Fさんの日々の記録と山歩き

 山歩きが生き甲斐の団塊世代オッサン、ある事無い事日々感ずるままに綴っていこうと思います。

日本三百名山回顧№43,宮城、船形山(2百名山)

2018年06月29日 | 三百名山回顧

昭和62年9月12日(土)~13日(日)  

 

 ブログのネタ不足を補う為に始めた三百名山回顧だが、最近ご無沙汰なので今回は東北は仙台市の西に聳える船形山を振り返ってみます。この山に登ったのは昭和62年の9月、もう30年以上昔の話しなので殆ど記憶がありません。ところが当時所属していた山岳会の古い会報を調べてみたら記録が残されていた。

 それによるとリーダーはKさんで、Tさん、Sさん、Ta子さん、Tu子さん、それに我々夫婦の男4名、女3名、計7名の参加者となっていた。Tさんの車で夜半に東京を出発し仙台に住むTu子さんのお宅へ寄り、お昼頃登山口の旗坂キャンプ場に到着した。以下は、Tu子さんが書いた当時の山行記録を転載させてもらいました。

 

9月12日(土)

12:30旗坂野営場→ 14:40三光の宮→ 15:30升沢避難小屋

 船形山の升沢コースはバスを利用すると終点の沢渡から歩きとなるのだが、今回は車だったので旗坂野営場まで車で入れ、約3時間ほど時間を短縮する事ができた。

 旗坂野営場の登山口

 船形山は仙台からさほど遠くないが、ブナの原生林に囲まれた奥深い雰囲気の静かな山である。歩いていても1パーティに会っただけで、あまり人が入っていないようである。

 泊りは山頂小屋の予定だったが、夜行の疲れもあり手前の升沢小屋にした。小屋は他に宿泊者は居らず我々だけで独占し、快適な一夜であった。

 

 9月13日(日)

07:30升沢避難小屋→ 08:25~35船形山→ 09:30蛇ヶ岳→ 10:00後白髪三叉路→ 10:30~40後白髪山→ 11:00横川林道分岐→ 12:30~40屋敷平(林道出合)→ 14:00定義温泉

 升沢小屋から船形山へ登ったが、生憎の曇り空のため展望が効かず残念であった。下山は南へ降るコースとなったが、殆ど人に会わず静かな道であった。

 船形山山頂

 蛇ケ岳山頂

 リーダーのKさんが車を回収して下山口の定義温泉で我々を迎える事になり、蛇ヶ岳で我々と別れ車を停めている旗坂野営場へ一人降って行った。後白髪山を経由する長い山道を降って、屋敷平の集落に降立ち車道を20分程歩いてゴールの定義温泉に着くと、Kさんが車で我々を迎えてくれた。

 後白髪山山頂

 後白髪山から船形山を振り返る。

 その後山の汗を流そうと近くの作並温泉へ向かったが、既に入浴時間を過ぎていると断られ、仕方なくそのまま仙台市内へ戻る事になった。

 

 上記のように行動記録は書かれており、仙台駅で我々夫婦は東京へ戻る他のメンバーと別れ、栗駒山へ登るため仙台駅から岩手県の一関へ向かったのです。次回は栗駒山登山を回顧します。

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1年ぶりにプロ野球西武~オリックスを観戦

2018年06月27日 | お出掛け

 このところ真夏のような暑さが続きますね。そんな中、新聞販売店からタダ券を貰ったので西武ドーム(正式にはメットライフドームと呼ぶらしい。)で開催された西武~オリックス戦を観に出掛けた。

 試合前の西武ドーム球場

 球場を訪れていつも感心するのが、重いタンクを背負ってビール等を販売する売り娘達の頑張る姿だ。ケチな私はいつも自前のビールを持参するのだが、今日は彼女らの売上に貢献しようと売り娘の一人からビールを買った。

 ショート缶ほどのビールが700円と山小屋並みに高いけれど、隣に座って注いでくれる彼女は笑顔を絶やさず「涼しくなりましたねェ~」何て営業トークもしてくれる。そんな頑張りに「重いタンクを背負って大変だね。」と思わず労わりの言葉がでた。

 今年の西武は快調で、現在のところ首位を走っている。今日も期待していたが、何となく打線に迫力が無い。それもそのはずで、去年まで打線の中軸だった中村おかわり君とメヒアの姿が無い。一体どうしちゃったのか、去年観た試合では、この二人がホームランを打って3-0で巨人に快勝したのに、そんな私の悪い予感が的中し、2-4でオリックスにアッサリ負けてしまい、終わってみればガッカリする試合内容だった。

