Fさんの日々の記録と山歩き

 山歩きが生き甲斐の団塊世代オッサン、ある事無い事日々感ずるままに綴っていこうと思います。

エスポートミズノでテニスシューズをお買い上げ

2018年08月31日 | 日記

 先日都内の美術館へ出掛けた時、それだけでは勿体ないので神保町の「エスポートミズノスポーツ直営店」へも立ち寄った。テニスシューズが古くなったので良い物があればと思ったのだ。

エスポートミズノ直営店

 テニス道具に限らずスポーツ用具の殆どを私はこのミズノスポーツ店で買っている。何故かと言うと私はミズノの株を幾ばくか保有しており、毎年20%割引の優待チケットが貰えるので商品が安く買えるからだ。それに株主としては会社の売上にも貢献せねばならぬ。

 大株主様突然の来店に、店長以下一同が頭を並べてお出迎え・・・何て事は全く無かった。そりゃそうだよね。スーパーボランティア尾畠春夫さんに負けない色黒で、ザックを背負った汗臭いTシャツ姿のオッサンじゃ、とても金持ちには見えるはずが無い。

 このお店、当然の如くミズノの製品しか販売していない。そして価格も決して安くは無い。しかし店員さんが全てスポーツ経験者なので、親切かつ適確なアドバイスをしてくれる。

 私に相対する若い男性店員は一目で私の実力を見抜いたか、クレーコート対応の一番安い初心者向きの靴を勧めてくれた。錦織圭クラスの上級者モデルが欲しかった私だけど、それは値段が高いせいもあって口にはできず、素直に勧められた靴を買う事にした。それが下記の写真の靴です。

 サナギから脱皮して蝶が美しく羽ばたくように、私もおニューの靴に履き替えて、羽ばたく事ができるかな?・・・・老化現象で日々衰える足腰を考えりゃ、羽ばたくどころか現状維持すらままならぬというのが哀しい現実です。

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上野の森美術館で絵画展「日本の自然を描く展」を観覧

2018年08月29日 | お出掛け

 朝日新聞の販売店から貰った絵画展のチケットが昨日で最終日だったので、無駄にするのも何だから、昨日都内の美術館へ出掛けた。絵画展は「日本の自然を描く展」という名で、一般から公募された作品のうち、入選作品のみが展示されている。

 開催場所の上野の森美術館は、上野公園に在る他の美術館や博物館に比べると小規模であまり目立たぬ建物だ。上野駅公園口から歩いて2~3分のところにある。アマチュアの展示会なので空いているかと思ったが、最終日という事もあるのか意外に賑わっていた。

 上野の森美術館

 開催会場

 「日本の自然を描く」という題目だから展示されている絵は風景画ばかりと思ったらそうでも無く、抽象画みたいなものから日常のスナップ、あるいは外国の風景など何でもありという感じだった。

 何しろ展示されている絵画は600点以上と膨大な数だ、会場内を一巡するだけでも疲れてしまう。なので私は自分の好きな山の絵だけを注目して観て巡った。

 キャンパスに描かれた山は、正直言うと本物の山を知っている目からするとガッカリする絵が多い。山の迫力を表現するには、山岳写真に遠く及ばないなと思った。

 館内は撮影OKだったので、幾つか山の絵の写真を撮ったけれど、下記に掲載した写真を見て一瞬で山名が判れば、貴方は相当お山の通と言えるでしょう。

  これは誰でも判るね。

 B 北国の山

 C 関東平野から見える山

 D 山梨県の名峰

 E 北アルプスの最高峰

 F 安曇野の里に聳える鋭鋒

 G 南国の火の山

 

 

※正解は A富士山、 B利尻岳、 C浅間山、 D甲斐駒ヶ岳、 E穂高岳、 F五竜岳、 G桜島

 

 

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昨日放送されたNHK小さな旅「石鎚山」に、思わずホロりとした。

2018年08月27日 | 日記

 面白いと思う番組が少なくて最近あまりテレビを観ないのだが、日曜日の朝に放送するNHKの「さわやか自然百景」と「小さな旅」だけは好きで、昔からズーッと必ず観ている。

 昨日放送された「小さな旅」では、山の歌、夏「祈りの山、天高く~愛媛県、石鎚山」という題名で、四国の名峰「石鎚山」の事が取りあげられていた。鋭い岩峰が連ねる石鎚山は山頂に神社が祀られた信仰の山でもある。

 番組では、この山に関わる人達が紹介されていた。ホラ貝を吹きながら毎日歩いて中腹の神社へ荷物を届ける老郵便局員。登山道の山小屋で「冷やしアメ」をふるまって登山者を元気づける茶店のご主人など。

 その中にお父さんと一緒に登る10歳の女の子武田篤実さんがいた。彼女のお母さんは彼女を産んで間もなく亡くなってしまい、篤実さんは母親の顔を知らない。最愛の妻を亡くした事は、お父さんにとって言葉に尽くせぬ辛さであったろうし、男手一つで我が娘を育てる苦労も並々ならぬものがあっただろう。

 その後山好きだった妻の魂に惹かれるように、毎年親子で石鎚山へ登るようになったという。山頂岩壁を見上げる登山道のベンチで休憩中、「大きくなったアンタの姿を、一番近い所でお母さんに見せてあげたかったんだよ。」と穏やかに娘へ話すお父さんの言葉に、思わずウルッときて映像が滲んでしまった。

