山本藤光の文庫で読む500+α

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矢野健太郎『数学物語』(角川ソフィア文庫)

2018-03-01 | 書評「や行」の国内著者
矢野健太郎『数学物語』(角川ソフィア文庫)

動物には数がわかるのだろうか。また、私たち人類の祖先はどのように数を数え、その時、手足の指はどんな役割を果たしたのだろうか―。エジプト、バビロニアにおける数字の誕生から、「数学の神様」といわれたアルキメデス、三角形の内角の和が180度であることを独力で発見したパスカル、子供の頃は「落第ぼうず」と呼ばれたニュートンの功績など、数学の発展の様子をやさしく解説。数学の楽しさを伝え続けるロングセラー。(「BOOK」データベースより)

◎アラビアで生まれたのではない

小川洋子『博士の愛した数式』(新潮文庫。「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作)のヒットで、がぜん庶民的になった数学の世界。この本がなければ、「知・古典・教養ジャンル」に数学の本を選ばなかったと思います。
 
矢野健太郎は、著名な数学者であることは知っていました。しかしわざわざ、著作を買い求める気にはならなかったと思います。『数学物語』の改訂版(角川ソフィア文庫)が出たのは2008年でした。小川洋子『博士の愛した数式』が文庫化されたのは2005年ですから、そのころから数学ブームははじまったのでしょう。
 
構えて読みはじめた私の肩を、矢野健太郎『数学物語』はやさしく押しもどしてくれました。実にわかりやすく、数学の歴史や数の不思議がまとめられていました。人間以外の動物は、数がかぞえられるか。こう前置きされた文章から読者は、巧みな船長のあやつる遊覧船で、未知なる世界へと誘われます。
 
つづいて数学の起源は、4大文明にあるとの文章があらわれます。読者は学校で習った4大文明を、再確認することになります。エジプト、バビロニア、インド、中国と紹介されます。そして川のある肥沃な土地に、文明が栄えたと結ばれます。ナイル河、チグリス河とユーフラテス河、ガンジス河、黄河……。これらの話がなぜ「数学」なのか、と思わずつっこみたくなるほど、矢野健太郎の文章はゆったりと流れます。
 
川は氾濫します。氾濫すると、もとの区画がわからなくなります。そのために、測量技術が必要だったのです。幾何学は英語で測量を意味しています。ゆったりとした流れから、やっと原風景が広がってきます。見事な筆さばきです。
 
本書は数学の博物館、ともいえる様相です。なんでも陳列されています。どれもが一度は聞いたことも、見たこともある陳列物です。しかしだれもが、くわしく知っていないものばかりです。アラビア数字は、インドで生まれました。知りませんでした。アラビア数字は、インドの隣国・アラビアで発明されたものだと思っていました。
 
ふだん疑問に思ってもみなかったものが、ちょっとお耳を拝借のような感じで説明されています。肩をはらずに、寝そべってでも読むことのできる数学の本。それが矢野健太郎『数学物語』でした。わずか200ページほどの本です。知らなくてもいいのですが、知っていると数字をみるのが楽しくなります。

◎三角定規を用意する

私の手もとに、矢野健太郎『数学のたのしさ』(新潮文庫)があります。日焼けがひどく、黄ばみは活字を侵食するほどまでせまっています。1976年発行ですからムリもないと思います。カバーには柳原良平のイラストが描かれています。今回紹介している『数学物語』とちがい、この本は数字のクイズというスタイルになっています。
 
多湖輝『頭の体操』(「山本藤光の文庫で読む500+α」では『頭の体操BEST』光文社新書を推薦)の第1弾が世に出たのは1966年ですから、その流れにのったのだと思います。「数学」という堅物は、直球勝負では絶対に売れません。硬い数学を柔らかく解き明かす。矢野健太郎は、そうした活動にも熱心でした。

『数学のたのしさ』は絶版になっています。せめて『数学物語』で、遠くにあった数学を身近なところまで。ひきよせてもらいたいと思います。『数学物語』のなかに、「直線定規と三角定規を用意してください」(P96)というくだりがあります。

これには赤面させられました。一般家庭で、三角定規を常備しているところがあるのでしょうか。うちには30センチの直線定規があるだけです。数学を庶民に親しんでもらいたいのなら、こんな「常識」を要求するべきではありません。残念ながら、三角定規を常備しておく必然性までは、訴求されていませんでした。
 
だいいち「直線定規」なる言葉も、一般的ではありません。定規といえば、世間では直線にきまっているはずです。広辞苑を引いてみました。「定規」を確認しました。各種類が載っていましたが、「直線定規」なる単語は「定規」の説明にはいっていませんでした。
 
本書のなかには、退屈すぎる章もありました。数学は得意な科目であり、いまでも暇なときには中学生の問題集を開いたりしています。正解のない世界でビジネスをしているので、正解のある数学問題集はストレス解消になっているのです。
 
本書にはたくさんの数学者の生いたちが紹介されています。アルキメデスやニュートンの逸話は、そうだったのかと感心させられました。数学者の多くは、物理学者でもあり、天文学者でもあります。その広範な「知」の秘密も、本書で学ばせてもらいました。
 
専門性って、どのくらい周辺知識を磨いているか、ということなのでしょう。そんなことも実感させられました。一気に読みつらぬく本ではありませんが、少しずつページをくくってもらいたいと思います。数学の海への航海へのご案内でした。
(山本藤光:2010.01.21初稿、2018.03.01改稿)

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