 混み合う電車で帰る途中、山仲間のYさんとバッタリ遭遇した。話をすると、彼らも朝日新聞販売店から貰ったタダ券で西武~オリックス戦を観戦したそうだ。以前から私が顔を会わす度に、新聞販売店からタダ券を貰ってどこそこへ行ったと吹聴するもんだから、Yさんも販売店のオヤジにその事を強く言ったら券をくれたらしい。マッ私の吹聴話も少し他人様のお役に立ったという事で、今日の話しはジ・エンド。

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今年初めての猛暑日で、熱中症寸前

2018年06月25日 | 日記

 ワールドカップサッカー、日本対セネガル戦で昨日は熱い夜となったようだが、今日も朝から暑くて関東地方は今年初めての猛暑日となったようだ。所属している地元テニスクラブの練習にコートへ行ってみると、いつもは10人以上の参加者なのに今日は私を含めて6人しか来ていない。

 いつも朝9時前から12時過ぎまでプレーをするのだが、交代要員がいないからコートに立ちっぱなし、だんだん暑さで頭がボーッとしてきた。こんな時に限ってジュース(飲むジュースじゃありませんよ。)が続き、中々試合が終わらない。

 最後の方はノックアウト寸前のボクサー状態で、熱中症になる前に試合を終えた時は正直ホッとした。普段は優雅なオッサンテニスも、こうなって来ると命懸けの危険なスポーツで侮れない。

 コートから我家へ戻る途中耐え難い喉の渇きを堪えきれず、思わずカッパ寿司のお店に入り震える指でタッチパネルの「生ビール」をクリックした。さっそく冷え冷えとした生ビールが届く。クーッその美味い事、老い先短い無職のオッサンが、今人生で一番幸せを感じた瞬間でした。

     ・・・・・スミマセン、昼間から酔っ払いオジサンで世間様に申し訳ない。

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坂本冬美コンサートで演歌に聴き惚れた。

2018年06月24日 | 映画・コンサート

 最近は美術館で名画を鑑賞したり、ピアノコンサートに出掛けたりと高い教養を身に付けつつある私だが、やはりグローバルな文化人としては大衆芸能も知らねばならぬと思い、大宮ソニックシティで公演された演歌の歌姫、坂本冬美のコンサートへ出掛けた。

 音楽業界の中では凋落傾向にある演歌だが、人気・実力とも兼ね備えた坂本冬美チャンだけに、2500人を収容する大宮ソニックシティ大ホールは、中高年を中心に超満員の盛況であった。

 大宮駅西口近くの大宮ソニックシティホール

 コンサート会場の大ホール

 冬美ちゃんの魅力は何と言っても艶っぽい歌声で、女性演歌の歌い手では断トツ私が一番好きな歌手である。その歌声を生で初めて聴けると思うと、期待に胸が膨らんだ。

 今回の公演チケットは早く申し込んだつもりだったが、指定された席は1階最後列で、オープニングと共に現れた冬美ちゃんの姿が随分小さく見える。最前列付近の良い席は、どうも後援会の会員へ優先的に割り振られているようだ。双眼鏡を持ってくるべきだったと少し後悔した。

 演歌の歌姫とか冬美ちゃん何て言ってるが、彼女もデビューから32年、もう既に51歳になっていたのだ。だがその歌声は円熟味を増し、更に魅力的になっていた。

 彼女の持ち歌の中でも特に好きなのは「祝い船」と「まだ君に恋してる」の2曲だ。「祝い船」を聴くとそのコブシを効かせた歌声が、我々団塊男の魂を揺さぶり感動の涙が込み上げてくる。「まだ君に恋してる」を聴くと、恋心などとっくに枯れ果てたのに、切なくて涙が滲んでくる。

 冬美ちゃんのショーは歌だけでなくトークも抜群で、笑いあり感動ありのとても楽しい2時間のコンサートであった。ピアノのショパンも悪くはないけれど、昭和世代のオッチャンにはやっぱりコブシの効いた演歌が一番エエなあ~、冬美ちゃん又聴きに行くデェ。

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カンヌ映画祭受賞作「万引き家族」を観た。

2018年06月22日 | 映画・コンサート

 気になっていたカンヌ映画祭受賞作「万引き家族」を観てきた。話題の映画だけに、平日にも係わらず館内は満席に近かった。是枝監督作品は「海よりもまだ深く」を観たくらいだったが、どんな映画か期待しながら上映を待った。

 物語りは、日雇い労務者の治(リリー・フランキー)とクリーニング工場のパートで働く信代(安藤サクラ)の夫婦に、二人の子供達、同居する老婆(樹木希林)と風俗で働く娘(松岡茉優)という大家族の日常生活が描かれる。

