Fさんの日々の記録と山歩き

 山歩きが生き甲斐の団塊世代オッサン、ある事無い事日々感ずるままに綴っていこうと思います。

映画「終の信託」を観て終末医療を思う。

2012年10月30日 | 映画・コンサート

平成24年10月30日
 私の住む市は、特に知られた名所や旧跡があるわけでなく首都圏近郊の目立たぬ平凡な街ですが、僅かばかり良いところもあります。その一つが、我家から歩いて5分と掛からぬ場所に映画館がある事です。お陰で月に1~2度は映画を観るようになりました。会員ポイントが溜まったので、昨日は無料で観て来ました。その映画は周防正行監督の「終の信託」、主演は役所広司さんと草刈民代さん、周防監督の映画は面白くて欠かさず観てますが、今回のストーリーは役所さん演ずる末期患者が、草刈さん演ずる担当女医に延命治療を施さぬよう信託し、患者に同情した女医が人工呼吸機を外して死を迎えさせた事が、後日裁判沙汰となり、女医は殺人罪で告訴されるという内容です。終末がそう遠くない私は、時折妻と終末医療についても話し合うのですが、「無駄な延命治療や、蛸足みたいに管で繋がれたまま死を迎えたくない。」と言うのが一致した意見です。同世代の多くの方もこれに同調されるのではと思います。現在運転免許証の裏面は、臓器提供の意思カードとなってますが、併せて延命治療拒否の意思カードも記載すべきではないでしょうか。膨大な医療費抑制や病院施設の効率的運用の為にも、世界一の老人大国日本は、それを必要としていると推察します。

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2槽式洗濯機に我家栄誉賞を

2012年10月28日 | 日記

  平成24年10月28日
 長年使っていた2槽式洗濯機が壊れてしまったので、新しい全自動洗濯機を購入しました。先日も雪用タイヤセットを購入したばかりで、立て続けの高額ショッピングは、年金暮らしの我家に手痛い出費となりました。消耗の激しいタイヤは、何年に一度は買い換えざるをえないのですが、洗濯機の方は、十数年間動き続けてくれたものです。それを購入した頃は全自動式が普及し始めており、既に旧式の感があったのですけど、長い間故障もせず黙々と働いてくれました。しかしとうとう限界に達したのか、水漏れを起すようになり、この度引退の運びとなりました。女性は即物的だから、妻は新しい洗濯機を単純に歓迎してるようですが、ウエットな心根の私は、頑張ってくれた古い洗濯機に惜別の情を禁じえません。今までの貢献に対し我家栄誉賞を贈り、感謝の気持ちを込めてお別れしたいと思います。

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南ア、高谷山登山

2012年10月26日 | 登山

10月25日(木)    南ア、高谷山      天気=曇り時々晴れ


06:53桃の木温泉登山口→ 07:34山ノ神分岐→ 08:35桧尾峠→ 08:59~09:06高谷山→ 09:19~26夜叉神峠→ 09:50~10:00夜叉神峠登山口→ 10:46旧道分岐(山ノ神)→ 11:03桃の木温泉


 南アルプスの東側前衛の高谷山は白嶺三山の展望台夜叉神峠の南に位置して、峠から30分程でピークに立てる地味な山です。ネットで見ても夜叉神峠からのピストンが殆んどで、一部の人が桃の木温泉へ降っているようだ。私は逆に桃の木温泉から登ってみる事にした。地図で見ると温泉からピークまで直線距離約2500mで標高差が1000m、相当急峻なコースで登りがいがありそうだ。
 AM7時前、桃の木温泉山和荘の駐車場に着いた。この旅館は秘湯の会に加盟しており、若女将はブログなど発信して中々活発な人のようだ。車を降りたが、登山口が判らない。探し廻ると旅館の左側金網フェンスの奥に「夜叉神峠へ」と記された小さな標識があった。このコースを登りに使う人が殆んどいないせいか地元も整備する気がないのだろう。




 桃の木温泉、山和荘(左手フェンスの向うが登山口)



 準備を終えて歩き始める。最初から植林帯の中、踵が地につかないような急登が続きしごかれる。50分ほどで山ノ神分岐に着く。この道は地図に記載されてないが、けっこうしっかりした踏み跡だ。ここからしばらく傾斜が緩み快適な登りが続く。標高が上がるにつれ、樹相が変り紅葉の木々が増えてきた。しかし北国の山で見る紅葉と比較すれば色褪めして見劣りする。



