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歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』(文春文庫)

2018-02-22 | 書評「う」の国内著者
歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』(文春文庫)

「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎は、同じフィットネスクラブに通う愛子から悪質な霊感商法の調査を依頼された。そんな折、自殺を図ろうとしているところを救った麻宮さくらと運命の出会いを果たして―。あらゆるミステリーの賞を総なめにした本作は、必ず二度、三度と読みたくなる究極の徹夜本です。(「BOOK」データベースより)

◎10年間のブランクから脱出

歌野晶午(うたの・しょご)の速射砲のような文章が好きです。いきなり射精後の倦怠感からはじまる文章は、こんな感じで転調されます。

――雲が切れて丸い月が覗く。雲が流れて月が隠れる。空は最前からずっとそんな調子で白んだり深い灰色になったりと、落ち着きがない。/あたりはしんとしている。雲はあんなに動いているのに、木立の葉が風にそよぐことはない。鳥や虫の声も絶えてない。/闇の中に懐中電灯の光の輪が浮かんでいる。(本文P10より)

形容詞と比喩を極力おさえ、点描のように風景に形を浮かべてみせます。この筆力は一級品です。歌野晶午は師と仰ぐ島田荘司の推薦により、27歳(1988年)のときに『長い家の殺人』(講談社文庫)でデビューしています。以後、『白い家の殺人』『動く家の殺人』(いずれも講談社文庫)の「家シリーズ」を発表していますが、大きな評価は得られませんでした。

歌野晶午には、約10年のブランクがあります。そして久々に姿をあらわしたときに、重厚な『葉桜の季節に君を想うということ』(初出2003年文藝春秋、文春文庫)を引っ提げていました。

久しぶりに読んだ歌野晶午の作品は、大きく様変わりしていました。小手先のミステリーの世界が消え、ハードボイルド風味の叙述ミステリーだったのです。本書は数々の賞を受賞し、いまなお多くのミステリーファンから評価されています。

――二〇〇三年を代表するミステリーといえば、本作おいてほかにあるまい。蓬莱倶楽部という団体を通してイカサマ企業のやり口を具体的に描いていく情報小説的な側面から、成瀬の軽妙でいて男気溢れる活躍ぶり、魅力的なヒロイン・麻宮さくらとの微笑ましいやりとりといった私立探偵小説としての面白さ、なにより最終的な企みとその深い意図に至るまで、多くの読者の心を打つ傑作であった。(文藝春秋編『東西ミステリーベスト100』文春文庫より)

◎伏線という地雷原

主人公の成瀬将虎は、パソコン教室の講師と警備員のアルバイトをしています。彼は暇があると、フィットネスクラブに通っています。

そんな成瀬はフィットネスクラブで顔見知りの、社長令嬢・久高愛子から相談をうけます。祖父がひき逃げ事件で死亡した。それは仕組まれた、保険金殺人ではなかろうか。愛子はそんな疑惑をなげかけてきます。そして愛子は、蓬莱倶楽部への調査を依頼します。蓬莱倶楽部は、高齢者向けの悪質なマルチ商法をしている会社です。成瀬の後輩キヨシは、ひそかに愛子にほれています。彼からも支援の要請があり、むかし探偵だった成瀬はその依頼を受諾します。

フィットネスクラブの帰りに、成瀬は駅のホームから投身自殺をしようとした女性を助けます。成瀬はそのまま立ち去ったのですが、後日、麻宮さくらと名乗る女性から「お礼がしたい」という電話があります。やがてさくらとの恋愛がはじまります。

暴力団の覚せい剤抗争で、クスリ配達人だった組員が惨殺されます。内偵捜査をまかされた成瀬は、敵対する戸島会の組員となります。やがて戸島会の兄貴分が、むごたらしい死体となって発見されます。クスリの配達人のときと、まったく同じ手口での死体でした。

成瀬は、飲みともだちの安さんの肉親探しをしたことがあります。2つの過去のてんまつについては、ふれません。これらの経験をいかして、成瀬は愛子からの調査依頼に挑みます。

蓬莱倶楽部は悪質な手口で、老人から金を巻きあげています。無料体験会に参加したり、事務所に忍びこんだり、成瀬はすこしずつ蓬莱倶楽部の闇にせまります。しかし知らぬ間に、蓬莱倶楽部の逆襲がはじまっていたのです。

物語の構成は、蓬莱倶楽部の調査が主軸です。そこに過去の暴力団の内定が加わり、重層な展開になります。物語のなかのいたるところに、伏線がしかけられています。地雷が埋められた戦地を歩くように、読者は慎重にページを進まなければなりません。

ラストはほとんどの読者が、絶賛しているとおりです。私もみごとに騙されました。途中で地雷を爆破しなかった箇所が、いくつもありました。読み終わったあとに、地雷原をもどることになったわけです。おみごと。歌野晶午の復活を祝います。
(山本藤光:2011.08.15初稿、2018.02.22改稿)

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