コタツ評論

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ステッキ

2007-11-09 02:17:16 | ダイアローグ
Oは自らの余命が残り少ないと知っていた
政治家という激務を続けられるのも
せいぜい後数年だろうと思っていた
次の衆院選までが最後のチャンスだ

老人の使いから自宅に電話があった翌日
議員会館の執務室を訪ねてきた
一席設けるからぜひ
とその使いの元首相はいった

話の内容は驚くべきものだった
アメリカ大使の面会さえ断ったOだが
迷った末に断わらなかった
魅力的な提案だったからではない

逃れられない罠を仕掛けられた
と思ったからだ

90歳を越えた老人は
「O君」と垂れ下がった唇を振るわせ
しかし相変わらず生臭い眼を見据えて
国政の責任を説いた

国会議員の誰をも「先生」とは呼んだことがない
この老醜の傍らにはもう一人の
元首相がいた

前の首相をすげ替えて1カ月も経たぬのに
次はOを首相にするという

老人の股間に立てかけられた
ステッキに眼がいった

その握りに両手を合わせ
顎を乗せたまま
「君にとっても最後のチャンスじゃないか」
と老人はOの心臓病を仄めかした

横に侍る元首相も
使いに来た元首相も
引導を渡された前首相も
いまと同じように宣下されただろう現首相も
そして次期首相といわれた自分も

この老人にとっては
あのステッキのようなものかもしれない
老人斑の浮き出た手甲で握られ
涎が垂れた顎を載せられる
棒に過ぎない

弁舌に熱を帯びて
老人は激しく咳き込んだ
Oはこの老人より長生きできるだろうか
と胸に問い
気づかれぬよう嘆息した

長生きしたいと思った


コメント
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