 山ノ神分岐



 桧尾峠が近づくと再び踵が地につかぬ急登になる。踏跡も怪しげで降りの場合迷いやすいかも知れない。痩せ尾根の小さなピークを越えると桧尾峠に着く。



 桧尾峠直下の急登



 峠は山腹を巻く踏み跡が交差しているが、この道も地図には無く、作業用の道だろうか。ここからも痩せ尾根の急登が続く。息を切らして黙々と登って行くと以外に早く高谷山(1842m)に着いた。私の場合、軽装では1時間に標高差500mが登りの基準なのだが、登山口から山頂まで2時間のコースタイムは、ほぼ予定通りのペースで登った事になる。



 高谷山山頂



 大きな看板のある山頂は樹林で囲まれて、西側のみ展望が開き、北岳~間ノ岳の稜線を見る事ができる。北アルプスでは早くも冠雪の便りを聞いているが、北岳や間ノ岳は白粉をまぶした程の積雪に見える。時間も早く食欲も湧かぬので、お茶を飲んだだけで早々に山頂を後にする。



 高谷山から夜叉神峠へ続く道



 笹と樹林の中に気持ちよいアップダウンで道が続いている。前方に鳳凰山塊が高々と見える。アッケなく鳳凰山への登山道と合流した。夜叉神峠展望台までは僅かな距離なので立寄ってみた。展望台にある峠の小屋は閉まっていたが、ベンチに2組の登山者が休んでいた。装備から見て峠までの紅葉見物に来た感じの人達だった。



 峠から高谷山方面



 峠から北岳の稜線



 残念ながら期待した展望は雲が増して、北岳から間ノ岳に続く稜線の一部が見えるだけだった。峠からバス停のある峠登山口までは登山道と言うより遊歩道と言った方がよい快適な降り道、数組のパーティとすれ違うが、この人達も紅葉見物がてら訪れた様子だ。25分ほどで登山口に降立った。



 夜叉神峠登山口



 登山口の駐車場には、平日なのに数十台の車が停められている。やはり紅葉シーズンなので多くの登山者が入山しているのだろう。予定より早く着いたのでバス停の時刻表を見たら次のバスまで2時間近くもある。ボケッと待つのも馬鹿馬鹿しいので歩いて降る事にする。車道を降り始めたが、あまりにもクネクネ折れ曲がっているので嫌になり途中の尾根を強引に真直ぐ降る。その後旧道の標識と出合ったので、旧道を降って行く。そういえば峠登山口バス停の脇に木製の道標があったのを思い出した。あの標識に従えば最初から旧道を降れたのに、随分遠回りしたと後悔したが後の祭りだ。
 再び車道と合さる芦安地区の山ノ神には、峠登山口から46分ほどで降立った。バス代510円を節約した事になる。ここから車道伝いに17分ほど歩いて出発地の桃の木温泉駐車場に戻った。数台あった宿泊客の車は既に去り、私の車だけポツンと残されていた。
 秘湯の会員のせいか山和荘の入浴料金は1千円とけっこう高い。芦安温泉からしばらく降った所にある、道沿いの日帰り温泉「天恵泉白根天笑閣」まで車で降って登山の汗を流す。ここは何度か利用した事があるが、地元優先の公共温泉でお湯も本物の源泉、料金も500円と安くて好感の持てる日帰り温泉です。
 お風呂から上がっても、まだお昼で時間が早い。甲府市内でラーメンを食べた後、国道411号を経由して柳沢峠から奥多摩の紅葉見物がてらのドライブをして夕刻我家へ戻った。

 

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竹島・尖閣諸島の領土問題に関して

2012年10月24日 | 日記

 平成24年10月24日
 地図で見るとゴマ粒みたいに小さな竹島や尖閣諸島を「俺の領土だ。」と日中韓が争い続ける限り、領土問題は永久に解決しないだろう。では力づく(武力)で奪い合うか。でも戦争の愚かさ悲惨さは歴史が物語っている。国のエライさんもそこまで馬鹿じゃないだろう。だったらそれぞれの国が領有権を放棄して、共同管理地域とするしか解決の道は無いと思う。私は一番の先進国たる日本が真っ先に領有権を放棄して、共同管理に向けリーダーシップを取るのが一番賢い選択ではと思う。こういうと「お前は在日中(韓)国人か。」と糾弾を浴びそうだが、日清戦争で「台湾と遼東半島」、日露戦争で「千島列島と南樺太」そして隣国朝鮮の領土を奪い取った過去を持つ日本が、太平洋戦争で敗北しながら領土分割もされず今日の再興を得た立場で、「我国固有の領土」に固執するのは説得力不足のような気もする。「名を捨てて身をとる。」ではないが、領土問題を解決し日中韓が結束して共栄圏を築けば、EUを凌ぎ米国に迫る巨大経済圏が誕生する。「岩屑みたいな島で争って、奴らはやっぱりイエローモンキー」と嘲笑い、黄色人種の紛争を内心喜んでいる欧米白人国家を見返して、東アジアを繁栄させる事は即ち日本の繁栄に繋がるベストな道となるのではないか。こんな意見を持つ私は、非国民なんだろうか。


