Fさんの日々の記録と山歩き

 山歩きが生き甲斐の団塊世代オッサン、ある事無い事日々感ずるままに綴っていこうと思います。

月日の経つのは早いもので、アッと言う間に大晦日

2017年12月31日 | 日記

 12月31日(日)

 月日の経つのは早いもので、アッと言う間に今年の大晦日を迎えた。この一年を振り返り地球上を見渡せば、太平洋を挟んだ東隣の超大国では横綱審議委員会でその品性を問い質したいようなトラブル続きの自分勝手な新大統領が誕生し、西隣の極貧国家では世間知らずの三代目独裁者が、民の不幸を顧みず気の狂ったようにロケットや核爆弾遊びにうつつを抜かし世界中から総スカンを喰っている。

      

 我が身を振り返れば、人生の目標であった日本三百名山登頂を5月の景鶴山で達成し、8月には夢であった皆既日食生ライブを米国ワイオミング州で実現した。(誘ってくれた I さんありがとうございました。)まずは良き一年であったと思う。

 しかし今思うと一番良かったのは、夫婦ともこの一年間病にも罹らず健康で過ごせた事ではないだろうか。健康無くして夢や目標など実現できるはずもないので、来たる新年も病気知らずの健やかな一年を過ごしたいと切に願っています。

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日本三百名山回顧№23、日高、神威岳(3百名山)

2017年12月30日 | 三百名山回顧

 平成24年8月28日(火)     天気=晴れ

 

05:46神威山荘→ 06:10440m二股→ 06:46524m二股→ 07:18710m二股→ 07:25~40尾根取付点→ 09:20~45神威岳→ 10:53尾根取付点→11:37524m二股→ 12:10440m二股→ 12:32神威山荘

 

 平成24年の夏、ニペソツ山を登り終えて、日高のカウイエクウチカウシ山(通称カムエク)へ向ったが、登山口の札内ヒュッテへ通ずる道が前年冬の雪崩により通行禁止になっていた。

 それでカムエクは諦め、比較的容易に登れそうな日高南部の楽古岳(1472m)を登り、その勢いで日高中部の神威岳へ向かった。登山口の神威山荘までは日高沿岸の荻伏町から元浦川林道を延々と走る。

 楽古岳山頂直下の登り

 楽古岳山頂

 山頂から北に続く日高の山波

 これが又酷いダート道で出発が遅かったもんだから陽も暮れ始め、どうなる事かと不安になった頃神威山荘に着いた。山荘は無人の避難小屋で居心地が悪いので、その夜は車内で過ごした。

 神威山荘の登山口

 早朝目覚めて朝食を作っていると、1台の車が山荘に着き、一人の中年男性が降りてきて、言葉も交わさずサッサと出発していった。愛想の無い人だが、取りあえず私の他に登山者が居てくれるのは心強かった。

 食事を終えると早々に出発する。まずニシュオマナイ沢を渡渉し、沢の左側の作業道を30分程歩き440m二股に着くと、ここから沢を遡行して行く。何度も渡渉を繰り返しながらの登りだが、目印が随所に有り踏み跡を伝って行くとあまり迷う事も無い。

 ニシュオマナイ沢

 524mの二股を左に曲り710m二股を右に曲ると流水が減り、程なく赤ペンキの矢印がある尾根の取付点に着いた。私より先に出発した中年男性も此処で休憩していたが、お互い言葉を交わす事は無かった。随分無愛想な人だなと思ったが、向こうも同じように思っているだろう。

 尾根取付地点

 此処で沢用の運動靴から登山靴に履き替え、先に出発した男性を追うように登って行く。取付点から山頂までは標高差900mの尾根道の急登が続く。しかも笹や灌木が道を塞ぎ休憩する場所も見当たらないので、休まず登り続けるしかない。

 標高が上がるにつれ、樹間越しに日高山脈の稜線が徐々に近づいてきた。笹や樹林帯からハイ松帯へ植生が変わり、日高の山並みが見渡せるようになってきた。前方に小さく先を行く男性が姿が見えた。私も休みなく歩いたのだが彼も相当に健脚だ。

 日高の稜線が見えてきた。

 やがて日高の稜線に達し、稜線沿いにしばらく登ると待望の神威岳(1600m)に到着した。先着して休んでいた男性がニッコリ笑って私を迎えてくれた。此処で初めて言葉を交わし、てっきり道内の人だと思っていたら彼は山梨県の人でレンタカーで北海道各地の山を登っているそうだ。

