Fさんの日々の記録と山歩き

 山歩きが生き甲斐の団塊世代オッサン、ある事無い事日々感ずるままに綴っていこうと思います。

日本三百名山回顧№51、秋田県、山形県、摩耶山(3百名山)

2018年10月10日 | 三百名山回顧

平成25年9月22日(日)    天気=曇り

07:10関川登山口→ 07:24登山道合流点→ 07:40越沢登山口分岐→ 08:30~42避難小屋→ 08:30~42摩耶山→ 08:53避難小屋→ 09:04越沢登山口分岐→ 09:30関川登山口

 

 前々日の和賀岳登山の際、己の不手際で愛車の窓ガラスを叩き割ってしまった事を前回の三百名山回顧のブログで記載した。和賀岳を下山した後気分が落込んで我が家へ戻ろうかとも思ったが、大仙市の自動車整備工場の人が親切且つ迅速に窓ガラスを修理してくれたので、予定通り次の目的地、山形県の摩耶山へ向かう事ができた。

 前夜は日本海に望む「道の駅あつみ」で車中泊した。東北の日本海側には車中泊好適地の道の駅が多いけれど、ここもその一つで日本海の眺めが良く、24H営業のコンビニもある。更に道の駅の中には地元産の魚料理を食べさせてくれる食堂があり、これが安くて至福の味であった。

 翌日は未明に出発して国道345号を東へ向かい、関川の集落から狭い林道を遡りダートの悪路を四苦八苦運転して関川コースの登山口へ着いた。

 摩耶山はこの他にも倉沢コースと越川コースがあり、いずれも難コースのようで関川コースが一番初心者向きコースと言える。関川コースで一番大変なのは登山口へ至る悪路の運転かも知れない。

 登山口から樹林帯の尾根道を登り約1時間20分で山頂に着いたが、霧に覆われて何の展望も無かった。約10分の滞在で山頂を後にして50分足らずで登山口に戻った。

 摩耶山山頂

 山頂の三角点

 単独の山歩きではどうしてもセカセカと急ぎ足になる私だが、摩耶山は信仰の山で登山道沿いには石地蔵や祠など多くの信仰遺跡が残されており、もう少し味わい深く歩けば良かったと若干後悔した。

 尚、この登山の詳細については当時のブログに掲載済みなので、下記をクリックしてご覧ください。

摩耶山登山        こちらをクリック

 

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日本三百名山回顧№50、秋田県、和賀岳(2百名山)

2018年10月04日 | 三百名山回顧

 平成25年9月20日(金)    天気=晴れ

06:30真木林道終点→ 06:40甘露水(登山口)→ 07:28滝倉→ 07:58倉方→08:28~36薬師岳→ 09:07小杉山→ 09:58~10:26和賀岳→ 10:58小杉山→ 11:16~26薬師岳→ 11:47倉方→ 12:01滝倉→ 12:24甘露水→ 12:30真木林道終点

 

 秋田・岩手県境に聳える和賀岳は、東北の秘峰と呼ばれ私の憧れの山の一つであった。平成25年9月に大平山登山を終えた後、和賀岳の登山口がある大仙市へ向かった。登山前夜は登山口手前の真木林道終点ゲートで車中泊をしたのだが、その夜忘れ難い・・というか忘れてしまいたい悲しい出来事が起こった。

 それは草木も眠る丑三つ時、尿意を覚えた私はTシャツ、短パン姿で何気なくドアを開けて外へ出た。その時背後でガシャリと鍵が閉まる音がした。車の自動警報装置が作動して私を車外へ残したまま鍵がロックしてしまったのだ。

 着の身着のまま外へ追い出された私は焦った。何とか鍵や窓を開けようと努力するも全て徒労に終わり万策尽きた。残された最後の手段は窓ガラスを叩き割る以外に無い。

 買ってから1年足らずの新車なのに、自らの手で壊すのは何て悲しい事だろう。手頃の石を拾い何度も窓にぶつけるが、自動車ガラスは甚だ丈夫で中々割れそうにない。10分以上「ガン、ガン、ガン」と叩き続けてヤットコサ割れ、私は車内へ入る事ができたのだった。

 10キロ圏内に人家の無い場所ではあるが、もしあの時誰か居たのなら奥深い山中で深夜に突然鳴り響く大きな打撃音にさぞかし驚いた事であろう。こんな悲劇があったけれど、翌日の和賀岳登山は期待に違わす素晴らしいものだった。登山の詳細については当時のブログに掲載済みなので、下記をクリックしてご覧いただければ嬉しいです。

 

和賀岳登山  左をクリック

 登山口からブナ林の道を登る。

 薬師岳直下の急登

 薬師岳山頂

 薬師岳から和賀岳(右奥の山)

 薬師岳から小杉山へ向かう道

 小杉山から和賀岳方面

 和賀岳山頂直下

 和賀岳山頂

 山頂の祠

 山頂から小杉山方面

 真木林道終点の駐車場

 

 

 

 

 

 

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日本三百名山回顧№49、秋田県、大平山(3百名山)

2018年09月27日 | 三百名山回顧

平成25年9月19日(木)    天気=曇り時々晴れ

 

 平成25年は日本三百名山踏破を目指して春に四国の山を遠征した。そして9月には、東北の山を目指して一人長旅に出た。最初に向かったのが大平山で、秋田市の近郊に聳え秋田市民の山と呼ばれているようです。

 標高1200mには届かぬものの、ブナや杉の森に覆われた自然豊かな山です。山頂からの展望も抜群で、東は奥羽山脈の山波が続き、西は秋田市街地と日本海が拡がる素晴らしい眺めです。

 又信仰の山でもあり、山頂には宿泊もできる立派な神社が建ち、登山道沿いにも数多く信仰の痕跡が残されています。そんな見所の多さと人気の高さが低山ながら三百名山に選ばれた理由ではないかと思います。

