【映画がはねたら、都バスに乗って】

映画が終わったら都バスにゆられ、2人で交わすたわいのないお喋り。それがささやかな贅沢ってもんです。(文責:ジョー)

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「無言歌」

2012-02-29 | ★橋63系統(小滝橋車庫前~新橋駅)


1960年代、中国の政治犯は中国西部、辺境ゴビ砂漠の収容所へ送られていた。
そこでの生活を克明に描いたワン・ビン監督の映画が「無言歌」。
というと悲惨な話だろうと予想がつくけど、予想どおり、というか、予想を超えて悲惨な実態。
あまりにおなかが空いてて、人が吐いた嘔吐をすくって食べちゃうっていうんだから、愕然とする。
おとなのけんか」のケイト・ウィンスレットの嘔吐シーンとはまったく意味合いが違う。
穴倉のような収容所で粥をすする毎日。
そこから出たところで周囲は寒風吹きすさぶ砂漠が待っているだけ。
死体からは肉がはがされたりする。
なぜかというと・・・。
ダメ。それ以上言わないで。
だいたい、この人たち、国が「自由に意見を言ってもいいよ」っていうから自由に意見を言ったら、こんどは「そんなこと言うな」って怒られて収容所送りになったっていうんだから、理不尽極まりない。
単なる強制収容所を「再教育収容所」とか名づけるんだから、噴飯もの。
悲惨なエピソードはみんな実際の生存者たちから証言を集めたものだっていうからぞっとする。
にもかかわらず、この映画にはどこか清々しい風が吹いているのは、どういうことなのかしら。
空の青さとかまぶしいばかりだ。
被写体の悲惨さと映画としての質はまったく別物だっていうこと?
汚いものを美しく撮るというのともちょっと違うんだけどな。
やっぱり監督の資質とか志の高さが画面に現れちゃうっていうことかしら。
よくこんな映画つくることを中国政府が認めたな。
認めてない、認めてない。
あ、やっぱり。
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「アニマル・キングダム」

2012-02-28 | ★橋63系統(小滝橋車庫前~新橋駅)


アニマル・キングダム。野生の王国。
って、別に子供向け動物番組じゃなくて、動物みたいに野蛮な家族に囲まれた青年の話。
母ちゃんが死んでお婆ちゃんに引き取られたのはいいけど、このお婆ちゃん一家がワルの巣窟みたいな一家。
仕切るお婆ちゃんの迫力ったらない。
ワルで、何がワルいのよ。あたしゃ、こうして生きてきたのよ。
ビッグ・バッド・ママ。
そうして、純朴な青年もワルの道へ堕ちて行く。
じゃあ、周りに流されていくばかりで一矢報いることもないのかというと、そんなこともない。
たまりにたまったうっぷんがとうとう弾ける。
って、それじゃあヤクザ映画じゃない。
ヤクザな奴らの映画には違いない。
でも、青年は案外冷静よ。しまいまでピンと張り詰めた映画の緊張感は見もの。
デヴィッド・ミショッド監督、初めて観るけど一流の演出力があることは確かだな。
ラストのスパッとした終わり方は、あなた好みなんじゃない。
余計な余韻をダラダラと残さず、サッと幕を引くってところだろ。映画はすべからくそうありたいね。
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「おとなのけんか」

2012-02-27 | ★橋63系統(小滝橋車庫前~新橋駅)


ロマン・ポランスキーがまた職人の腕の冴えを見せたな。
公園で遊ぶ子どもたちから始まって、その子どもたちのけんかの和解のために集まった二組の両親が最初は上品ぶっていたのに徐々に本性を表わして修羅場と化していくまでを、さすがと言うしかないスムーズな手さばきでコメディにしていく。
問題のきっかけとなる子ども同士のけんかのさらりとしたスマートな見せ方、その後はほとんどマンションの一室で繰り広げられる会話劇なのに閉塞感を微塵も感じさせない演出。
ポランスキーくらいの監督になると、このくらいの話、お茶の子さいさいなんでしょうね。
役者陣が凄い。ジョディ・フォスターとジョン・C・ライリー、ケイト・ウィンスレットとクリストフ・ヴァルツがそれぞれ夫婦役。
ほとんどこの四人しか出てこないんだけど、海千山千の芸達者たちだから、観ていて飽きる瞬間がない。
この四人が、ときには夫婦同士の争いになり、ときには妻連合対夫連合のいがみあいになり、話はくるくる回り、子どものけんかのことはどうなっちゃったんだよ、とチャチャを入れたくなるくらい、おとなげない展開になっていく。
そして、白眉の嘔吐シーン。
嘔吐シーンが白眉というのもおかしな話かもしれないけど、タイミングと言い、その量といい、映画史に残る嘔吐シーンだ。
ケイト・ウィンスレットは、光栄なことに、これから“嘔吐女優”って呼ばれるのね。
あれだけ揺れたタイタニックでさえ、嘔吐しなかったのに。
そして、実は一番の主役だった携帯電話。
この四人の会話をバカにしたように絶妙のタイミングで鳴り出すんだから笑っちゃう。
しかも、これが映画のラストをすっきりまとめてくれるとは思わなかった。
こういう誰が観ても楽しめる映画が都内では一館でしか上映してないっていうんだから、世も末だなあ。
子どもたちには見せたくないっていうことかもしれないわよ。