 どうしようもない事件や人間ばかりがテレビを賑わすけれど、世の中にはこのお父さんのような善良で気高い人々が沢山いるんだよと教えてくれる。演出も多分にあるかも知れないが、見ていてとても心満たされる番組だった。それに石鎚山の自然を描いた映像も素晴らしかったし、番組の案内人である山田敦子アナウンサーも自然体で好ましかった。

 番組に登場した女の子、武田篤実さんには、亡くなったお母さんの分まで幸せな人生を送って欲しいと強く願った。

 石鎚山へ登る武田さん親子

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台風20号が通過して

2018年08月25日 | 日記

 台風20号は23日の夜に四国へ上陸し、中国地方を通過して日本海へ抜けた。直撃を受けた地域の方々は、眠れぬ夜を過ごされたのではないかと心情をお察しする。被害もかなりあったようだが、先日の西日本水害と違い命を落とされた方はいなかったようで、そこだけは幸いだった。

 直撃を免れた関東地方でも23日の夜から24日に掛けて強い風が吹き荒れたが、大きな被害は無かったようだ。しかし台風の影響で大気が乱れて、各地に強い雨を降らせた。

 我家のベランダから空模様を眺めていると、灰色の雲が黒いカーテン状に、一部の地域へ雨を降らせている様子が窺えた。カーテン状の雨は、西から東へ少しづつ移動しているようだ。これも自然のなせる業だが、何だか天空の神様が巨大なジョウロで地上へ水掛けをしているようにも見えなくはない。

 スポットライト的に、一部地域へ雨を降らせる雨雲

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日本三百名山回顧№46,飯豊山(百名山)

2018年08月23日 | 三百名山回顧

 昭和56年8月11日(火)~16日(日)

 

 飯豊山には幾度か登っているが、昭和56年の夏に当時所属していたK山岳会の仲間10名と、四泊五日で歩いた飯豊連峰全山縦走が一番印象深い。この山行も随分昔の話なので記憶が薄れてしまったが、幸い当時の会報にS子さんが書いた記録が残されていたので、その概略を下記に転載させてもらった。

 

 期日:昭和56年8月11日~16日

参加者:女:Aさん、Sさん、ISさん、IAさん、Nさん計5名、男:FHさん、FYさん、UTさん、Oさん、UHさん計5名   合計10名

CL:FHさん、  SL:FYさん

 

行動記録: S子

8月11日(火)

23:49上野駅発、急行磐梯9号にて出発。お盆前にもかかわらず、空いていたので良く眠れた。

 

8月12日(水)  天気=曇り後霧

05:00会津若松駅05:30→ 磐越西線普通 → 06:05山都駅06:10→ バス → 07:00川入着。先発のAさん見えず。

07:20しゃくなげ荘に宿泊していたAさんと合流、良い具合に御沢小屋のマイクロバスに乗せてもらい1時間稼げた。

07:35御沢小屋着、水を確保しFさんの号令で準備運動をする。

07:50出発。30分に1本休憩で歩く予定。

08:45下十五里。 信仰登山が多いせいか、休むのにちょうど良い場所が良い時間に旨く現れる。

09:15中十五里。水場の標示があったが、随分下なので通過する。

09:40~55上十五里。果物が美味しい。

10:25~35笹平。1250m地点。

10:55~11:05横峰。さしかけ小屋は、今年は無かった。小屋番が老いたかららしい。

11:40~12:35地蔵小屋。雨がパラつき天気はパッとしない。展望台から飯豊本山もガスを被って見えない。差入れのくず餅で昼食をとる。10分下の水場にFさん水汲み。

13:05~15剣ヶ峰。この辺り岩峰が続くが、小雨で滑り歩きにくかった。

13:45~14:00三国山。三国小屋に入って休む。此処に泊る予定であったが、直下の水場が今年は枯れている為。切合まで行く事にした。

15:30切合小屋着。小屋前に豊富な水場があり便利。19:30就寝。ゆったりと眠れた。

 切合小屋からの雲海

 

8月13日(木)  天気=晴れ後霧

04:00起床。最上とは言えないが雲海の上に日の出を見る。大日岳が立派だ。

05:35出発。

 飯豊本山への登山道から大日岳方面

 雪渓を登る

06:10~20草履塚。天気がとても良く気持ちがいい。

 飯豊本山への登り

06:55~07:05九合目。花が綺麗だ。

 飯豊本山山頂直下の急登

07:40~08:00飯豊山神社。きつい登りだったが休まず歩いた。神社に参拝する。

08:15飯豊本山。立派な三角点あり。

 飯豊本山山頂

 山頂から宝珠山

 山頂から御西岳(中央)、大日岳(左奥)方面

09:00~10:30雪渓の傍で大休止。マツムシソウが群れ咲く気持ちのよい草原だ。雪を取ってきて氷あずき、氷ミルク、氷梅酒、コーヒー、紅茶等を飲食して憩う。

 飯豊本山~御西岳稜線のお花畑

 