 山頂直下、ハイ松帯の登り

 神威岳山頂

 山頂からは素晴らしい眺めだ。特に南のソエマツ岳へ続く稜線は刃先のように鋭く日高の深山へ来た事を実感させてくれる。又北には憧れの山ペテガリ岳のたおやかな峰も望める。

 山頂からソエマツ岳へ続く稜線

 山頂からペテガリ岳方面

 山頂から登って来た尾根

 30分程の滞在後、もう少し居るという彼に挨拶し私は山頂を後にした。ヤブ勝ちな急坂も降りは差して気にもならず尾根の取付点に降立ち、そこから沢沿いに降って、お昼過ぎ神威山荘に戻ってきた。

 明日出港するフェリーを予約してるので、「今夜は日高の、みついし昆布温泉で祝杯だ。」とウキウキしながら元浦川林道沿いに車を走らせていたら突然「バーン」という音がした。

 車を停めて恐る恐る確認すると、前輪助手席のタイヤが見事にパンクしていた。この車には予備タイヤは無い。タイヤ修理キットを使ったが直らない。此処は里の集落から20キロ以上離れた熊しかいない山奥で、携帯も通じないし歩けば里まで5時間はかかるだろう。

 どうしたものかと途方にくれたが、「そうだ山頂で別れた男性がいる。彼が必ず此処を通るはず」としばらく待っていたら、彼の車が降って来た。事情を話し快く同乗させてもらう。

 その後浦川町の車整備工場まで送ってもらい、此処で保険会社のサポートセンターと車搬送業者に連絡を取る事ができた。もし山梨の男性が居なかったら私は今だ山の中で、彼には感謝してもしきれない思いだった。やがて搬出業者のレッカー車が到着し、私も同乗して車を回収夕刻には新しいタイヤと交換する事ができた。

 マア最後の最後にとんだアクシデントだったが、これで一箇月余に渡った北海道の山旅が終わり明日は我が家へ戻る。過ぎてみれば充実した思い出ばかりで、こんな旅もうそんなにはできないだろうなあと思いつつ、日高みついし昆布温泉で北海道最後の夜の祝杯をあげた。

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NHKから「NHK紅白歌合戦」落選のハガキ

2017年12月28日 | 日記

 12月28日(木)

 普段はさして歌番組等興味は無いが、大晦日恒例のNHK紅白歌合戦だけは国民的イベントなので一度は生で観覧したいと思っていた。そんな訳で今年は応募の往復ハガキを投函してみたが、先日アッサリと落選のハガキが戻ってきた。

 何しろ百万通近い応募があったそうだから、当然と言えば当然の結果だろう。それでなくてもクジ運の悪い私だから当選何て露ほども思わなかったが、現在鋭意検討中であったNHK衛星放送の受信については即却下、生涯相撲道一筋に、アッ違った地上波一筋に貫き通す所存です。

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吹雪の妙高杉ノ原スキー場から我が家へ戻る。

2017年12月27日 | 旅行

 12月24日(日)~26日(火)

 二泊三日のスキーを終えて、昨日妙高杉ノ原スキー場から我が家へ戻ってきた。天気が良かったのは初日だけで、その後は吹雪混じりの天気で満足なスキーはできなかった。

 三日間ガンガン滑ったら身体が持たないので、ある意味悪い天気が幸いしたかも知れない。もうこの齢になったら二日間のスキーが精一杯だ。

 ところで今回思いがけぬ発見があった。スキー場の標高の高い地点から南側に聳える黒姫山方面を眺めると、その左手の遠い山波の奥にウッスラと三角形の山が小さく見えた。案内板によれば、それは190キロの距離を隔てて見える富士山であるという。

日本海が望める上越の妙高山から、富士山が見えるとは意外であった。あの山の向こうは黒潮踊る太平洋だ。日本列島のスケールがこの眼で実感できたような気がした。

 24日は観光祭りが開催されていた。

 三田原ゲレンデ

 野尻湖目がけて滑り降りる。

 スキー場から高妻山方面

 ゲレンデからウッスラと富士山が見えた。

 二日目以降はこんな天気

 宿泊したアルファイン秀雲荘(リーズナブルで感じの良い宿です。)

 

 

 

 

 

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妙高杉の原スキー二日目

2017年12月25日 | 旅行
12月25日(月) 天気=雨後雪

昨日の好天が嘘のように今朝は雨模様、この天気に妻は「私午前中パス」と言う。
私一人でゲレンデに行くと、雨から雪に変わったが今度は吹雪模様になった。
ゴンドラも午前中に運休し、残ったリフト乗り場は大混雑で夕方まで粘って滑ったが、正直なところこれじゃリフト代の元は取れぬとがっかりだった。
明日もこんな天気だったら、早々と我が家へ戻るつもりです。
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妙高杉の原で今シーズンの初スキー