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小江戸、川越祭り

2012年10月21日 | 日記

  平成24年10月21日
 以前一寸働いていた添乗員時代の仲間達と会食に行って来ました。全員同じ団塊世代のオジサンどもで、相変わらず皆さんいろいろご活躍のようです。中にはまだ添乗員として活躍されてる人もおり、真っ先に脱落してしまった私は、末席で身を小さくして頷くばかりです。会食場所は、小江戸、川越市だったのですが、ちょうど川越祭りの最中でした。川越在住でいつも幹事役をやってくれるH氏の計らいで会食前後にお祭りの見所ポイントを見物したのですが、江戸時代から始まったという伝統あるお祭りは、笛や太鼓の音が場を盛り上げて豪華に飾った山車が30台近く蔵の街を練り歩き、賑やかで楽しく見応えあるものでした。毎年10月第3土日に開催されるとの事ですから、一度は見ておいて損は無いイベントですよ。自然志向が強く人里で行なわれる催しにはトンと興味無い私ですが、山歩きが出来なくなったら、全国のお祭り見物巡りをするのも悪くないなあと思いました。



 
小江戸、川越祭り(12.10.20)

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秋の信州、安曇野の旅

2012年10月19日 | 旅行

平成24年10月19日
 秋の信州、安曇野を旅してきました。観光見物、爺ヶ岳登山、キノコ採り等目一杯のスケジュールを満喫してきました。北アルプスの大自然、爽やかな気候、数多くの温泉、豊かな食材と、安曇野の魅力を掲げたら両手指でも足りません。今回は地元在住Fさんの山荘に宿泊させてもらいましたが、外国人留学生をお世話するボランティア活動を運営しているFさんの、留学生に係わる幾多の話題も面白く&興味深くて旅の印象を深めてくれました。今回同行した山仲間(先輩)のSATO夫妻、ITO夫妻とは、年に何度か共に出掛ける間柄だが、このメンバーだと100%の確率で愉快な旅になります。(私だけの思いだけかも?)私より年上なのに、両夫妻とも呆れる程多趣味で、海外へも日帰りバスツアー感覚で気軽に出掛けちゃうし、ものぐさな私は正直圧倒される思いです。いつまでも一緒の旅が出来る事を願ってますが、全員還暦ラインを早々と越えちゃった世代なので、健康だけが心配です。規則正しい生活、適度な運動、バランスの取れた食事を心掛けて、皆さんしぶとく元気でいてください。


 
F山荘でナメコの収穫

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北アルプス爺ヶ岳登山

2012年10月18日 | 登山

10月16日(火)  北ア、爺ヶ岳   天気=晴れ


06:54柏原新道登山口→ 09:07一枚岩→ 10:48~11:11種池山荘→ 11:35~37爺ヶ岳南峰→ 11:47~12:18爺ヶ岳中央峰→ 12:45~13:17種池山荘付近→ 14:41一枚岩→ 15:49柏原新道登山口


 山仲間のSATO夫妻&ITO夫妻と一緒に登山するのは去年秋の会津、小野岳大嵐山以来1年ぶりです。皆さん何だかんだ忙しく、今日の北ア、爺ヶ岳登山は久し振りに賑やかな山行となりました。そんな我々に天気も味方して今朝は爽やかな秋晴れです。
 黒部アルペンルートの扇沢ターミナル近くにある柏原新道登山口をAM7時前に出発する。ヒンヤリ冷えた大気が心地よく汗も掻かず快調に登って行く。爺ヶ岳南尾根の西斜面をトラバースするように刻まれた柏原新道は、適度な傾斜と良好な整備で登山者が安心して歩ける好ルートです。




 柏原新道登山口




 樹林帯の道を黙々登って行くと、樹林越しに展望が垣間見えてくる。扇沢ターミナルの施設が眼下に小さく見え、その奥に鋭鋒、針ノ木岳へ突き上げる針ノ木沢雪渓コースの全貌が確認できます。