 一見何処にでもいそうな家族と思えたがこれがとんだ喰わせ者で、夫婦は赤の他人の老婆の家へ押しかけて同居、老婆の年金をあてに暮らしている。小学生くらいの男の子と5才の女の子は誘拐紛いに連れてきた他人の子供で、学校へも行かせず万引きをやらせて生活の糧にしている。

 これだけ聞けば何と酷い鬼夫婦と思うが、不思議な事にこの家族は貧しいながらも皆仲良く明るく暮らしており、とても幸せそうに見える。しかしこの幸せは長く続かず、老婆が突然亡くなった事がキッカケで、家族は崩壊しチリジリバラバラとなってしまう。

 この映画で「家族の幸せとは何なのか?」と是枝監督は問いたかったのだろうか?登場人物のキャラクターが善人なのか悪人のか曖昧模糊としてるので、観終えた後も今一つスッキリしない映画であった。

 その後5才の女の子は、ネぐレストの実母の元へ戻される。親から見放され一人寂しく外を眺める女の子のラストシーンがとても切なくて、これがカンヌ映画祭審査員の胸を打ったのではないかと思えた。

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ワールドカップサッカー、初戦の勝利で日本中が熱狂

2018年06月20日 | 日記

 ワールドカップサッカーで盛り上がっている最中に水を差すようだが、私はサッカーというスポーツにあまり興味が無い。たぶん中々点の取れない試合展開が、自分のセッカチな性分に合わないのだと思う。逆に日本人の中に、こんな大勢サッカーファンが存在するという事の方が驚きだ。

 だからアナウンサーが「日本中が熱狂」と叫んだ昨夜の試合も、寝床で高イビキだった。日本の勝利も今朝の朝刊で知り、私も日本人だから勝った事は嬉しいが、グループリーグの1勝だけで「奇跡が起きた。」「神風が吹いた。」と最大級の熱狂報道は、一寸気持ちが引いた。

 これでもし日本チームが決勝リーグ進出、あるいは万が一優勝でもしたら、マスコミはどんな言葉で賛美するのだろうか。そっちの方が気になってくる。(そんなの無用な心配という声が・・・)

 私は小心者なので、日本チームがゴールポストへ攻め込んで惜しくもシュートを外した時や、又相手チームに攻め込まれゴールを奪われそうになったシーンを見るとストレスが異常に高まる。

 高いストレスは身体の為に良くないので、生中継は控えて試合の結果は翌日のニュースを確認し、ヒッソリと陰ながら日本チームを応援します。選手の皆さんは周囲の雑音など気にしないで、「ベストを尽くして天命を待つ」の精神で頑張ってください。

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昨日の朝、大阪で発生した震度6の大地震

2018年06月19日 | 日記

 昨日の朝方、ボケッとテレビを観ていたら、突然緊急ニュースが流れ「先程大阪市北部で強い地震がありました。」と地震速報が報じられた。するとテレビの横にあった観葉植物の枝がユラユラと揺れている。

 「地震の揺れが埼玉まで及んでいるという事は相当大きな地震に違いない。」と一瞬あの阪神淡路大震災が思い起された。倒壊した塀で犠牲になった女児など4名の方が犠牲になったと、その後の報道で知り暗い気持ちになったが、社会インフラに致命的な打撃を及ぼすまでは至らなかったようで、その点では少し安堵している。

 私の人生の中で一番大きな地震 に遭遇したのは、昭和43年に発生した十勝沖の大地震だ。その頃私は震源地近くで勤務しており、屋内で休憩していたところ突然の揺れで慌てて皆と一緒に屋外へ飛び出した。

 回りを見ると建物の煙突が途中からポキリと折れ、大型トラックが前後方向にユサユサと動いている。踏ん張った足先の大地はまるでゆるやかな大波が押し寄せてくる感覚で、私の身体を上下させている。それは恐ろしい異次元の体験であった。

 最近毎日のようにアチコチで地震が頻発しているようなので、その内大きな地震が起きるのではとの懸念が増している。日本に住んで居る限りは地震の不安から逃れる事はできないので、最大限の準備をして被害を最小限に食い止めるしか道はない。取りあえずベランダに保管しているポリタンクの飲料水を、新しい水と交換しておこう。

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山梨県、倉見山登山

2018年06月18日 | 登山

6月17日(日)     天気=曇り時々晴れ

07:39西桂町営グランド駐車場→ 07:59厄神社→ 09:26~10:00倉見山→ 10:13相定ヶ峰分岐→ 10:55~58堂尾山公園分岐→ 11:30~37クマガイソウ群落地→ 11:43西桂町営グランド駐車場