2017年12月24日 | 旅行
12月24日(日) 天気=晴れ時々曇り

今シーズンの初滑りで、妙高杉の原スキー場へ来ています。長野道、信州中野インターまで雪景色は見えず、スキー場に雪はあるのかと心配したが、到着した杉の原のゲレンデには程々の雪が積もっていた。
今日は穏やかな晴天で、ゲレンデもさして混んでおらず最高のコンディションだったが、身体がスキーに馴染ます(率直に言えば下手くそ)、午後になるとけっこうくたびれてしまった。
スキーを終え近場の日帰り温泉、苗名の湯で疲れを癒す。今日と明日、杉の原のアルファイン秀雲荘に泊まります。
登山と違いスキーの良いところは、アフターファイブで美味いものが食える事です。
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奥武蔵、刈場坂峠~伊豆ヶ岳~子ノ権現

2017年12月22日 | 登山

 12月21日(木)     天気=晴れ

08:03正丸駅→ 09:15高麗川源流碑→ 09:35~55刈場坂峠→ 10:08虚空蔵峠→ 10:47旧正丸峠→ 11:00~11川越山→ 11:30正丸峠→ 11:48小高山→ 12:03男坂下→ 12:18~59伊豆ヶ岳→ 13:10古御岳→ 13:38高畑山→ 13:55中ノ沢ノ頭→ 14:10天目指峠→ 14:47~55子ノ権現→ 15:40西吾野駅

 

 12月に入って一度も山へ行っていない。山のブログなのに登山の記録が無いのは看板倒れなので、取りあえず奥武蔵の山々を歩いてきた。朝6時頃最寄りの駅を出発し、登山口の正丸駅に8時頃着いた。早朝の高麗川上流の山間は凍えるように寒い。

 西武秩父線、正丸駅

 冷えた身体を温めようと国道299号を秩父市方面へ向かって歩き始める。正丸トンネルの手前で右折して国道を離れ、刈場坂峠へ向かう林道を登って行く。クネクネ曲った車道歩きにアキアキした頃、高麗川源流碑が建つ地点に着いた。我が家の近くを流れる高麗川の源流が此処に在ったとは知らなかった。

 正丸トンネルの手前で右に曲がる。

 高麗川源流碑

 源流碑から峠へ直登する山道がありその道を20分程掛けて登り、奥武蔵グリーンラインの車道が走る刈場坂峠に着いた。峠からは堂平山や笠山等奥武蔵北部の山々の眺めが良好だった。

 刈場坂峠

 峠から山道に入り大野峠向かってしばらく歩くと、正丸峠への道が左に分岐しておりそちらの道を行く。しばらく進むと車道に合流し、その車道を数分進むと東屋が建つ虚空蔵峠だった。

 虚空蔵峠

 虚空蔵峠から車道を離れ山道に入る。いきなり急な階段道が続き、それを越えると樹林帯のありふれた山道を幾度もアップダウンしながら進んで行く。虚空蔵峠から40分程で、山越えの道が横切る旧正丸峠に着いた。

 虚空蔵峠先の急坂

 旧正丸峠から急坂を登って10分余で着いた川越(カンゼ)山(766m)は、さほど眺めは良くなかったが武甲山の姿が立派に見えた。ここから見ると刈場坂峠が随分遠くに見える。

 川越山山頂

 川越山から20分程の歩きで旧国道299号が横切る正丸峠に降り立った。ここには天皇皇后両陛下が拝謁されたという顕彰碑が建っている。峠茶店の駐車場料金は普通車1000円でヤケに高いが、伊豆ヶ岳登山等で利用する人もいるのだろうか。

 正丸峠の降り口

 刈場坂峠からここまでは初めて歩いたと道だと思うが、正丸峠からは幾度も歩いている。正丸駅からの登山道が合流する小高山の小さなピークを越え、伊豆ヶ岳名物である男坂の岩場に着いた。優しげな山の多い奥武蔵では珍しく、此処は標高差50mはありそうな岩場の道だ。飯能市は責任を問われるのを恐れて一応通行禁止の札を立て、右手の女坂を通るように書かれている。

 男坂下の通行禁止の立札

 男坂の鎖場

 しかし行くなと言われて「ハイ。さようですか。」では、九州男児の名が廃る。下から見るとけっこう凄そうだが、鎖が何本も架けられ実際には案外登り易く、むしろここを登るのを楽しみにしていたぐらいだ。