 

 大平山山頂

 山頂の地名標示盤

 山頂の宿泊所

 山頂から秋田市方面

 登山道沿いの祠

 尚、大平山の山行記は既にブログへ記載済みであり、詳細については下記をクリックしてご覧ください。

      クリックしてね。

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日本三百名山回顧№48、山形県、蔵王山(百名山)、

2018年09月24日 | 三百名山回顧

昭和56年6月14日(日) & 平成10年9月15日(火)

 蔵王山は宮城・山形県境に聳える大きな山塊で、最高峰は標高1841mの熊野岳です。その熊野岳に初めて登ったのは確か昭和56年の6月の事で、岩手県の早池峰山登山を終えた後に、宮城県の白石駅からバスで県境の刈田峠に向かい、峠から熊野岳の山頂まで往復登山した。

 峠から山頂までは1時間もかからぬ楽ちんコースで、夏には早い季節だったから稜線には多くの雪が残っていた。遠い昔の話なので掲載した写真の如く薄らとした記憶しか残っていない。

 蔵王山東面の残雪

 馬の背 

 馬の背から御釜

 その後、平成10年の9月に秋田県の神室山を登った後蔵王温泉に泊り、翌朝、妻と二人で蔵王ロープウェーの樹氷高原駅から熊野岳へ登った。ところが幾ら古いアルバムを捜しても、この時の写真が見つからない。唯一見つけた火口湖「御釜」の写真は、登山の翌日に蔵王エコーラインをドライブした際に、刈田岳展望台から撮ったものだと推測される。

 刈田岳展望台より御釜(平成10年9月)

 そんなこんなで歯切れの悪い回顧録となったが、若い頃はスキーで何度も訪れており、蔵王山は登山よりもスキーゲレンデとしての印象が強い。平成21年2月に山仲間の人達と、スキーで訪れた時の写真もついでに掲載しておきます。

 地蔵山山頂

 地蔵山の樹氷

 

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日本三百名山回顧№47,秋田・山形県境、神室山(2百名山)

2018年09月16日 | 三百名山回顧

平成10年9月12日(土)~13日(日)

 

役内コース登山口→ (西ノ又コース) 神室山→ (パノラマコース) 役内コース登山口

 

 この山行も20年前の事で、あまり記憶が残っていない。たぶん妻と二人で東北の温泉巡りがてらに登ったのだと思う。秋田・山形県境に聳える神室山は信仰の山で幾つものコースがあるが、我々は秋田県側の役内コースを登った。

 国道108号から林道を遡り、西ノ又コースとパノラマコースが分岐する登山口に当時の愛車だった三菱パジェロミニを停める。ここから我々夫婦は西ノ又コースを登路にとる。このコースは渓流沿いの道で、第1、第の吊り橋を渡り幾度か渡渉する。

 不動明王の祀られた広場に達すると、その後は胸突き八丁の急登が続く。急登を凌ぐとマミヤ平の草原で、ここからは快適な尾根道に変る。やがてパノラマコースの分岐に着き、そこを左に曲って神室山(1365m)に到着した。

 パノラマコース分岐から役内集落方面

 山頂からの展望は良かったが、どんな景色だったかおぼろげな記憶しかない。ただ南に聳える神室山山塊の最高峰、小又山へ続く雄大な山容が印象的だった。山頂直下に避難小屋が在ったけれど、混んでいたので我々は近くの空き地にテントを張って一夜を過ごした。

 神室山山頂

 山頂から小又山(中央奥)方面

  翌朝、神室山とお別れし、前神室山を経由してパノラマコースを下山したが、こちらは単調な尾根道だったせいか殆ど記憶が残っておれず、コースの状況は割愛させてもらう。

 翌朝の小又山

  前神室山へ続くパノラマコース

 パジェロミニを停めている登山口へ戻ると、山峡の湯、秋の宮温泉に向かい鄙びた温泉で山の汗を流した。温泉を出ると明日登る予定の虎毛山へ向う。三百名山でも無い虎毛山へ何故登ったのか今になっては思い出せないが、多分ガイドブックで見た山頂の広々とした湿原に惹かれたからではないか。

 その夜は登山口近くの赤倉沢で車中泊したが、パジェロミニは狭いので、私がテント、妻は車内で寝た。今だったら妻の猛クレームがあり、きっとどこかの宿へ泊った事だろう。翌日は雨の中、虎毛山を登ったが、三百名山では無いから省略します。

 虎毛山山頂の避難小屋

 虎毛山山頂

 

 

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日本三百名山回顧№46,飯豊山(百名山)

2018年08月23日 | 三百名山回顧

 昭和56年8月11日(火)~16日(日)

 

 飯豊山には幾度か登っているが、昭和56年の夏に当時所属していたK山岳会の仲間10名と、四泊五日で歩いた飯豊連峰全山縦走が一番印象深い。この山行も随分昔の話なので記憶が薄れてしまったが、幸い当時の会報にS子さんが書いた記録が残されていたので、その概略を下記に転載させてもらった。

 

 期日:昭和56年8月11日~16日

参加者:女:Aさん、Sさん、ISさん、IAさん、Nさん計5名、男:FHさん、FYさん、UTさん、Oさん、UHさん計5名   合計10名

CL:FHさん、  SL:FYさん

 

行動記録: S子

8月11日(火)

23:49上野駅発、急行磐梯9号にて出発。お盆前にもかかわらず、空いていたので良く眠れた。

 

