
こんな町中に動物園があるとは知らなかった。

こういうご時世だし、今年の夏は海外に遠出する代わりにこういう近場で楽しむのもいいかもしれないわね。

きょうの新聞にも出てたもんな、「イタリア観光・日本人客急減」って。

イタリアなんて、私たち庶民には手が届かない遠い国になっちゃったてことね。

そうじゃなくて、サービスが悪いとかぼったくりがひどいとかっていう理由らしいけど。

たしかに、オールイタリアロケが売りの日本映画「アマルフィ」で教えられることって言えば、スリには気をつけろってことだもんね。

あと、子どもから目を離すな。子どもを誘拐されても身代金を払っちゃいけないって法律で決められている、とかな。

美しい風景とはうらはらに、恐いところねって思っちゃった。

そもそもが、ローマで娘を誘拐された天海裕希と居合わせた外交官の織田裕二が犯人を追いつめるっていうサスペンス映画だからな。

のんべんだらりと絵はがきのように観光地を映しているだけの映画よりはいいけどね。

でも、タイトルが「アマルフィ」なんだから、もう少し、あの断崖絶壁にできたアマルフィ独特の町並みを生かした展開があってもよかった。

ドラマのほとんどはローマが舞台。

アマルフィは寄り道先にすぎない。

だからって、「ローマの休日」を期待しちゃいけない。

「ローマの休日」に登場したスペイン広場のロマンチックな映像に比べ、今回の映画の雑然としたこと!

日常の情景をとらえれば、観光地なんてあんなもんなのよ。

「フェリー二のローマ」の甘美で幻想的なローマも出てこない。

全然狙いの違う映画だからね。

犯罪に政治的な味付けもしているけど、本気でそれを訴えたいと思っている映画でもない。

そうそう。同じサスペンス映画でもたとえば「
相棒」の犯人の動機にはうなずけたけど、こちらの動機は、分かるんだけど、何か心に響いてこないっていうレベルよね。

・・・とか話してると、なんか、がっかりしているみたいな印象を与えるかもしれないけど、単なる娯楽映画だと割り切れば、それなりにおもしろく観ていられる。

遠くイタリアまで行きながら結局日本人同士の話なの?とか、娘を誘拐されてうろたえる母親を演じるには天海裕希はちょっとキャラクターが強すぎるんじゃないの?とか、そんなところには目をつむればいいいのよね。

いつ、天海裕希が「織田君、私が解決するわ!」って言い出さないか、冷や冷やしながら観ていたなんて、思っていても口に出しちゃいけない。

だって、あの織田君がギャハハ笑いを封じ、まじめ一辺倒になって、図体のでかい天海裕希を必死で守ってるんだもんね。

織田裕二って、ギャハハ笑いで強烈なイメージをつくっちゃったけど、若いころからこの映画みたいな硬派なキャラクターで押していれば、いまごろニヒルな二枚目として認識されていたかもしれないって感じさせるところはある。

この外交官役に、なんか決まったクセがあるとか暗い過去があるとか、もう少し陰影付けができれば、続編が出来てももいいわよね。

それは脚本家の腕しだいだな。

と思って、脚本家の名前を探したら、どこにも出ていない。

原作の真保裕一と監督の西谷弘が共同して書いたらしいけど、クレジットタイトルには載っていない。

脚本家の名前がない映画なんて初めて観たような気がするわ。

そんなひどい脚本でもないのにな。偽名でも何でもいいから載せるべきだった。

クレジットタイトルに脚本家の名前が載っていないってことは、脚本の責任者がいなかったっていうことだからね。

映画って極端に言えば、脚本と役者で出来ているようなもんだからな。どういう事情があるにせよ、その名前をカットしたことは、映画に対する姿勢が問われる。

映画を軽く扱っているとしか思えない。

やっぱりテレビ局がつくった映画の限界か。

うーん、そうは思いたくないけどね。内容的にはテレビドラマではなく、映画らしい感触があったわよ。

だからこそ、惜しいんだ。

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