11:00御西岳。目の前に御西小屋有り。

11:10御西小屋着。驚いた事に、此処にもとうとう小屋番が入った。「ビール有ります」のビラを見て、もしやと思って中に入ると恐い顔をしたオジサンが部屋の隅で寝転んでいた。ビールは1缶700円。本日はテント泊りとした。(200円也)小屋番が入った事により、水場が使い易くなったのと掘立小屋ながらトイレができたので、幾らか汚れが減った。

 

11:40大日岳目指して1名を残して出発。

12:00~12:20文平の池。

13:00~14:30大日岳。有志が西大日岳まで往復する。その間残った女性3名は大休止。

 大日岳山頂

14:55文平の池。        15:20御西小屋着。

 御西小屋から大日岳方面

 御西小屋の夕日

19:20就寝。風が強かった。

 

8月14日(金)  天気=霧

04:00起床。 05:45出発。

06:10~30天狗の庭。途中の笹は、今年は刈払われていた。

06:50~07:05御手洗の池。晴れそうなのだが、ガスはしつこく切れない。

 登山道から北股岳方面

07:25~40亮平の池。今年は雪が多い。

08:15~40烏帽子岳。ガスの頂上。行動食を食べる。

09:00梅花皮(カイラギ)岳。

09:20~11:30梅花皮小屋。ソーメンを食べ、コーヒーを飲んで大休憩。ガスが晴れず肌寒かった。大雪渓を登って来る人が多い。

 石転び沢の大雪渓

 北股岳山頂

12:45~13:00門内岳直下、花が多い。

13:10~25門内岳。梅花皮小屋から人がめっきり少なくなった。静かだ。

 門内岳山頂

13:30門内小屋。梅花皮小屋同様、後発のUさんへのメモを残しておく。

13:55~14:10扇ノ地紙。この付近、尾根通しに新しい道を造り強引にそちらを歩かせるようにしているが、地竹を切ったばかりで非常に歩き難かった。

14:35~50地神山。長丁場に皆疲れた様子。 14:55地神北峰。

15:15~30きれいな草原で大休止、少しガスが晴れてきた。

15:35頼母木山。なだらかな山だ。

15:50頼母木小屋。小屋泊りとする。1泊1000円也。ビール650円、残念ながら売り切れ。水道式の水場のついたきれいな炊事場があり、トイレは清潔、気持ちの良い小屋だった。飯豊の縦走路にある様々な小屋を連日見ているが、宿泊代も念頭に入れてこの小屋が一番良い。去年の9月に建てられたという。

16:35Uさん到着。今朝小国に着き大雪渓を登って来たのだが、その速さと馬力に感服した。元気そうでまだ幾らでも歩けそうだった。

19:30就寝。

 

8月15日(土)  天気=晴れ

06:15出発。

06:45~07:00大石山。天気が良く気持ちよい所だ。人は少なく静かで、花が咲き乱れている。

07:35~08:15鉾立峰。行動食を食べる。朳差(エブリサシ)岳が近くなってきた。どっしりとした山だ。

 鉾立峰山頂

08:37朳差小屋。水場はかなり下だ。無料。

08:40朳差岳。山頂で思いがけず元会員のYさんに会ってビックリ。仲間と沢登りをしてきたと元気に話してくれた。

08:50~10:50長者平の少し手前の湿原で食事をする。雪を取ってきて盛大に食べた。

10:20~12:00すぐ先の長者平の草原で本山行最大の大休憩。陽が照りつけて暑い中、傘をさして寝転ぶ。テントやシュラフを干しながらゆっくり休む。とても気持ちの良い所で、今まで歩いて来た飯豊連峰を心ゆくまで振り返って見るのも楽しかった。

12:20~30前朳差岳。ガスがかかり始めた。

 前朳差岳辺りから朳差岳方面

14:00~15カモス峰。風が無く実に暑い。

15:15カモス沢。古ぼけた吊橋があった。一人づつ渡る。

15:30三吉ヶ峰。

15:40吊橋近くの林の中(幕営指定地)に幕営。

 林の中の幕営地

20:30就寝蚊が多く悩まされた。夏の山行には、蚊取線香が絶対必要だ。

 

8月16日(日)  天気=晴れ

04:30起床。  05:10出発。食事をせずに出た。

05:15林道に出る。歩き難い道だ。

07:30大石ダム。  08:15大石バス停。

08:45ビールで乾杯。美味しかった。雲母(キララ)温泉に電話を入れて、マイクロバスで迎えにきてもらった。

09:00雲母温泉本館着。全員風呂に入り、乾杯し昼食をとる。

12:30解散。泊る4名と遅く帰る1名を残して帰京する。

 

 上記のように詳細な記録をS子さんが残してくれた。本来なら彼女の承諾を得て転載すべきだが、前回ブログの焼石岳で書いたようにS子さんは惜しまれて夭折されてしまったから、もう了解を得る事が叶わない。

 彼女は心根の優しい女性であったから、きっと快く許してくれるだろうと勝手に判断し転載した。山岳会在籍当時、S子さんには本当にお世話になった。共に歩いた良き思い出を一生大事にしたいと思います。

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日本三百名山回顧№45,岩手、焼石岳(2百名山)

2018年08月21日 | 三百名山回顧

 平成5年10月8日(金)(夜)~10日(日)

 