 眼下に扇沢ターミナル施設と奥に針ノ木岳




 やがて石のケルンが建つ休憩ポイントに着いた。「この先危険転落注意」と書かれた標識がある。此処から200m程は急斜面を横断する道だが、道幅も広く危険を感ずる程ではない。この辺りから樹相が黒々した針葉樹林から落葉樹に変り始め、紅葉が艶やかになってきた。次々ビューポイントが現れるので脚が中々前へ進まない。



 紅葉の登山道



 上から大荷物を背負った若者の集団が降ってきた。昨日小屋閉めした種池山荘の従業員達だった。小屋が昨日で営業を終える事はネットで承知していたが、もしかしたら残り物のビールを飲めるのではという淡い期待が消滅してしまった。




 落石要注意地点



 稜線に建つ種池山荘がだんだん大きく見えてくる。登山道が左に鋭角に曲る所は岩の集積した急斜面で、時折落石もあり要注意箇所だ。此処を通過すると何度か屈曲しながら登り稜線上の種池山荘に着いた。固く戸を閉ざされた山荘の周囲は素晴らしい展望で、今まで今まで見えなかった立山・剣のギザギザの稜線が姿を現した。




 種池山荘から登って来た道(遠く富士山が見える。)




 山荘から爺ヶ岳




 ギックリ腰から回復したばかりのITO(旦那)さんは、此処に留まると言い、残る5人で爺ヶ岳を目指す。山頂まで1時間も掛からないので、私は一人先行させてもらう。大展望の稜線上に刻まれたジグザグ道を息を弾ませ登って行くと、アドレナリンが噴出して気持ちが高揚してくる。



 登山道から種池山荘と背後に立山・剣連峰



 山荘から24分で南峰に着き、後続の仲間を確認後、最高点の中央峰へ向う。その途中の鞍部で、降りてきた単独の男性が「その先に雷鳥がいますよ。」と教えてくれた。その言葉通り1羽の雷鳥がハイ松の中で一生懸命食事中だった。彼(女?)の身体の一部は雪山に備え、白く変身しつつあった。鞍部から一投足で爺ヶ岳中央峰(2670m)に着いた。




 食事中の雷鳥




 秋晴れの澄んだ大気の中で山頂からの眺めは絶景の一言、見渡す限り北アルプスの殆んどの山々視界に望め、遠くは富士山や八ヶ岳、浅間、南アルプス等の山々も確認できる。特に鹿島槍ヶ岳と立山・剣連峰の眺めが圧巻だ。後続して来た仲間と共に山頂で記念写真を撮る。標高差1300m余の日帰り登山は楽ではなかったけれど、その労は充分報われた思いがする。



 爺ヶ岳中央峰山頂




 爺ヶ岳から鹿島槍ヶ岳

 

 爺ヶ岳から剣岳






 中央峰から南峰と奥に針ノ木岳方面





 下山の道(右に岩小屋岳、左に針ノ木岳)




 山頂を後にITOさんの待つ種池山荘近くまで降り、全員で残った果物やお菓子を食べながらのブレイクタイム、食事を終えると往路をゆっくり降って行く。時折カラカラと落石音が聞こえる。岩小屋岳の方に眼を転じると山頂直下の崖で大規模な落石が発生し、まるで火山の噴火のように土煙が昇っていた。



 岩小屋岳直下、落石の土煙




 PM16時頃全員登山口に戻ると、大町温泉郷の薬師の湯で登山の汗を流す。その後地元の池田町在住のF氏夫妻と合流して一緒に会食する。F(旦那)さんは以前から留学生のボランティアに尽力しておられ、今年の夏には世話した元留学生に呼ばれてキルギスタンへ行ってきたそうで、その旅行話が大変興味深かった。奥さんのS子さんとは30年以上前からの山仲間で、会うと懐かしい思い出が甦る。その夜はF氏の簗場にある別荘に泊めてもらい、別荘で育てたナメコをお土産に頂き、翌日我家へ戻った。


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明日から安曇野へ出掛けます。

2012年10月14日 | 日記

 平成24年10月14日
 日本の中で最も好きな場所は?と問われれば、私は「北海道と安曇野」を真っ先に掲げます。どちらかと言うと寒冷地になるこれ等の場所を好む理由は、魅惑的な山が数多く存在する事もありますが、南国九州で生まれ暑さにウンザリの体験が私に涼しく爽やかな場所を憧れさせるのでしょう。その安曇野へ夫婦で明日から出掛けます。そして天気が良ければ北アルプスの稜線にも登る予定です。上手くすれば素晴らしい紅葉が拝めるでしょう。たとえ登れなくても安曇野には沢山の美味しい食べ物や観光名所もありますから退屈する事はありません。一緒に行くのは山仲間(先輩)のSTO夫妻とITO夫妻、山麓の山荘で過ごす二泊三日の旅は楽しい思い出になるだろうと今からワクワクします。ストイックに一人で挑む登山も嫌いではないですが、心通う仲間達との山旅も私は大好きです。

