Fさんの日々の記録と山歩き

 山歩きが生き甲斐の団塊世代オッサン、ある事無い事日々感ずるままに綴っていこうと思います。

徳川家至宝展とエル・グレコ展

2013年01月31日 | 日記

 平成25年1月31日

 購読しているA新聞販売店から尾張徳川家の至宝展(江戸東京博物館)&エル・グレコ展(東京都美術館)の招待券をGetしていたのだが、ここ数日足腰の調子が良いこともあり、見物がてら妻と都内散策に出かけてみました。まず向かったのは両国にある江戸東京博物館、まだ朝の冷気が漂う屋外は人影もまばらだったのに、館内に入ってビックリ、平日なのに凄い人の数です。95%以上はジジババの群れ(我々夫婦がその比率を更にアップさせた。)、刀剣、着物、陶器等主に江戸時代の作品を中心に展示されていたが、どのコーナーも大混雑、中には足にセメダインでも付けているのかと勘繰る程微動だにせぬお年寄り(圧倒的にババ様)もいる。せっかくリフレッシュしようと訪れたのに反ってイライラしてしまい早々に館外へ出た。次に上野の山にある東京都美術館までウォーキングで目指した。途中秋葉原で昼食をとり、お昼過ぎ上野動物園の右隣にある東京都美術館に着いた。エル・グレコという画家の名は、どこか聞き覚えがあるけれど詳しくは知らなかった。「16世紀に活躍したギリシャ人の肖像画家でイタリア~スペインと渡り歩き、最後はマドリッド近郊のトレドで生涯を終えた。」と紹介パンフに載せていた。こちらの館内はさほど混んではおらず、又入館者の年齢層も幅広く、やっと美術鑑賞しちゃってるゾーという雰囲気に浸る事ができた。展示作品は肖像画やキリスト教の宗教画が殆どで、中には以前見た記憶がある絵もあった。見終えた感想は「フーン凄い絵なんだろな。」、済みませんね。審美眼の無い私にはこんな粗雑な感想しか思い浮かばなくて、それよりその後、妻の言った言葉「凄いねエル・グレコって人は、ギリシャ、イタリア、スペインと渡り歩いて言葉に不自由しなかったのかしら。」聞き続けているラジオ基礎英語を今だ脱出出来ない私は、それを聞いてウーンと唸ってしまった。・・・・その後我々は東京スカイツリー見物に赴いたのですが、ブログネタ払底の折、それは次回ネタとして使う予定です。

 東京都美術館前

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「アベノミクス」って何じゃらほい。

2013年01月30日 | 日記

 平成25年1月30日

 「アベノミクス」やらいうシロートには意味の解らぬ和英合体語がもてはやされて景気が活気づいてる気配です。確かに安倍政権になって以降、円安・株高が確実に進行しております。しかし景気回復と誰もが喜んでいい現象なのだろうかとシロートなりに考えてみたのだが、円安・株高で得をするのは、株や外貨の貯金・債権等を保有する人達(たぶん富裕層と呼ばれる方々が多いと推測します。)だけで、僅かばかりの円貯蓄しか持たない清貧なる多くの庶民にとって円安というのは、自分の資産や給料がグローバルな基準から目減りするっていう現象でしょ。だったらこれは喜んでなんかいられないのではと懸念がもたげます。・・・・円高になると不景気で仕事が減るし。円安になったら自分の貯蓄や給料が目減りする。どっちに転んでも清貧なる庶民にとっちゃ辛ェー渡世だなあ。