 切れ切れに続く日本三百名山回顧だが、さて今回は岩手県の焼石岳です。もう四分の一世紀前の話になるが、当時所属していた山岳会の先輩会員であったS子さんから「焼石岳の紅葉を見に行かない。」と誘われた。

 この時は個人山行で、参加者はS子さんをリーダーに彼女の友人の女性(非会員で名前が思い出せない。)と私の3人であった。幕営山行で装備が重かったので、S子さんは荷物を運ぶボッカ役として私に期待したのではないかと思う。

 当時既に東北新幹線は運行していたが、上野駅から夜行列車に乗り、朝方岩手県の水沢駅に着いた。駅前からタクシーで焼石岳の中沼登山口へ向かったが、途中の沿道には当時自民党幹事長だった小沢一郎氏のポスターがアチコチ張られており、ここが飛ぶ鳥落す勢いだった彼の選挙区なのかと思ったりした。

 正直に言うと登山の詳細は殆ど覚えていない。手元にある「日本三百名山ガイド」の焼石岳を参照しながら記憶を掘り起してみた。中沼登山口からは、樹林帯に小沼が点在する気持ち良い登山道が続く。

 中沼や上沼の畔を通って、緩やかに登ると銀名水避難小屋が在る。その名のとおり冷たい湧水が豊富に流れており、快適そうな幕営地だが時間が早いので一息入れただけで通過する。

 中沼から焼石岳方面

 上沼

 銀名水避難小屋から緩やかに登って行くと、焼石岳山頂直下の平坦な草原「姥石平」に着く。ここには山頂の姿を映す泉水沼があり、東焼石岳への登山道が右に分岐している。

銀名水から焼石岳への登り

 姥石平から焼石岳山頂(1548m)までは僅かな登りで着いた。天気は良かったが、山頂からの眺めがどんなだったか全く覚えていない。山頂から姥石平まで戻ると、右へ曲って東焼石岳への縦走路に入る。

 泉水沼

 焼石岳山頂

 焼石岳から金名水避難小屋に至る縦走路は、池塘などが点在し紅葉とも相まってとても眺めの良い所だった。幾つものピークを越えて行くのでハードな道だったと思うが、辛い記憶は残っていない。

 東焼石岳~六沢山間の池塘

 東焼石岳から六沢山方面

 金名水へ向かう縦走路

 金名水では避難小屋に泊らず、広場の一遇にテントを張った。此処は冷たくて美味い水場も有り快適な幕営地だった。夕食時、三人で祝杯をあげたビールが実に旨かった事だけはしっかり覚えている。

 六沢山から金名水(右奥鞍部)と経塚山(中央奥)方面

 翌日も良い天気でかなり寒い朝をだった。金名水避難小屋を出発して経塚山までの道はアップダウンが多くてタフなコースだったが、ここも辛い記憶は残っていない。経塚山は360度の展望で東北のたおやかな山波が望まれた。

 経塚山への登り

 経塚山山頂

 経塚山から夏油温泉までは、ひたすら長い降りが続く。夏油川へ降立ち赤い橋を渡って対岸を一登りすると後は林道歩きとなり、小1時間歩いて東北の秘湯、夏油温泉に到着した。

 経塚山から夏油温泉への下山道

 夏油温泉の野趣溢れるお湯に浸かって、二日間の疲れと汗を流した。お風呂を出るとバスで北上駅まで行き、その日のうちに新幹線で我が家へ帰宅したと思う。

 山の先輩S子さんとはその後も何度か山行を共にしたが、彼女が日本百名山をあと一つ残し意気盛んなところで、思わぬ不治の病に罹り若くしてあの世へ旅立たれてしまった。彼女が今も元気であれば、もっと数多くの山の思い出を共有できたであろうに残念でならない。

  追信・・・・後日このブログを見た山仲間のSさんからメールがあり、名前が判らなかったS子さんの友人は「K子さんじゃないですか。」と教えてくれた。K子さんはS子さんんが所属していた文芸誌の仲間だったそうです。

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尾畠春夫さんに対するマスコミ取材が不愉快だ。

2018年08月19日 | 日記

 一躍時の人となった、スーパーボランティア尾畠春夫さんについての続編です。2歳児救出劇以降、彼に対するマスコミの取材が殺到しているようだ。ネットの中では国民栄誉賞の声さへ聞かれている。そう言った賞賛の声が聞かれるのも、長年地道にボランティア活動を頑張ってきた尾畠さんに、神様がご褒美を下さったのかも知れない。

 しかしマスコミの彼に対する報道は、チョット度を超した感が否めない。単なる異色キャラとして扱っているだけではないか。再び呉市の災害現場へ訪れた彼に対する過熱取材ぶりは、一介の市民である彼を面白ネタとして扱っているようで見ていて不愉快になった。

 私の推測だが、彼流のやり方で人助けのボランティアをする事が、尾畠さんにとって人生の生き甲斐というか活力になっているのではないだろうか。だったらそれをかき乱すような取材攻勢はもう止めて、彼をソーッとしておいてあげましょうよ。