 男坂上から二子山方面

 男岩の上からは眺めが良く、奥武蔵の山々が広く望まれた。岩っぽい道をしばらく進んで、岩が点在する伊豆ヶ岳(851m)に着いた。ここには職場のハイキングや友人達と何度も訪れているが、明るい雰囲気の心地よい山頂だ。

 伊豆ケ岳山頂

 山頂から武川岳方面

 若いアベックが先着して仲良く休んでいたので、邪魔にならぬよう私は少し離れた場所で休憩する。まずは缶ビールで喉を潤し、カップヌードルやら饅頭やら調子に乗ってやたら喰ったらお腹が苦しくなった。

 40分程の休憩を終え山頂を後にしたが、ほろ酔いと喰い過ぎで気分が悪い。伊豆ヶ岳から古御岳や高畑山等を越えてだんだんと標高を下げて行く。歩いているうちに気分の悪さは徐々に解消した。

 古御岳山頂

 中ノ沢ノ頭を越えて車道が横切る天目指峠に降立つと、今度は子ノ権現へと登って行く。地図を見て甘く見ていたがこれがアップダウンの多い道で、けっこう厳しい道程だった。

 中ノ沢ノ頭山頂

 天目指峠

 天目指峠から40分足らずで着いた子ノ権現は、山上に一軒だけ建つ大きな寺で車道も繋がっているので観光客も多い。しかし平日の今は数人のハイカーがいるだけだった。本堂と名物の巨大ワラジをお参りしてからお寺を後にする。

 子ノ権現本堂

 本堂横の巨大ワラジと下駄

 お寺の広い駐車場から関東平野が広く望まれた。ここからしばらく車道を降ると、最初に吾野駅に向う山道が右に分岐し、その次の右への分岐が西吾野駅に降る下山道だった。この道を緩やかに降って、植林帯を通り小さな神社がある小床の集落に降立った。ここから車道伝い降ると国道299号に突当り、左へ曲って国道沿いにしばらく行くと右手の高台に西武秩父線の西吾野駅が見えた。

 子ノ権現駐車場から関東平野の眺め

 国道299号との出合

 駅に着いたのは午後3時40分、既に駅の周囲は日暮れの装いで、随分と陽の落ちるのが早くなったものだ。今日は標高の低い奥武蔵の山々を半日かけて歩いたが、アップダウンが多くてけっこう歩きでがあった。でもこの疲労感が心地よくて楽しい山歩きができたと思う。

 西吾野駅

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パンダばかりが何故モテる。

2017年12月20日 | 日記

 12月20日(水)

 シャンシャンの一般公開で上野動物園のパンダが大人気だ。確かにシャンシャンは可愛くて私だってギュッと抱きしめてやりたくなる。しかしだよ。幼い頃より己の容姿に自信が無い私は、可愛さだけでチヤホヤされる輩を見ると僻み根性かも知れぬが正直癪に障る。

 確かにパンダの可愛さは認めよう。だがね、可愛がられるのはレアな存在だからで、パンダがゴキブリの如く異常発生し至る所で食害や糞害を起したら、こんなに好かれる事は無いだろう。やれ「〇〇さんの竹林が全滅したゾ。」、「△△さんの田圃でササニシキが全部喰われたゾ。」何て事になれば、パンダだって鹿、猿、猪並みに嫌われて石やツブテで追い払われるだろう。

 パンダがチヤホヤされるのを快く思っていないのは私だけじゃない。北海道のヒグマさんに言わせれば、「俺達は誰の世話にもならず自活してやってんだぜ。人間を襲うのだって俺達の縄張りを侵害するからで言わば正当防衛だ。それをあいつらは何だ。庭付き冷暖房完備の豪華なガラス張りの部屋で、上げ膳下げ膳の豪華な暮しだ。「ヤレ転んだ」、「木に登った」だけで大騒ぎ、こちとら「熊出没、危険注意近づくな」だぜ、全くやってられネーヨ。

 続いて東北の月の輪クマさんに伺うと、「チョット可愛いからってあいつばかりがチヤホヤされやがって、俺達だって白と黒でボディペインティングすりゃアイツらとそんなに変わらないんだぜ。それによそ者じゃないか。身内の俺達は殺人鬼扱いでアイツらは大スター、あまりに依怙贔屓じゃないのかよ。」

 とかような事を申しております。結論として私は、北海道のヒグマさんや本州の月の輪クマさんと共に世間の皆様に訴えたい。「容姿の良さだけで差別するなあ~。」

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日本三百名山回顧№22、道央、二ぺソツ山(2百名山)