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雪だるまクラブスキーツアー

2013年01月28日 | ボランティア

 平成25年1月28日

 障害者と健常者が一緒になってスキーを楽しむ雪ダルマクラブのスキーツアーに今年も行って来ました。出発の朝、信越地方は大雪で、目指す黒姫高原スキー場の「ホテルアスティーくろひめ」手前の急坂で我が愛車はスリップして雪壁に衝突、そのままバックで平坦な所までズリ落ちて停車、携行したチェーンを装着して何とかホテルに辿り着いたが、「危なかった。」と後から冷や汗がドッと出た。以前乗ってた車は四駆で雪道に強かったが、今乗っているFF車は、チェーンが無ければとてもじゃないが雪道は恐くて走れない。足腰の調子が依然として思わしくないので、今回のツアーは温泉だけを楽しもうと思ったが、クラブの仲間が滑っている姿を見ると我慢出来ず、足の痛みを堪えて夕刻までスキーを楽しんだ。夜の懇親会時に、足腰の不調をつい愚痴ったら、隣席に居た足に障害を持つK子さんやH子さんから「それ位で落ち込む何て甘いわよ。」と一蹴された。彼女達から言われたら反論の余地もない。翌日もスキー楽しんだが、流石に午後になると足の痛みが増したのでスキーを止め、早めに帰宅の途についた。翌日、スキーの後遺症で症状が悪化するのではと危ぶんだが、以外にも調子が良い。クラブの仲間との楽しい語らいが私のマインドに良いホルモンをもたらして、病状改善に作用したのではないだろうか。

 懇親会で集合写真

 黒姫高原スキー場

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オリンパスTG-620デジカメ購入

2013年01月23日 | 日記

 平成25年1月23日

 以前から登山用として防水・耐寒機能の高いデジカメが欲しいなあと思っていたので、家電量販店等やネット等を覗いて何か良い物はと探していたのだが、いろいろ検討の結果、オリンパスTG-620デジタルカメラをアマゾンネットで購入しました。特長は「5m防水」「1.5m耐衝撃」「-10℃耐低温」でも一番魅力的だったのは¥10.800円という低価格、このカメラは去年新型が出たので旧型になってしまい。価格が1年前の6割減と大幅にダウンしたのです。ネットの「口コミ」によると性能的には新型(TG-625)と殆ど変らないという事なので割切りました。私の場合、芸術的写真を撮る何ていう意欲は無く、精々ブログに載せられる程度の写真が撮れればよいのです。操作性は良さそうですが、詳しい使い心地はこのカメラに慣れた頃、又ブログに載せましょう。

 

オリンパスTG-620

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山田洋次監督の映画「東京家族」

2013年01月21日 | 映画・コンサート

 平成25年1月21日

 体調不良で山に行けないものだから、今月になって2回も映画に行ってます。今回観たのは。寅さんシリーズでお馴染みの山田洋次監督が撮った「東京家族」、60年近く前に撮った小津安二郎監督の「東京物語」のリメークだそうです。内容は瀬戸内の島に住む老夫婦が子供達に会う為東京を訪れ、その途中老妻が急死し、島に戻り葬式を終えるまでの短い期間を切取ったようにさり気なく描いたものです。寅さん映画のように登場人物は全て善人者ばかりだが、現実社会の重みがストーリーを複雑にしています。キャストも老夫婦役に「橋爪功」「吉行和子」その他「西村雅彦」「中嶋朋子」「妻夫木聡」「蒼井優」等実力派揃いです。特にクライマックスの、頑なな老夫(橋爪功)が末っ子(妻夫木聡)の恋人に心を許すシーンは、演技に定評ある橋爪功さんと、健気な女性をやらせれば天下無敵の蒼井優さんが恋人役なのでグッと感極まります。観る人によっては、「単調な内容」とか「緊迫感が無い。」等批判する向きもあるでしょうが、観終わった後に満たされた余韻に浸れれば、私は良い映画だったと判断します。そういう意味でお勧めすべき映画です。

