フェアリーフライ

毎日テレビを見て、ときどき感想を書いています。

2014年元日

2014年01月01日 | 新聞
あけましておめでとうございます

昨年は当ブログをごらんいただいた方、コメントをお寄せくださった方
どうもありがとうございました

本年も気軽にのぞいてみてください

写真は、今日の朝日新聞です

元日は有吉さんのテレビ出演がなく、静かな朝でしたが、
新聞にインタビュー記事がありまして、華やかな気分になりました

今年も有吉さんを中心にお笑い番組などの記事をぽつぽつ載せていこうと思います

皆様のご健康とご多幸をお祈りします

15年ぶりのヒッチハイク

2011年10月13日 | 新聞
スポニチに有吉さんの記事が載っているらしいので購入。すると「真弓解任」という一面の大きさには及ばないものの、デカデカと芸能面のトップニュースになっていました。


 有吉「猿岩石」以来!!
 ヒッチハイク

 「一流の芸能人になったんで」初心に戻る旅

 立待岬スタート→宗谷岬ゴール 
 北海道縦断700キロ


ええっ!!その記事の内容よりも、その見出しのデカさに驚愕。以下、記事を引用させていただきます。


 自分で企画し

 お笑いタレントの有吉弘行(37)が15年ぶりにヒッチハイクに成功した。96年、お笑いコンビ「猿岩石」でユーラシア大陸を横断して以来となった。
 「自分を見つめ直したい。初心に戻りたい」と、北海道函館市の立待岬から稚内市の宗谷岬まで約700キロの北海道縦断を自ら企画。立待岬に立って、「雄大な景色を見ると、北海道はでっかい、自分なんてちっちゃいと気付くよね」ときまじめに話してスタートした。ヒッチハイクで成功をつかんだ「猿岩石」を04年に解散後、ヒッチハイクに挑戦するのは3度目。仕事が減った07年に東北地方、「毒舌」の愛称命名で復活後の09年に沖縄で、同じく「初心に戻りたい」と挑んでいた。だが東北では途中で電車に乗車、沖縄では繁華街でナンパした女性に車で迎えに来てもらおうとするなど、反則して失敗していた。
 レギュラー番組を10本抱えるほど人気がV字回復した今だからこそ、「一流の芸能人になっちゃって、自分を見失いそうなので…」と気を入れ直して再挑戦。「4、5日はかかるとみてますよ」と言うスタッフに「僕は10日はみてる。(スタッフは)ヒッチハイクを知らないからな」と余裕の“上から目線”で、函館市で通りかかった車に向かい手を挙げた。そして最北端の宗谷岬には無事到着した。

 “白い雲”今やすっかり黒いキャラ

 DVDで紹介

 この模様は12月21日発売のDVD「我々は有吉を訴えるべきかどうか迷っている」(ポニーキャニオン)で紹介される。有吉は「感動しましたよ」と言いながらも、なぜか表情はさえない。自分を見つめ直す旅になったのかどうか…。

 メモ

 96年「電波少年」でユーラシア大陸横断、CD大ヒット

▽猿岩石 広島県の小学校の同級生だった有吉と森脇和成さん(37)が94年結成。96年、日本テレビ「進め!電波少年」で、香港からロンドンまでのユーラシア大陸約3万5000キロを190日かけてヒッチハイクで横断。その奮闘が茶の間の感動を呼び人気が爆発。同年の歌手デビュー曲「白い雲のように」は113万枚、書籍「猿岩石日記」シリーズが累計250万部の社会現象に。活躍の場が減った04年3月に解散。森脇さんは芸能界から離れている。



◆というわけで

北海道はでっかいどう。初心に戻る旅の場所として最適だと思います。15年前の1996年12月21日は「白い雲のように」の発売日でした。DVDもめざせミリオンセラー!


新連載

2009年10月10日 | 新聞
読売新聞、10月7日(水)の夕刊。
有吉弘行さんの新連載エッセーです。
見開きの紙面『Pop Style』内の右上にあります。

うちでは読売新聞を取っていないので、教えていただかなければ、全く知らずに過ぎていたところでした。5月の「ALL ABOUT」の記事は、親切な友だちが郵送してくれました。そうそう頼ってもいられず、昨日、近所の新聞販売所へ。お取り寄せ願って、入手しました。

エッセーのタイトルが『有吉弘行の何か書けばいいんでしょ?』。もうなんですかねえ、嬉しくなりますよ、本当に。そう、何か書けばいいんですよ!まさしくポップなスタイル。連載スタートの1回目は序章、イントロダクションというところでしょうか。上島竜兵さんのお名前が出てきて、好調な滑り出しです。来週水曜日の夕刊に続くと思われます。

