自分の人生を振り返ることがあるでしょうか。
過去を見ないというのは、時に正しく、
時に間違いにもなる。
過去のとらえ方こそが重要なのだ。
過去は少なくとも、自分の人生であり、
決断の結果である。
20歳を迎えたとき、
30歳が想像できただろうか、
40歳が想像できただろうか。
近い3年後の姿すら想像できていなかったと
痛感する。
その場、その場で必死に答えを探して、
目の前のことに全力で向かい、
やりたい趣味に没頭したり、
彼女と楽しい時間を過ごしたり、
ふとしたことで、
大学院まで行ってみたり、
順当に会社に入り、
そして、結婚して、子供もできて、
それでも一瞬にして失う。
誰が調停で裁判所に立つ自分を想像できたろう。
耐えて、もがいて、耐え抜いて
カウンセラーにもなった。
バリバリの理系研究者として、
そのトップを目指してがんばっていた自分が
カウンセラーになるなどとは、
少なくとも20代では頭の片隅にもなかった。
そんな職業すら知らないし、会ったこともない。
一年、一年、必死に生きて、
全力で考えて、行動して、苦しんでもきた。
だが、、、
自分の人生を無駄にしたと思うような時間の過ごし方はしていないと
断言できる。
幸せなときも、苦悩のときも、
常に、自分史上で最大限の生き方をしてきた。
もう一度、過去のある時点に戻っても、
そう大きくは違わないと思う。
今の状況、状態は結果であって、単なる事実なのだ。
だから、自分を否定するような要素というものは、
ゼロとは言わないけれども、限りなく少ない。
妥協せず、常に全力で駆け抜けてきたのだから、
これ以上はできないのだと、自分でわかる。
という私も、失意のどん底で、怒り、恨み、悲しみ、罪悪感、孤独、虚しさ、
ありとあらゆる感情に苦しんできた。
ただし、数年、5年もたってくると、
そのすべてが真実というわけでもないということに
気づいてくる。
だから大丈夫。
今を全力で、自分でできるだけのことをしていれば、
その事実が積み重なったものを、
将来見ることができる。
たとえ、寝込んでいても、仕事にならなくても、
それはそれで、今全力であなたはがんばっている。
生きているだけで十分、
生きていれば、過去の自分の人生を振り返ることができる。
そして元気になったら、未来を創造することもできる。
何もできなくてもしょうがない。
それだけ苦しいんだから。
誰も理解してくれなくても、
経験した人はみんな知っている。
あなたがどれだけ苦しんでいるのか。
そして、もうひとつ知っている。
時間は人それぞれだが、
この苦しみには出口があることも知っている。
そして、自分の人生がまったく予想もできないような
展開をしていくことも知っている。
過去を見ないというのは、時に正しく、
時に間違いにもなる。
過去のとらえ方こそが重要なのだ。
過去は少なくとも、自分の人生であり、
決断の結果である。
20歳を迎えたとき、
30歳が想像できただろうか、
40歳が想像できただろうか。
近い3年後の姿すら想像できていなかったと
痛感する。
その場、その場で必死に答えを探して、
目の前のことに全力で向かい、
やりたい趣味に没頭したり、
彼女と楽しい時間を過ごしたり、
ふとしたことで、
大学院まで行ってみたり、
順当に会社に入り、
そして、結婚して、子供もできて、
それでも一瞬にして失う。
誰が調停で裁判所に立つ自分を想像できたろう。
耐えて、もがいて、耐え抜いて
カウンセラーにもなった。
バリバリの理系研究者として、
そのトップを目指してがんばっていた自分が
カウンセラーになるなどとは、
少なくとも20代では頭の片隅にもなかった。
そんな職業すら知らないし、会ったこともない。
一年、一年、必死に生きて、
全力で考えて、行動して、苦しんでもきた。
だが、、、
自分の人生を無駄にしたと思うような時間の過ごし方はしていないと
断言できる。
幸せなときも、苦悩のときも、
常に、自分史上で最大限の生き方をしてきた。
もう一度、過去のある時点に戻っても、
そう大きくは違わないと思う。
今の状況、状態は結果であって、単なる事実なのだ。
だから、自分を否定するような要素というものは、
ゼロとは言わないけれども、限りなく少ない。
妥協せず、常に全力で駆け抜けてきたのだから、
これ以上はできないのだと、自分でわかる。
という私も、失意のどん底で、怒り、恨み、悲しみ、罪悪感、孤独、虚しさ、
ありとあらゆる感情に苦しんできた。
ただし、数年、5年もたってくると、
そのすべてが真実というわけでもないということに
気づいてくる。
だから大丈夫。
今を全力で、自分でできるだけのことをしていれば、
その事実が積み重なったものを、
将来見ることができる。
たとえ、寝込んでいても、仕事にならなくても、
それはそれで、今全力であなたはがんばっている。
生きているだけで十分、
生きていれば、過去の自分の人生を振り返ることができる。
そして元気になったら、未来を創造することもできる。
何もできなくてもしょうがない。
それだけ苦しいんだから。
誰も理解してくれなくても、