 

 6月に入って何処の山へも行っていないので、梅雨の合間を縫って富士吉田市近郊の倉見山へ出掛けた。早朝に我家を出発、予報は悪く無かったのに中央自動車道沿いの山々は灰色の雲に覆われスッキリしない天気だ。

 7時半頃、西桂町の町営グランド駐車場に車を停め、ここから歩き始める。高速道路の側道を東へ10分程進むと、「厄神社、倉見山登山道→」と書かれた標識があり、標識に従い高速道路の下を潜ると赤い鳥居の厄神社があった。

 側道の倉見山登山道標識

 厄神社の赤い鳥居

 神社横の沢沿いに続く林道をクネクネ登って行くと、鋼鉄製の堰堤がある所で林道が尽き登山道に変った。樹林帯の急な沢を登って行くが、今にも雨が降りそうな天気で何となく気分が弾まない。

 倉見山へ向かう林道

 鋼鉄の堰堤

 植林帯の登山道

 沢沿いの急登

 やがて沢沿いの急登から左へ曲って山腹を巻く道に変った。緩やかに登って行くと標識が有り、ここから尾根道となった。地図上の「さすの平」と記された地点で、天気が良ければ展望が望めそうだが、今は霧に包まれている。

 さすの平

 尾根道は程良い傾斜で歩き易い。しかし山麓の高速道路から車の騒音が途絶える事無く響き渡り、それが何となく鬱陶しい。樹林帯のジグザグ道を幾度も切換えしながら登って行くと、稜線に達し、右へ曲がって僅かばかり進むと倉見山(1256m)の山頂だった。

 倉見山山頂

 我々が山頂に達した頃に稜線を覆う雲が途切れ始め、雪を被った富士山が雲の合間から姿を現した。何というグッドタイミング、「日頃の行いが良いせいね。」と妻が笑顔で言った。

 倉見山山頂から富士山

 此処で富士山を眺めながら30分程休憩する。山頂の案内板には「倉見山は富士八景の一つ」と書かれていたが、実際には倉見山から一つ先にあるピークの方が富士山の眺めは良かった。

 倉見山の一つ先のピークから富士山

 倉見山から小さなアップダウンを幾度か繰り返し、地図上の相定ヶ峰に着く。此処で道は分岐し直進すると杓子山方面の道、我々は右に曲って堂尾山公園に向かう尾根を降って行く。

 相定ケ峰の分岐

 富士山へ目指して行くような尾根道は緩やかで実に快適で心地よい。歩くにつれ樹林越しに見える富士山が、だんだん大きくなってくるようだ。ただ絶え間ない高速道路の騒音だけが、少しばかり気分を阻害する。

 堂尾山公園へ向かう尾根道

 樹間越しに富士山

 富士山と富士吉田市街地

 相定ヶ峰から約40分で、登山道が交差する同尾山公園に着いた。公園とは言っても朽ちかけた東屋が在るだけで公園らしい設備は無い。ここから右へ曲って緩やかに樹林帯を降って行く。小さな涸れ沢を二つ越え、僅かなせせらぎがある沢を越えるとコンクリート会社の資材置き場に降立ち、その横を中央自動車道が走っている。

 堂尾山公園の分岐

 小さなセセラギの沢

 コンクリート会社の資材置き場

 高速道路沿いに進むと、「クマガイソウ群落地」と記された標識が在ったので、右へ曲って群落地へと足を向ける。樹林の中にあるクマガイソウの群落地は、周囲を鍵が掛かった金網で覆われ中に入る事はできない。開花時期は5月なので、その時期だけ一般に公開されるようだ。

 クマガイソウ群落地の標識

 クマガイソウ群落地

 再び分岐へ戻り進んで行くと町営グランドが前方に見え、車を停めている駐車場へ戻ってきた。朝方時は曇天で暗い雰囲気だったグランドも、今は燦々と陽を浴びて明るい初夏の装いだ。

 町営グランドから倉見山

 町営グランドの駐車場

 車に乗ると都留市の郊外に在る日帰り温泉「芭蕉月待ちの湯」で山の汗を流す。料金は大人710円(JAF割引640円)で、広々とした浴槽と露天風呂があり気持ちの良い温泉だった。

 帰りの中央道はどうせ大渋滞だと推測し、時間も早いので温泉を出ると奥多摩湖を経由する一般道で帰宅の途についた。こちらの道は殆ど渋滞する事も無く、夕方5時半頃に我が家へ戻る事ができた。梅雨の晴れ間を狙ったハイキングだったが、思惑通り残雪の富士を眺めながらの山歩きを楽しむ事ができた。