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日本の高齢化問題を考える。

2013年01月19日 | 日記

 平成25年1月19日

 65歳以上の人が3千万人を超えたという。比率にして国民の24.1%、世界先端を行く超高齢化社会は日本の抱える重大問題で、もうじきその年齢に達する私も他人事ではありません。ところでこの高齢化社会についてドキュメンタリー作家の関川夏央さんが面白い事を書いていた。65歳以上を老人の基準にするから老齢化率がアップするので、その基準を75歳以上にすればその比率は大幅に低下し(具体的には1500万余、11.9%)高齢化問題も解消する。これは極論かも知れないが、現実に私の周囲を見渡せば60~70代でもマラソン走ったり、テント担いで山登ったりする元気な人をよく見掛るし、若者顔負けのご老人は意外に多いのではと思う。そこで私の提案、65歳になった人は心身の能力テストを受検してもらい、一定の基準を越えた人には「現役カード」を付与する。現役カード保有者は老人枠から除外し、有効な人的資源として何らかの形で国や社会に貢献してもらう。日本人は見栄っ張りで頑張り屋(特に団塊世代)だから我も我もとカードを取得して、老齢化低下に貢献するのではなかろうか。

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7年前応募した私の作文題して「登山が健康をくれた。」

2013年01月17日 | 日記

 良くも悪くも平々凡々の私は、賞罰みたいなものには無縁の人生を過ごしてきたが、今から7年程前だろうか。その時勤めていた会社が創立80周年記念行事の一環として、社員を対象に作文コンクールを行ったのです。印刷会社なのにお題は「健康」、私も暇つぶしの軽いノリで応募したのですが、思いがけずその作文が大賞を獲得してしまった。授賞式に呼ばれた私は、表彰慣れしていない為すっかり舞い上がってしまったが、冷静に考えればバリバリの企業戦士がこんな作文なんか応募するはずも無く、作文で表彰=仕事に不熱心のように思え、そういえばあの時臨席した重役方の目線も醒めていたような気がしてきた。結局その作文は社の広報誌に載せられただけで忘却の彼方へ消えてしまった。甚だ厚顔だが、その作文を下記に転載してみたいと思います。

 

題  「登山が健康をくれた」

 20代の私は、取り立てて趣味も取柄もない平凡な若者であった。ある時フラッと出掛けた旅先の、上高地から眺めた北アルプス穂高連峰の山岳美に一変に魅了され、それが山登りを始めるきっかけとなった。

 私は早速登山用品店で登山用具一式を購入し、一人でアチコチの山へ出掛けた。しかし、より困難な山に登りたいと思えば単独では限界があった。知人の紹介である山岳会の門をたたき、会山行に参加していろんな山に連れて行ってもらった。レベルも夏山から沢登り、岩登り、冬山と段々グレードが高くなり、それにつれ登山が益々面白くなり、のめりこんでいくようになった。

ふと気がついてみると、以前に比べて体重が落ちた分体力が向上し、運動なんて全然縁が無かった自分が、登山はもとより駆け足、テニス等すっかりスポーツ大好き人間に変身していた。その後も、年齢や環境の変遷につれ頻度に変化はあったが、私は山に登り続けた。そのお蔭か健康にも恵まれ、ズーッと医者要らずの生活を過ごし、何時までも若いつもりでいた。

だが50代も半ばになった時、何気なく受けた検診で私は思いもしない病名を告げられ、頭が真っ白になり気が動転した。そんな私にお構いなくすぐに入院そして手術と事は進み、点滴だけに頼った私の身体はアッという間にガリガリに痩せて、起き上がるのも覚束ない状態になった。健康という唯一の取柄を失った私はすっかり気落ちしたが、とにかく体力をつけようと点滴に頼りながらも歩き始め、その距離を少しづつ伸ばしていった。また山に登れるだろうか、そんな不安を打ち消すようにひたすらウォーキングを続けた。そして年末に退院し、その後も歩き続けた。

退院から一か月後、私は妻を伴い中央沿線にある高川山という小さな山に出掛けた。ファミリー向けハイキングコースだが、私はまるでヒマラヤの高峰を目指すような心境であった。妻のサポートを受けながら、痩せて痙攣しそうな脚を騙し々々登り続け、やっとの思いで高川山の山頂に到着した。すると今まで見えなかった南側の方向に、忽然と白銀に輝く巨大な富士山が姿を現した。魅入られたように眺めていると「よく登って来たなあ、これからも頑張れよ。」とまるで富士山が私を激励してくれているような気持になった。