2017年12月18日 | 三百名山回顧

 平成24年8月24日(金)      天気=曇り時々雨

06:56十六ノ沢登山口→ 08:23~43天狗ノコル→ 09:38幌加温泉コース分岐→ 11:00~11ニペソツ山→ 12:24幌加温泉コース分岐→ 13:10~22天狗ノコル→ 14:27十六ノ沢登山口

 

 ニペソツ山はゆったりとした山が多い北海道では珍しく、天を突くような鋭鋒で登るのが楽しみだった。前々日、石狩岳で出会った女性の言ったとおり、昨日は雨交じりの天気だったので、登山は諦め道の駅しほろの温泉でノンビリ休養した。

 今朝も雲の多い天気だったが、ニペソツ山の登山口へと車を走らせた。国道273号から左折して前々日の石狩岳へ向かった同じ林道に入り、途中で左折して十六ノ沢林道を遡り登山口に着いた。

 十六ノ沢コース登山口

 登山口は車十数台 が停められる小さな広場で、入山ノートを見ると既に4名程の人が先行しているようだ。倒木と石を伝って十六ノ沢を渡り登山道が始まる。

 緩やかな樹林帯を1時間程登ると平坦な尾根に達し、その後小天狗岳に向かって急登する。注意書きのある岩場を越えて一旦降り、やがて数張りのテントスペースがある天狗のコルに着いた。此処で中年の後夫婦が休憩しており彼らの話しでは、単独の若い男性が先行しているそうだ。

 コース唯一の岩場

 天狗ノコル付近

 この先からハイ松帯となり、霧雨を混じえた冷たい風に身体が冷される。深い霧に視界は殆ど無く、踏み跡を見失わないよう慎重に歩みを進める。尾根道の途中で携帯トイレブースが現れ、自分が前天狗岳を越えた地点に居る事が判った。

 霧深い前天狗岳付近

 踏み跡をしばらく登ると降りに転じ、鞍部の天狗平に着いた。ここからニペソツ山に向かって最後の長い登りが始まる。左手には天狗岳の岩峰と急峻な岩壁が凄い迫力だ。

 天狗岳の岩峰

 黙々と登って行くと上から男性が降りて来た。どうやら先行の男性のようだ。「此処を登れば山頂ですよ。30分程だから頑張ってください。」とエールを送られた。ひたすら急な登山道を登り一旦稜線を乗越して細い尾根伝いに登ると小さな標識が建つニペソツ山(2013m)の山頂だった。登山口を出発してから約4時間余の長い道程だった。

 山頂直下の細尾根

 ニペソツ山山頂

 深い霧で何の展望も無かったが、しばらく待つとガスが切れ始め天狗岳など遠くの山々が見え始めた。先程会った男性は「全く展望は無かった。」と言っていたから、私は良いタイミングで登ってきたようだ。

 山頂から前天狗岳方面

 10分程の滞在で冷たい風が吹く山頂を後にした。来た道を天狗岳まで戻ると、コルで出会った中年後夫婦とすれ違った。「此処を登れば山頂ですよ。」と今度は私がエールを送る。

 天狗平から前天狗岳に登り返して振り返れば、白いガスを纏ったニペソツ山が大きく見えた。天狗のコルを過ぎ小天狗岳の尾根を降って行くと、先程会った単独の男性に追いついた。その後は彼と一緒に降る。

 前天狗岳の登りからニペソツ山

 前天狗岳越しにニペソツ山

 前天狗岳から下山する小天狗方面

 千葉県から来たという彼が言う事には「此処へ来る前、職場へ辞表を提出したのだが、待てよと言ってくれた上司が先に辞めちゃったんですよ。」と深刻な事を世間話しのように語ってくれた。ブラック企業だったのだろうか、まだ若い彼の明るい前途を願うばかりである。

14時半頃に登山口へ戻ってきた。語り合いながらの下山だったので、いつの間にか着いた感じだ。明日フェリーで帰宅するという彼と別れ、登山口の沢で汚れた衣類と身体を洗っていると、糠平温泉駐在所の警察官がミニパトに乗って登山口へやって来た。

 洗ってる姿を見られたのでは?とバツが悪い私に、「昨日糠平温泉の駐車場に泊っていたでしょ。」と声を掛けてきた。田舎のお巡りさんなのによく見てるなあとビックリした。お尋ね者じゃないのに居心地の悪くなった私は、彼から逃げるように登山口を離れた。

 ニペソツ山は予想通りアップダウンが多く長い道程で、けっこう厳しいコースだった。生憎とスッキリしない中での登山だったので、一昨日の石狩岳程心地よい印象は残らなかった。これで残る北海道の三百名山は、日高の山々だけになった。そろそろ里心も湧いてきて、行くか行かぬかは今宵ビールでも飲んで考えよう。