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とんだ茶番劇?だった米国と北朝鮮の首脳会談

2018年06月16日 | 日記

 世界中が注目した米国と北朝鮮の首脳会談だったが、終わってみれば期待外れもいいところで笑えぬ掛け合い漫才を見せられたような気分であった。

 都合の悪い事は全てフェイクニュース、良い事だけは自分の手柄、そんな米国大統領と、棚からボタ餅で権力を世襲した横柄で癇癪持ちの北朝鮮首領様、こんな二人に、高邁な精神と知見を合せ持つ優れたリーダーの資質があるとはとても思えない。

 あの会談はリーダーの資質に欠ける二人の指導者が、「俺はこんなに凄いんだゾ」と自国民にアピールするだけの為に催された、コメディーと言うか茶番劇だったのではとさへ思えてくる。過去の歴史に基づくならば、いずれ北朝鮮は屁理屈こねて約束事のちゃぶ台返しをやらかすだろう。

 どうせ茶番劇をするのなら、トランプが「オイ正恩、お前デブで若僧のくせに生意気だぞ。」とツッコミ、「何だよゴリラ、お前だって口先ばかりの老いぼれじゃないか。」と正恩がボケをかまし、最後はド突きあい漫才でもやってくれた方が観ている方は面白かったのに。

 そもそも朝鮮半島における諸悪の根源は、親子三代に渡り悪業の限りを尽くし北朝鮮をオカルト国家に仕立てた金一族の恐怖独裁政治に在るのだと思う。言い換えれば金一族の存在こそが、平和を蝕むガンみたいなものだ。「体制保証」などは論外で、金一族というガンを摘出する以外朝鮮半島に平和と安定をもたらす道は無いのではないか。

 その為には北朝鮮国内から救国の勇者が現れて、彼ら一族を打倒せねばならないが、国中をがんじがらめにした恐怖独裁体制の中ではそれも中々困難だろう。しかしそれ以外に平和への道は無いのだから、実現に向けて関係各国はあらゆる英知と手立てを結集して欲しい。

.....もし私が北朝鮮の人間だったらこんなブログを載せただけで、公開処刑か収容所送りになっているだろう。北朝鮮はつくづく残酷で恐ろしい国だ。

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盲目の天才ピアニスト辻井伸行、感動のコンサート

2018年06月14日 | 映画・コンサート

 「6月13日に演奏される辻井伸行のピアノコンサートに絶対行きたい。」と妻が言った。チケットなど簡単に購入できると思ったら大間違い、予約発売当日の発売開始時刻から電話とパソコン同時で何度も購入を試みたが全く繋がらない。10数回目のネットでやっとコンタクトでき、二人分のチケットを何とかゲットする事ができた。

 クラシック音楽には無縁の私はたかがピアノ演奏会と侮っていたが、盲目の天才ピアニスト辻井伸行の人気は凄まじく、1万数千円もするチケットがアッと言う間に完売となったようだ。

 昨日の午後、演奏会場のサントリホールへ向かった。高層ビルが立ち並ぶ港区赤坂アークヒルズのサントリーホールには、上品な装いの紳士淑女が続々と入場する。その中に混じると住所固定無職ダ埼玉から来た私も、何だか人生の勝ち組になったような気分になった。

 コンサートが始まり、ピアニストの辻井さんが介添えに手を引かれ舞台へ現れた。客席へ深々とお辞儀する彼の印象は、ポッチャリとした体形で人柄の良さそうな優しい人物に見える。クラシック音楽オンチの私はコンサートの合間に寝てしまうのではと心配だったが、彼の演奏はとても心地よく素直に惹きこまれていった。

 目をつぶり(寝てるんじゃないよ。)聴いていると、まるで無数の水玉が転がるような、草原の白樺林を春風が吹き抜けるような、高原の湖にさざ波が立つような旋律で(オォ何というポエムな表現)、脳内が心地よいマッサージを受けているような気分になった。

 約2時間余の演奏会に満場の観客は魅了され、妻などはハンカチを目に当てて感動のコンサートであった。クラシック音楽は「猫に小判」の私でさへ、そんなに悪いもんでもないなと思いつつ夜景に輝く高層ビル街を余韻に浸りながら我が家へと戻った。

 それにしても先週は東京都美術館で世界有数の名画鑑賞、そして今宵は世界トップクラスの名演奏会、こんなに高邁な教養を身につけてよいものだろうか、光栄に心が震える。これで私も一端の教養ある文化人、首から下しか取りえの無い田舎者のダサいオッサンとは、もう誰にも言わせない。