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日本アルプス縦断過酷な山岳レース

2012年10月13日 | 日記

 平成24年10月13日
 今夜のNHKスペシャル「日本アルプス大縦断、過酷な山岳レース」観た方もいらっしゃるでしょうが感動しました。富山湾を出発し、北アルプス~中央アルプス~南アルプスの険しい高山帯を駆け抜け、415km彼方の静岡県、駿河湾にゴールするという凄まじい山岳レースです。普通の人には、それぞれ個々の山に登る事さへ大変なのに、幕営装備を背負って一気に駆け抜けるのだから正に超人です。体力の極限に挑戦する無名のランナー(登山者?)達の熱い思いに胸打たれるとともに羨ましくもありました。私も20歳若かったたらなあ。(あの頃はフルマラソン2時間台で走れたんです。)・・・・何て言いつつ、こんな馬鹿げたレースは参加する気にならなかったでしょう。でも久々に見応えのある感動のテレビ番組を観ました。こんなマイナーな競技を放映してくれてNHKさんどうもありがとうございます。登山を愛好する者として感謝いたします。


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「右眼の傷は大丈夫」と美人の女医さんは言った。

2012年10月11日 | 日記

 平成24年10月11日
 先日の植樹祭で負傷した右眼は、今日慈恵医大で再診したところ「白目の傷は塞がっていてもう大丈夫ですよ。」と担当医(美人の女医さんなので本音はもう少し通院したかった。)の見立て、あしたのジョーの丹下段平にはならなくてすみそうなので一安心です。ところで、このところ国難多事の日本で、山中教授のノーベル賞受賞は久々に明るいニュースですね。IPS細胞と言われてもよく判らないけど、文明の進歩は彼のような一握りの天才によって切り開かれるのだと実感しました。それに引き換え生産するのは排泄物だけ、貢献するのはささやかな納税のみ、社会の粗大ゴミみたいな存在の我が身に気恥ずかしささへ覚えます。まあそれでも世間様にご迷惑を掛けず何とか自立した生活を営んでおりますので、良しとしてください。そんな私が言うもの僭越ですが、文明の進歩は大いに結構ですけど原子力の例で判るように、進歩=人類の幸せと必ずしもならず逆に不幸の元凶にさへなる。そこが現代社会のアキレス腱のような気がします。我々庶民が望むのは、ささやかな安心と幸せが実感できる社会なんですけどね。

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東京湾に森の島が・・・

2012年10月09日 | ボランティア

 平成24年10月9日
 ゴミと残土で築かれた東京湾に浮ぶ夢の島(一部)を森で覆われた島に変えようという、お役所にしては粋な事業が東京都の計画で進められています。近代建築物が林立する東京湾のド真ん中に緑に覆われた島があるなんて一寸感動ものの風景ではないですか。一般市民の植樹ボランティアも募集されており、昨日我々夫婦も参加してきました。自分の手で植えられた木が自分の死後も存在すると思うと何かワクワクします。植樹場所は、まだ立入制限されたお台場近郊の砂漠のような一角にありました。5年ほど前から植樹が始まり、3年以上過ぎた樹林はけっこう立派に成長していて10年後には森の島が完成するそうです。係員の女性に我々が植樹する場所まで導かれ、割当てられた区域で作業を始めます。最初はネットで梱包された苗木の束を取り出して一定の間隔で置いていきます。その作業中、妻が持上げた苗木の先端が私の右目に当り出血、本部にある救護所に連れて行かれ、看護師さんから消毒処置をしてもらった後、慈恵医大眼科まで行って診察を受ける事態となりました。担当医の話では「白目に傷がある」との事で、黒目に異常は無く痛みも無いので大した事も無く済みそうです。植樹が終ったら美味いものでも喰って帰ろうと思ったのが、とんだボランティアの一日となってしまいました。