 どうせ取材で押しかけるのなら、奈良県の方に目立ちたがり屋でボクシング命のオジサンが居るじゃありませんか。そちらの方へ押しかけた方が、本人も喜びますって。

 尾畠さんに何かをしてあげたいのであれば、道路公団辺りが「全国高速道路無料パス券」を差し上げて、更にお金が余ってしょうがないと言うZOZOTOWNの前澤社長辺りが剛力彩芽ちゃんとのデートを何回か我慢して、ホンダ軽ワゴンN―BOXの新車でも寄贈すれば、彼は心ゆくまでボランティアに専念できるでしょう。でも「何も求めないのが真のボランティア」という信条の尾畠さんだから、受取らないかも知れないね。

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スーパーオジサン尾畠春夫さんは本物の正義の味方

2018年08月17日 | 日記

  「世の中には凄い人がいるもんだ。」、そう思わせたのは山口県大島町で行方不明になった2歳児を救出した78歳のスーパーオジサン尾畠春夫さんで、一躍世間の注目を浴びる存在となった。

 テレビで拝見したところ、色黒で山歩きが好きで徒歩で日本列島を縦断したり等、私と共通するところもあり親近感が湧いてくる。しかしやってる事が凄くて、車で寝泊まりしながら日本全国の被災地を行脚して、困っている人を助けようと熱心なボランティア活動を続けるその姿はまるで生き仏様のようだ。今回の救出劇も西日本水害のボランティアを終えた後に駆けつけたそうで、怠惰な日々を送る私なんぞと比べる事さへおこがましい。

 最近テレビで登場するのは「俺が俺がと踏ん反り返って威張りくさる某スポーツ団体の会長」や「大衆受けする綺麗事ばかり並び立て、薄っぺらな正義感を振りかざすコメンテーター」等、観ていて腹の立つ奴らばかりだ。そんな口先ばかりの偽善者が謳歌する世の中で、一見何処にでも居そうな朴訥なオジサン「尾畠春夫さん」の存在は正に一服の清涼剤、日本人の中にこんな人が居てくれて本当に嬉しくなった。

 「学歴も何も無い自分がここまでやってこられた。だから社会に恩返しがしたい。」何という奥床しいお言葉だ。「師匠」と呼んで弟子にして頂きたい程だが、いろんなしがらみがあってそれも叶わない。師匠には益々ご健勝で、世の為人の為に更なるご活躍を願っています。

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南ア、仙丈ヶ岳登山2日目(馬ノ背ヒュッテ~仙丈ヶ岳~小仙丈ヶ岳~北沢峠)

2018年08月15日 | 登山

  8月11日(土)               天気=曇り時々晴れ

 

05:48馬ノ背ヒュッテ→ 06:31~36仙丈小屋→ 06:44地蔵尾根分岐→ 06:57~07:22仙丈ヶ岳→ 07:55~08:39小仙丈ヶ岳→ 09:13~23大滝ノ頭→ 10:37北沢峠

 

 東の空に眩い朝日が昇った。登山日和の天気になりそうだ。いつものようにパンとコーヒー、カップヌードルだけの朝食を済まし、爽やかな大気の中を仙丈ヶ岳目指して出発する。

 朝の馬ノ背ヒュッテから小仙丈ケ岳方面

 

 しかし丹渓新道の分岐を越えて目指す山頂部を見上げると、標高2700m地点位から上は厚い雲に覆われている。やがて雲の中へ突入し、展望の無い登山道を粛々と登って行く。

 登山道からガスに覆われた仙丈ヶ岳山頂部

 

 しばらく登ると沢沿いの道に変り、パイプから水が迸る水場に達するとその上が山頂直下に建つ仙丈小屋だった。昨日登山口で見た看板には「仙丈小屋の水場は枯れている」と書かれていたが、細々とだが水は流れている。

 仙丈小屋直下の水場

 霧の中の仙丈小屋

 小屋の前のベンチで一息入れた後、山頂へ最後の登りに入る。白いガスに覆われた登山道を登り、地蔵尾根の分岐を過ぎて岩屑の尾根道をしばらく登ると仙丈ヶ岳(3033m)の山頂標識があった。

 地蔵尾根分岐

 仙丈ヶ岳山頂

 白いガスの中、山頂からの展望は全く無い。ガスが引くのを期待して20分以上滞在したが、晴れる気配は全く無いので山頂を後下山を開始する。小仙丈ヶ岳へ向かって急坂を降って行くと急激にガスが引いて周囲の山々が見渡せた。どうも仙丈ヶ岳の山頂部だけに雲が纏わりついているようだ。

 下山の道から小仙丈ヶ岳方面

 同、馬ノ背ピークと中央に小さく馬ノ背ヒュッテ

 この頃から山頂を目指す登山者が下の方からゾクゾクと登って来る。急な坂を降り鞍部に達すると、小仙丈ヶ岳に向かって岩場の道を登り返す。後は平坦な岩尾根を快適に歩いて小仙丈ヶ岳(2855m)の山頂に着いた。

 小仙丈ヶ岳への登り

 鞍部から小仙丈ヶ岳の登り

 小仙丈ヶ岳の登り

 小仙丈ヶ岳へ向かう尾根

 山頂から振り返ると、先程の雲は流れ去り小仙丈沢カールを従えた優美な仙丈ヶ岳の姿がクッキリと望めた。あと30分待っていたら、山頂からの展望を楽しめたのにと若干後悔した。

