Fさんの日々の記録と山歩き

 山歩きが生き甲斐の団塊世代オッサン、ある事無い事日々感ずるままに綴っていこうと思います。

平穏無事な新年を過ごせますように。

2013年12月31日 | 日記

 12月31日(火)

 大晦日、今年もいよいよ今日で終わりです。一時は座っているのも辛かった私の「脊柱管狭窄症」も最近は日常生活に支障が無いほど改善し、気分新たに新年を迎えられそうです。

 清水寺で毎年お披露目される今年の漢字は「輪」でした。では私的に今年の漢字は何だったろう。症状が悪化して以降、ブログでやたら使った「痛」「疲」が思い浮かぶ。来る年には、こんな字とはオサラバしたいものだ。

 ではどんな漢字が良いだろうか。一つの字が浮かんだ。「無」です。無と言っても「無能」や「無知」「無気力」の無ではありませんよ。「無事」「無病息災」の「無」であります。あと「無心」もあるかな。

 何事も無く過ごせる事が如何にありがたいか今年はつくづく思い知らされた。これは個人でなくても家族、国家そして世界についても言えますね。極悪犯罪者、極悪独裁者、極悪テロリストを除く地球上全ての人が平穏無事な新年を過ごせますように。・・・(合掌)

コメント

白馬岩岳スキー場でスキーを楽しむ。

2013年12月30日 | 旅行

 12月28日(土)~29日(日)

 28日早朝我家を出発、渋滞を危惧した高速道路は、拍子抜けするほど空いており、AM9時過ぎに白馬村の岩岳スキー場に到着した。駐車場でF夫妻と合流、1年ぶりの再会だけど、二人は若々しくてちっとも変っていない。一緒に来た三男のY君は大人びてすっかり今風の若者だ。

 生憎雪混じりの天気だが、スキー場はソコソコ賑わっている。F家と共に広いゲレンデを滑っていたが、午後になると疲れでスキーへの意欲が減退し我々夫婦だけ早めに宿へ引き上げる。

 今宵泊るペンション、ヴィヴァルディは栂池スキー場側にあり、客室6部屋と小規模だが人柄の良いオーナーと美味しい料理が魅力で我々夫婦にとって大変心地よい宿だった。夕食を食べ過ぎたのと疲れのせいか、部屋に戻るとバタンキューで翌朝まで目が覚めなかった。

 29日朝、外を見ると青空が広がっている。車は降り続いた雪に埋まっており、F君と二人で除雪してチェーンを装着する。今日も岩岳スキー場で滑る。隣接して八方や栂池等の有名スキー場があるせいか此処はさほど混まず、又コースも多様で穴場的魅力があり気に入った。

 素晴らしい景観の中で滑るスキーは楽しい、気分が良いと疲れもさほど感じない。ゲレンデには外国人の姿が目立つ。ひと頃よりスキー場が賑わいを取戻した感があるのは彼らの存在も大きいようだ。

 海外からの観光誘致に、交通至便でサービス・施設の充実した日本のスキー場はとても大きな潜在力があると以前から思っていたが、成果がようやく現れ始めたのではないだろうか。

 午後になると疲れが足腰に溜りシンドクなってきた。後一泊するF夫妻とゲレンデで別れPM3時過ぎスキー場を後にした。ここらが2~3日平気で終日滑りまくっていた若い頃と違うところで年齢を実感する。宵闇の中、我家に到着してソファーで一息ついた途端、疲れの幕が身体にドッと降りてきた。

 F夫妻が予約してくれる年末のスキーツアーは、もう20年程続いている。今年は足腰痛で一度キャンセルしたが、とても楽しみにしていただけに諦めきれず、症状の改善を見計らって再度予約した。けっこう疲れたがF家の人とも再会できたし、とても充実した二日間を楽しむ事ができた。