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東京駅から靖国神社まで都内散策

2017年12月16日 | お出掛け

 12月15日(金)

 先日受けたCT検査の結果を聞きに都内の病院を訪れた。病院の往復だけでは安からぬ交通費が勿体ないので、ついでに街中へ散策に出掛けた。丸の内口の駅前がリニューアルされたと聞いたので、まず東京駅へと向かった。

 地下鉄メトロで二重橋まで行って、そこから地下を通って東京駅に着いた。丸の内駅前はスッキリと整備され、赤レンガ駅舎とマッチして美しい街景色に様変わりしていた。

 東京駅丸の内口広場

 皇居前広場から東京駅方面

 そこから皇居の東御苑でも散策しようと思ったが生憎今日は休園日で、お堀沿いに毎日新聞の本社ビルを通過して神保町の食堂でランチを食べた。慌ただしく食事するサラリーマン達の中で昼間からビールジョッキを傾けるのは心苦しいが、この細やかな贅沢がチョット嬉しい。

 遠くに大きな鳥居が見えたので、そちらへ向かうと靖国神社だった。ここは以前桜見物に一度訪れただけだったので、丁度よい機会と本殿までお参りをした。総理大臣でも国会議員でも無い私がお参りしても中国や韓国がケチをつける事も無かろうが、朝日や毎日新聞の人、どうかこれを記事にしないでね。

 靖国神社の大鳥居

 本殿

 お参りの後、本殿横に建つ「遊就館」を見学した。此処も初めてで、入館してまずビックリするのが旧日本軍の戦闘機「零戦」の展示だ。横にはレストランや売店もあって外国人も多く訪れているのが少し意外だった。

 遊就館

 戦闘機「零戦」

 館内では日本史の曙から太平洋戦争に至るまで、戦史を中心に数多くの展示がされていた。日本刀から戦闘機までその時代折々の武器も展示され、武器マニアにとっては垂涎の品々ではないだろうか。

 旧日本軍人間魚雷「回天」

 艦上爆撃機「彗星」とロケット推進機「桜花」

九七式中型戦車

 創立150年の歴史を誇る靖国神社は、戦没者の慰霊を目的に建立された。太平洋戦争を中心に、多くの戦没者の写真や手紙等を展示したコーナーもある。お偉い軍人さんはまだしも、赤紙1枚で戦地に送られた名も無き兵隊さんの写真を見ると、今を生きる我々と差して変わらぬ人々ばかりだ。

 「お国の為天皇陛下の為」と書かれた彼らの便りも、「英霊なんかなりたくない。死にたくは無い。故郷に帰りたい。愛する人に会いたい。」と心の奥底で叫んでいたに違いない。それを許さぬ国家という存在の非情さに憤りを覚えてならない。

 私がもし30年程早く生まれていたら、地獄のような戦場へ送られて無残な屍になっていたであろう可能性が高い。平和な時代に生まれ合わせた僥倖に感謝の思いを強くした。ふとした弾みで訪れた靖国神社だったが、いろいろ考えさせられる一時だった。

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南の方角に突然立ち昇った黒煙

2017年12月14日 | 日記

 12月14日(木)

 ダイオキシンなど公害に対する世間の眼が厳しくなったせいか最近工場や農地から出る煙が随分減ったようだが、一昨日の12日(火)の午後2時20分頃、ベランダ越しに何気なく外を眺めたら尋常でない黒煙が立ち昇っていた。

 こりゃ普通の煙じゃないなと早速ネットで検索したら、「埼玉県西部の火災・災害・防災情報」というサイトがあった。そこには火災や救急、救助、警戒、気象などの事象がリアルタイムで地図に記号で表示されており、黒煙は我家から11キロ程離れた狭山市で発生したものだった。その後の情報では上赤坂地区の人家から離れた作業所内で起きた火災だそうで、人的被害は無かったようだ。

 関東平野を見渡せる我家のベランダからは、こんな異常な煙が年に数回の頻度で見る事ができる。他人の不幸をブログのネタにする己の野次馬根性に若干の気恥ずかしさも覚えるが、「火事と喧嘩は江戸の華」と自慢した何百年前の江戸っ子の気持ちが判らぬではない。

 狭山市で発生した火災の煙

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新国立美術館でアニメ映画の新海誠展を鑑賞

2017年12月12日 | お出掛け

 12月12日(火)

