【映画がはねたら、都バスに乗って】

映画が終わったら都バスにゆられ、2人で交わすたわいのないお喋り。それがささやかな贅沢ってもんです。(文責:ジョー)

「弓」:魚籃坂下バス停付近の会話

2006-09-16 | ★田87系統(渋谷駅~田町駅)

魚籃坂って、珍しい名前だな。
坂の中腹に魚籃寺ていうお寺があるのよ。
魚籃寺?
本尊が「魚籃観世音菩薩」ていう、頭髪を唐様の髷に結った乙女の姿をした観音像であることに由来する名前なんだって。
乙女の姿?
中国、唐の時代、仏が美しい乙女の姿で現れ、竹かごに入れた魚を売りながら仏法を広めたという故事に基づいて造形されたらしいわよ。
乙女と魚といやあ、キム・ギドクの「弓」っていう映画だな。
あれは、乙女と魚釣りだけどね。
海の上に一艘の船が浮かんでて、そこには老人ともうすぐ17歳になる少女が暮している。少女は孤児で小さい頃からこの船で老人に育てられ、老人は17歳になったら少女と結婚しようと思っている。そこに魚釣りに来た青年が現れて波乱が起こる・・・。
いつものキム・ギドクらしく、奇妙な話よね。
韓国では1週間の上映で打ち切られたっていうけど、わかるような気がするね。どう説明していいかわからない映画だもんな。
じゃあ、退屈かというとそんなことなくて、少女と老人と青年の関係がどきどきするような緊張感の中で展開していくのよね。
ほーら、きた。女一人に男二人という映画の黄金三角関係だ。
黄金三角関係?
以前も話したけど、女一人に男二人というシチュエーションの映画には名作が多いんだ。「突然炎のごとく」とか「冒険者たち」とか「明日に向って撃て」とか。今年の映画だって「ゆれる」とか「紙屋悦子の青春」とかみんな黄金三角関係だ。
少女役のハン・ヨルムがとにかく、妖しくて、幼くて、狡猾そうで、神々しくもあるという不思議な存在で、とても魅力的な表情をするのよね。
キム・ギドクも計算してよく撮ってるよ。ドキッとするシーンがいっぱいあるもんな。人工的な話なのに、海の上に浮かぶ船というシチュエーションになったところで広がりが出たしな。
ああ、たしかに同じように少女の表情が魅力的だった「ハードキャンディ」も、シチュエーションが人工的なんで映画自体が人工的になってしまって損してたわね。
そりゃ、キム・ギドクのほうが一歩も二歩も曲者さ。「魚と寝る女」といい、「春夏秋冬そして春」といい、いつもいつもよくおかしな設定の映画を魅力的に仕上げてしまうもんだとあきれ返るよ。
要するに天才なのよ。
宗教的な匂いもして、実は「魚籃観世音菩薩」をモチーフにした映画なんです、って言われてもそうかもしれない、と思っちゃうよな。
少女と老人はひとことも言葉を発しないで、それがまた神秘性に拍車をかけるのよ。
こういう傑作の前には俺たちも言葉を失うね。


ふたりが乗ったのは、都バス<田87系統>
渋谷駅前⇒並木橋⇒渋谷車庫前⇒東二丁目⇒東三丁目⇒恵比寿駅前⇒恵比寿一丁目⇒恵比寿四丁目⇒恵比寿二丁目⇒恵比寿三丁目⇒北里研究所前⇒三光坂下⇒白金高輪駅前⇒魚籃坂下⇒三田五丁目⇒慶応義塾大前⇒田町駅前

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