 小仙丈ケ岳山頂

 小仙丈ケ岳から仙丈ケ岳

 しかし小仙丈ヶ岳からの眺めも素晴らしく苦労して山に登った甲斐があった。時間が経つにつれ甲斐駒や鋸岳、鳳凰山等南アルプスの雄峰も雲の中から姿を現し360度の絶景を楽しむ事ができた。

 山頂から鋸岳方面

 甲斐駒ケ岳方面

 30分余の休憩後、北沢峠へ向けて下山を開始する。下山の道もエンドレスのように登山者が続々と登って来る。今朝だけで百名以上の登山者とすれ違ったのではないだろうか。稜線の山小屋は今宵相当な賑わいになりそうだ。

 小仙丈ケ岳からの降り

 小仙丈ヶ岳から30分余で降り着いた大滝ノ頭で一息入れる。ここから山腹を巻くようにして馬ノ背ヒュッテへ向かう道が分岐している。その後も単調な樹林帯の降りが長々と続く。緩やかな鞍部に達すると二合目の標識があり、北沢峠キャンプ地への道が右に分岐している。二合目から緩やかな高まりを越えて、ジグザグにしばらく降ると北沢峠のバス停へ降り立った。小仙丈ヶ岳から峠のバス停まで、約2時間の道程だった。

 大滝ノ頭

 二合目地点

 北沢峠の登山口

 時刻表を見ると次の広河原行きバスは13:30で、約3時間近くも待ち時間がある。峠に在る山小屋「こもれび山荘」に入り、ランチを喰ったりしてバス待ちの時間を過ごした。

 13時過ぎに3台の小型バスが広河原から峠へ上がって来た。各バスの車内は満杯の登山者だ。登山者が下車すると、我々は最初のバスに乗り込んだ。バスは予定よりも早く13時過ぎに広河原に向けて発車した。

 13時半には広河原へ到着し、待っていたジャンボタクシーに慌ただしく乗換える。タクシーはすぐさま出発し、午後2時半頃芦安温泉の駐車場に戻ってきた。車に乗ると芦安温泉から道沿いに2キロ程降った場所に在る「天恵泉白根桃源天笑間」へ向かう。

此処は地元民向けの簡素な日帰り温泉だ。料金(大人600円)が安く混雑していないので何度か利用している。高アルカリ温泉を謳った湯質は効能ありそうで、山の疲れが随分とれた気がする。

 温泉を出て帰宅の途に着くと、ラジオが「中央道小仏トンネル上りで15キロの渋滞」&「圏央道青梅トンネル付近で事故渋滞発生」と報じている。これを聞いて高速道で帰るのは諦め、大月~小菅村~奥多摩~飯能の一般道を経由して午後7時半頃に我が家へ戻ってきた。

今回の仙丈ヶ岳登山はパッとしない天気予報だったが、その割に良い天気に恵まれて満足のできる山歩きができた。お盆休みの今週はおとなしく家に居て、お盆が明けた月末にでも来たアルプスの山を歩いてみたいと思っている。

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南ア、仙丈ヶ岳登山

2018年08月13日 | 登山

南ア、仙丈ヶ岳登山1日目(北沢峠 → 馬ノ背ピーク)

 8月10日(金)         天気=曇り時々晴れ

 

09:44北沢峠→ 09:53大平山荘→ 10:17~22鋸岳展望台→ 12:14登山道合流地点→ 12:25~58馬ノ背ヒュッテ→ 13:22~30馬ノ背ピーク→ 13:44馬ノ背ヒュッテ

 

 天気予報はスッキリしなかったが、お盆休暇で明日から山は大混雑するだろうから今朝早くに我家を出発した。芦安温泉の駐車場は第1、第2とも満杯だったが、運よく第3駐車場に車を停める事ができた。

 芦安温泉から広河原へ向かうジャンボタクシーの運転手さんは、何と先月北岳登山をした時の人と同一人物で、照れくさいので知らんぷりしてたが彼はニコリと笑って会釈してくさた。

 芦安温泉からジャンボタクシーで広河原へ

 広河原から北沢峠行きのバスに乗り継ぎ、北沢峠へは9時半頃着いた。私が若い時分には、北沢峠へ来るだけでも丸一日かかったのに隔世の感がある。予報どおりに雲の多い天気だが、準備を終えると出発する。冬も含め何度も登っている仙丈ヶ岳だが、今日歩く藪沢コースは初めての道だ。

 広河原からバスで北沢峠へ

 北沢峠に到着

 北沢峠から林道を少し降り、大平山荘の脇から登山道が始まる。最初は樹林帯の緩やかな道で快適に歩いていける。しばらく登ると樹林が途切れ、戸台川越しに鋸岳が望める展望ポイントだが、雲に覆われ鋭い稜線は見えなかった。

 大平山荘脇の登山道入口

 水場もある樹林帯の道

 展望ポイントから鋸岳方面

 展望台を過ぎると徐々に傾斜が強まってくる。右手に沢音が聞こえ藪沢大滝の傍を通っているはずだが、その姿を見る事はできなかった。急坂は長く続かずやがて道は緩やかになり、道路崩壊の為迂回路を通過すると藪沢沿いの道になった。