 宿のペンション、ヴィヴァルディ

 岩岳スキー場から八方尾根方面

 岩岳山頂部ゲレンデ

コメント

白馬岩岳スキー

2013年12月28日 | 旅行
12月28日 天気=雪
朝4時過ぎ我が家を出発、帰省の渋滞は思ったほどでもなく9時過ぎ岩岳スキー場に着いた。
ここでF夫妻と合流、三男のやすし君は成長してすっかりオッサンになっていた。
生憎雪混じりの天気だったが大勢で滑るスキーは楽しかった。
我々老夫婦は疲れて午後早めにスキーを終えた。
今は風呂から上がりディナーを楽しみに待っている。まだ雪はコンコンと降っている。車が埋まらないか心配だ。
コメント

明日、信州白馬村へスキーに出掛けます。

2013年12月27日 | 日記

12月27日(金)

 今年も残すところあと4日、月日の経つのは早いものです。大した事も出来ず、なし崩し的に一年を過ごしてしまいました。私的に2013年最大の出来事は、「脊柱管狭窄症」が悪化した事でしょうか。幸い快方へと向かっているので、年越しは少しばかり明るい気分で迎えられそうです。

 帰省渋滞に拍車をかけて申し訳ないが、明日から一泊二日で信州白馬村のスキー場へ向かいます。山仲間のF夫妻と一緒に行くこのスキーツアーは毎年末恒例で、七夕伝説の織姫様のように年に一度、彼らと再会できるのがとても楽しみです。

 F夫妻との年末スキーを始めた頃、まだヨチヨチ歩きだったF家の長男K君は既にJRに就職して社会人、生まれていなかった次男のK君は大学生、正に「光陰矢のごとし」です。もう彼等は親離れして一緒に来る事は無く淋しいが、末っ子のY君が来るというので、人懐っこい彼がどれだけ成長したか会えるのが又楽しみだ。

コメント

八年ぶりに、ミズノのテニスラケットを買った。

2013年12月26日 | 日記

 12月26日(木)

 若い頃の私は登山やマラソンといったガテン系のスポーツが好きで、ゴルフやテニスなど球技系を軟弱スポーツと思い込み興味が無かった。ある日職場の仲間に誘われテニスをやったら、これが意外に面白く又奥深かった。

 私の身体はどちらかというと持久力系スポーツ向きで、球技は不得意分野のせいかテニスの技術は遅々として上がらず、「明日こそ明日こそ」という気持ちでやっていたから長続きしたのだろう。

 ところが最近は老化の増進とともに上がらぬ技術が急降下し始めた。「これを食い止めるには金の力で良い道具を買うしかない。」と神保町のミズノスポーツへ行って、おニューラケットを八年ぶりに購入した。その価格26.964円、

 たかがボールをぶっ叩くしか能の無いツールに大金費やしてと、妻に知られれば冷戦勃発必定だ。だからこれはトップシークレットで機密保護法に触れます。だが妻は私のブログを頑なに閲覧しないから書いても大丈夫何です。

 まだ実戦でおニューラケットを試しておらず、使うのが楽しみだ。しかし、これを使って技術の低下を止められなければ、日本の人口減少問題と同様に私にはもう打つ手がありません。

おニューラケット、ミズノCALIBER103

限りなく初級に近い中級プレイヤーのくせに上級モデルを買ってしまった。

 

コメント (1)

初滑り、越後湯沢ナスパスキー場へ行ってきた。

2013年12月25日 | 旅行

 12月25日(水)

 年末寒波の襲来で各地のスキー場が続々オープンしている。体調も回復してきたので、さっそく初滑りに出掛けた。最初に行こうとした「神立高原スキー場」はネットで検索したら何と倒産していた。越後湯沢インターそばでアクセスが良く、ゲレンデも広くて気に入っていたスキー場なのに残念な事だ。