8月12日(水)  天気=曇り後霧

05:00会津若松駅05:30→ 磐越西線普通 → 06:05山都駅06:10→ バス → 07:00川入着。先発のAさん見えず。

07:20しゃくなげ荘に宿泊していたAさんと合流、良い具合に御沢小屋のマイクロバスに乗せてもらい1時間稼げた。

07:35御沢小屋着、水を確保しFさんの号令で準備運動をする。

07:50出発。30分に1本休憩で歩く予定。

08:45下十五里。 信仰登山が多いせいか、休むのにちょうど良い場所が良い時間に旨く現れる。

09:15中十五里。水場の標示があったが、随分下なので通過する。

09:40~55上十五里。果物が美味しい。

10:25~35笹平。1250m地点。

10:55~11:05横峰。さしかけ小屋は、今年は無かった。小屋番が老いたかららしい。

11:40~12:35地蔵小屋。雨がパラつき天気はパッとしない。展望台から飯豊本山もガスを被って見えない。差入れのくず餅で昼食をとる。10分下の水場にFさん水汲み。

13:05~15剣ヶ峰。この辺り岩峰が続くが、小雨で滑り歩きにくかった。

13:45~14:00三国山。三国小屋に入って休む。此処に泊る予定であったが、直下の水場が今年は枯れている為。切合まで行く事にした。

15:30切合小屋着。小屋前に豊富な水場があり便利。19:30就寝。ゆったりと眠れた。

 切合小屋からの雲海

 

8月13日(木)  天気=晴れ後霧

04:00起床。最上とは言えないが雲海の上に日の出を見る。大日岳が立派だ。

05:35出発。

 飯豊本山への登山道から大日岳方面

 雪渓を登る

06:10~20草履塚。天気がとても良く気持ちがいい。

 飯豊本山への登り

06:55~07:05九合目。花が綺麗だ。

 飯豊本山山頂直下の急登

07:40~08:00飯豊山神社。きつい登りだったが休まず歩いた。神社に参拝する。

08:15飯豊本山。立派な三角点あり。

 飯豊本山山頂

 山頂から宝珠山

 山頂から御西岳(中央)、大日岳(左奥)方面

09:00~10:30雪渓の傍で大休止。マツムシソウが群れ咲く気持ちのよい草原だ。雪を取ってきて氷あずき、氷ミルク、氷梅酒、コーヒー、紅茶等を飲食して憩う。

 飯豊本山~御西岳稜線のお花畑

 

11:00御西岳。目の前に御西小屋有り。

11:10御西小屋着。驚いた事に、此処にもとうとう小屋番が入った。「ビール有ります」のビラを見て、もしやと思って中に入ると恐い顔をしたオジサンが部屋の隅で寝転んでいた。ビールは1缶700円。本日はテント泊りとした。(200円也)小屋番が入った事により、水場が使い易くなったのと掘立小屋ながらトイレができたので、幾らか汚れが減った。

 

11:40大日岳目指して1名を残して出発。

12:00~12:20文平の池。

13:00~14:30大日岳。有志が西大日岳まで往復する。その間残った女性3名は大休止。

 大日岳山頂

14:55文平の池。        15:20御西小屋着。

 御西小屋から大日岳方面

 御西小屋の夕日

19:20就寝。風が強かった。

 

8月14日(金)  天気=霧

04:00起床。 05:45出発。

06:10~30天狗の庭。途中の笹は、今年は刈払われていた。

06:50~07:05御手洗の池。晴れそうなのだが、ガスはしつこく切れない。

 登山道から北股岳方面

07:25~40亮平の池。今年は雪が多い。

08:15~40烏帽子岳。ガスの頂上。行動食を食べる。

09:00梅花皮(カイラギ)岳。

09:20~11:30梅花皮小屋。ソーメンを食べ、コーヒーを飲んで大休憩。ガスが晴れず肌寒かった。大雪渓を登って来る人が多い。

 石転び沢の大雪渓

 北股岳山頂

12:45~13:00門内岳直下、花が多い。

13:10~25門内岳。梅花皮小屋から人がめっきり少なくなった。静かだ。

 門内岳山頂

13:30門内小屋。梅花皮小屋同様、後発のUさんへのメモを残しておく。

13:55~14:10扇ノ地紙。この付近、尾根通しに新しい道を造り強引にそちらを歩かせるようにしているが、地竹を切ったばかりで非常に歩き難かった。

14:35~50地神山。長丁場に皆疲れた様子。 14:55地神北峰。

15:15~30きれいな草原で大休止、少しガスが晴れてきた。

15:35頼母木山。なだらかな山だ。

15:50頼母木小屋。小屋泊りとする。1泊1000円也。ビール650円、残念ながら売り切れ。水道式の水場のついたきれいな炊事場があり、トイレは清潔、気持ちの良い小屋だった。飯豊の縦走路にある様々な小屋を連日見ているが、宿泊代も念頭に入れてこの小屋が一番良い。去年の9月に建てられたという。

16:35Uさん到着。今朝小国に着き大雪渓を登って来たのだが、その速さと馬力に感服した。元気そうでまだ幾らでも歩けそうだった。

19:30就寝。

 

8月15日(土)  天気=晴れ

06:15出発。

06:45~07:00大石山。天気が良く気持ちよい所だ。人は少なく静かで、花が咲き乱れている。

07:35~08:15鉾立峰。行動食を食べる。朳差(エブリサシ)岳が近くなってきた。どっしりとした山だ。

 鉾立峰山頂

08:37朳差小屋。水場はかなり下だ。無料。

08:40朳差岳。山頂で思いがけず元会員のYさんに会ってビックリ。仲間と沢登りをしてきたと元気に話してくれた。

08:50~10:50長者平の少し手前の湿原で食事をする。雪を取ってきて盛大に食べた。

10:20~12:00すぐ先の長者平の草原で本山行最大の大休憩。陽が照りつけて暑い中、傘をさして寝転ぶ。テントやシュラフを干しながらゆっくり休む。とても気持ちの良い所で、今まで歩いて来た飯豊連峰を心ゆくまで振り返って見るのも楽しかった。

