今日は用事で外出した帰りに寄り道して台東区西浅草の池波正太郎記念文庫を見てきました。池波正太郎といえば「鬼平犯科帳」そう火付盗賊改め方・長谷川平蔵である、なんちゃって極悪人を裁く鬼平の言葉ですが、長谷川平蔵は実在の人物で1745年生まれ。1768年には十代将軍家治に拝謁して西の丸書院番士徒頭から先手弓頭となり1787年火付盗賊改方となります。この小説を書いた池波正太郎のことが知りたくて、記念文庫の入っている台東区生涯学習センターは何度か行ったことがありますが、初めて池波正太郎記念文庫に入りました。そこで池波正太郎の素敵な言葉に出会いました。
「余裕ある時代のひとびと
その『おおらかさ』や『ゆとり』のあった時代が江戸時代だったのではないだろうかと思う。あの時代は、政治家も庶民も泥棒も捕えるほうにも、それぞれの心に『ゆとり』があり、『融通』のついた時代だった。
そのような世の中で、ゆっくり、じっくりときれいな『お盗め』をする泥棒たちや、いったん腹がすわれば非情そのもので、その裏には、ほんとうの意味で余裕のある『火盗改メ』たちの人間味は、やはり、その時代の産物なのである。」
(池波正太郎「余裕のある時代の風俗」よりー「私の歳月」)
「余裕ある時代のひとびと
その『おおらかさ』や『ゆとり』のあった時代が江戸時代だったのではないだろうかと思う。あの時代は、政治家も庶民も泥棒も捕えるほうにも、それぞれの心に『ゆとり』があり、『融通』のついた時代だった。
そのような世の中で、ゆっくり、じっくりときれいな『お盗め』をする泥棒たちや、いったん腹がすわれば非情そのもので、その裏には、ほんとうの意味で余裕のある『火盗改メ』たちの人間味は、やはり、その時代の産物なのである。」
(池波正太郎「余裕のある時代の風俗」よりー「私の歳月」)
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