 先週の水曜日、CT検査の為都内の病院へ出掛けた時、それだけだと勿体ないので六本木の新国立美術館で開催されていたアニメ映画監督の「新海誠」展を観に訪れた。

 六本木の新国立美術館

 彼のファンとか作品に興味がある何て事は一切無く、単にタダ券を新聞販売店から貰っただけの理由で此処を訪れたのだ。美術館ではちょうど開催中の日展が殆どのスペースを占めており、2階の一角が新海誠展のコーナーであった。平日ながら展示会場は混み合っていて、その殆どは若い人達で彼のファン層が窺われた。

 展示会場入口

 去年アニメ映画「君の名は」が大ヒットして新海監督の名がメジャーになったような気がしたが、彼はそれ以前にも「ほしのこえ」や「秒速5センチメートル」等幾つかの作品を世に出している事を知った。

 彼の作品の見所はコンピューター技術を駆使した映像の美しさだ。ありふれた平凡な街並みも、彼の手に掛かると夢の国のようなメルヘンチックで瑞々しい風景に変わる。映像に限らずストーリーや音楽等も素晴らしい完成度で、彼の映画が国内外で高い評価を得たのは当然の事だと理解できた。

 「君の名は」は何となく若者向けのような気がして観る事は無かったが、印象が変わったせいか新海監督の次回作品は楽しみにして必ず観たいと思う。日本が誇るアニメ映画はこれまで宮崎駿監督が牽引したけれど、これからは新海誠の名が世界に轟くのではなかろうか。

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小川和紙ハーフマラソンを走ってきた。

2017年12月11日 | マラソン

 12月10日(日)

 冷え冷えとした冬晴れの下、埼玉県小川町で開催された小川和紙ハーフマラソンを走ってきた。さほど練習していないが(テニスや山歩きに忙しいもので)今年は脚の故障も無く、10時15分の号砲一発緊張のスタートを切った。

 ランナーを応援する地元の和太鼓

 此処のマラソンコースは前半にアップダウンが多いので、とに角スピードを出さずスタミナ温存を心掛ける。10キロ地点を54分で通過、去年のレースはこの後に脚の筋肉が痛み始めたのだが、今回はそんな事も無くスタミナにも余力がある。

 15キロ過ぎると疲れが蓄積して余裕が無くなってくるが、賑やかな街中に入り沿道の応援が疲れた身体を押し進めてくれる。最後の3キロ位がレースの中では一番苦しい我慢の走りだ。それでも今年は最後までペースを落とさずイーブンペースで走る事ができた。

 全力を出し切ってゴール

 ゴールのゲートを潜ってタイムを確認すると1時間51分01秒で、残念ながら目標とした1時間40分台には達しなかった。アラセブンの私にはもうそんな力は無いのかも知れない。

 記録証を発行してもらう。

 でも持てる力を出し切ったのでレースには悔いが無い。去年の記録に比べたら2分以上早くなっており、特に後半スピードアップした事が、まだ可能性が残されているようで嬉しかった。「よ~し「老化=体力の低下」の法則に逆らって来年も頑張るぞ。」と闘志が湧いてきた。

 追信=福岡国際マラソンを走り終えたばかりの川内優輝選手もゲストとして参加していました。同じコースを走ったけれど、スタートからゴールまで終始トップだった彼と顔を会わす事は一度もありませんでした。

 

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日本三百名山回顧№21、道央、石狩岳(2百名山)

2017年12月09日 | 三百名山回顧

 平成24年8月22日(水)      天気=晴れ

06:26シュナイダーコース登山口→ 06:58~07:06沢渡渉点→ 09:10~20音更山分岐→ 09:46石狩岳→ 09:53~58石狩岳最高地点→ 10:03~24石狩岳→ 10:47~51音更山分岐→ 12:23~33渡渉点→ 12:57シュナイダーコース登山口

 

 平成24年の夏、北海道登山巡りの旅で、渡島駒ヶ岳を登り終えた後、妻から「もう別れたい。」と告げられた。イヤ離婚話ではありません。7月末に北海道へ来て以来、夕張岳~芦別岳~オプタテシケ山~ニセイカウシュッペ山~余市岳~狩場山~大千軒岳~渡島駒ヶ岳と山歩きの旅が3週間以上続き、これに嫌気が差した妻が我が家へ戻りたくなったのだ。

 その気持ち判らぬでも無いから私は快く承諾し、その夜は名湯、登別温泉の宿「パークホテル雅帝」で別れの盃を傾けた。翌日妻を千歳空港まで送り届けた後、「サアーこれで 一人自由になれたぞ。」と「一人ポッチになっちゃった。」という悲喜こもごもの心境で十勝平野に向けて車を走らせる。翌日の石狩岳登山に備え、前日の夜は士幌町の道の駅「ピア21しほろ」で車中泊をした。