 それで同じ越後湯沢町の「ナスパスキー場」へ向かった。此処は越後湯沢インターから一番近いスキー場で、以前障害者スキーツアーに同行して何度も訪れていた。ファミリー向けなのでゲレンデが狭いのが難点だけど、スノーボード禁止なのがスキーヤーには嬉しい。

 営業開始の8時半過ぎ到着し、チケット売り場に行き「シニア2枚」と言ったら「シニアのペアだと一人2500円ですよ。」と嬉しい返事、「安いねー」と言うと「今日のチケットを次回持参すれば一人2300円になります。」と更に嬉しい返事、受付のお姉さんがとてもナイスレディに見えてきた。

 朝方雪がチラつく天気だったがみるみる回復し、お昼頃には青空が広がった。ゲレンデの雪は新雪だし、絶好のコンディションなのだが、ワックスの塗り方が悪かったのかスキー板が全然滑らない。コントロールしづらいのでイライラしてきた。

 イヤイヤこれは板が悪いんじゃなく単に俺がヘタクソなだけだ。本当はブログに格好いい滑走シーンの動画でも添付したいところだが、これじゃ恥ずかしくて写真ですら載せられない、仕方ないので風景写真でお茶を濁しときます。

 午後になるとバテテしまい、それ以上やれば怪我しそうなので、PM2時にはスキーを止め我が家へと戻った。・・・そのうち冬の越後湯沢の楽しみは温泉と雪見酒だけ、そんな日も遠くなさそうな予感がしてきた。・・・でも今日はスキーはメタメタだったけど、雪景色を堪能出来たので良き一日であったとしましょう。

 ナスパスキー場

 スキー場から谷川連峰方面

 スキー場から巻機山方面

コメント

お笑い演芸場「浅草東洋館」でゲラゲラ笑ってきた。

2013年12月24日 | 映画・コンサート

 12月24日(火)

 新聞販売店からチケットを貰ったので、お笑い芸人の演芸場「浅草東洋館」へ行って来た。浅草は都内有数の繁華街だが新宿や渋谷等の圧倒するような賑わいとは異なり、昭和の香りが漂う街並みは何処か間延びしたような雰囲気で、田舎者の私でも心馴染むものがある。

 過って渥美清やビートたけしなどのコメディースターを輩出し、一世を風靡した「浅草東洋館」も今は寂れた小劇場の佇まいだ。入口に立つと若手芸人さんらしき人がチンドン屋さん姿で一生懸命客引きをしていた。

 4階の劇場内に入ると意外や意外超満員で、立ち見の人も十数名いる。混んでいる理由の一つは200席にも満たぬ客席の少なさにもあるのだけど、

歌謡漫談、漫画、演奏、物真似、いろんな芸人さんが15分間隔程で次々に出演する。テレビに出るような有名人はおらず、高齢の芸人さんも多い。有名で無くても、失敗も笑いに変える芸は手練手管、流石その道何十年のプロだなと感心させられる。ゲラゲラ笑って3時間余を過ごし、終演後劇場を出ると、浅草界隈は夕闇の中に輝いていた。

コメント

ありふれた田舎町が、私のかけがえのない居場所

2013年12月23日 | 旅行

 12月23日(月)

 昨日は神奈川県の川崎市へ遊びに行った。姪のY子ちゃんが新居を構えたので招待されたのだ。彼女の自宅は初詣で有名な川崎大師の道路を挟んで向かいにあり、6階のベランダから居ながらにして本殿を拝む事が出来る。

 又東の方向は川崎臨海工場群が広がり、その上を羽田空港へ向かう飛行機が尽きぬ滴の如く次から次と着陸している。日本の躍動を象徴するような展望である。彼女はそんなマンションでお酒の好きな優しい旦那さんと二人幸せそうに暮らしていた。

 次に義姉宅を訪問する。H家(義姉夫妻宅)は明るく面倒見の良い家庭で、我々夫婦は何かとお世話になり&頼りにしている。そして顔を会わせるたびに元気と沢山のお土産を頂いている。姪夫婦も交えて楽しい語らいの一時を過ごし深夜H家を辞した。