 サントリーホールコンサート会場

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上野の東京都美術館で「プーシキン美術館展」を鑑賞

2018年06月12日 | お出掛け

 内視鏡検査の結果確認に先週都内の病院を訪れたが、それだけでは往復の交通費が勿体ないので、ついでに上野の東京都美術館で開催されている「プーシキン館展」を観覧した。

 病院での所要は午前10時前に終えたので、歩いて上野まで行こうかと思ったが、この日は朝から真夏のような暑さで渋谷駅に着いた所で諦め、山手線に乗り上野へ向った。

 上野駅から外へ出ると上野の森は平日なのに凄い賑わいだ。賑わいの主因はパンダ人気に沸く上野動物園にあるようで、人波の多くは動物園ゲートへと流れ込んでいる。

 美術鑑賞は3月にサントリー美術館を3月に訪れて以来3ヵ月ぶりだったで、私のゲージュツ心は飢え乾ききっていた。なあ~んてカッコつけたいが、朝日新聞販売店からタダ券を貰ったから来ただけの事、朝日新聞さんには普段ブログで辛口コメントばかりしてるけど感謝してます。ありがとう。

 上野動物園には及ばぬものの、東京都美術館の中はソコソコの混雑ぶりだ。来客の多くは中高年で、この人達も私のように何処かでタダ券を貰ったんだろうか。

「プーシキン美術館展」を、当初私はプーシキンという名の画家が描いた作品展と勘違いしていたが、ロシア国営のプーシキン美術館が所蔵する作品の絵画展であった。

 作品の殆どが17世紀から近代に至るフランスを中心としたヨーロッパの風景画で、モネやロラン、ブーシェ、コロー、ルノワール、セザンヌ、ゴーギャンなど、何処かでその名を聞いたような巨匠達の絵画が65点展示されていた。

 理解しがたい宗教画や抽象画と違い風景画なので馴染みやすく、説明書を横目に絵を見ていると何となく当時の時代の雰囲気や人々の息吹を感じるような気がする。

 約1時間余の観覧を終え外へ出るとお昼時であった。上野公園内の食事処は何処も高いし混むので、上野駅を跨ぐ高架橋上にある「かよい路上野店」でランチを食べる。ここは上野駅界隈では穴場的和食料理店で、店内は程々高級感がありその割に値段がリーズナブル、しかも混んでもいないので上野へ訪れた時に何度か利用している。

 焼き魚定食に生ビールを頼んで料金は1千円を少し超えたくらいだった。食事を終えると神保町のミズノスポーツまで歩いて行くつもりだったが、ほろ酔い気分で炎天下の街を歩き始めたら滝のような汗が身体中から吹き出し、「こりゃ着くまでに干からびちゃう。」と回れ右し、上野駅からおとなしく帰宅の途についた。

 東京都美術館入口

 館内の展覧会場入口

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「大腸検査は必要なし」と言われてしまった。

2018年06月10日 | 日記

 先日受けた胃・大腸内視鏡検査の結果確認に再び病院を訪れた。担当のO先生とは初対面で、ディスプレイを前にして、「大腸の方は問題ありませんね。胃にポリープがあったけれど、これも問題ありませんでした。」と説明してくれた。

 ここまでは去年と同様であったが、更に続けて「手術からもう15年以上経ちましたので胃カメラは続けるとしても、大腸とCTの検査はもうやらなくていいと思います。」と宣告された。

 「ガン再発の恐れなし」と太鼓判を押してもらった訳だから、そしてあの苦しい検査を受けなくて済むのだから喜ぶべき事であろうが、病院から「縁切り」されたような淋しい気分だ。

 前々回のブログで散々グチをこぼした大腸内視鏡検査だけれど、あれをやっていたお蔭で腹黒い私の腸が少しは綺麗になっていた。それを突然やるなと言われたら、身勝手な思いとは知りつつもあの苦しく辛い検査が懐かしく思えてきた。

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映画「妻よ薔薇のように、家族はつらいよ。」は笑えて泣ける。

2018年06月08日 | 映画・コンサート

 最近観たいと思う映画が立続けに公開されている。一つはカンヌ映画祭でグランプリを獲った「万引き家族」、そしてもう一つが山田洋次監督の「妻よ薔薇のように、家族はつらいよ」で、さっそく観に出掛けた。

 「家族はつらいよ。」は初回編を観た時に実に面白かったのでシリーズ化して欲しいとブログに書いたら本当にそうなって、この映画がシリーズⅢになる。

 前回までは橋爪功と吉行和子が演ずる平田家の老夫婦が映画の中心人物であったが、今回は西村雅彦と夏川結衣が演ずる長男夫婦が騒動の中心となる。平田家は両親と長男夫婦にその子供達の三世代家族で、長男の嫁、史枝が大黒柱となって家族の切り盛りをしている。