あれから序々に体力も回復し、3年経った今私はすっかり元気になった。もう昔のように登れないが、体力が許してくれる範囲で山を楽しんでいる。再び私が健康を取り戻せたのは登山をやっていたからだと確信している。そして健康でいられる事のありがたさを深く実感している。

 

以上のような内容で冷静に読み返せば、とても受賞するような代物で無い事がよく判り冷や汗の出る思いですが、今の私も山に行けない体調なので、自らを励ます意味でも振り返ってみました。ご了承ください。

高川山からの富士山

 

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長年続けてきた山登りのホームページを、この都度止める事にしました。

2013年01月13日 | 日記

 平成25年1月13日

 長年、山登りをコンセプトにしたホームページを運営し続けていたのですが、この都度その更新を停止する事にしました。その原因は、パソコンを買い替えたのだが新たにホームページソフトをインストールするのが面倒になったのが直接の理由、もう一つは私も60歳代半ばとなり、「そろそろ身の回りを整理縮小すべき時期に至った。」というのが二次的理由です。愛着があればこそ長年やってこれた訳で、停止するのは正直淋しい思いですが、これも時の流れと受けとめ、今後はこのブログ1本に絞って大して閲覧する人もいませんが出来る限り続けていこうと思います。将来ポジティブな気持ちになれたら、再開の可能性があるやも知れません。

 

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アドベンチャーファンタジー映画「ホビット思いがけない冒険」で気分転換

2013年01月10日 | 映画・コンサート

 平成25年1月10日
 体調が悪いと出不精になって家の中でウジウジしていたら、妻が映画を誘ってきた。私もウジウジにアキアキしていたから、早速近所の映画館へ出掛けて「ホビット思いがけない冒険」という映画を観た。内容は「遠い昔、豊な財宝に恵まれ栄えていたドワーフ王国が、凶悪なドラゴンに国を滅ぼされドワーフの人々は流浪の民となる。時が過ぎ、ドワーフの子孫達が国を奪還する為に立ち上り、立ちはだかる幾多の怪物達を撃退して凶悪なドラゴンが棲む懐かしい王国に戻ってくるという、アドベンチャー&ファンタジー映画です。C・Gを駆使した映像は中々迫力があり、息もつかせぬ展開は娯楽作品として単純に楽しめました。こういう現実離れした映画は若者向きで、イイ年したオッサンが観るようなものではないかもしれないが、スカッとしてけっこう気分転換になりました。ただこの映画、ドワーフの子孫達が王国に接近した事を察知したドラゴンが目覚めたところでジ・エンド。「オイオイ、クライマックスのドワーフと凶悪ドラゴンの戦いはどうなるの。」と中途半端な終了に不満が残った。きっと続編が後日公開されるんだろうけど、こういう一話完結しない映画って何となく納得できないなあ。


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私の病気は「腰部脊柱管狭窄症」

2013年01月08日 | 日記

  平成25年1月8日
 先月以来の足・腰の痛みが年を越えても直らず、三箇日開けに再び池袋病院へ通院した。お昼頃到着して整理券を受取り午後はズーッと待合室で待機、受診者の中にはまだ20代と思われる若者もいて、ギックリ腰のようで僅かな移動すら難儀している様子、「彼よりマシだな。」と密かにほくそ笑む。自分より不幸な人を見て自らを励ます己の狭量さが情けない。池袋先生の診察を受けたのはPM5時過ぎ、先月の初診時はじき直るだろうと病名すら聞かなかったのだが、今回は一寸深刻な事態なので病名を尋ねると「腰部脊柱管狭窄症」(ヨウブセキチュウカンキョウサクショウ)との見立て、有名人では「みのもんた氏」が発症した事があると先生の話、彼はあまり好きじゃ無いので、どうせならイケメン俳優は一流スポーツマンと同病になりたかった。とに角これで病名が判り私も一人前の病人?になった。今年の目標は唯一つ、この病気を克服する事だ。先生も「上手くリハビリすれば直りますよ。」と言ってくれたから、それを励みに頑張ろう。