植樹作業前の説明風景

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信越国境、苗場山~佐武流山登山

2012年10月06日 | 登山

10月3日(水)  和山登山口 →  苗場山頂ヒュッテ(苗場山)   天気=曇り、霧


08:40和山登山口(テニスコート跡地)→ 09:25~27登山道合流地点→ 10:00~10栃川上流徒渉点→ 10:24~34四合目標識→ 11:51六合目標識→ 11:51ヨモギドウ沢徒渉点→ 12:37小赤石コース出合→ 12:54赤倉山コース出合→ 13:10苗場山頂ヒュッテ(苗場山)

 「信越国境の苗場山から佐武流山に繋がる登山コースが切開かれた。」と以前、山の雑誌に書かれていたので、いつかは歩きたいと熱望していた。と言うのも、苗場山~佐武流山間を歩くと、群馬県の水上町から信州、志賀高原まで山稜伝いに、私の足跡が一筆書きで繋がるからだ。登山に興味無い人は?と思うだろうが、地図上に自分の足跡が長い線となって繋がるのは、山歩きが趣味の私にはけっこう嬉しい拘りです。。
 未明、妻を起さぬよう静かに起床し、我家を出て、AM4時前に関越自動車道に入る。(高速料金が深夜割引50%オフになるので)越後湯沢ICで一般道に降りると近くのセブンイレブンで朝食をとる。食事を終えると山越えの道で秋山郷へ向う。東は苗場山、西は鳥甲山に挟まれた山峡の村、秋山郷には、鳥甲山登山で来て以来だから20年ぶりくらいになる。
 まず秋山郷最奥の佐武流山登山口まで行き、折畳み自転車を残置する。その後、和山温泉近くのテニスコート跡地まで戻って車を駐車し、「苗場山登山口」と書かれた標識に従い出発する。「私道」と記された荒れた林道をしばらく行くと、栃川の流れにぶつかる。少し上流に小さな鉄橋が架かっているが、道が手前で流水に削られ寸断しており、そこは藪漕ぎで突破して橋を渡る。




 
テニスコート跡地の登山口(奥は鳥甲山)



 右に曲り、川沿いに進むと堆積した岩屑の下に道は消えていた。一旦橋まで戻ると「←苗場山」と書かれた小さな標識を見つけた。今度は左へ矢印どおり進むと再び道が消えた。困惑しつつ再度戻って、よく見回すと崖の途中に赤い布があり、そこが登山道だった。間違いに気付くのが早かったので、ロスタイムは僅かだった。踏み跡は急な斜面を100m程高度を上げて直上し、山腹沿いのしっかりした登山道と合流した。
 ここからは明瞭な道が続く。この道はあまり利用されてないのかクモの巣だらけでスットクで払いつつ進んで行く。小さな沢を2本越えて栃川上流の大きな沢と出合う。大雨の後遺症なのか沢全体を岩屑が覆いつくし登山道を埋めている。注意深く対岸を確認すると赤い目印が見えた。水飛沫を浴びながら沢を渡り、対岸の登山道に取り付く。此処からは尾根に向って、凄い急坂が続く。ベタ打ちされたロープが無ければ、登るのに苦労するだろう。辿り着いた尾根上には「四合目」の標識があった。此処で行動食をとり一息いれる。




 
平太郎尾根の急登



 ここから標高差500m余の平太郎尾根の急登が延々と続く。今日一番の辛い頑張りどころだ。「忍」の気持ちで登って行く。やがて尾根を左に離れると、一転して山腹を巻く水平な道に変る。小さな沢を越えてヨモギドウ沢に出合う。1850mという標高の割には豊かな流水である。沢の左側を登って行くと、だんだん緩やかな草原地帯に変化していく。標高1900m以上は既に紅葉が始まっており、赤や黄色の彩が美しい。



 
紅葉が始まった草原



 幾度か紅葉の草原を越え、沢音が尽きると広大な苗場山頂湿原の一角に着き、小赤石コースと合流した。太い木材で構築された木道が黄色い湿原の中に延々と続いている。木道は歩き易く歩行速度が早まる。一旦木道が途切れ、岩のゴロゴロした道を進むと再び木道に変り、右に分岐する赤倉山コース出合に着いた。此処を左に曲り、山頂へと緩やかに登って行く。白い霧が一層濃くなり、昼過ぎというのに薄暗く黄昏時のようだ。



 
小赤沢コース出合



 やがて白い霧の中から大きな看板と奥に山頂ヒュッテの建物が姿を現した。ヒュッテの管理人は若い男性で親切な応対が気持ちよい。私は40代の単独男性と同室になった。赤湯温泉から登って来たという彼は、控えめで温厚そうな人だったのでホッとした。苗場山頂標識(2145m)は小屋の側にあり、サンダル履きで出掛けて証拠の写真だけ撮った。