 樹林帯の道が続く

 迂回路地点

 沢に架かる丸木橋を渡る

 藪沢は明るい沢で、渓流沿いに心地よく登って行くが、頭上からの強い陽射しが少々きつかった。やがて大滝ノ頭から馬ノ背ヒュッテに向かう道の合流地点に着き、そこを右に曲ってしばらく登ると馬ノ背ヒュッテの建物が見えた。北沢峠からヒュッテまで、約2時間40分の道程だった。

 藪沢沿いの道

 大滝ノ頭からの道と合流

 小仙丈ヶ岳の稜線が見えた

 馬ノ背ヒュッテは標高2640m地点に在りウッディ調の建物は2階建てで、こじんまりとした綺麗な山小屋だ。小屋で受付をしてくれたのが斉藤しのぶさんという女性だった。彼女が小屋の管理人で豊富な山歴を持ち、山岳業界ではちょっとした有名人だ。山女にしては珍しい色白美人なので、彼女と会えるのも楽しみの一つだった。今日は70名の予約が在り小屋の人達はテンヤワンヤの大忙しだったが、一緒の写真を撮らせてもらい少しだけお話もできた。

 馬ノ背ヒュッテ

 

 受付を済ますと、時間も早いので散歩がてら馬ノ背ピークまで往復する。馬ノ背ピークは丹渓新道沿いの尾根にある小さな高まりだが、山頂部に標識の類は無く西面が大きく崩壊したハイ松と砂礫の広い台地だった。

 馬ノ背ピークから仙丈ヶ岳方面

 馬ノ背ピークの大ガレ

 馬ノ背ピークから戻ると、生ビールを飲んだり読書したりして午後の時間を過ごした。夕食は2回に分けて配膳されたが、我々は早い受付だったので最初に食事する事ができた。

 ヒュッテの食堂兼休憩スペース

 夕食の名物カレー

 ここの夕食はカレーが名物で、レストラン顔負けの美味さだ。普段は夕食にご飯を食べない私も、思わずおかわりしてしまった。寝室も混雑していたが、我々は1階の角に寝れたので快適に眠る事ができた。夜中トイレで屋外へ出たが、夜霧がジットリと覆っており明日の仙丈ヶ岳登山は大丈夫だろうかと少々不安になった。

 ヒュッテの寝室

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南ア、北沢峠から馬ノ背ヒュッテまで

2018年08月11日 | 登山

月10日(金) 天気=曇り時々晴れ

北沢峠0944→ 1225馬の背ヒュッテ

 朝5時前に我が家を出発し圏央道~中央道を経由して7時半頃芦安温泉の駐車場に着いた。ここからジャンボタクシーで広河原へ行き、再びバスに乗り、標高2千mの北沢峠に9時半ごろ着いた。

 仙丈ヶ岳へは何度も登っているが、今日あるいた藪沢コースは初めて、沢音を聞きながら歩く渓流沿いに道は歩き易かった。

 今宵宿泊する山小屋「馬ノ背ヒュッテ」にはお昼頃着いた。標高2640m地点に建つ小屋の管理人は斎藤しのぶさんという若い女性だ。彼女は以前日本アルプス全山縦走を幕営装備で一筆書きに歩き通し、それが山の月刊誌にも紹介された山岳関係は名の知れた有名人だ。私の山の先輩イトウ氏が唐松岳の山頂で偶然縦走中の彼女と遭遇し、私に「美人だよ。」と教えてくれたから、そんな彼女と会えるのも楽しみだった。

 山で美人は眉唾ものが多いが、実際に遭った斎藤さんは色白で本物の和風美人だった。今日のヒュッテは70名の客が予約して小屋はテンヤワンヤの大忙しだったので声を掛けづらかったが、合間に写真だけ撮らせてもらった。彼女は気さくで人柄も良く、プロトレッカーのシェルパ斉藤さんが「結婚したい女性山小屋主人ナンバーワン」と言ったのもうなずけた。

 そんな彼女が管理している馬ノ背ヒュッテは気配りの行き届いた快適な山小屋です。名物である夕食のカレーも山小屋料理とは思えぬ本格的なもので、とても美味しくてお代り自由なのも嬉しかった。とても居心地が良かったので、いつか又混雑していない時に再訪してみたい。

 さて、明日は仙丈ヶ岳へ登って、小仙丈ヶ岳を経由して北沢峠へ降る予定です。登山の詳細は後日のブログにて。

 斎藤しのぶさんと私(美女とブ男の写真ですみません。)

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台風13号が通過して、丹沢の山々がクッキリと見えた。

2018年08月09日 | 日記

 台風13号の来襲で関東地方の被害が心配されたけど思ったほどの被害は無さそうで、私の住む埼玉では雨風ともに拍子抜けする程弱く殆ど影響はなかった。最近は水不足の懸念があったから、逆に恵の雨となったのではないか。

 台風が通り過ぎて雨に洗われたのか曇り空ながら今朝の大気は澄み渡り、我家のベランダから普段は薄ぼんやりとしか見えない神奈川県の丹沢山系が、クッキリと山肌を見せていた。

 それを眺めていたら何だか無性に山へ行きたくなった。来週はお盆で混雑するだろうから、その前に何処かの山へ出掛けてみようかな。

 我家のベランダから望む丹沢の山々

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日本バドミントンの大躍進

2018年08月07日 | 日記

 どうしてこんなに強くなっちゃったんだろう。日本のバドミントンが何時の間にか世界のトップレベルになっている。中国の南京で開催された今年の世界選手権でも、男子シングルスで桃田賢斗選手が日本選手として史上初めて金メダルを獲得した。