 登別温泉「パークホテル雅帝」

 早朝道の駅を出発し、糠平温泉を通過して国道273号から左折してダートの林道を10キロ程遡り、石狩岳シュナイダーコースの登山口に着いた。登山口の広場は車10台分程の駐車スペースがあり、樹林越しに石狩岳の稜線も望めた。

 シュナイダーコース登山口

 緩やかな二十一ノ沢右股沿いに30分程歩き、沢を渡渉する。沢は水量少なく倒木と石を伝って容易に渡れた。ここから稜線まで標高差1160m余の急登が続く。

 二十一ノ沢右股渡渉地点

 シュナイダー尾根の道は展望も無く単調な道程だが、踏み跡は割合ハッキリしている。標高を上げて行くと次に登る予定の二ペソツ山が遠くに垣間見えた。渡渉点から約2時間で、稜線上の音更山分岐に達した。

 登山道からニペソツ山方面

 登山道から見る音更山の尾根

 分岐からは北に音更山、南に石狩岳それぞれの雄大な山容が望める。若い女性が二人此処で休んでおり、小樽の方から来たと言う。私が「明日二ペソツ山を登る予定だ。」と話したら、「ニペソツ山は距離が長くて大変だし明日は天気が悪そうなので明後日にした方が良いですよ。」とアドバイスをくれた。

 音更山分岐から石狩岳

 音更山分岐から石狩岳への道もジグザグの急登だが、展望があるので気分よく登って行ける。分岐から30分も掛からず山頂標識のある石狩岳山頂に(1966m)に着いた。しかし最高地点は100m程先のピーク(1967m)なので休まずそこまで進む。

 石狩岳山頂

 山頂から音更山方面

 山頂から大雪山方面

 最高地点には標識の類は全く無いが、大雪山系や川上岳やニペソツ山等が眺められ素晴らしい展望だった。標識のある石狩岳山頂へ戻り休憩していると登りの途中で追越した中年男性が山頂に着いて、「10年前はこのコースを3時間余で登ったのに」と体力の衰えを嘆いていた。地元の人だと言う男性としばらく語りあい、その後彼と別れ山頂を後にする。

 最高地点から石狩岳山頂(左手前)と音更山(中央)

 最高地点から川上岳方面

 

 沢の渡渉点まで降り沢沿いに降って行ったら登山口近くで道を見失い一瞬焦ったが、再び踏み跡を見つけ午後1時前、無事登山口へ戻る事ができた。暖かいので沢水で身体を洗い車で糠平温泉の公営駐車場まで戻ると、此処で車中泊する事にした。

 夕食時、大阪から来たという隣のキャンピングカーのオジサンが、余っているからと鹿肉ステーキをご馳走してくれた。ビールを飲みつつ夕食を食べていたら、若い男性がやって来て、「近くにキャンプ場があるので、そちらへ移動して欲しい。」と注意された。

 大阪のオッチャンやバイクの若者はキャンプ場へ移動したが、私は「明日早朝ニペソツ山を登るので、此処で車中泊させて欲しい。」と断わりキャンプ料金の350円だけを支払った。地元にご迷惑を掛けているのだから、この程度の出費は致し方ないと納得した。

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毎年恒例のCT検査

2017年12月07日 | 日記

 12月6日(水)

 できればお世話になりたくないけれど齢をとるにつれ身近になるのが病院で、老化=身体の衰えだから仕方の無い現実とも言える。一見元気な年寄りを装う私だけど過去には大病も患っており、それ以降は病院での精密検査を毎年欠かさない。

 昨日もCT検査を受ける為に、都内の病院を訪れた。CT検査とはX線で身体の内部を輪切り状に360度の角度からスキャンし、身体内部の詳細を立体的画像として撮影できる検査らしい。

 検査そのものは極めて簡単、造影剤注射がチクリと痛いだけで、後はベッドに横たわり「ハイッ息を吸って」、「ハイッ楽にして」という声に幾度か従っておれば10分も掛からず検査は終わる。

 胃や大腸の内視鏡検査に比べればヘッみたいに簡単で、「も少しやってよ。」と言いたいくらいだ。何にしても、こんな高度な医療検査を受けられるコンピューター時代に生まれた僥倖を感謝せねばならない。

 1週間後に再び病院を訪れて結果を聞くのだが、「大丈夫、問題ありませんでした。」という担当医の声を聞いて、初めて心置きなく新年を迎えられる。・・・・ようになればいいんだけど。

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