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「ロボジ―」

2012-02-26 | ★橋63系統(小滝橋車庫前~新橋駅)


期待の星、矢口史靖監督にしては、いまひとつかな。
どうして?ロボットの開発を命じられた電器メーカーの冴えない社員たちが、ロボットの外装の中に内緒で老人を入れて動かしたことから起きる騒動を描くコメディ。相変わらず、着眼がおもしろいじゃない。
そうかもしれないけど、「秘密の花園」とか「ウォーターボーイズ」にあったような、がんばってる感がいまひとつのような気がしないか。
汗水流すことを汗水流さずがんばるっていうのが矢口映画の基本ではあるけど、やっぱり、中に入ってるのが老人じゃダメ?
ダメっていうことはないけど、ありえないかもしれないけどありえる世界をおもちゃのように描く監督の場合、「がんばってるねえ、君たち」と言えるような主人公じゃないと共感できなくて、ゆる~い映画を観たなあで終わっちゃう。
がんばってる人たちをのんべんだらりと描くのがこの監督の特質だって言いたいんでしょ。そういう意味じゃ一環していると思うけど。
電器メーカーの社員たちの奮闘とか、老人の奮闘とか、そこにからんでくるロボットおたくの女子大生の奮闘とかいろいろ散らばしてはあるんだけど、どうも散漫で一本芯に欠ける気がしないか。
そういう意味では、やっぱり老人が芯かしら。
五十嵐信次郎こと、ミッキー・カーチスか。いい味出してたけど、いまひとつ弾けきれない恨みが残る。
最後の歌がいちばんよかったりして。
あれはよかった。
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「家族の庭」

2012-02-25 | ★橋63系統(小滝橋車庫前~新橋駅)

アキ・カウリスマキだな。
違うわよ。マイク・リーの映画よ。
しかし、冬の章に出てくる寡黙な男、あれはどう見たってアキ・カウリスマキの映画の中のキャラクターだろう。
冴えない風情で、ほとんど動きもない無粋な男っていうのは、たしかにそんな感じだけど。
女のほうだって、饒舌なところは違うけど、不幸が似合いそうな貧相な風情はアキ・カウリスマキの映画の中のキャラクターに重なる。
二人が出会ったときの、なんともぎこちない間。
いい年をしたおとながな。
イギリス人のマイク・リーがフィンランド人のアキ・カウリスマキを意識していたとも思えないけど、市井の人々を描くと似てくるっていうことかもしれないわね。
そうは言っても、この映画の中心にいるのは、彼らとまったく違って品のいい熟年夫婦。
休日には家庭菜園なんか耕して夫婦仲もいいし、何の悩みもない感じ。
そういう夫婦のもとに集まってくる連中が、なぜか寂寥感を漂わせた、アキ・カウリスマキの映画が似合いそうな人たちばっかり。
春、夏、秋、冬と季節を区切って夫婦の家に集う人々のとりとめもない姿を点描していくんだけど、みんなとても幸せそうには見えない。
そんな状況でも、アキ・カウリスマキの映画は見終わるとどこか温かい気持ちになれるんだけど、マイク・リーは厳しく人間を見つめるからやや救われない思いが残る。
そうね、市井に生きる人々を描いても、アキ・カウリスマキは実は楽観派、それに対してマイク・リーは冷徹派って感じかしらね。
やっぱりイギリス人なんだな、マイク・リーは。


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