 埼玉の我が家へは甥のT君が車で送ってくれた。途中の首都高から眺める都心の夜景は、まるで未来都市を眺めるようで圧倒されるような美しさだ。その後帰り着いた我が町は、中心街の国道沿いショッピングストリートさへ灯りも疎らで辺鄙な片田舎に見える。でも私は此処へ戻ればホッとする。このありふれた田舎町が、私にはかけがえのない居場所なのだ。

 川崎大師の門前通り(三が日ここへ参拝客が濁流のように押し寄せる。)

 

コメント

マラソンシーズン到来、私がマラソンに芽生えたキッカケ

2013年12月21日 | 日記

 12月21日(日)

 寒い北風が吹き始めるといよいよマラソンシーズンの到来だ。週末になると各地でマラソン大会が催されている。私も一シーズンに3~4回は出場していたが、去年脊柱管狭窄症を患って以降、すっかりご無沙汰している。

 運動神経が良いとは言えなかった私は、若い頃スポーツとは無縁で体型も準肥満体質、全く冴えない若者だった。そんな私がマラソンに芽生えるキッカケは登山だった。

 登山者の中でも羚羊のように速く歩く人の事を「あの人は健脚だ。」尊敬の念を込めて呼ばれ異性からも熱い視線を注がれる。山歩きを始めたばかりの私は、そんな人と間近接し見、健脚者になりたいと思った。

 それからだ毎日ジョギングをするようになったのは、継続は力なりで徐々に足腰が鍛えられ、フルマラソンも2時間台で走れるようになった。異性から熱い視線を浴びる事は無かったけれど、山歩きにも自信が持てるようになった。

 今思うと、登山を知る事が無かったら私はどうなっていただろう。肥満体質は増々増進し、悲惨な人生になっていただろうと高い確率で推測できる。60半ばの今日まで人並みの生活ができたのも、これ一重に山の神様のお蔭と毎日心の中で手を合せている。

 今日は違和感無く時間歩けた。痛みレベル

コメント

私の年賀状、レイアウトは毎年殆ど変らず

2013年12月20日 | 日記

 12月20日(金)

 親類縁者も薄く、社交下手が災いして友人知人も乏しい私は、毎年大した数の賀状を出していなかったが、仕事を辞め無職になったらそれも半分以下に減った。年金暮らしになったら虚飾を廃し清貧に生きたかったので、それは大いに望むところでもあった。親しくも無いのに義理付き合いなどしたくはない。

 今日は寒い雨の中、その少ない賀状作成に半日費やした。順調なら数十分で終わるのだが、我家のプリンターは10年近く使ったエプソンの安物で最近素直に動いてくれない。もう替え時なのだろうがコピー用紙は印刷できるので中々手離せない。

 賀状のデザインを凝るのは面倒くさいし嫌いなので、レイアウトは毎年殆ど変わらず、写真、絵柄、絵文字、ベースカラーを適当に変えるだけだ。そして余白に一言書き添える。だから賀状の作成にさしたる苦痛はないが、それでもポストに投函し終えた後は、少しばかり肩の荷が軽くなり新年を迎える心構えが湧いてくる。

私の来年の年賀状レイアウト

コメント

首都直下型地震の確率は今後30年間で70%

2013年12月19日 | 日記

 12月19日(木)

 テレビを観ていたら「首都直下型地震」の事が報じられていた。首都圏でM7級地震発生の確率は今後30年間で70%、これは起きて当然と言える数字だ。そして東京湾岸沿いの都心部が最も甚大な被災地となり数万人の死者が予想されている。

 オリンピック開催も決まり地方の疲弊を尻目にアベノミクスの経済効果とやらで一見華やぐ都心の繁華街も、その実態は時限爆弾を仕掛けられた豪華客船みたいなものだと思うと空恐ろしく思えてくる。