12:20~30前朳差岳。ガスがかかり始めた。

 前朳差岳辺りから朳差岳方面

14:00~15カモス峰。風が無く実に暑い。

15:15カモス沢。古ぼけた吊橋があった。一人づつ渡る。

15:30三吉ヶ峰。

15:40吊橋近くの林の中(幕営指定地)に幕営。

 林の中の幕営地

20:30就寝蚊が多く悩まされた。夏の山行には、蚊取線香が絶対必要だ。

 

8月16日(日)  天気=晴れ

04:30起床。  05:10出発。食事をせずに出た。

05:15林道に出る。歩き難い道だ。

07:30大石ダム。  08:15大石バス停。

08:45ビールで乾杯。美味しかった。雲母(キララ)温泉に電話を入れて、マイクロバスで迎えにきてもらった。

09:00雲母温泉本館着。全員風呂に入り、乾杯し昼食をとる。

12:30解散。泊る4名と遅く帰る1名を残して帰京する。

 

 上記のように詳細な記録をS子さんが残してくれた。本来なら彼女の承諾を得て転載すべきだが、前回ブログの焼石岳で書いたようにS子さんは惜しまれて夭折されてしまったから、もう了解を得る事が叶わない。

 彼女は心根の優しい女性であったから、きっと快く許してくれるだろうと勝手に判断し転載した。山岳会在籍当時、S子さんには本当にお世話になった。共に歩いた良き思い出を一生大事にしたいと思います。

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日本三百名山回顧№45,岩手、焼石岳(2百名山)

2018年08月21日 | 三百名山回顧

 平成5年10月8日(金)(夜)~10日(日)

 

 切れ切れに続く日本三百名山回顧だが、さて今回は岩手県の焼石岳です。もう四分の一世紀前の話になるが、当時所属していた山岳会の先輩会員であったS子さんから「焼石岳の紅葉を見に行かない。」と誘われた。

 この時は個人山行で、参加者はS子さんをリーダーに彼女の友人の女性(非会員で名前が思い出せない。)と私の3人であった。幕営山行で装備が重かったので、S子さんは荷物を運ぶボッカ役として私に期待したのではないかと思う。

 当時既に東北新幹線は運行していたが、上野駅から夜行列車に乗り、朝方岩手県の水沢駅に着いた。駅前からタクシーで焼石岳の中沼登山口へ向かったが、途中の沿道には当時自民党幹事長だった小沢一郎氏のポスターがアチコチ張られており、ここが飛ぶ鳥落す勢いだった彼の選挙区なのかと思ったりした。

 正直に言うと登山の詳細は殆ど覚えていない。手元にある「日本三百名山ガイド」の焼石岳を参照しながら記憶を掘り起してみた。中沼登山口からは、樹林帯に小沼が点在する気持ち良い登山道が続く。

 中沼や上沼の畔を通って、緩やかに登ると銀名水避難小屋が在る。その名のとおり冷たい湧水が豊富に流れており、快適そうな幕営地だが時間が早いので一息入れただけで通過する。

 中沼から焼石岳方面

 上沼

 銀名水避難小屋から緩やかに登って行くと、焼石岳山頂直下の平坦な草原「姥石平」に着く。ここには山頂の姿を映す泉水沼があり、東焼石岳への登山道が右に分岐している。

銀名水から焼石岳への登り

 姥石平から焼石岳山頂(1548m)までは僅かな登りで着いた。天気は良かったが、山頂からの眺めがどんなだったか全く覚えていない。山頂から姥石平まで戻ると、右へ曲って東焼石岳への縦走路に入る。

 泉水沼

 焼石岳山頂

 焼石岳から金名水避難小屋に至る縦走路は、池塘などが点在し紅葉とも相まってとても眺めの良い所だった。幾つものピークを越えて行くのでハードな道だったと思うが、辛い記憶は残っていない。

 東焼石岳~六沢山間の池塘

 東焼石岳から六沢山方面

 金名水へ向かう縦走路

 金名水では避難小屋に泊らず、広場の一遇にテントを張った。此処は冷たくて美味い水場も有り快適な幕営地だった。夕食時、三人で祝杯をあげたビールが実に旨かった事だけはしっかり覚えている。

 六沢山から金名水(右奥鞍部)と経塚山(中央奥)方面

 翌日も良い天気でかなり寒い朝をだった。金名水避難小屋を出発して経塚山までの道はアップダウンが多くてタフなコースだったが、ここも辛い記憶は残っていない。経塚山は360度の展望で東北のたおやかな山波が望まれた。

 経塚山への登り

 経塚山山頂

 経塚山から夏油温泉までは、ひたすら長い降りが続く。夏油川へ降立ち赤い橋を渡って対岸を一登りすると後は林道歩きとなり、小1時間歩いて東北の秘湯、夏油温泉に到着した。

 経塚山から夏油温泉への下山道

 夏油温泉の野趣溢れるお湯に浸かって、二日間の疲れと汗を流した。お風呂を出るとバスで北上駅まで行き、その日のうちに新幹線で我が家へ帰宅したと思う。

 山の先輩S子さんとはその後も何度か山行を共にしたが、彼女が日本百名山をあと一つ残し意気盛んなところで、思わぬ不治の病に罹り若くしてあの世へ旅立たれてしまった。彼女が今も元気であれば、もっと数多くの山の思い出を共有できたであろうに残念でならない。

  追信・・・・後日このブログを見た山仲間のSさんからメールがあり、名前が判らなかったS子さんの友人は「K子さんじゃないですか。」と教えてくれた。K子さんはS子さんんが所属していた文芸誌の仲間だったそうです。

