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小谷野敦『もてない男―恋愛論を超えて』(ちくま新書)

2018-03-08 | 書評「こ」の国内著者
小谷野敦『もてない男―恋愛論を超えて』(ちくま新書)

歌謡曲やトレンディドラマは、恋愛するのは当たり前のように騒ぎ立て、町には手を絡めた恋人たちが闊歩する。こういう時代に「もてない」ということは恥ずべきことなのだろうか?本書では「もてない男」の視点から、文学作品や漫画の言説を手がかりに、童貞喪失、嫉妬、強姦、夫婦のあり方に至るまでをみつめなおす。これまでの恋愛論がたどり着けなかった新境地を見事に展開した渾身の一冊。(「BOOK」データベースより)

◎論壇の風雲児はどこへいく

小谷野敦はいじめられっ子でした。その人がいまは、ケンカ評論家といわれています。私は個人的に小谷野敦の応援団を自認しています。

禁煙をめぐっては、東大構内や新幹線を提訴さえしています。論戦は枚挙にいとまがありません。禁煙騒動については、小谷野敦『禁煙ファシズムと断固戦う』(ベスト新書)にくわしく掲載されています。なにしろ「禁煙ファシズムと戦う会代表」と自認しているのですから、論法は独善的であり鋭いものです。一部だけ引用しておきます。

――大気を汚染して回るタクシーが、その中で禁煙にして威張ったりするのが、いかに馬鹿げているか。大都市ではタクシーに乗っていて、客がタバコを吸い始めたので窓を開けたら、外の汚染された空気が入ってくる、ということがある。(本文P72より)

また文芸評論では、志賀直哉以降の「心境小説」を酷評し、田山花袋『蒲団』に代表される「暴露型破滅小説」を高く評価しています。研究テーマは「男の恋の文学史」とされており、そのままのタイトルの著作(小谷野敦『〈男の恋〉の文学史』朝日選書)があります。冒頭で小谷野敦は、「新明解国語辞典・第四版」の定義を引いて、つぎのように書いています。

――特定の異性に対して特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にかなえられないで、ひどく心を苦しめる(まれにかなえられて歓喜する)状態。(『新明解国語辞典』第四版、小谷野敦の引用)

ところが、第六版では「合体」なる説明が消えています。小谷野のライフワークでもある、著作の冒頭部分が変化してしまったのです。

――特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔いないと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたといっては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。(『新明解国語辞典』第六版、私の手持ちからの引用)

普通の研究者なら、この1冊でライフワークは完結します。ところが小谷野敦はライフワークを書きあげてから、今回紹介する『もてない男・恋愛論を超えて』(ちくま新書)を皮切りに、次々と新たな著作を発表しつづけています。おそらく辞書の改訂に気がついて、「新〈男の恋〉の文学史」などという著作を書いてしまうことになるでしょう。

小谷野敦の近作『もてない男・浮雲』(河出書房新社、2010年)は、二葉亭四迷『浮雲』を現代語訳したもので、高く評価したいと思います。

小谷野敦は、退屈な世の中をどう撹拌するのでしょうか。目の離せない著述家として、今後も注目してゆきたいと思っています。

◎『もてない男』は名著である

『もてない男』(ちくま新書)は、発売半年で7万部を売り上げています(「ちくま」1999年6月号)。それ以降のデータはわかりません。私が買ったときは初版(1999年1月)でしたから、今では相当版を重ねているのでしょう。新書本でこれだけ話題となるのは珍しいことです。

書物というのは、その時代を鮮明に写す鏡です。古今東西の書物を引用して、一つの論旨をまとめる作業には意味があります。目立つところでは、斎藤美奈子が『妊娠小説』(ちくま文庫)で、妊娠にまつわる書物を引用してまとめています。

『もてない男』も、その潮流の一冊です。「もてない男」の対極にある「もてる男」について、著者自身はつぎのように「まえがき」に書いています。
 
――「男であることの困難」(新曜社、1997年)の書評の中に「もてるというのは、ただでセックスできるということだ」と規定したものがあったが、私はこの定義は認めない。好きでもない女百人とセックスしてももてるとは言えない、という立場に私は立っている。(本文より)

では「もてない男」とはなにか。「もてる男」の定義を基に考えるなら、たった一人の好きな女にすら相手にされない男ということになるのでしょう。この例なら世の中に、たくさんの実例があります。 

著者はこうした視座から7つの章に分けて、書物の引用をしながら自説を組み立てていきます。第1回「童貞であることの不安」、第2回「おかずは必要か?-自慰論」、などとなっており、それぞれのまとめとしてブックガイドまで備えています。

たとえば最終回なら「恋愛を超越するためのブックガイド」があり、倉橋由美子『夢の浮橋』(中公文庫)などがあげられています。ほかにもいくつかの作品が紹介されていますが、私が読んだことのあるのはこの1冊だけでした。

文芸作品、論文、漫画と幅広いジャンルの引用をとおして、「もてない男」をまとめあげた著者の力量に敬意を表したいと思います。そしてひとつの論文を、かくもわかりやすくまとめた技量にも賛辞を贈りたいと思います。

斉藤美奈子の『妊娠小説』が新書版で、しかも『孕む女』とでもしたら、もっと売れたかもしれない。そんな気にさせられるほど、『もてない男』の評判は高いのです。

発売にあたって、題名について懸念する声があったようです。あまりにもダイレクトすぎる題名ゆえに、そうした懸念はうなずけます。ただ私には、題名と真面目な本文とのミスマッチが受けているように思われます。本文はこんな具合です。実に真面目なのです。
 
――吉本隆明は、一貫して、男が結婚するのは母の代わりを求めているのだ、と言っている。それは正しい。(本文より)

――「据え膳食わぬは男の恥」という言葉がある。じつのところ、私にはこの言葉の意味がよくわからない。なぜ「男の恥」なのか。「据え膳食わぬと女への侮辱」ならわかる。(本文より)

新書が元気なのは、よいことだと思います。ちなみに『もてない男』には、続編『帰ってきたもてない男』(ちくま新書)があります。こちらもおもしろく読ませてもらいました。
(山本藤光:2011.02.08初稿、2018.03.08改稿)

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