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小松左京『日本沈没』(上下巻、小学館文庫)

2018-03-03 | 書評「こ」の国内著者
小松左京『日本沈没』(上下巻、小学館文庫)

伊豆・鳥島の東北東で一夜にして小島が海中に没した。現場調査に急行した深海潜水艇の操艇者・小野寺俊夫は、地球物理学の権威・田所博士とともに日本海溝の底で起きている深刻な異変に気づく。折から日本各地で大地震や火山の噴火が続発。日本列島に驚くべき事態が起こりつつあるという田所博士の重大な警告を受け、政府も極秘プロジェクトをスタートさせる。小野寺も姿を隠して、計画に参加するが、関東地方を未曾有の大地震が襲い、東京は壊滅状態となってしまう。全国民必読。二十一世紀にも読み継がれる400万部を記録したベストセラー小説。(「BOOK」データベースより)

◎SFブームの先駆け小説

「近いうちに」という言葉は、歴代総理の玉虫色の言葉です。イタリアでは「近いうちに地震はこない」と安全宣言を出して、関係者が有罪判決を受けています。日本のマスコミは「近いうちに関東圏に大地震がくる」とキャンペーンを張りつづけています。小松左京『日本沈没』(上下巻、小学館文庫)はずっと、そんな位置づけの作品でした。

小松左京の死は朝刊(「朝日新聞」2011年7月29日)で知りました。享年80歳でした。SF界の巨人が沈没しました。新聞記事を読んで、すぐに浮かんできた作品は未読の『日本沈没』でした。400万部の大ベストセラーを読んでいないことに、改めて気づかされた瞬間です。「近いうちに」読もうと思いつつ、幾多の年が過ぎてしまいました。

『追悼小松左京』(KAWADE夢ムック2011年)を購入しました。そこには綿密な『日本沈没ノート』が掲載されていました。物書きの端くれとして、作品に打ちこむ作家の熱い魂をみました。
 
『日本沈没』(上下巻、小学館文庫)を読みました。読み終えて、3・11の記憶がよみがえってきました。私はあのとき、千葉市のなじみの古書店にいました。地震かなと思った瞬間に、古書で膨れあがっていた書棚の何本かが倒れてきました。店主といっしょに戸外へ飛び出し難をまぬがれたものの、帰宅の足を奪われてしまいました。通常なら電車で30分の道のりを、6時間かけて家にもどりました。私の書棚からも、たくさんの本が床に投げだされていました。

『日本沈没』は、SFブームの先駆け小説でした。小松左京に引っぱられて、筒井康隆、半村良、広瀬正、星新一らがこの時期に台頭したのです。小松左京がSFの道を開拓したのは、芥川賞を受賞した開高健『裸の王様』(新潮文庫、初出1957年)に触発されてのことです。

――あの頃、開高健が組織と人間をテーマにした『裸の王様』で芥川賞を受賞しているのだが、そういうテーマもシェクリイ(注:創元推理文庫『残酷な方程式』など)のような手法を使えば、もっと鋭く、もっと面白いものができるのではないか。「そうか、この手があったか」と、ピンときた。だからしばらくして『SFマガジン』で「第一回空想科学小説コンンテスト(後のSFコンテスト)」が募集されるや、さっそく書いて応募した。それが僕が初めて書いたSF作品「地には平和を」だ。
(小松左京『SF魂』新潮新書P14より)

ちなみに「地には平和を」は、『小松左京セレクション1・日本』(河出文庫)に所収されています。できればこの作品を読んでから、『日本沈没』に触れてもらいたいと思います。

私は『日本沈没』以前に、『小松左京ショートショート全集』(全1巻、勁文社)は読んでいます。ここには小松左京の代表的な192篇の作品が濃縮されています。私は毎朝1篇ずつをトイレで読みました。

◎マン『白鯨』と重なった

小笠原諸島の一角で、一夜にして小島が沈没してしまいます。現場調査にあたった田所博士は、「日本列島の大部分は、海面下に沈む」(上巻P332)と予言します。その後、日本各地で大地震や火山の噴火が続発します。半信半疑だった政府が立ち上がり、国際世界も日本救済に重い腰をあげます。

小松左京は実に丹念に、こうした世界を描きあげます。本書を執筆中に小松は、つぎの2作品を参考にしています(小松左京『SF魂』新潮新書P129より)。

吉田満『戦艦大和ノ最期』(講談社文芸文庫)
山本七平『日本人とユダヤ人』(角川oneテーマ21新書)

前者は沈没のクライマックス、後者は日本人とは何か、を描くための道しるべにしたのです。

本書を読んでいて、ときどき専門用語の羅列におぼれかけました。トーマス・マン『白鯨』(新潮文庫)を読んだときにも圧倒されましたが、難解な描写が苦手な人は飛ばし読みをすることをお薦めします。細やかな描写は作品を引きたてるうえで、避けてはとおれません。私は匍匐前進。難儀しながらも活字をたどりつづけました。

作品の性格上、ストーリーにはふれません。ただし私が筆名にしている、故郷までもが登場していたのには仰天させられた。

――北海道では、太平洋の水が帯広まで、また釧路平野の標茶(しべちゃ)まで押し寄せ、根釧台地は、ずたずたに裂けたリアス式の様相を呈している。(下巻P334より)

『日本沈没』には続編があります(第2部、上下巻、谷甲州・共著)。まだ読んでいません。小松左京は「本当に書きたかったのはこちらだ」と語っています。第1部の強烈な余韻が消えたら、じっくりと読みたいと思います。
(山本藤光:2012.11.03初稿、2018.03.03改稿) 

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