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日本三百名山回顧№44,岩手、栗駒山(2百名山)

2018年07月01日 | 三百名山回顧

昭和62年9月14日(月)~15日(火)

 栗駒山登山の記憶も薄いが、前日船形山登山を終えた後に仙台駅で山岳会の仲間達と別れた我々夫婦は、岩手県の一関駅で列車を降り駅前の宿に宿泊したはずだ。

 翌朝駅前からバスに乗り終点の須川高原温泉で降りた。須川高原温泉は栗駒山中腹の広々とした台地に建つ大きな宿で、湯治の客で賑わっていた。ここから栗駒山への登山道が始まり、ユッタリと広がる山頂目指して緩やかな遊歩道を登って行く。

 登山道から望む栗駒山

 登山道は概ね緩やかで、ゆげ山と呼ばれる硫黄採掘跡地や山上の小さな湖、昭和湖の縁を経由して登って行く。稜線に達すると湯浜温泉からの道が合さり、そこから左に曲って緩やかな尾根を登ると栗駒山(1627m)の山頂だった。

 ゆげ山(硫黄採掘跡地)

 昭和湖

 稜線から栗駒山山頂部

 広々とした山頂は360度の展望で、東北の山波が幾つも望める。その中でも北に聳える焼石連峰が特に印象的だった。山頂を後にすると往路を忠実に下山する。降る途中、昭和湖辺りでデカい青大将と遭遇した記憶だけが今でも残っている。

 山頂間近の登山道

 栗駒山山頂

 山頂から焼石連峰方面

 登山口へ戻ると須川高原温泉に投宿する。湯治宿の趣きが濃い素朴な雰囲気の如何にも東北らしい温泉宿だったが、とても居心地が良かった。栗駒山はその後、岩手・宮城内陸地震で大きな被害を受け一時期は登山ができなくなったけれど、今は復旧したようで機会があれば温泉療養がてら又訪れてみたいものだ。

 須川高原温泉

 同上

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日本三百名山回顧№43,宮城、船形山(2百名山)

2018年06月29日 | 三百名山回顧

昭和62年9月12日(土)~13日(日)  

 

 ブログのネタ不足を補う為に始めた三百名山回顧だが、最近ご無沙汰なので今回は東北は仙台市の西に聳える船形山を振り返ってみます。この山に登ったのは昭和62年の9月、もう30年以上昔の話しなので殆ど記憶がありません。ところが当時所属していた山岳会の古い会報を調べてみたら記録が残されていた。

 それによるとリーダーはKさんで、Tさん、Sさん、Ta子さん、Tu子さん、それに我々夫婦の男4名、女3名、計7名の参加者となっていた。Tさんの車で夜半に東京を出発し仙台に住むTu子さんのお宅へ寄り、お昼頃登山口の旗坂キャンプ場に到着した。以下は、Tu子さんが書いた当時の山行記録を転載させてもらいました。

 

9月12日(土)

12:30旗坂野営場→ 14:40三光の宮→ 15:30升沢避難小屋

 船形山の升沢コースはバスを利用すると終点の沢渡から歩きとなるのだが、今回は車だったので旗坂野営場まで車で入れ、約3時間ほど時間を短縮する事ができた。

 旗坂野営場の登山口

 船形山は仙台からさほど遠くないが、ブナの原生林に囲まれた奥深い雰囲気の静かな山である。歩いていても1パーティに会っただけで、あまり人が入っていないようである。

 泊りは山頂小屋の予定だったが、夜行の疲れもあり手前の升沢小屋にした。小屋は他に宿泊者は居らず我々だけで独占し、快適な一夜であった。

 

 9月13日(日)

07:30升沢避難小屋→ 08:25~35船形山→ 09:30蛇ヶ岳→ 10:00後白髪三叉路→ 10:30~40後白髪山→ 11:00横川林道分岐→ 12:30~40屋敷平(林道出合)→ 14:00定義温泉

 升沢小屋から船形山へ登ったが、生憎の曇り空のため展望が効かず残念であった。下山は南へ降るコースとなったが、殆ど人に会わず静かな道であった。

 船形山山頂

 蛇ケ岳山頂

 リーダーのKさんが車を回収して下山口の定義温泉で我々を迎える事になり、蛇ヶ岳で我々と別れ車を停めている旗坂野営場へ一人降って行った。後白髪山を経由する長い山道を降って、屋敷平の集落に降立ち車道を20分程歩いてゴールの定義温泉に着くと、Kさんが車で我々を迎えてくれた。

 後白髪山山頂

 後白髪山から船形山を振り返る。

 その後山の汗を流そうと近くの作並温泉へ向かったが、既に入浴時間を過ぎていると断られ、仕方なくそのまま仙台市内へ戻る事になった。

 

 上記のように行動記録は書かれており、仙台駅で我々夫婦は東京へ戻る他のメンバーと別れ、栗駒山へ登るため仙台駅から岩手県の一関へ向かったのです。次回は栗駒山登山を回顧します。

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日本三百名山回顧№42,朝日連峰、大朝日岳(百名山)

2018年05月09日 | 三百名山回顧

 平成7年10月8日(日)~10日(火)  

 

 山形の朝日連峰は春の残雪期に一度登っただけなので、紅葉の時期にも行ってみたいと思いこの山行を計画した。しかし出発の直前に交通事故を起こして、車が使えなくなってしまった。

 山へ登る気分も失せてしまったが、同行する山仲間のE子さんや妻がヤル気充分だったので中止する訳にもいかず、その頃開通して間もない山形新幹線に乗って山形へ向かった。

 20数年前の薄い記憶でおぼろげだが、在来線の左沢駅から終点の白滝でバスを降り、林道をしばらく歩きその夜は登山口の朝日鉱泉で宿泊した。翌日、E子さんと我々夫婦の3人は、重い幕営装備を背に鳥原山経由で大朝日岳を目指した。