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Yお父ちゃんの旅立ち

2013年01月06日 | 日記

 平成25年1月6日
 以前所属していた山の会の先輩Nさんから珍しく電話があり、「新年早々、暗い話何だけど・・・・」と語り始めた。会の大先輩Yさんが元旦に急逝されたと言う。Yさんは山の会では中心的存在で皆から「Yお父ちゃん」と慕われていた。むろん私もその一員で、結婚する際は仲人までして頂いた人生の大恩人です。その後諸々の事情で山の会が解散して以降、Yさんは山の世界から一線を画して我々とも疎遠になっていきました。お世話になった恩を返せぬまま不義理を続けている自戒が、奥歯に挟まった異物のように私の頭の片隅にありました。各地のウォ-キング大会等で活動しておられる事を風の便りに聞いて、お元気なものと思い込んでいたので、突然の訃報は青天の霹靂でした。「簡素な葬儀を」という遺言も如何にもYさんの人柄が偲べます。急遽、ご遺族や会員達の手でお別れの会が催される事となり、その席へ顔を出すと、私が一番人生を謳歌した頃の懐かしい山仲間の面々がズラリと揃い、再会の喜びに笑いのさざ波が途絶えません。故人を偲ぶ会なのに、「仕様も無い奴らだ。」と空の上から苦笑しているかも知れませんが、これもYお父ちゃんの人徳だから仕方ないでしょう。この世を旅立つ寸前までアクティブに活動し続けたYさんの天晴な人生に、賞賛と憧憬の念を禁じえません。

山の会の懐かしい面々

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箭弓(ヤキュウ)神社へ初詣

2013年01月03日 | 日記

  平成25年1月3日
 足腰が痛いのであまり外出したく無かったが、日本人として初詣を欠かす訳にはいかず、近郊の東松山市にある箭弓(ヤキュウ)神社へ出掛けました。それ程有名で無いせいかあまり混雑しておらず駐車場が無料なのも好ましく、心穏やかにお参りする事ができました。平安時代初期の創建で、「ヤキュウ」という語呂からプロ野球関係者の参拝も多いそうで、高名では無くとも由緒ある中々立派な神社なのです。それ以外の三箇日はテレビで駅伝に釘付けでした。私はスポーツ観戦の中で駅伝やマラソンが、人生ドラマを見るようで一番好きなのです。箱根駅伝では中央大学や城西大学の選手が棄権する姿を見て眼が潤み、下馬評に無かった日体大のアンカーが優勝のゴールを踏んだ後、号泣するのを見て貰い泣きしてしまいました。これは老化で感情の抑制が効かなくなったせいもありますけどネ。次は私の体調が回復し、マラソン大会で感涙のゴールをしてみたいものです。


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2013年の初日の出

2013年01月01日 | 日記

  平成25年1月1日
 ジタバタと2012年を過ごすうちにアッという間に新年を迎えてしまいました。毎年のように見る我家からの初日の出、2年前は上空に竜のような雲が現れ、私は吉兆と捉えたのですが、その後東北大震災に見舞われ大凶事の年となってしまいました。今年はブ厚い雲の合間から初日を拝みました。これをどう読めばよいのか、私は最初はスッキリしなくても、その後はスカッと青空のような1年になると懇願混じりに推察しました。個人的にも昨年から続く足腰の痛みが回復しないので、元旦の計は唯一、痛みから解放される事です。これを直さねば登山やマラソン等私の生き甲斐を実行できませんので、振り返ると10年前の正月は、胃癌の手術直後で、食事すら満足に出来ない状態でした。それを思えばこれ位軽い々々と自ら叱咤しています。

2013年の初日の出

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