経験した人はみんな知っている。
あなたがどれだけ苦しんでいるのか。
そして、もうひとつ知っている。
時間は人それぞれだが、
この苦しみには出口があることも知っている。
そして、自分の人生がまったく予想もできないような
展開をしていくことも知っている。
ただ、そんな時でも心のどこかで、ずっとこんなところにいたくないと思っていました。
余裕なんてなくてもいい
少しだけ心に苦しみ以外の隙間ができた時、少しだけでいいから自分はひとりではないと思ってほしい。思いたい。
私は当時、太陽の光とあの温もりに救われました。
朝、無理矢理でも『ありがとうございます。』と太陽に言っていました。
少しだけ心が軽くなるんです。
まだ苦しみは全て消えたわけではないけど、必ずここからは出れると確信しています。
だから、きっと大丈夫なんです。
ただ、そんな時でも心のどこかで、ずっとこんなところにいたくないと思っていました。
余裕なんてなくてもいい
少しだけ心に苦しみ以外の隙間ができた時、少しだけでいいから自分はひとりではないと思ってほしい。思いたい。
私は当時、太陽の光とあの温もりに救われました。
朝、無理矢理でも『ありがとうございます。』と太陽に言っていました。
少しだけ心が軽くなるんです。
まだ苦しみは全て消えたわけではないけど、必ずここからは出れると確信しています。
だから、きっと大丈夫なんです。
元夫は離婚まで子供たちからの連絡にも無視などのあり得ない対応でしたが、離婚成立した途端に子供たちと連絡をとり、面会の約束をしていました。
進学の準備金も出し渋ったのに…。この1年子供たちが泣きながら留守電メッセージを入れても返してこなかったのに。
子供たちも久々の連絡と会えることに嬉しそうなので、自分の感情は抑え、子供たちの権利と言い聞かせ、面会のやり取りに応じています。出来た人間ではないので、やはり嫌悪感は捨てられません。
面会で出掛けている時間に1人でゆっくり心の整理もいいかと無理やり思うようにしています。
離婚後も淡々と仕事に行き、子供と生活できていますが、元夫絡みでモヤモヤすることが無くならず、いつまでこんな気分が続くのかイヤになります。
そうですね、
少しだけの苦しみ以外の心の隙間があれば・・・
そんな想いのとき、
太陽のぬくもりを感じられるのも
ほんとうに心が癒されますね。
この苦しみから抜け出すという確信、
その想いこそ、生きる力、
希望の力になりますね。
私もそう信じていますし、
応援しています
そんなことがあったんですね。
まるでいままでと違う相手の行動に
嫌悪感すらある。理解できない。
そうですよね。
そんなこと理解できないと感じるんですね。
いつまでこんな気持ちが続くのだろう・・・
ほんとに、毎日、しんどいですね。
ショックで頭を壊してしまい、常に非現実感のなかで生きています。
そのような状態で仕事だけは頑張っていたのですが、ミスが多く、去年一杯で休職させられました。
今は傷病手当金をもらっていて休職中で就活中です。
そんななかでも彼女をつくろうと婚活したりしていました。
会社にはまだ籍はあります。ので会う子には仕事はしていると伝えて話しています。
嘘をついてることにはなりますが…
先日、あるお見合いパーティでマッチングが合った娘と2回ほど会食し、互いに印象もよくこれからというところで仕事していないことがばれ、こっぴどくフラれました。
そのパーティが定職についていることが条件だったので彼女に嘘をついてる事になってしまい、彼女は激怒し、連絡も一切しないでと言われました。
そのパーティには4回くらい参加していて、4回目にしてやっとマッチングが合ってしかもかなりタイプでしたのでショックで落ち込んでます。
仕事を見つけて結婚し、40代後半からやっと新しいスタートが切れると思っていた矢先なので呆然としています。
婚活も1からやり直しで心が折れそうです。
妻も仕事も失い、これからの人生が不安です。
もうどうしたらいいか…
無力感でいっぱいで、なにもする気がおきません
愚痴みたいですみません…
誰か私の全ての記憶を消してくれませんか。
生きる意味がわかりません。
少しずつ回復しているつもりだったのに悪くなってると言われて辛いです。
明日勧められた新しいカウンセリングを受けます。救いになるといいのですが…
そういうことがあったんですね、
前に進もうと、歩んでいるんだと
感じられました。
なかなか思うようにもいかず、
無力感を感じているんですね。
主体性とコントロール、
そしてよく言うプロセスは難しい関係ですが、
じんさんの今の行動も
きっと未来へつながるものなのだと感じています。
そして、
歩んだり、少し止まって休憩したり、
少し後ろに戻ったり、いったりきたり
それも大切な時間なのかもしれないと
感じました。
苦しいね・・・、
記憶を消してほしい・・・、
生きる意味とは何なのか。。。
そんなことを想う日々なんですね。
苦しいよね。ほんとうに、しんどい。
すぐに見つかる答えはないけれど、
きっと見つかる答えでもある。
苦しいとき、いつでもコメントしてくださいね。