 都心から電車で40分余の地に住む私は、今まで多くの人から「そこは何処にあるの?」とまるで遠い僻地の住民の如くあしらわれ唇を噛みしめる事もシバシバだったが、都心から遠く離れた郭公が鳴くような田舎街を選んだ決断は、間違ってなかったと今更ながら思う。・・・「単に経済的な事情だろ。」と知人の声。

 今日の痛みレベルは3点(雨の為、家でジッとしていたから)

コメント

NISAとは

2013年12月18日 | 日記

 12月18日(水)

 「NISA」声にすると「ニーサ」、これをご存じの人は相当の経済通・・・でもないか。今銀行や証券会社が必死に宣伝してますもんね。日本語だと「少額投資非課税制度」と言うらしい。口座を開設したら3千円くれるという誘い文句と非課税という言葉に釣られて私もN証券に口座を開設した。

 来年1月から、株や投資信託の利益に対する課税が10%から20%に倍増されるので、客離れを恐れた金融業界と国が結託して出来た制度のようだ。去年自動車業界を支援したエコカー補助金みたいなものですね。

 「NISA」の詳細がもう一つ判らないので、説明を受けにN証券K駅支店を訪れた。この支店の窓口は全て妙齢の証券レディーが対応する。最近若い女性と言葉を交わす機会なんて、此処と病院くらいのものだ。金が取り持つ縁とはいえ、若い女性との会話は気持ちが華やいでくる。・・・・オーッと油断大敵、これは若いお姉さんにカラキシ弱い団塊オヤジの弱点を狙った証券会社の策略だ。気を引き締めながらお姉さんの説明を聞く。彼女の説明はかくの如し

「年間100万円を上限とする金融商品の利益が非課税になる。」、「非課税は最長5年間継続する。」、「毎年100万円づつ購入すれば、最大500万円の金融商品が非課税になる。」

 一見良さげな話だが、非課税目当てに買ったはいいが損失が出ても誰も面倒を見てくれない。大体過去を振り返り、国や大企業の甘言にロクなものはなかった。証券レディーの微笑みと、ブ厚いパンフレットをお土産に我が家へ戻った私だが、買うべきか。買わざるべきか。…ウーン、判りまシェーン。

今日は午前2時間ほどテニスをしたので、痛みレベルは3点、でもそのせいで痛みが増し、午後は4点になった。

コメント

最近は、値上げ、値上げ、値上げで本当に頭にくる。

2013年12月17日 | 日記

 12月17日(火)

 DO、ド、ど、怒・・・バイクのエンジン音じゃありません。自民党安倍政権に怒りの音を発しているのです。秘密保護法を強行採決してから?イエイエ最近、値上げ、値上げ、値上げ・・・値上げの話ばかりだから頭にきてるのです。

 消費税、株や投資信託の配当課税、高速道路割引廃止、我家の介護保険も一挙にあがった。私は心根がケチだから、金が絡んでくると怒りの虫がおさまらないのだ。年金暮らしで収入が増えない我が家の家計をどうしてくれる。

 与党絶対多数の数を頼んで、決断する政治なんて威張っているが、決まっているのは庶民泣かせの安易な政策ばかりだ。

 決断するなら「国会議員を三分の一減らせ」、「寄生虫財団法人を全部潰せ」、「原発処分最終廃棄施設を造ってみろ」、「沖縄米軍基地を減らせ」、「普天間の代替えは尖閣諸島にしろ」・・・こういう困難な政策を実現してこそ決断する政治と言えるのだ。

 それから円安効果で景気が追い風と世間の大筋は喜んでいるようだが、本当にそうなのか。例えば私が100万円の貯金をあると仮定しよう。これを世界基軸通貨の米国ドルで換算して考えると、1年前は1ドル=80円程だったから、私は1万2千5百ドル所有していた。

