【映画がはねたら、都バスに乗って】

映画が終わったら都バスにゆられ、2人で交わすたわいのないお喋り。それがささやかな贅沢ってもんです。(文責:ジョー)

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「シルビアのいる街で」

2010-10-23 | ★橋63系統(小滝橋車庫前~新橋駅)

シルビアだけに、別れても好きな人を探す映画。
そんなこと言うと、まだ観てない人をミスリードしちゃうわよ。
でも、別れた人と会った映画だったぜ。
渋谷じゃないし。そもそも、おおおげさなところのまったくない映画。
ドイツ国境に近いフランスの町、ストラスブール。オープンカフェにたたずむ青年。
肩を出し、陽光を浴びてくつろぎ、語り合う女性たちの姿を静かに眺め続け、その中のひとりにかつての彼女の面影を見つけると、そっと後を追う。
迷路のような路地を歩き回り、路面電車に彼女の姿を見つける。
…たったそれだけの話。
それだけの話でこれほど目の離せない映画ができあがってしまうんだから、これは驚きだ。
ドラマらしいことはほとんどなんにも起きない映画の中から立ち上がってくるのは、石畳道を歩く人々の靴音、子供たちの嬌声、自転車の通りすぎる音、路上楽団の奏でる音楽・・・。
街を形づくっているのは、音でもあるといまさらに知らされる。
そして、街角のカフェ。青年の視線が次々と女性たちの間を移ろっていき、いったいこの青年はこの中の誰を探しているんだろうと観客が不安になり始める頃、彼の瞳は求めていた女性に止まる。
そのタイミングの絶妙さ。ヒロインの登場のみごとなまでのさりげなさ。
そして、彼女の後を追い、さまよい続ける街並みのなんと平凡、かつ、魅力的なこと。
なにしろ、路面電車が軋むだけで意味もなく何かの予感が胸をよぎる。彼女の後ろ姿がふっと街角を曲がるだけで訳もなく不安が胸に押し寄せる。
語るほどの物語もないのに、これだけサスペンスを醸し出す映画に出会ったのは初めてかもしれないわ。
町の息遣い、空気感をこれほど感じさせる映画もなかったような気がする。
休暇を取って海外へ行き、知らない町をあてもなくさまよってみると、ただそれだけなのに、なぜかとても豊かな時間が過ぎて行くことがあるけど、あのときの気分にも似た充実感を感じる映画だった。
幻のように過ぎていく時間。そもそも映画ってそういうものだったのかもしれないな。

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「オカンの嫁入り」

2010-10-22 | ★橋63系統(小滝橋車庫前~新橋駅)

ある日突然、母親が若い男と結婚すると宣言、娘がびっくらこく。
こりゃあ、意外だ。こりゃあ、おもしろい。こりゃあ、映画になる。
・・・と、制作者たちが飛びついたか、どうか。でも、いまどき、その設定自体はそれほど新鮮じゃない。
でも、大阪を舞台に、大竹しのぶと宮崎あおいを母娘にして、大阪弁をしゃべらせれば、それなりにおもしろい映画になるんじゃないの?
・・・と、制作者たちが考えたかどうか。大竹しのぶはそれなりに達者で、宮崎あおいはそれなりに健気で、たしかに“それなり”の映画にはなっていたけど。
母娘の葛藤と和解、そして母親の花嫁姿。まるで映画ゴコロを刺激しない展開。
唯一、異彩を放っていたのは、母親の結婚相手になる桐谷健太か。
たしかに姿かたちの異様さは目を引くけど、根は善良そうな仕草がその後の展開を予測させてしまう。
大竹しのぶが「ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う」くらいとち狂ってくれれば別の映画になったんだろうけど、そこまでなりふり構わない潔さはないしな。
大竹しのぶと桐谷健太が夫婦なんて、ある意味、相当気持ち悪いんだけど、そういう設定でツカミを取っておきながら、その気持ち悪さというか危なっかしさが映画的に浮き上がってこないし、年の差夫婦ゆえのなまめかしさも漂ってこない。
宮崎あおいちゃんは、なんだかんだ言ってひたすらかわいいしなあ。
彼女はそもそも「EUREKA ユリイカ」とか「害虫」といった、相当ひねくれた映画で登場してきたのに、最近はひたすら優等生になってしまって、これでいいんだろうか、と余計な心配をしてしまう。
うん、この映画自体、優等生的。
呉美保監督って冒険を嫌う監督なのかな。
そもそも、桐谷健太の女系家族に対する涙ぐましいほどの気の遣いようを見ていると、これ、「オカンの嫁入り」というより「ケンタの婿入り」っていうほうがふさわしい感じだな。
あるいは「オカンの余命入り」。
こら、ネタばれは反則だぞ。


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「カラフル」

2010-10-21 | ★橋63系統(小滝橋車庫前~新橋駅)