 
苗場山山頂



 夕食前に外へ出ると霧が払われ雄大な山頂湿原の全貌が眺められた。4度程訪れている苗場山だがいつも天気が悪く、こんなに見事な展望は初めての体験だ。夕焼け空に湿原が輝く風景は感動的で心揺さぶられる。



 
山頂湿原(右奥の山が赤倉山)




 
夕焼けに輝く湿原




 夕食はお変わり自由のカレーライスで、副食のトマト、キャベツの千切りやお漬物もバイキング方式で食べ放題、小屋泊まりは滅多にしないのだが一夜限りの見知らぬ人との会話も楽しくて食事も美味く、小屋泊まりが病みつきになりそうだ。一泊夕食付で7千円は高くないと思った。どこやらのBSテレビ局が我々の食事風景をカメラに撮っていた。






10月4日(木)   苗場山頂ヒュッテ(苗場山) → 佐武流山 → 佐武流山登山口   天気=雨


05:57苗場山頂ヒュッテ→ 06:15赤倉山コース出合→ 08:08~19赤倉山→ 09:16~25ナラズ山→ 09:44土舞台→ 10:22~30西赤沢源頭分岐→ 11:13~25佐武流山→ 11:53~58西赤沢頭分岐→ 12:26~30ワルサ峰→ 13:27~34檜俣川徒渉点→ 13:46~14:00林道出合→ 15:06佐武流山登山口


 ヒュッテの朝食が6時からなので、5時前に起きて食堂でガソリンコンロに火をつけたら炎が大きく燃え上がり一瞬焦った。濡れたフキンを被せて火を消したが、ヒュッテを燃やしたらエライ事なので屋外のベンチに移動し、お湯を沸かしてカップヌードルとパンとコーヒーだけの朝食を済ました。小屋の管理人さんに挨拶して6時前出発する。天気が良ければ未知のコースを歩くのは心躍る思いだが、外は真っ白な霧の世界で数十m程の視界しかない。こんな天候では不安と緊張が先立ち心細い気分が強い。昨日の天気予報は、「越後湯沢町は午前中晴れ」と予想していたのに山の天気は当てにならない。



 
霧の山頂湿原



 分岐の所で左折して赤倉山コースに入る。すぐ先に苗場山神社の小さなお社が建っていた。今日の無事を祈って手を合わせる。しばらく木道が続いていたが、途切れて草原の道に変った。小雨が降り始め、以後雨衣上下を装着しての歩きになった。あまり歩かれている様子は無いが、割としっかりした道が続く。雨の合い間にチラリと赤倉山の姿が見えた。展望が無いので踏み跡を見失わないよう慎重に進んで行く。



 
登山道から赤倉山を望む。



 一旦鞍部に降って小さな1787mピークを越え、急登をしばらく頑張ると左より赤湯温泉からの道が合わさり、少し先で赤倉山(1938m)に着いた。刈り払いされた小さな空地に山頂標識だけ建ち、展望は全くない。ここから佐武流山登山道までの間が9年ほど前に開通した道なのだが、笹の繁殖し踏み跡がだいぶ薄くなってきている。




 
ナラズ山に向う登山道



 ホワイトアウトの中、登山道のアップダウンで地図上の何処にいるのか見当をつけながら進んで行く。雨と草露で身体中ずぶ濡れだ。最近買ったばかりのモンベル製軽登山靴も防水が悪いのか、中は池状態で気分が重くなる。天気と展望に恵まれた山行は心弾むが、視界も無く雨に打たれながらの山行は修験者が修業をやってる気分だ。これも山という自然相手では仕方ない。辛い修行を楽しみながら行こう。赤倉山から1時間程でナラズ山(2052m)に到着、思ったより早かった。佐武流山と赤倉山の中間点になる。樹林に囲まれたピークだが晴れていれば展望があるのかも知れない。



 
ナラズ山山頂



 ナラズ山から道がはっきりしてきた。何度かアップダウンを繰返して「土舞台」という名の空地に着く。このコース中、唯一のテント場だが、ジメジメしていて、此処にテント泊したいとは思わない。ここからしばらく進んで、いよいよ佐武流山へ向けて登りが始まる。途中右に降る踏み跡があった。地図に記された水場への道だろう