円安の今は1ドル=100円を超えている。そうすると私の貯金は1万ドルを切る事になる。たった一年で私は2千5百ドルも貯金が減ってしまったのだ。と、こんな具合に円貯蓄しか持たぬ人々は、いつの間にか大損させられていたのです。

 株や外国資産を多く持つお金持ちは財産がUP、UPで大喜びだが、貧しい庶民は暮らしがアップ、アップ・・・・・・・・おあとがよろしいようで

 今日は2時間ほど歩いた。痛みレベルは、点です。

怒るオヤジ

コメント

認知症の初期症状か、そうで無いか。それが問題だ。

2013年12月16日 | 日記

 12月16日(月)

 車の 定期点検を予約していた時間にホンダ店へ行った。誠意の無いサービスは相変わらずだ。整備士が対応するだけで販売担当は近寄りもしない。確かに上はネズミ色フリース、下は使い古したトレパン姿の私はむさ苦しいオッサンで、とてもアコードやオデッセイを買うような上客には見えないだろうけどね。

 整備士の説明を聞いていたら、又一つ頭にきた。「洗車は500円、1000円とありますけど。」・・エッ洗車は有料なの?、だったらしなくていいよ。トヨタの時は定期点検のたびに当然のように無料で洗車してくれたと言うのに。

 点検を終え、何となく腑に落ちない思いを抱いたままモスバーガーへ寄った。店内でランチを食べていたら突然思い出した。昨日紛失したボルトの事を、

 去年奥深い山中でタイヤがパンクして散々苦労したのに懲りて、その後冬用タイヤをⅠ本スペアとして車に積むようにした。その時ボルトも4個一緒に積んでいたのだった。それを見事にど忘れしていた。

 問題が解決し、厄介なトゲが抜けたような気分になった。まだまだ私の脳ミソも捨てたもんじゃない。ン?・・・イヤ、ど忘れした方が問題で、ひょっとしたら認知症の初期現象かも知れない。ウーン喜ぶべきか、悲しむべきか、それが問題だ。

・・・今日の痛みレベル3~4点です。

 今朝の朝焼けがあまりにもあざやかだったのでパチリ

コメント

車のアフターサービスは、ホンダよりトヨタの方が圧倒的に良かった。

2013年12月15日 | 日記

 12月15日(日)

 明日、定期点検でホンダへ車を持ち込み事を思い出し、急遽タイヤを冬用に交換した。そうすれば空気圧やボルトの締付け具合などホンダの整備士に点検してもらえるから安心だ。

 前はカローラフィルダーに乗っていたので整備はトヨタで頼んでいた。両社を比較してみると、車はホンダの方が私のニーズに合って気に入っているが、アフターサービスはトヨタの方が圧倒的に良かった。

 定期点検のお知らせもトヨタは担当者が直接電話をくれたのに対し、ホンダはお知らせの葉書一枚よこすだけ、こちらが電話するまで梨のつぶてだ。タイヤ交換もトヨタは定期点検の折なら無料でやってくれたのにホンダは有料だ。それから店で待っている時、トヨタは「コーヒーお代わりいかがですか?」と言ってくれたのに、ホンダは一杯きりクッキーも一個だけだった。

 車を買った際の担当者が転勤してしまい、今ホンダ店で親身に相談できる人間もいない。コンパクトカーのオーナーなど相手にしないのかと僻みっぽくもなる。気に入った車があれば、次回は又トヨタ車を買おうかなと思っている。

 ところで先ほどタイヤ交換をした際、夏用タイヤのボルトを4個紛失してしまった。落とした形跡が無いから何処かに置いているはずだが、異次元にワープしたかのようにどうしても見つからない。明日明るくなって、もう一度捜索してみるが、これもボケの兆候なのではと気が滅入る。

 今日はそれ程痛みが無く、痛みレベル3点、昨日整骨院でマッサージを受けた後、痛みが増した。通院せずリハビリエクササイズだけ専念した方が良いのかなと迷い中、

  冬用タイヤに交換中

コメント