 大朝日岳へ向かう登山道(場所不明)

 鳥原山から小朝日岳

 

 

 登山口から鳥原山までは尾根道のきつい登りだったが、途中金山沢の水場を越えた。鳥原山からは森林限界を越え、雄大な展望が拡がり辛い登りを忘れさせてくれた。急登を終えて小朝日岳の山頂に着くと、大朝日岳の山容が行く手にどっしりと聳えていた。

 小朝日岳の登り

 小朝日岳から熊越まで急坂を降り、大朝日岳へ続く尾根道を黙々と登る。やがて山頂直下の大朝日小屋に到着し、近くの幕営地にテントを張る。金名水が湧く山上のテント場は、明るい雰囲気で快適な夜を過ごせた。

 大朝日小屋

 2日目の朝も好天が続き、装備をザックに収めると大朝日岳(1870m)の山頂へ向かう。山頂は360度の展望で北西に朝日連峰の主脈が延々と連なり、その奥に以東岳のゆったりした姿が望め、南には鋭い山容の祝瓶山の姿があった。

 大朝日岳山頂

 山頂から以東岳方面

 山頂から平岩山(手前)祝瓶山(奥の鋭鋒)方面

 山頂から小朝日岳方面

 山頂から月山方面?

 下山時の記憶もおぼろげだが、山頂を後にすると平岩山へと降り、平岩山から左に曲って御影森山と続く緩やかな尾根を降って朝日鉱泉へ降り立った。その日のうちに白滝からバスに乗り山形駅まで戻り、帰りの列車に乗る前に駅近く居酒屋で食べた郷土料理がやけに旨かった事だけはしっかり覚えている。

 御影森山へ続く尾根

 御影森山山頂

 当時は交通事故の件で意気消沈し登山などする気分で無かったが、大朝日岳を登った事で随分気持ちが前向きになれた。その意味では同行してくれたE子さんや妻に感謝々々の思いがある。朝日連峰は標高こそ2千mに届かぬものの、雄大な大自然が残された魅力的な山域であった。元気なうちに又何時か訪れてみたい。

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日本三百名山回顧№41、朝日連峰以東岳(2百名山)

2018年04月26日 | 三百名山回顧

 昭和58年4月30日(土)~5日(木)  

 

 当時所属していた山岳会の5月山行で、残雪の朝日連峰を縦走しようという計画が決まった。私が担当リーダーとなり私を含め女性4名、男性3名の仲間が参加する事になった。

 この頃は新幹線など無かったから上野発の夜行列車で出発して、山形県鶴岡駅から朝一番のバスで以東岳登山口へのバスに乗り、泡滝ダム辺りで下車して歩き始めたと思う。

 出発地点で

 歩き始めた頃、猟師達のトラックと遭遇した。荷台には仕留められた数頭の熊が横たわっており、猟師から「山の上には熊が一杯いるよ。」と冗談半分に脅された。

 林道から残雪の詰まった道無き沢を詰めて茶畑山の稜線を目指した。会の共同装備品である8人用の重いエスパーステントを私が担いでいたので、稜線に達するまでの登りが本当にきつかった。

 道無き沢を登って行く。

 背中のザックが重かった。

 初日は茶畑山の手前の広々とした誰も居ない雪原にテントを張ったが、テントの夕餉では、「もし熊に襲われたら逃げ遅れた者が犠牲になろう。」何て冗談もでたが、用足しでテントから離れた時は先刻の猟師の言葉が思い出され何となく不気味であった。

 茶畑山手前の幕営地点

 2日目は茶畑山~戸立山と残雪を拾うように進んで行く。霧の一日で視界は無く、所々で残雪が途切れるとヤブ漕ぎで苦労したが、大きな支障も無くお昼頃には以東岳(1771m)の山頂に達したはずだ。霧に覆われた山頂からの展望は得られなかった。以東岳から先は、ハッキリした登山道もあり行き交う登山者も多かったので、楽な気分で狐穴小屋まで歩いて幕営した。

 以東岳へ向け粛々と登る。

 雪庇の縁を進む。(場所不明)

 霧の中の以東岳山頂

 身も凍るように寒かったが、3日目の朝は素晴らしい好天で迎えた。寒江山~竜門山と続く残雪の朝日連峰主脈縦走路は気分も爽快で、休まず歩いたものだから女性リーダーのS子さんから、「もう少し休憩を取ってよ。」と文句を言われたりもした。

 寒江山山頂?

 寒江山付近から大朝日岳方面

 寒江山から以東岳方面

 主脈縦走路(相模山方面)

 同上(場所不明)

 竜門岳から寒江山方面?

 西朝日岳

 朝日連峰の最高峰、大朝日岳(1871m)に達して来た道を振返ると、以東岳が遥か遠くに望め、あそこから歩いて来たのかと感無量であった。大朝日岳から小朝日岳を経由して、根子川沿いに建つ日暮沢小屋まで降って三日目の夜を迎えた。

 大朝日岳

 大朝日岳山頂

 山頂から祝瓶山方面

 山頂から以東岳方面

 山頂から小朝日岳方面

 日暮沢小屋からは車道が通じており、後は車道を伝って大井沢のバス停まで歩くだけなので、4日目の朝はノンビリ朝寝坊してテントを乾かした後に出発した。

 日暮沢小屋での朝

 大井沢集落へ向かう道沿いにはザゼンソウや水芭蕉の群落が点在し、尾瀬の水芭蕉より見応えがあった。大井沢集落には早い時間に到着したが、このまま仲間と別れるのが惜しくて、用事があるというOさんを除き全員が大井沢の旅館に泊まる事になった。