テレビダイアリー

2009年07月26日 | 新聞
本日の朝日新聞の朝刊です。
地方によって紙面構成が異なったりしますが、
わが千葉県版では27面の中段に位置している記事です。

この『TVダイアリー』は毎週日曜に掲載されている模様で、
1人で4回連載されるようです。
今日は有吉さんのコラムの第1回目。

記事を読みますと、
現在、アイドル番組のMC(司会)を3本担当しているということで、
それは何かというと、

『アイドル☆リーグ』(CS日テレプラス・隔週)
『日テレジェニックの穴』(日本テレビ・土曜深夜)

もう一つは
『アイドル☆リーグ』(日本テレビ・水曜深夜)

あるいは
『AKB48ネ申テレビ シーズン2』(CSファミリー劇場)

というところでしょうか。どうもレギュラーの数え方がよくわかりません。ほとんど毎回出ていても「準レギュラー」だったり、あまり出ていなくても「レギュラー」格だったり、果ては「レギュラーゲスト」という、わけわからない呼ばれ方をされたりします。いまのところ、私が確認できた、出演中の「アイドル育成チャレンジ系番組」は、こんなところです。ほんとに多いですね。女性アイドル番組MCのスペシャリストと呼びたいです。また、深夜のローカルだったり、地上波じゃなくてCSだったり、と視聴が限られているのが特徴です。

いつごろからこんなふうに「アイドル番組のMC」遍歴が始まったのかといえば、やはり昨年7月から3ヵ月放送された『AKB48ネ申テレビ・シーズン1』あたりからでしょうか。自ら「AKBのお兄ちゃん」と名乗る昨今。それと並行して、昨年6月から3ヵ月間、『イツザイ』(テレビ東京)で「歌えて演技もできる女の子オーディション」の進行役を担当していたのも印象深いです。『日テレジェニックの穴』の前身『アイドルの穴』でも、キャップとして悪魔ぶりを発揮。最近では『アキパラ嬢』(静岡第一テレビほか)の第2回に特別講師として登場。アメとムチを使い分け、『ゴッドタン』や『怒りオヤジ』を彷彿させて、面白かったです。

大興奮

2008年11月06日 | 新聞
写真は、2008年11月6日付、朝日新聞の三面記事。

今朝、新聞を開くと、なんと社会面にノッチさんの記事が! これは凄い。昨夜TBSで放送された『悪魔の契約にサイン』の興奮、再び。「asahi.com」から引用しようと試みましたが、見つからず。新聞を写メして載せることにしました。以下、記事を引用。
 

 米国大統領のオバマ氏の勝利を受け、
 日本のお笑い芸人が取材攻勢を受けている。
 オバマ氏のモノマネをしているデンジャラスのノッチさん=写真=だ。

 テレビの企画で10月にミズーリ州の大集会を訪問し、
 アポなしで、オバマ氏との握手に成功。
 「がっちりしているけど、柔らかい手だった。
 総理大臣よりも先に握手したのが自慢です」

 現地の人に「似てる」と大受け。
 オバマ氏本人からも「ユー・アー・オバマ」
 とお墨付きをもらった。
 彼のモノマネに「チェンジ」は必要ないようだ。


さらに今日は、日テレ『ラジかるッ』にも、SPの安田さんとともに出演。本当に昨日は面白かったです。日本シリーズ第4戦が早々ワンサイドになったので、途中から『悪魔…』を見ましたが、もう釘付けでした。

ピンタ

2006年07月09日 | 新聞
おとといの朝日新聞に「ピン芸人」についての記事がありました。
文化芸能面ではなく、生活面です。「モンジロー」というおサルさんが読者の疑問にお答えするというもので、題して「疑問解決モンジロー」。毎週金曜日の生活面の質問回答コーナーです。
今回は、「ピン芸人の『ピン』って?」ということで、「ピン」という言葉の由来や、「ピン芸人」の苦労について説明されています。有吉さんのコメントも載っていました。以下、一部引用します。


一人ゆえの苦労も多く

…ピンの芸人さんは極端なキャラを作ったり、目立つ衣裳や小道具を使ったりする人も多いんだって。だからかな、ずいぶん目立つようでも、実際はコンビの方が圧倒的に多いそうだよ。
 太田プロのマネージャー、大竹昇司さんは「一人で表現できることには限界がある。相当計算していかないと苦しいですよ」と話す。コンビ経験のある有吉弘行さん(元猿岩石)も「ツッコミという通訳がいないので無責任なボケができず、比較的安全策をとりがちです」。…
(朝日新聞 2006/7/7)


「ピン芸人」という言い方をよく耳にするようになったのは、最近です。昔は、「大阪は漫才、東京は落語」と言われていました。「一人で立ったまま喋る」というと、アメリカのスタンダップコミックといったところに話が及んで果てしがないので、そのへんは小林信彦さんの著書を参照。いまや、ピン芸人はマルチ芸人なのですが、やはり「お笑い」というところがいちばん楽しみです。

なお、この「ピン芸人の『ピン』って?」の新聞記事全文は、「落花生のホームページ」に「資料」というページを作って、載せました。「いっき落花生」のトップ、「レビュー」の下に「資料」の入り口があります。