 
土舞台のテント場



 登り続けると佐武流山登山道と合流した。此処は西赤沢源頭と呼ばれている。一息入れて佐武流山へ向う。今日は他に登山者は居ない様子、この雨では無理もない。登山道合流地点から山頂までの標高差は300m程だが、展望が全く無いのでやけに遠く感ずる。3度程ニセピークに騙された後、やっと佐武流山(2192m)に着いた。この山頂は十数年ほど前の春に、野反湖から残雪を伝って妻と二人で登っているから2回目だ。その時はまだ登山道が無かったので、立派な山頂標柱が建つ今とは全く様子が異なり、青い小さなブリキの山頂標識が樹木に吊るされているだけだった。



 
佐武流山山頂



 登頂の余韻に浸る気分の前に雨足が強くなったので、追われるように慌しく山頂を後にした。下山道に一箇所沢の徒渉があり、雨量が増えると増水して渡れなくなる恐れがあるのだ。前山のワルサ峰(1870m)を過ぎると木の根が絡みあって滑り易い急坂の下山が続くので気を緩める事が出来ない。何度か滑りそうになりながらも休まずに1時間程で檜俣川の徒渉点に降立った。さほど増水はしておらずホッとした。それでも靴を流水に浸さねば徒渉出来ないが、泥だらけの靴が綺麗になって、返って心地よい。



 
ワルサ峰への登り




 
檜俣川徒渉点




 対岸に渡ると100m程高い林道まで登り返す。この登りがきつかった。林道に着くとザックを投げ出して休憩タイム、お腹が減ってるので行動食の潰れた固いパンが実に美味い。この頃から天気も上向き始め、時折陽が差すようになってきた。ここからは単調な林道歩きが続く。途中「和山へ近道→」と記された標識があり右折する林道に入る。この道はまだ新しく、木材運搬のキャタピラーカーに踏み荒らされて泥んこ状態なので、しばらく歩き難かった。緩やかに曲りながら進んで行くと路上にいた猿の群れが、私の姿を見て渋々身を隠した。
 やがて再び「←和山へ近道」と記された標識に導かれ左の細い踏み跡に入る。この道はフカフカした土の道で気持ちよく歩いて行ける。15時ジャストに佐武流山登山口に到着した。朝6時前に苗場山頂ヒュッテを出発してから雨の中を9時間歩いてゴールした。コースタイムが11時間の道だから自分でもよく頑張ったなと思う。




 
佐武流山登山口



 登山口に残置していた自転車を組立てると、ダウンヒルの道をアッという間に疾走して、車の駐車場所まで戻ってきた。10キロにも満たないアルミの折畳み自転車だが、実に快適な乗り物だ。乾いた服に着替え人心地ついた。疲れが深いので高揚感もあまり湧かず安堵する気持ちが強い。天気が良ければ明日も登山をする予定だったが、装備が全てずぶ濡れなので、その意欲は消滅した。
 ただただビールが飲みたく、秋山郷を後にすると越後湯沢町のスーパーで夕食の食材とビールを買い、関越道上りの谷川岳PAで車を停め一人ささやかな祝宴をあげた。その夜は此処で車中泊し、翌朝朝日が昇る頃に我家へ戻った。


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台風の中のコンサート

2012年10月02日 | 映画・コンサート

 平成24年10月2日(火)
 一昨日、日本列島を縦断した台風17号は久し振りの大型台風でしたね。テレビでも当日の外出を控えるよう報じていたのに、駅で足止めくってる人々は懲りないというかバカですねー。と言ってる私もそのバカの仲間でした。台風直撃の最中、予約していたコンサートに出掛けたのです。よほど止めようと思ったのですが、支払い済みのチケット代が惜しかったものですから。悪天にもめげず集まった満席の観客は、殆んど40~60代の中高年でした。それも道理で「アラウンド40メモリーコンサート」というコンサート名のとおり、中高年が青春時代を懐かしむという趣向なんです。(杉山 清貴)(沢田 知可子)(辛島 美登里)(中西 保志)と二昔前に一世風靡した実力派歌手4人がコラボしてのコンサートは素晴らしく大盛り上がりでした。それぞれ個性ある歌唱力とトークに魅了され、浮世の憂さを忘れてほろ苦い青春時代に浸りました。最後はスタンディングオーベィションとなり、久しく触っていない妻の手を握って諸手を挙げ盛り上がりました。興奮冷めやらぬまま劇場を出ると、外は強風が吹き荒れています。我家へ戻るマイカーは、風に翻弄され、街路樹はロックンローラーのように暴れて今にも倒れそうです。肝を冷やしながらの運転でしたが、これも余興と思えば、中々刺激ある道中でした。


 

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