 そして女子のダブルスの決勝では日本勢同士が決勝へ進出し、永原・松本ペアが見事金メダルを獲得した。これも41年ぶりの快挙で、何とこの種目では日本人ペアが金・銀・銅の全てを独占した。他の種目でも日本人選手が大活躍しており、この調子だと2年後の東京オリンピックでも大いに期待が持てそうだ。

 私も遊び半分だが昔バドミントンをやっていた事があるので何となく判るのだが、バドミントン競技で重要なのは体力や筋力より俊敏な運動神経と試合の流れを読む勝負勘で(これが無かったから私は素人の域を脱しなかった。)、そういう意味では日本人に向いたスポーツではないだろうか。

 今回金メダルを獲った桃田選手も、2年前は無許可賭博行為で無期限の出場停止処分を受け選手生命を絶たれる寸前だった。その時の事について私はブログで、「彼の処分については、もう少し情けを掛けてチャンスを与えては・・・」と書いた。

 その忠告を聞きいれた日本バドミントン連盟は(ってな事は無いか。)辛抱強く彼の再起を待ち、今回の輝かしい成績に繋がった。桃田選手にとっても日本バドミントン界にとっても希望に満ちた久々の明るいニュースと言える。

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日銀の「物価上昇率2%」何て達成しないで欲しい。

2018年08月05日 | 日記

 経済の事はあまり判らないのだが、一つだけ以前から疑問に思っていた事がある。それは日銀の黒田総裁が就任以来掲げている「物価上昇率年2%」という目標値だ。それを今だに達成できないとメディアから盛んに批判を浴びているが、何で物価上昇させなきゃいかんのか、そこのところがよく判らない。

 私は今後収入が目減りする事はあっても、増える事何て絶対に有り得ない年金生活者だ。収入が増えないのであれば、物価はドンドン下がってくれた方がありがたい。日銀の黒田総裁には公約を覆して、「物価下降率年5%」を公約に掲げて欲しい程だ。

 日本の経済を牛耳る日銀のトップが「物価上昇、物価上昇」とお題目のように唱えるのだから、お国の経済を成長させる為には物価を上げなきゃならぬ複雑な経済メカニズムがあるのだろう。

 だけど、しがない年金生活者の立場からしてみれば、お国の立場何て「そんなの関係ネー、そんなの関係ネー」 古いギャグです。我が身の生活を守るのが最優先、だから「物価上昇」何て言葉は聞きたくない。

 それに物価が上がらないとは言ってるが最近の日常生活を見渡すと、ガソリン価格はリッター当り10円以上、私の大好きなマルハのイカの缶詰が330円から480円、国産中粒おかめ納豆が1パック98円から138円、野菜の価格も軒並み上がっており、随分いろんな物の値段が上がっているように思えてならない。

 これでは老後の健康な食生活に支障をきたす程で、日銀の黒田総裁には年金生活者の切なる願いを叶えるべく、「物価下降率年5%」の実現へ大いに励んでもらいたい。

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富士山で出会った危うい登山者達

2018年08月03日 | 日記

 世界遺産の富士山では、中には「エッこんな人が」と思う登山者もいる。先日富士登山へ出掛けた時の事だが、五合目に在る佐藤小屋の屋外ベンチで午後5時過ぎに食事をしていたら、元気なお母さんと10歳前後の男の子が軽装で下の方から登って来た。

 二人は我々の横のベンチに座り、「夕食をどうしょうか。」などと話している。聞けば「馬返しの登山口から登り始め、七合目の小屋には予約している。」と言う。夕食の時間帯なので、佐藤小屋では外来者用食堂の営業を既に終えていた。

 更に聞けば、驚いた事に「地図も懐中電灯も持っていない。」と言う。ここから七合目までは、コースタイムで1時間40分位は掛るはずで、下手したら途中で暗くなる可能性もある。

 「無理じゃないですか。」と言おうと思ったが、二人はスタスタと出発してしまった。今はハイシーズンだし六合目には登山案内所もあるので、何かあればそこで止められるだろうと見送ったが、マア無茶な親子だった。

 そうしたら今度は上から中年の夫婦らしき二人組が降りて来た。奥さんは外国人みたいで、「この道は何処へ行くんだろう。」何て言いながら馬返しへの道を降ろうとしていた。

 私が「何処へ行くんですか?」と訊ねると、「五合目のバス停へ行きたいんです。」と言う。「エーッ、そっちは馬返しへの下山道で、バス停へ行くには左に曲がって山腹を巻く林道を反対に歩いて行くんです。」と思わず大きな声で教えた。

 この人達も地図を持っていない様子だ。もしこのまま馬返しへの道を降ったら、途中に営業中の山小屋は1軒も無く人里までは3時間近くも歩かねばならない。懐中電灯を持っていないと、暗闇の中を手探りでの下山となる。

 二人は大した危機感も無い様子で、教えられた道を去って行ったが、佐藤小屋の人も「今の時期は、こんな人が多いんですよ。」と呆れていた。まあ日本一人気の高い富士山だけに、中にはこんな危うい登山者もいる。

 

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