 水芭蕉の群落

 まずは汗臭い身体を身綺麗にし、その夜は登山の成功を祝して大盛上りの宴会となった。この時の山行は今想い返しても実に楽しく痛快で、私の登山人生の中でも最も思い出深いものの一つである。一緒に歩いたメンバーの内、岩登りのエキスパートだったOさんと、女性リーダーだったS子さんのお二人はあの世へ旅立たれてしまったが、写真を見るとあの時の仲間全員に改めて感謝の思いが募る。

 

追信・・・・この山行で百名山の一つ大朝日岳も登っているが、それは後日改めて記載します。

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日本三百名山回顧№39、鳥海山 №40月山(百名山)

2018年04月17日 | 三百名山回顧

 昭和56年9月5日(土)~7日(月)   

 

 東北の名峰、鳥海山を登ったのは昭和56年の9月、40年近くも昔の話だ。当時日本百名山登頂を目指していた山岳会の女性リーダー、S子さんに誘われて参加したように思う。何しろアルバムの写真以外の記録が一切残っていないので、当時の記憶は殆ど薄れかけている。

 参加者はS子さんをリーダーに女性がIW子さん、IS子さん、男性がUさんと私の5人パーティであった。上野発の夜行列車で秋田県の象潟駅に降立ち、そこからバスで登山口の鉾立へ向かった。

 吹浦コース登山口バス停

 象潟コースの登山道

 鉾立登山口から山頂へ向かう象潟コースは、途中に円い鳥海湖などもあって明るく眺めの良い道程だが、標高差が1100mもあって夜行列車で前夜を過ごした身にはけっこうきつかった。鳥海湖を過ぎてしばらく登ると、千蛇谷コースと外輪山コースに道が分岐する。我々は右手の外輪山コースを経由して頂上小屋に到着した。

 鳥海湖をバックに

 鳥海湖付近で(中央がリーダーのS子さん)

 登山道に残る雪

 鳥海湖付近から鳥海山(山頂は左のピーク)

 登山道分岐の手前で休憩中

 千蛇谷と外輪山(右手)

 外輪山のピーク?

 外輪山から山麓の眺め

 その夜は小屋に宿泊し、翌朝早く全員で鳥海山の最高峰「新山(2237m)」に登った。岩が積み重なったような山頂でしばらく佇んでいると朝日が昇り、日本海の海原に鳥海山の山影、三角形の影鳥海がクッキリと浮かび、それは中々壮大な眺めであった。新山から七高山を経由して小屋へ戻ると、千蛇谷コースを経由して象潟コースを下山し鉾立登山口へ戻った。

 山頂から朝日が昇る

 日本海に映る影鳥海

 鉾立に戻り着く(背景は奈曽渓谷)

 

訂正事項・・・登山口バス停の写真から推察して鳥海山への登りは、象潟コースでは無く吹浦コースを歩いたように思われます。

 

 

 

 他のメンバーは象潟駅からその日のうちに帰宅の途についたが、余分に休暇を取っていた私は唯一人山形県へ向かう列車に乗り、鶴岡駅で下車をして駅前からバスに乗り、月山登山口の弥陀ヶ原八合目に向かった。

 午後遅い時間に登山口を出発したが、羽黒山コースはよく整備された緩やかな道で、当時は一番元気な頃だったから2時間足らずで月山(1984m)の山頂に着いたと思う。山頂は広々とした山上高原で、山頂には立派な神社が鎮座していた。その直下に頂上小屋があり、お客さんが少なかったので個室に泊めてもらう事ができた。

 夕刻、月山山頂神社と奥に遠く鳥海山

 翌朝も好天となり眩い朝日が昇ったが、月山はだだっ広い山なので影月山を見る事はできなかった。しかし山頂からは360度の展望で、北には前日登った鳥海山、南は朝日連峰が横たわり、その奥に飯豊連峰の連なりも望めた。もう秋の気配なのに山頂直下の斜面には豊富な雪が残されており、豪雪の凄さを実感した。

 山頂から登って来た弥陀ヶ原方面?

 山頂から西?の眺め

  山頂から東?眺め

 山頂から南に朝日連峰と奥に飯豊連峰

 山頂からは、湯殿山神社へ降る湯殿山コースを下山した。この道は昨日の羽黒山コースとうって変わり急坂の連続で人の気配も無かったが、しっかり道で歩き易かったように思う。

その後は全く記憶に無いけれど、その日のうちに列車に乗り翌朝帰京したのではないか。当時は新幹線など無い時代で東北地方がとても遠かったのだ。殆ど消えかけた記憶の中で、日本海に浮かんだ影鳥海の雄大な眺めだけが今でも印象に残っている。

 

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日本三百名山回顧№38、泉ヶ岳(3百名山)

2018年04月07日 | 三百名山回顧

 平成25年10月31日(木)    天気=曇り

 

09:03泉ヶ岳スキー場駐車場→ 09:36~39お別れ峠→ 10:30~38泉ヶ岳→ 11:00岡沼→ 11:20泉ヶ岳スキー場駐車場

 

 泉ヶ岳は仙台市の北西部に位置し、夏はハイキング、冬はスキーで仙台市民に親しまれている山だ。妻は、仙台市内の観光巡りをしたいと言うので、朝方ホテルで別れ私は一人で泉ヶ岳へ向かった。

 泉ヶ岳の東斜面は泉ヶ岳スキー場のゲレンデで、スキー場の広い駐車場に到着すると何処かの小学校登山のバスが数台停まっていた。生徒達は途中まで運行しているリフトに乗って行くようだ。

 泉ケ岳スキー場駐車場

 私は滑降コースと呼ばれる登山道を登って行く。緩やかな樹林帯の道を30分程歩き、登山道が交差するお別れ峠に着いた。此処で運悪くリフトを乗り継いで来た小学校登山の行列に遭遇してしまった。

