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薄井ゆうじ『くじらの降る森』(講談社文庫) 

2018-02-27 | 書評「う」の国内著者
薄井ゆうじ『くじらの降る森』(講談社文庫) 

「初めてお手紙さしあげます。個人的なことで、お話したいことがございます」。始まりは、亡父に宛てた差出人不明の手紙だった。「毎週土曜日の午後6時ごろ、レストランでお待ちしております」彼女の目印は、テーブルの上の黄色いくじら……。心を癒してくれる現代の神話。気鋭が描く感動長編。(文庫案内より)

◎森のくじらとの出会い

薄井ゆうじは、イラストレーターとして活躍していました。それが突然、小説家への転身をします。40歳を目の前にしていました。イラストレーター時代の筆名は「たの・かえる」でした。雑誌や夕刊新聞に、イラストと文章を融合させた作品を発表していたようです。

大阪へ出張したときに、「森のくじら」という名前の喫茶店を見つけました。店名にそえられたくじらのイラストを見て、「たの・かえる」の描いたものかもしれないと思いました。いちども見たことがなかったので、ずっと探していました。

店主に「薄井ゆうじと関係があるの?」と質問しました。答えは「ノー」でした。くじらのイラストが気になって、あとから調べてみました。薄井ゆうじに触発された「森のくじら」という名前の、イラストレーターが存在していました。おそらくコーヒーがとてもおいしかった喫茶店は、この人のイラストをつかったのでしょう。

私も「森のくじら」のイラストが好きで、絵本やホームページからコピーして、書斎にはらせてもらっています。

私は薄井ゆうじの、初期作品からの愛読者です。すべて単行本で所有しています。『天使猫のいる部屋』(ハルキ文庫、初出1991年1月)や『樹の上の草魚』(講談社文庫、初出1993年)も捨てがたい作品ですが、2つの著作にはさまれた『くじらの降る森』(講談社文庫、初出1991年12月)が一押しです。

薄井ゆうじの小説家としてのデビュー作は、39歳のときに書いた「残像少年」です。この作品は「小説現代新人賞」を受賞しています。本作は『透明な方舟』(光文社文庫、初出1995年講談社)に収載されています。本書の「あとがき」に薄井ゆうじは、つぎのように書いています。

――ちょうど1年前、僕は彫刻家をやってみようと決心した。(中略)最近はそのためのアトリエを借りて、すこしずつ彫刻にも取り組んでいる。1995年1月30日彫刻制作のために借りた東京のアトリエにて、薄井ゆうじ(『透明な方舟』光文社文庫「あとがき」より)

『透明な方舟』の文庫解説で映画監督の石川淳志は、「残像少年」についてつぎのように書いています。引用させていただきます。

――「窓際に行って、雨を確かめる。通りが小さく見える。バス停で赤い服の少女がブルーの傘を回し、車がワイバーを間欠的に動かしている。すこし降り出したのだろう。」
 スケッチ風の描写が梅雨に入った都会の抒情を不足なく表現している。(『透明な方舟』文庫解説で「残像少年」にふれた部分より)

指摘のとおり薄井ゆうじ作品は、イラストレーターだった名残りがずいしょに認められます。薄井ゆうじは、現代の寓話を描く名手でもあります。文体は牛の嚥下とにていて、結語がすぐにもどってきます。そして結語が、疑問形や否定形におきかえられます。

◎差出人のない封書

『くじら降る森』(講談社文庫)は、2人の彫刻家を志す若者の物語です。薄井ゆうじは本書を書きながら、彫刻家への夢をはぐくんでいたのだと思います。

結末にもつながる重要な場面を引用させていただきます。主人公。シンタロウと、名前のない青年との出会いの場面です。2人は動きをとめている、スキー場のリフト乗り場にいます。

――「ここは天国なんだ」彼は、ゆっくりと言った。「そう思うとすごく安心する。壊れたリフトには、死んだひとが乗ってくるんじゃないかなって思うんだ」/リフトには、誰もすわっていない。たったいままで、誰かがすわっていたような気配がするだけだった。彼は、おだやかな表情でそれを見ている。/「天国へのリフトだよ」(本文P37より)

『くじら降る森』の舞台は、リフトが動いていないスキー場があるさびれた別荘地です。主人公の僕・シンタロウは有給休暇を利用して、亡き父が残したてんとう虫とよばれる別荘に滞在しています。郵便受けをのぞくとシジュウカラの巣になっており、巣の下から父にあてた1通の封書を見つけます。

差出人は不明でした。「毎週土曜日午後6時ごろ、別荘地の下にある、エンゼルフィッシュのネオンのついた店でお待ちしています」とありました。手紙には「目印はテーブルの上においてある黄色いくじらです」と書かれていました。 

僕は手紙の主と会います。古くから別荘地に住む、恵子という潔癖症の女性でした。彼女には18歳になる息子がいます。しかし息子には、名前がつけられていません。名前のない息子は、外の世界をまったく知らぬまま成長しています。恵子は息子を学校へも行かせていません。森のなかに学校をつくり、マンツーマンで息子に教育をほどこしました。教室は色とりどりのくじらの絵でうまっていました。

いっぽう僕・シンタロウは、彫刻家になる夢をもっています。僕と恵子親子との、奇妙な交流がはじまります。恵子が亡き父と会いたがっていた理由はなにか。名前のない息子の出生の秘密はなにか。物語はすこしずつ、不思議なベールをぬぎはじめます。

◎ちょっと寄り道

これ以上ストーリーをたどるのは、やめにします。薄井ゆうじの描く世界は、非現実的なものです。ときどき「そんなことはありえない」との批判を目にします。一寸法師や浦島太郎の世界の現代バージョンなのですから、「目くじら」をたててはいけません。
(山本藤光:2012.05.06初稿、2018.02.27改稿)
 

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