 ある時平田家が泥棒に入られた事で騒動が勃発する。長男の幸之助はその事で妻史枝に冷たい言葉を浴びせ、それに不満を爆発させた史枝は家族の元を去り一人実家へ戻ってしまう。

 大黒柱を失った平田家は大混乱、残された家族は慣れない家事に四苦八苦家庭崩壊の危機に晒される。その後いろいろあって最後は史枝が暖かく家族に迎えられるという、山田洋次監督らしいハッピーエンドの映画です。

 その他にも中嶋明子と林家正蔵の長女夫婦、妻夫木聡と蒼井優の二男夫婦もそれぞれに持ち味をだしている。監督の力量なのだろうが、出演者達全員が持ち味を精一杯発揮して映画を盛り上げようとしているのが実感できて観ていても面白く、笑えて泣ける楽しい映画だと思いました。

 山田監督や主役の平田夫婦が高齢なのでいつまで続くか心配だが、次回作も楽しみです。

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年に一度の大腸・胃の内視鏡検査が憂鬱だ。

2018年06月06日 | 日記

 6月4日(月)

 又憂鬱な日がやってきた。それは年に一度、都内の病院で受ける胃&大腸の内視鏡検査の日です。健康の為に良かれと思い毎年受けているのだが、けっこう辛くて毎度慣れる事は無い。どのように辛いか具体的に言うと。

 その1、

 大腸検査前に腸内を綺麗にする為、下剤液を2ℓ以上も飲まねばならない。これが何とも言えぬ不味い味で、最初のうちこそ何とか飲めるものの、だんだん罰ゲームを受けてるみたいな気分になってくる。

 「この味何とかならないか。」と飲まされる度にいつも思う。例えばノンアルコールでいいからビール味、ツマミはポテトチップスに枝豆がいいかな。(アッ喰っちゃったら検査を受けられない。)ンじゃあ、コーラ味、ソーダ―味、麦茶や紅茶味でも悪く無い。とに角もう少しマシな味にして欲しいものだ。

 その2

 腸内を綺麗にしたら、いよいよ肛門から大腸ファイバーをユルユルと大腸の最深部まで差し込まれる。性格と同じく大腸も人それぞれ随分異なるようで、私の場合は根性と同様大腸もネジ曲がっており、いつもファイバーがスンナリとは進まない。

 検査する医師も苦労しているが、される私もお腹が痛くて苦しい。これはもう罰ゲームを越えて拷問に近く、今年の検査もホトホト辛かった。医療技術の進歩した現代、アナログ的な医師の職人技ではなく、IC技術を駆使した自動操縦でしなやかに苦痛なく挿入できぬものかと検査される度にいつも思う。

 

 その3

 大腸検査が終わると、次は胃カメラの検査を受ける。これは口から内視鏡が喉奥を通過する時に、思わずゲッと吐きそうになるのが辛い。でもこの瞬間を過ぎれば後は大した事無いので、正直なところ大腸検査より遥かに楽だ。(鼻からの内視鏡はもっと楽だと言うけれど、私は受けた事が無い。)

 

 かように辛い胃&大腸の内視鏡検査だけれど、これを受ける事によって私の身体の栄養補給部門と廃棄物処理部門の安心安全が確認できるので、辛いけれど病院から断られない限り検査を止めようとは思わない。

 でも本音を言うと最近物忘れや人の名前を忘れる事が甚だ多く、首から上の私の身体の指揮系統部門が一番気懸りだ。最近近所に脳外科クリニックができたので検査も可能だが、受けてみて「実は貴方の脳には認知症の兆候が・・・」と言われるのが怖くて、とてもじゃないが行く勇気が湧いてこない。

 

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奥駈道(大森山東林道終点→大黒天神岳→熊野本宮大社)(詳細)

2018年06月04日 | 登山

5月25日(金)     天気=曇り後晴れ

 

05:30大森山東林道終点→ 06:05大平多山分岐→ 06:29~38大森山→ 07:15切畑辻→ 07:43~54五大尊岳→ 08:49~59六道ノ辻→ 09:18大黒天神岳→ 09:57山在峠→ 10:14吹越山→ 11:01~13吹越峠→ 11:23七越峰→ 11:45高山集落→ 13:00熊野大社大鳥居→ 13:10熊野本宮大社

 

 久々のテント泊はとても快適で、タップリ眠って眼が覚めたのはAM4時過ぎだった。お汁粉とパンとコーヒーというアンバランスな朝食を済まし、5時半に居心地の良かったテント場を後にする。

