カトリック真鶴教会(教会堂名:海の星の聖母)
創立:1959年 ◇ 住所:神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴483-1
創立:1959年 ◇ 住所:神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴483-1
小田原を過ぎると、JR東海道線は海沿いを走ることが多くなる。いくつかのトンネルを抜けると、山側にミカン畑が増えてきた。「思へば遠く来たもんだ」(中原中也「頑是ない歌」より)と旅愁に浸っているうちに、真鶴駅に到着。ここは真鶴半島の玄関口だが、なぜか駅前は閑散としていた。夏の行楽シーズンであれば、もっと賑わっているのだろう。駅前の商店街を歩くと、新鮮な磯料理の香りが漂う。だが、魚介類が苦手な私は食指が動かないのであった。
第一次大戦中の1916年、夏目漱石は親友の中村是公らと共に、真鶴の漁港を訪れた。漱石はその時の印象を、次のように書き残している。「狭い道にはみんな石が敷いてある。(中略)路丈は何だか以太利(イタリア)辺の小さな漁村にでも来たやうな心持である。(家は無論比較しやうがないが)芝居の広告のビラが路傍に貼つてある。『こんな所にも何々座といふものがあるのかね』」(手帳の断片「真鶴行」より)。 この日、漱石らはブリ漁を見学している。
駅から徒歩数分で、真鶴教会に着いた。平塚教会の記事で触れたが、ここもまた聖コロンバン会によって創立された。集会所のような聖堂が建つ高台からは、遥か彼方に相模湾が見える。予想内とはいえ、やはり聖堂の扉は閉まっていた。現在、真鶴教会は常駐の司祭を持たず、小田原教会が月2回の主日ミサを担当していると聞く。さて、上り電車の時間が迫ってきたので、慌ただしくルルドにご挨拶。聖母像の前に供えられていた花が印象的だった。
現聖堂献堂:1969年
◆主な参考文献など:
「中原中也詩集」 大岡昇平編(岩波文庫・1981年)
「漱石全集・第二十巻 日記・断片(下)」 夏目金之助著(岩波書店・1996年)