 小学校登山の列と遭遇

 お別れ峠

 「ゴメンね。」と言いながら生徒らの列を追越して行くが、チビッ子共は「この人スズを付けてるから追いて行けば熊に襲われないゾ。」とか「そんなに急いで頂上まで行けるんですか。」と生意気な口を利く。でもきちんと挨拶はするし、皆可愛い子供達だった。

 大壁の急坂

 小学生登山の列と離れると静かな道に変った。お別れ峠からはだんだん道は急になり途中「大壁」何て標識の坂もあるが、小学生でも登れる道なので大した事は無かった。お別れ峠から30分足らずでカモシカコースが右から合さり、そこから急坂を数分登ると泉ヶ岳(1172m)の山頂だった。

 泉ケ岳山頂

 山頂はゴロゴロと石が散乱する広場で、周囲は灌木で覆われ展望は殆ど無い。記念の写真だけ撮って10分足らずで山頂を後にした。山頂直下では展望が開き仙台市街地を望めたが、ドンヨリとした天気なので霞んだ風景しか見えない。

 下山の道はカモシカコースを降る。樹林帯の急坂を20分程降ると、岡沼という小さな池がある平坦地へ着く。岡沼の縁を通って兎平の緩やかな草原を抜けると泉ヶ岳スキー場ゲレンデの最上部で、リフトが此処まで運行していた。雪の無い今の時期は、パラグライダーの練習場や観光用とした活用されているようだ。

 岡沼

 広々としたゲレンデを真っ直ぐに降って、山頂から約40分で車を停めている駐車場へ戻ってきた。単独で歩くとどうしても駆け足のような登山になってしまう。も少し山の余韻に浸るような余裕ある山歩きを心掛けねばと、登り終えて何時も反省する。

 泉ケ岳スキー場ゲレンデ

 

 なお、登山の詳細は本ブログに記載済なので、下記をクリックしてご覧下さい。

     You can click.

 

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日本三百名山回顧№37、五葉山(3百名山)

2018年04月03日 | 三百名山回顧

平成25年10月30日(水)    天気=晴れ

07:20赤坂峠駐車場→ 07:44賽の河原→ 07:55畳岩→ 08:31石楠花荘(避難小屋)→ 08:41~55五葉山→ 09:03石楠花荘→ 09:24畳岩→ 09:32賽の河原→ 09:45赤坂峠駐車場

 

 五葉山は東に釜石市、南に大船渡市を望む北上山地南部に位置する山で、高原状の茫洋とした山容をしている。大船渡と釜石を結ぶ県道193号の最高地点、赤坂峠に五葉山の登山口がある。

 赤坂峠登山口の駐車場

 一昨日は白神岳、昨日は姫神山と二日続きの連続登山に疲れたのか、妻は「本でも読みながら車で待っている。」と言う。無理強いも出来ないので、単独で登山口を出発する。

 赤坂峠から山頂までは標高差は約600m余の、概ね緩やかな歩き易い道が続く。中間地点の賽の河原は展望の良い小広場で、五葉山から黒岩に続く穏やかな稜線が望まれた。そこから少し進むと平たい大岩が点在する畳岩で、ここも良い休憩ポイントだ。

 畳岩

 畳み岩から笹原と樹林の急登をしばらく頑張ると、稜線直下の山小屋「石楠花荘」に着く。石楠花荘は避難小屋とは思えぬ立派な造りで、時間があれば泊ってみたくなる山小屋だ。石楠花荘から少し登ると稜線に達し、此処は日枝神社と呼ばれ簡素な鳥居と小さな祠がある。 

 山小屋「石楠花荘」

 日枝神社から右に曲って平坦な道をしばらく進むと五葉山(1351m)の山頂だった。山頂標識の台座は2年前の大震災が原因で、大きく傾きひび割れており地震の凄さを物語っていた。

 五葉山山頂

 秋風が吹き抜ける広々とした山頂からは、大船渡や釜石の三陸海岸が望める。そこは2年前の大津波で甚大な被害を受けた被災地だが、今はそれが嘘のようにのどかで平和な眺めだった。

 山頂から大船渡市方面

 山頂から釜石市方面

 登山口まで待つ妻が気懸りだったので、休憩もソコソコに山頂を後にする。登山道を半ば走るように駆け降り山頂から50分程で登山口の駐車場に戻り着いたら、妻は車の中で熟睡中であった。

 なお登山の詳細は本ブログに記載済なので、ご覧になる場合、下記をクリックしてください。

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日本三百名山回顧№36、姫神山(2百名山)

2018年03月22日 | 三百名山回顧

 平成25年10月29日      天気=曇り時々晴れ

 

08:43一本杉園地第駐車場→ 09:11~15五合目→ 09:35~44八合目→ 10:15~31姫神山→ 10:58八合目→ 11:36一本杉園地第2駐車場

 

 姫神山は標高1千mを僅かに越える低山だが、優美な三角形の姿で山容の良さから二百名山に選定されたのであろう。広々とした一本杉園地の駐車場から姫神山を往復する一本杉コースを歩いたが、ファミリー向けの容易な道で、行き交う登山者も多かった。

 一本杉園地駐車場の登山道入口

 ざんげ坂付近の登山道

 登山口から山頂までの所要時間は約1時間半、アッケなく着いた感じだったが、山頂は巨石が点在する広場で360度の展望も素晴らしかった。西に雄大な岩手山と奥羽山脈、南は眼下に盛岡市街地が拡がり遠く北上山地の最高峰、早池峰山の姿も確認できた。

 姫神山山頂

 山頂から岩手山方面

 この山についても既に本ブログに紹介済なので、詳細は下記をクリックしてご覧ください。

    

 

 

 

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