 大森山へはキツイ登りを覚悟したが、30分程で大平多山分岐に達すると後は緩やかな尾根道を伝って意外と容易に大森山(1078m)へ到着した。平坦な山頂は樹林帯の中に在り全く展望は無い。大森山から10分程で三角点がある大森山三角点ピーク(1045m)に着き、こちらも展望は全く無い。この山頂が奥駈道の中では、最も南端に位置する1千m越えの山だ。

 大平多山分岐から熊野川町の集落

 大森山山頂

 三角点ピークから左へ曲り、急坂をグングン降って行くと切畑ノ辻に着いた。ここから本宮町へ降る道が右へ分岐している。切畑辻を過ぎると痩せ尾根の小さな岩峰を幾つも越えて行く。急なアップダウンの連続で疲れる道だ。幾つか越えた岩峰の先に五大尊岳(825m)の山頂があった。

 切畑ノ辻

 五大尊岳へ向かう急な痩せ尾根

 五大尊岳山頂

 

 数人も居れば満杯になる狭い山頂からは、樹林越しに僅かな熊野川の流れが少し望めた。五大尊岳から1時間程樹林帯を降ると六道ノ辻の鞍部で、ここからも本宮町へ降る道が右へ分岐している。

 六道ノ辻

 六道ノ辻から緩やかに20分程登り、樹林帯の中の大黒天神岳(574m)に着いた。標識が無ければそれと気付かぬ地味な山頂で展望も全く無かった。大黒天神岳からはユルユルと長い降りが続き、鉄塔の下を過ぎるとS字状に道は曲りしばらく降ると舗装された車道が横切る山在峠に着いた。里間近を思わす雰囲気だが、峠から緩い登りとなって植林帯の在る吹越山(325m)を越える。

 大黒天神岳山頂

 大黒天神岳の降りから熊野川の眺め

 吹越山山頂

 吹越山からしばらく降ると車道が横切る吹越宿跡で、ここから吹越峠に向って再び登りになる。防鹿網に沿って道は続き、アンテナ鉄塔の下へ着くとそこが吹越峠であった。峠からは熊野本宮大社の大鳥居が眼下に望め、ここから大鳥居目指して降りたいところだが、奥駈道はこの先の七越峰を越えて行かねばならない。

 吹越峠から熊野本宮大社の大鳥居

 吹越峠から僅かな降りで展望台がある公園に着いた。ここには車道も上がっており、その先の小高い丘が奥駈道南端のピーク、七越峰(262m)の山頂だった。

 七越峰の山頂

 ここから車道沿いに降るのが正しいルートだがここで大失敗、地図も見ないで適当に降ったら、奥駈道とは真逆の西に位置する高山集落へ降ってしまったのだ。

 熊野大社と正反対の高山集落に降る

 下山の途中、真っ黒なカラス蛇が道を塞ぎ私を威嚇したけれど、あれは化身した八咫烏が私に正しい道を教えようとしたのではないだろうか。高山集落に着くと、車に乗ったオジサンが「奥駈の人ですか?」と私に訊ね、道を間違ってますよと教えてくれた。

 「奥駈道の所まで送ってあげましょうか?」と親切に言ってくれたけれど、最後に車に乗るのはシャクなので、結局教えてもらった道を歩いて熊野本宮大社へと向かった。

 その道中、又一台の車が停まり、熊野観光ガイドをしているMさんという方が私に「乗って行きませんか。」と声を掛けてくれた。彼が言うには奥駈けを歩く人10人の1~2人は私と同じように道を誤るそうで、あの百名山一筆書きの登山家「田中陽気氏」も間違ったという。バカは私だけじゃないんだ。

 熊野本宮大社へ向かう最後の橋、備崎橋を渡る。

 結局1時間も余分に歩かされ大鳥居に着いたのは午後1時、ここから観光客や外国人達と混じりながら大社本殿へと向かう。国道を越えて少しばかり石の階段を登って本殿に達するのだが、暑さにやられて脚がバテバテだ。

 熊野本宮大社の大鳥居

 しかし修験者見習いという立場上、横を歩くクラブツーリズムの爺ちゃん、婆ちゃん等に負ける訳にもいかず、ミエを張って重いザックを背負ったまま息も切らせず熊野本宮大社本殿へ拝殿した。

 多くの参拝者で賑わうパワースポットの熊野本宮大社本殿

 こうして私の奥駈道初挑戦は、中央の核心部を残したまま終わった。このまま現地に留まり再チャレンジする手もあるが、体調を考えると再び出直す方が良策と思えた。体力気力をフレッシュアップして、必ずやいつの日か奥駈道全コースの完踏を実現させたいと思います。

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