ生きるもんじゃ

2016年04月05日 | 日記

 4月5日(火)

 最近右肘に痛みが生じ、大好きなテニスができない。おそらくテニスのやり過ぎが痛みの原因(所謂テニス肘)何だろう。クラブの師匠格であるTさんに言わせれば「Fさんは打ち方が悪いんだよ。」との仰せだが、七十近くになって今更フォームも変えられぬ。

 好きな事もできずトボトボ歩いていると、街中を行き交う人々が皆何の悩みも無く幸せそうに見える。いっそテニスが出来ぬよう毎日雨が降ればよいのにと思うのは、私がイジけた性格だからだろうか。

 山歩きやマラソンをやってるせいか、私を知る人はよく「Fさんは丈夫だねぇ」とか「元気だねぇ」と言ってくれる。言われる私も満更でもないのだが現実は違う。

 時折ブログにも書くけど肘痛の前は右足痛だったし、その前は腰痛だった。そして風邪や鼻炎にも掛かっている。年間の医療費だって税控除を受ける位払ってる。実際は何がしか身体の異常がある場合が多く、完全無欠の健康体の方が少ないのだ。

 でも何の悩みも無さそうに街を行き交う人達だって、本当のところは私と似たようなもので、心身に悩みを抱えつつ過ごしているのではないだろうか。

 これからだって何があるか判らない。明日にでも脳溢血になるかも知れぬ。あるいは心筋梗塞、認知症、進行癌・・・それらを心配してたら生きては行けぬ。人生とはそんな悩みと共存しつつ、折り合いをつけながら生きていくもんじゃないじゃろうか。ホーホッホッホ・・(最後はエラソーなジーサン言葉になっちゃった。)

 

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山田洋次監督の映画「家族はつらいよ」は実に面白い。

2016年04月03日 | 映画・コンサート

 4月3日(日)

 月に一度以上のペースで映画を観てるから、私は映画好きの部類に入るだろう。映画好きにもそれぞれ好みがあるだろうが、私は非日常的なスペクタクルアドベンチャーものが大好きである。と同様にさり気なく日常を切り取った人情ものも嫌いではない。人情ものと言えば「男はつらいよ」の山田洋次監督が代表だ。彼の作品「家族はつらいよ」が公開されたので、さっそく映画館へ足を運んだ。

 映画の主人公平田周造(橋爪 功)は、定年退職後を悠々自適に暮らす高齢の男性だ。彼はある時従順な妻(吉行和子)から突然離婚届を突きつけられる。思いもよらぬ事態に、子供夫婦や孫も巻き込んだ大騒動が始まった。

 「西村雅彦」「夏川結衣」「妻夫木聡」「蒼井優」等出演者も実力派が揃い、この映画には悪人は登場しないけれど、善良な凡人の愚かさが描かれて実に可笑しい。長女の夫役を演じた「林家正蔵」も若い頃はヘタクソと思ったが、年齢を経て味のある役者になっていた。今の彼なら「男はつらいよ」のタコ社長もやれそうだ。

 場面の随所にヒネリも効いていて、周造が激高のあまり気を失い救急車で病院に担ぎ込まれたシーンでは、病床に駆けつけた長女(中島朋子)が「あの医者落語家みたいな顔してホントに頼りになるの」と嘆いた直後に、笑福亭鶴瓶が医者役で登場した時は思わず噴き出した。でも年老いて妻から突き付けられる離婚届、何だか他人事では無さそうで笑いの後にヒヤリと感ずるものがあった。

 久々に山田洋次監督が実力発揮した人情喜劇で、実に楽しい映画だった。できる事なら「男はつらいよ」みたいにシリーズ化して欲しいと思うけれど、山田監督は高齢だし、主役もあの世への旅立ちが間近そうな老夫婦なので、これは一寸無理なお願いかな。

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山梨県、王岳~鍵掛峠登山

2016年04月01日 | 登山

3月31日(木)         天気=晴れ

07:45根場いやしの里根場駐車場→ 08:17~22王岳登山口→ 09:20~44王岳→ 10:22~45鍵掛→ 11:02~08鍵掛峠→ 11:45鍵掛峠登山口→ 12:05いやしの里根場駐車場

 

 一昨日、「明後日山梨の王岳へ行くんだけど、どお?」とテニス仲間のYさんから電話があった。あまりに突然なので一瞬迷ったが、「誘われているうちが華」と思い参加する事にした。参加者は家庭菜園の野菜を我が家へ時々届けてくれるSさんと彼の奥さんのK子さん、そしてYさんと私の4名、Sさんの車で早朝に出発した。