エンドクレジットに主題歌が流れる映画って多いけど、ほとんど映画と関係ないような耳触りがいいだけの曲ばかりの中で、この映画の主題歌は今年ピカいちだな。
既製曲よ。ブルーハーツの「青空」のカバー。
だから、その選曲がいいんだ。「運転手さんそのバスに僕を乗っけてくれないか。行先ならどこでもいい」なんて、まるで俺たちのブログの主題歌みたいじゃないか。
もうバスからは降りちゃったけどね。
精神的な問題だよ。行先なんかどこだっていい。ここじゃないどこかへ行ってみることが大切なんだ、世界はそこから広がるんだ、っていうのは映画「カラフル」のテーマでもあり、それはそのまま映画を観ることの意味でもあり、俺たちのブログのテーマでもある。
いつから、そんな高尚なテーマのブログになったの?
今から。
「カラフル」の中にバスは出てこないけど。
その代わり、バスのような路面電車が出てくる。
いまはなき、懐かしの玉電。主人公の少年は、その玉電の線路跡を歩く。
まさしく、行先なんかどこでもいい。とにかく行ってみる。その中で彼の心の中の何かが変わっていく。少年よ、書を捨てよ、街に出よう。
そこまで言うか。
でも、原作にはない玉電のエピソードを入れただけで、この映画が限りない豊かさを獲得しているのはたしかだ。
それより私は、一緒に歩いた友だちのほうが心に残るけどね。
ひょうひょうとして主人公の少年を受け入れる同級生の早乙女君。一緒にいるだけで癒されそうで、彼こそ理想の友だちだな。
森絵都の原作とはいえ、天使なんていういかにもアニメっぽいキャラクターが出てくるから、浮ついたファンタジーになるのかと思ったら、とんでもなく地に足がついた映画だった。
学校の壁の向こうから聞こえてくる合唱の声とか鍋を囲んだ家族の会話とか、アニメにしては実に日常の生活感を大事にしている。
そういう誠実さがあるのよ、原恵一監督には。
なんとなく早乙女君みたいな風貌してるしな。
それって誉め言葉?
精神的にはな。



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「瞳の奥の秘密」

2010-10-19 | ★橋63系統(小滝橋車庫前~新橋駅)

ああいうテクニックで罪を自白させるって場合もあるのね。
いままで見たことないテクニックだ。
さすが、情熱の国アルゼンチンの映画というかなんというか…。
いちばんの誇りを踏みにじって真実を吐かせるっていうのは常套手段なんだろうけど、アレがいちばんの誇りだとは思わなかった。
そういうお国柄なのかしら。それとも、あくまで映画のオリジナル?
まあ、国の名前がアルゼンチンだからなあ。
なあるほど…って同意するわけないでしょ。
そうやって犯人を落とした辣腕女判事補に好意を寄せる部下の男がまた、立派な髭なんか生やして見るからに南米らしい暑苦しい顔をしている。
こっちが映画の主人公。自分の気持ちをすぐにでも伝えそうな濃い顔をしているんだけど、知性が邪魔をして心に秘めた思いは言い出せない。
おかしなこと言って、自分もああいう風に責められちゃたまんないと思ったのかな。
そんなこと思ってたら、惚れないでしょう。彼は見かけによらずロマンチストなのよ。
俺と同じだな。
なあるほど…って同意するわけないっちゅうの。
そして幾星霜、この主人公と再び巡り合ったとき、犯人が最初に口にするセリフがまた、衝撃だった。
長い間、ああいう状態でいれば、人に飢えてて当然かもしれないわね。
そういう、犯罪と愛憎が縄のごとくからみあう、25年間の物語。
ヒロインが若いころは若く、年とってからは年とった顔に自然になっているのも何か不思議だった。
ほんとは何歳なんだろうな。
全然難解ではない、むしろ通俗的な映画なんだけど、なんかちょっと不思議な映画を観た、っていうのが率直な感想。
文化の違いを感じる映画だった。
で、アカデミー外国語映画賞を獲ってる。
まさしく、異国の映画だ。





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「ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う」

2010-10-18 | ★橋63系統(小滝橋車庫前~新橋駅)

石井隆ワールド、全開の一本。
ほんとよねえ。漆黒の夜、しのつく雨、瞬くネオン…。
撮り方は、舌なめずりするようにねちっこく、匂い立つように不健康そのものに。
誰が観たって、石井隆の世界が帰ってきたってわかる。
いまどき、ここまで自分の世界を変えずに映画を撮り続けられる監督がいるなんて、奇跡としか思えない。
真の“映画作家”って、彼のような存在のことを言うのかもしれないわね。
それくらい孤高の存在になりかけている。
この恍惚としたマンネリ感は何?
ある意味、アンダーワールド版「寅さん」。
それも、毎年見せられりゃあ、あきちゃうかもしれないけど、「ヌードの夜」自体は、1993年の映画の続編だもんね。
世紀を超えた続編も、その世界観は微動だにしない。
続編っていっても、物語自体は新しい。竹中直人は変わらないけど、余貴美子は出てこない。主役は若い佐藤寛子。
ベテラン、大竹しのぶが脇を支える。
大竹しのぶって、やっぱりこういう、とち狂った役が似合うわねえ。老いてますます狂い咲き。
クライマックスは、関係者全員が集まる採石場での死闘。光と影の交錯に頭の芯がクラクラするほどだ。
役者は揃った、舞台は整った、っていう感じだもんね。
この映画、主役の佐藤寛子も体を張って頑張っていたけど、俺的には脇役の東風万智子のほうが買いだな。
一時期、テレビのバラエティに出ていた真中瞳が改名したのよね。彼女がこんな女優になっていたなんて知らなかったわ。
苦労したんだろうな。顔に出てる。
うらぶれた雰囲気をまとっていて、石井隆ワールドにぴったりはまってた。
次回のマドンナは、ぜひ東風万智子でお願いしたいね。
でも続編は、また十何年先かもよ。
それまで待ってたら、大竹しのぶの役柄になっちゃうっていうことか。
その前に私たちがどうなっていることか・・・。
なんだよ、急に現実的になるなよ。俺はまだ石井ワールドに浸っていたいのに。







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