とうとう私にかなりのショックをあたえ、疲れきった脳細胞を弛緩させ、シャーベット状となった脳味噌をト音記号型のストローでチューチューと吸われてしまった歌集が手元に届いたのだ。
「一生に一度ひらくという窓のむこう あなたは靴をそろえる」
笹井宏之(歌集ひとさらいより)
わずか26歳で夭折した笹井宏之さんの歌集なのだ
こんな若僧になにが判るんだい・・・って思った方もいるであろうが、けしてそうではないんである。彼はすくなくとも人の3倍は確実に生きている。
彼は重度の心身症に苛まれ、一時は寝返りもうてないくらいの厳しい症状の中で短歌の創作活動を続けた戦士なんである。
むしろそのギリギリの精神状態を短歌によって解き放ち、凡そ常人では到達することなど不可能な、未踏の高い山に登ったんである。
彼の苦しさからすればほんの軽微とも思える人々の相談にも、優しく応じて、しかも的確で慈愛に溢れた言葉を贈って、立派に心を支えてあげているのだから。
彼の生涯は確かに短いものではあったが、その過程において彼はとても格調の高い境地に辿り着いていたようである。
「空と陸のつっかい棒を蹴飛ばして あらゆるひとのこころをゆるす」 笹井宏之(歌集ひとさらいより)
特に私が興味深かったのはあとがきである。なるほどこのプロセスであの天才的な歌が誕生したのかと驚かされた。その確かな境地によくもこの若さで登りつめたものだ。
以下原文のまま
療養生活を始めて10年になります。
病名は、重度の身体表現性障害。自分以外のすべてのものが、ぼくの意識とは関係なく、毒であるような状態です。テレビ、本、音楽、街の風景、誰かとの談話、木々のそよぎ。どんなに心地よさやたのしさを感じていても、それらは耐えがたい身体症状となってぼくを寝たきりにしてしまいます。
短歌との出会いがどのようなものであったのか、よく覚えていません。ぼくにとって文学とは遠い存在なのです。何に感銘を受けるでもなく、気づいたら自然と短歌を書いていました。
短歌を書くことでぼくは遠い異国を旅し、知らない音楽を聴き、どこにも存在しない風景を眺めることができます。
あるときは鳥となり、けものとなり、風や水や、大地そのものとなって、あらゆる事象とことばを交わすことができるのです。
短歌は道であり、扉であり、ぼくとその周囲を異化する鍵です。
キーボードに手を置いているとき、目を閉じて鉛筆を握っているとき、ふっ、とどこか遠いところへ繋がったような感覚で、歌は生まれてゆきます。
それは一種の瞑想に似ています。どこまでも自分のなかへと入っていく、果てしのない。
風が吹く、太陽が翳る、そうした感じで作品はできあがってゆきます。ときに長い沈黙もありますが、かならず風は吹き、雲はうごきます。
そこにある流れのようなものに、逆らわぬように、歌を書きつづけてゆくつもりです。
以下略
「ひかりふる音楽室でシンバルを磨いて眠る一寸法師」
笹井宏之(歌集ひとさらいより)