 平日の高速道路はわりと空いており、ペチャクチャ話してるうちに、1時間程で登山口のある西湖湖畔に到着した。ここまで来ると見上げる富士山が実に高くてデカい。いやしの里根場の登山者用駐車場に車を停め、富士山の北に聳える王岳へ向かって出発する。

 駐車場を出発する。

 王岳山頂までは直線距離1700m、標高差700m余の急登だ。西入川に沿って荒れた林道をジグザグに登って行く。トップを歩くK子さんの脚がすこぶる快調で、必死に追いて行くと汗が噴き出してくる。30分程で「王岳⇒」と書かれた標識がある登山口へ着いた。

 荒れた林道を進む。

 王岳の登山口

 ここから登山道が始まる、。傾斜は増々強くなり、ジグザグを繰返しながら登って行く。フト背後を振返ると眼下に西湖の湖面が輝いていた。40分程で尾根筋に到達し少し傾斜が弱まった。直線的に伸びる尾根道を山頂へと登って行く。西の方向には長々と横たわる白銀の南アルプスが雑木林越しに望まれた。

 急な登山道(西湖が望まれる)

 主脈縦走路に合流

 王岳直下の急登を頑張ると、御坂山から五湖山へ続く主脈の縦走路に出た。そこを右に曲ると王岳(1623m)の山頂があった。南面に展望が開き正面に雪帽子を被った巨大な富士山、その富士を取り囲むように富士五湖が点在する雄大な眺望が広がる。この景色を眺めただけでも登って来た甲斐が合ったというものだ。

 王岳山頂

 山頂から富士山と河口湖(左)、西湖(右)

 記念の写真を撮り終えると、山頂を後に縦走路を東に向かって進んで行く。小枝が少々煩いものの終始右手に富士山を望む気持ちの良い尾根道だ。残念な事に南アルプスだけは、樹木に邪魔されて写真を撮る事ができない。

 王岳を振り返る

 

 小さなアップダウンを繰返し、王岳から40分程で鍵掛(1589m)のピークに着いた。雑木林に囲まれ展望は無いものの、ゆったりした山頂で心地よい。ここで少し早目のランチタイムにする。お湯が入ったマホービンを出し、さてコーヒーをと思ったがコップが無い。どうも忘れてきたようだ。せっかく暖かいコーヒーを飲もうと思ったのに残念。

 鍵掛のピーク

 鍵掛を降って行くと前方に鬼ヶ岳のピークが高く見える。その手前の鞍部が鍵掛峠で、左右に下山の道が分岐している。我々は右に曲って根場集落へ至る道を降って行く。この下山道もかなりの急勾配だが、良く整備されており歩き易い。

 鍵掛峠へ向かう道

 鍵掛峠

 落葉した明るい樹林帯をジグザグにグングン降って行き、幾つか砂防堰堤が連なる本沢川へ降り着いた。川沿いに降って行くと眼下に車道が見え、「鍵掛峠・鬼ヶ岳⇒」と書かれた標識がある登山口に着いた。

 落葉樹林帯に続く下山道

 本沢川の砂防ダム

 荒れたダートの林道をテクテク降って行くと、前方に「いやしの里根場」の施設が見えてきた。ここは茅葺の古民家を幾つも移築し日本の古き山村風景を再現した観光名所で、古民家と富士山がコラボして絵のように美しい風景を描いている。施設内は平日にも係らず沢山の観光客で賑わっていた。その多くは中国の人達だった。

 いやしの里根場の古民家

 いやしの里の入口にある登山道案内標識

 車に戻った我々は、登山の汗を流そうと西湖湖畔の日帰り温泉「いずみ荘」へ向かった。入浴料金800円とチョイ割高だが、露天風呂やサウナ、食堂もあり居心地の良い温泉で、時間が早かったせいかガラガラでノンビリ寛ぐ事ができた。

 温泉を出ると帰宅の途につく。帰りの道もそれ程混んでおらず、午後3時過ぎには戻ってきた。あまりに早かったので、何かやり残したような気分になった。でも今日は天気にも恵まれ絵のような風景も堪能できたし、スッキリと楽しめた山歩きだった。企画してくれたSさん夫妻、誘ってくれたYさんには感謝々々です。

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