職場の倉庫と車庫の間にわずかな空き地がある。
人が4人位辛うじて入れるほどのスペース。
そこは、どこからも見えない死角となっていて、
広い職場の中でも比較的分かりにくい場所なのである。
午前中の定例会議を終えて、車の中に置き忘れてきた手帳を取りに駐車場に行くと、その小さな空き地に人影が見えた。
今朝はとびきりつきの寒さであったので、一体こんなところで何をしているのだろうとまず、疑問が走った。
それから、金融機関のこと故、当然防犯上もよろしくない。
倉庫に放火でもされたら、それこそ一大事なんである。
一瞬その少年と目が遭ったが敢えて知らんふりをしながら、しっかりと観察する。
中学生か・・・・・・・。華奢な体つきである。
着ているものも普通で、別に突っ張っている風でもない。
この男子は悪い子ではなさそうだ。直感的にそう思った。
でも、学校はどうしたのだろう。
まあ、うちの敷地は誰でも自由に往来して、子供もよく遊んでいたりするので、敢えて咎める必要もなしかと・・・・とりあえず妥協点を見出す。
底冷えの寒さもあって、その場から立ち去ろうとした。
君子危うきに近寄らずなんである。
事務所への階段を上がってから、振り返りざまにもう一度見ると、まだ彼はそこに居た。
寒いのだろうサッカーボールを壁に向って蹴り続けている。
と同時に、警察官がバイクに乗ってキョロ、キョロと回りを見回しながらやってきた。
すぐそこに少年が隠れているのに・・・・・。
やがて警察官はゆっくり遠ざかって行った。
ははーん・・・・。
これはあの少年を捜しているのに相違ない。
何かやらかしたのだろうか・・・・・。
犯罪を犯しているんなら、これは看過出来ないぞと、迷った挙句に、結局は通り過ぎていった警察官の後を追った。
子供は社会の宝、みんなでちゃんと育てなくてはならないと、正義の味方のおせっかいが始まる。
300mも歩くと、くだんの警察官を見つけることが出来た。
「少年をお捜しなんでしょう。実はうちの駐車場の小さな空き地に、それとおぼしき少年が寒そうにしてるんですが・・・。」
「昨日から家に帰らず、ご両親から捜索願が出ています・・・・。」
何のことはない、通報者、第一発見者なんである。
すると警察無線で本署と連絡を取り始めたので、私は寒いこともあって役割は終えたとばかりに事務所に戻ることに。
戻り際に少年の隠れ家を見ると、まだちゃんと居たので、安心して仕事に戻ろうとしたのだが、気になって仕方がない。
補導されるんだろうか・・・・。
可哀想なことをしたと後悔の念が湧いてくる。
しばらく階段の踊り場から高見の見物をしていたのだが、警察官は一向に現れないんである。
そのうち、少年が気配を悟って逃げ出さぬかと心配になる。
逃げ出せば彼はまた寒空の下、孤独な時間を過ごすのである。
ここは大人として、彼を保護してやらねばと決心した。
寒いので熱いお茶を飲ませてやろうと思い、湯飲みにすずれんばかりのそれを零さぬよう、注意深く持って彼のアジトに行くとそこには誰も居なかった。
ありりゃ、寸での所で逃げられたのかと落胆しつつ、駐車場の裏手に回ると、さっきの警察官から腕を掴まれて下を向いた少年が居た。
可哀想になり、お茶を勧めると、昨日から何にも食べて居ないという。
夜も軒下でやり過ごしたという。
昨夜はとびきり寒かった筈だ。零下を下回った筈。
見るとトレーナー一枚。
胸が痛む。
事情を聞けば、親から怒られて堪らず家を飛び出したのだという。「寒かったろう・・・・。」つい切羽詰まった言葉が出る。
そこには幼い頃の母親の愛情に飢えていた私が居た。
やがて警察のパトカーが現場に直行、同時に父親が心労に肩を落としながら駆けつけた。
捜索願いが出されていますので本署まで来て貰い事情聴取をします。
パトカーに乗せられそうな少年を引きとめ、
「何もそこまでしなくとも、ここでいいではないですか・・・・。」
警察署まで連れて行かれたという記憶は彼の人生にどういうモニュメントとなるのだろうかと危惧した私は、息巻く若い警察官を制した。
「バカタレが人に迷惑ばかけてから・・・・。」父親の叱責を
私は少年の肩を抱きしめて庇いながら・・・・
「皆んな、はがいいことばかりの世の中バイ。おじさんもはがいかことばかりやけど、我慢して頑張っているとバイ。」
「お父さんも心配して寝とらっさんとばい。君も寒かったろうが、親も心の寒かったとバイ。少しは我慢して頑張らんばいかんぞ・・・。」
少年は申し訳なさそうな顔をして、泣いた。
ただ泣いた。
よしよしそれでヨカ。誰にでも家出はあることたい。
ライオンは厳しい冬を乗り越えて強いライオンに育つのだ。
心からそう思った。
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