元治元年(1864年)11月10日、勝海舟は免職となり寄合となります。これは無役のこと。軍艦奉行となり神戸幕府海軍操練所開設や海軍私塾など勝海舟にとっては将来の海軍、日本を担う若者を育成するという生きがいを感じていた時期でもありました。海軍塾の塾生が池田屋事件に関わり幕府から危険分子をかかえていると疑いをかけられ免職になりました。将来の希望を持って関わった勝海舟とっても塾生にとっても残念なことですが、保身に走らず、免職を受け入れて江戸に帰ります。ここからが勝海舟らしいところで免職を後悔もせず、暇になったからと、これ幸いに読書に励みます。また、人物との交流もかかしません。免職直前の9月11日は大阪で初めて西郷隆盛に会っています。ここらへんが勝海舟の面白いところで、この時期の人材交流や読書が、いよいよ幕末・明治維新にかけて活かされてくるのです。
最新の画像[もっと見る]
- 人は力で動かすものではなく心で動かすものー「篤姫」に登場する勝海舟の言葉が心に響く 2日前
- 勝海舟を想う心 3日前
- 勝海舟生誕200年勝海舟の会10周年記念講演会(9月29日)に向けて 1週間前
- 薬害はなぜ繰り返されるのかー今年も薬害根絶デーがやってくる 1ヶ月前
- 渋沢栄一記念財団記念講演会ー新紙幣1万円札の顔 2ヶ月前
- 海の日に勝海舟フォーラム 2ヶ月前
- 久しぶりに赤坂界隈を歩いて変わったと感じるー勝海舟の面影はまだまだ 2ヶ月前
- 勝海舟の良さをいかに現代に伝えていくかー勝海舟の会 2ヶ月前
- 喪失・挫折・失敗からの人生ー勝海舟・榎本武揚・大鳥圭介の人生から振り返る 3ヶ月前
- 江戸に名君ありー現代に名君はいないのか!? 3ヶ月前
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます