山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

小林信彦『現代〈死語〉ノート』(岩波新書)

2018-03-10 | 書評「こ」の国内著者
小林信彦『現代〈死語〉ノート』(岩波新書)

「太陽族」「黄色いダイヤ」「私は嘘は申しません」「あたり前田のクラッカー」「ナウ」…。時代の姿をもっともよく映し出すのは、誰もが口にし、やがて消えて行った流行語である。「もはや戦後ではない」とされた一九五六年から二十年にわたるキイワードを紹介する、同時代観察エッセー。(「BOOK」データベースより)

◎新語の登場と消える言葉

小林信彦『現代〈死語〉ノート』(岩波新書)は、岩波新書の中で最も読まれているうちのひとつだと思います。1956年から1976年までの20年間の流行語を集め、現在使われていないものを〈死語〉としてまとめたものです。

1956年は私が10歳のときですから、本書におさめられた〈死語〉または〈半死語〉のどれもが懐かしく感じます。私が大学を卒業した1970年には、こんな記載がありました。
 
――この年は〈歩行者天国〉が始まった年であり、〈ミニコミ〉が新語として登場した年でもある。〈スポ根=漫画、テレビドラマのスポーツ根性もの〉もこの年の新語で、死語にはなっていない。(本文より)

小林信彦の著作をはじめて読んだのは、『ちはやふる奥の細道』(新潮文庫)でした。本書は日本文化研究の若手ナンバーワンを自認(初版本の帯は『自任』となっていました)する、気鋭のアメリカ人の翻訳を、小林信彦が行ったという体裁になっています。松尾芭蕉の生涯を、とてつもないこじつけや誤解で描くこの作品に腹を抱えて笑いました。

その後、古本屋で『夢の砦』(新潮社、現新潮文庫)を買いました。そこに挟みこまれていたのが、『インタビュー・小林信彦の世界』(白夜書房・非売品・禁無断転載)という27ページの小誌でした。これを読んで、小林信彦のとりこになりました。

小林信彦は何が読者に受けるか、を計算できる作家なのです。奇想天外なアイデアと豊富な経験で、次々と意外性に富んだ作品を発表しています。

◎死語による現代史

『現代〈死語〉ノート』は、そんな変わり種の作品の中でも、特筆すべきアイデアのもとに生まれました。著者自身が同書の巻末に「つけくわえておきたいこと」として、次のように書いています。
 
――この本は〈死語による現代史または裏現代史〉が作れるのではないかという発想からスタートした。核にはぼくの体験した現代史が有り、流行語はそこから出てくるアブクのようなものという考えである。(本文より)

小林信彦は流行語を通して、世の中がどんどん悪くなっていると指摘します。確かに流行語は、世の中を写し取っています。漫才師がテレビを通して、連発しているうちに生まれる流行語。コマーシャルから、誕生する流行語。マスコミが創り出す流行語など生まれは異なるものの、どれも世相を反映したものには違いありません。

私の大学4年間は、北海道出身の在京大学生120人で共同生活する「北海寮」で過ごしました。私はそこで盛んに使われていた、懐かしい言葉を、つけ加えなければなりません。1970年の欄外にこう書きこみをしました。

「インラン」:淫乱ではありません。インスタント・ラーメンのことです。お金がないときの昼飯はきまって〈インラン〉でした。「インランしない?」と仲間に誘われました。今思えば恥ずかしい響きです。インランに卵を落とすと〈ギョク煮こみ〉となり、豪華な昼飯となったものです。

◎消えた風景

現在、小林信彦『現代〈死語〉ノート2』(岩波新書、初出2000年)が出ています。「フィーバーする」「ほめ殺し」「たまごっち」などの語句が書かれています。それから15年、おそらく小林信彦は、『現代〈死語〉ノート3』の執筆中でしょう、「倍返し」「おもてなし」などの新語が登場し、どんな語句が消えたのでしょうか。

私は以前、「消えた風景」を集めた文章を書いたことがあります。「駅の切符切り」「公衆電話」「駅の伝言板」「病院の天井を走っていたエアシューター」などについて、懐かしく触れた記憶がよみがえりました。
(山本藤光:1997.02.15初稿、2018.03.10改稿)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