山本藤光の文庫で読む500+α

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内舘牧子『終わった人』講談社文庫

2018-07-11 | 書評「う」の国内著者
内舘牧子『終わった人』講談社文庫

大手銀行の出世コースから子会社に出向、転籍させられ、そのまま定年を迎えた田代壮介。仕事一筋だった彼は途方に暮れた。生き甲斐を求め、居場所を探して、惑い、あがき続ける男に再生の時は訪れるのか?ある人物との出会いが、彼の運命の歯車を回す―。日本中で大反響を巻き起こした大ヒット「定年」小説! (「BOOK」データベースより)

◎定年後はみんな横並び

内舘牧子は多彩な人です。脚本家であり、作家であり、元横綱審議会の委員でもありました。1948年生まれですので、古希を迎えたか目の前にしている現役バリバリでもあります。

『終わった人』(講談社文庫)は、館ひろしと黒木瞳の主演で映画化されました。映画は観ていませんので、論評することはできません。
本書は「定年って生前葬だな」という衝撃的な文章で書き出されます。この一文は、物語を中盤まで引っ張り続けます。

本書は内舘牧子が65歳のときに書きはじめています。この歳になると、クラス会などの集まりが増えます。その席で内舘牧子は次のように考えます。
――すごく優秀で高校や大学が一流だった人も、中学卒業後に就職した人も、着地は横一線なんだと。(朝日新聞Reライフnet、2017年12月19日)

執筆動機のこの部分は、物語の後半に登場します。内舘が選んだ主人公・田代壮介は、東大卒で大手銀行に就職した超エリートでした。しかし出世競争に敗れ、定年時は子会社に在籍していました。

◎新たな居場所を求めて

 会社へ行かなくてよくなった田代は、新たな自分の居場所を模索します。妻の千草は美容院に勤めており、早くに家を出ます。田代は自分の哲学として、他の老人たちと群れることは嫌っています。自分にはまだ若さも体力もある、と自負しています。
 仕事を探したり、大学院へ入ることを考えたり、さまざまなチャレンジをします。しかし、いずれも不本意な結果になってしまいます。妻を旅行に誘ったりもしますが、つれない返事をされます。カルチャー教室で故郷盛岡の歌人・石川啄木を学んだりもします。
 そしてある日、田代が一番嫌っていた老人たちがたむろする、スポーツクラブへ通いはじめます。

このあたりまでの展開は、ユーモラスに描かれています。
 
◎3つめの山へ

定年後小説の先達は、城山三郎『部長の大晩年』(新潮文庫)です。本書については、「山本藤光の文庫で読む500+α」で紹介しています。内舘牧子が選んだ主人公は、城山三郎の作品とは真逆の人です。城山作品を未読の方は、ぜひこちらの晩年と対比させてみてください。

 人生には3つの山があります。学生期、会社期、老齢期です。『終わった人』の主人公は、2つめの山を下り、3つめの山にさしかかっています。
 このままで終わってはならない、といろいろ模索します。しかし会社期の時代のプライドが邪魔をして、フラストレーションを溜めつづけます。
 このフラストレーション部分は、主人公の周囲の人との対比という形で、鮮明に描かれています。
妻・千草には大きな野望があります。独立を目指しているのです。終わった夫と現役でこれからの妻の対比は、併走から独走、そして途中リタイアという形で描かれています。
トシという親戚のイラストレータも、終わっている主人公をやさしく支えます。一人娘の道子は専業主婦の座に満足しており、両親に向かってはずばずばとものをいいます。
そして主人公が片想いをする久里は、ちゃっかりした現代風の女性です。この片思いについては、編集者の勧めであとから挿入されたストリーです。

―――終わった男に小説や映画みたいな恋、普通はありませんよ。そうしたら編集者から「何もないのも寂しい」と言われまして。(『IN POCKET』2018年3月号、P30)

作者は中盤から、若いIT零細企業の鈴木社長を登場させます。この部分が本書の中核となります。これから読む人のために、詳述は避けます。

◎いざ故郷へ

 本書の主人公を取り巻く脇役が、実に個性豊かで物語に色取りをあたえています。前記の登場人物以外に故郷の友人たちも、ていねいな筆運びで投入されます。
『終わった人』は、故郷と仕事と日常という三重構造で描かれた作品です。故郷について、内舘牧子は次のように語っています。

――「終わった人」にとって、故郷というのは大きいんじゃないかな。特に男の人には、故郷に帰ると再生できるって気持ちがあるんじゃないかと思うんです。(『IN POCKET』2018年3月号、P30)

 仕事を失い、日常だけになった主人公。ぽっかりと開いた空洞に、故郷の存在が少しずつ影を落としはじめます。後半についてはあえて触れません。何もかもを失い欠けた田代は、最後に安住の場所を見つけることになります。
 独走を決意した田代は、肩口で微かな妻の息づかいを感じることになるのです。良質な「おわった人」小説だった、と結ばせていただきます。
山本藤光2018.07.11

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