優れておもしろい短編集のそれぞれに、奇しくも感涙のノンフィクションの一編がはさまれていた。感涙といっても、感きわまって、ホロッとしたとか、しゃくりあげたとか、などではない。感情と感傷はきわめて抑制されている、書き手も読み手も。
『
現代短編の名手たち 4 ババ・ホ・テップ』(ジョー・R・ランズデール 尾之上浩司 編/訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョー・R・ランズデールは、まったく知らなかった作家だが、邦訳がすでに何冊も出版され、「テキサスの巨匠」と呼ばれるほど名高い作家らしい(何か、青森の巨匠みたいな揶揄も感じるが)。
目 次
親心
デス・バイ・チリ
ヴェイルの訪問
ステッピン・アウト、一九六八年の夏
草刈り磯を持つ男
ハーレクイン・ロマンスに挟まっていたヌード・ピンナップ
審判の日
恐竜ボブのディズニーランドめぐり
案山子
ゴジラの十二段階矯正プログラム
パパ・ホ・テップ(プレスリーVSミイラ男)
オリータ、思い出のかけら
テキサスのスティーブン・キング、その実像
1977年、心臓発作で死んだエルビス・プレスリーは替え玉で、実はテキサスの老人ホームで生きていた! 亀頭に大きな腫れ物につくり、歩行補助機がなくては歩けなかったが、自分をジョン・F・ケネディと思いこんでいる黒人と、深夜3時にホームを徘徊して、老人たちの魂を吸い取る怪物と対決する表題作の「
パパ・ホ・テップ(プレスリーVSミイラ男)」はもちろんだが、貧しく薄汚く低脳で童貞の若者ジェイク・ウィルソン・バディの3人が、5ドルでセックスさせてくれるという噂がある女の子の家を訪ね、ポーチにいた脱腸の中年男をポンビキと思い交渉をはじめたら、なんと娘の父親で命からがら逃げ出し、5ドルで買った密造酒をあおって一息つき、その酒がバイタリスの匂いがするので、8ドルで整髪料として売ったら儲かるぞと興奮する3人が友だちに見えてくる「
ステッピン・アウト、一九六八年の夏」が秀逸。
「ニカワのように髪が固まるぜ」
バディが急に生き生きとした表情をうかべた。三人で大笑いする。バディは残っていたタバコを二人にわけた。三人でくわえる。たがいに微笑みあう。みんな親友だった。人生のうちでも特別で、とても大切な一瞬だった。この夜のことはいつまでも忘れないだろう。
スティーブン・キングの名作『
スタンド・バイ・ミー』を思い起こさせる、映画ならストップモーションで撮影されるような少年の日の輝きは、一転、騒々しいシンバルに急きたてられた無声映画のコマ落としのごとき惨状に向けてひた走る。バディのマッチの火が髪に燃え移り、「火を消さなきゃ」とあわてたウィルスンが瓶の残りの酒をかけたためにバディは火だるまとなって駆け回り、道路に飛び出してダンプトラックにはねられ、橋から川に落ちたところをワニに食いつかれる。ワニの口から脚だけつきだしているバディを助けようと、巨大な葉巻をくわえたようなワニを追いかけ追いついたジェイクとウィルソンは、ワニの白い横腹を数え切れぬほど蹴り上げて殺すが、死んでもワニはバディを離さず、車もない二人は台車にバディをくわえたままのワニごと乗せて、遠い道のりをバデイの家まで運び、ワニとバディの死体をポーチに置いて帰るのだ。『スタンド・バイ・ミー』より、十倍泣けること請け合い。パパとママに熱望していたディズニーランド行きを許され、ドナルドやミッキーが人間が入ったかぶり物だと知って、ふてくされて帰ってくる「
恐竜ボブのディズニーランドめぐり」、破壊と暴力の衝動を抑えるために、鉄工所で火を吐いて鉄屑を溶かすバイトをしているゴジラや乱暴者のガメラなど、哀しい怪獣たちの日常を描いた「
ゴジラの十二段階矯正プログラム」など、傑作ぞろいだが、俺にとっての白眉は、貧しくつましい生活のなかでも、何不自由なく育ててくれた母との思い出を自伝的に語ったノン・フィクション「
オリータ、思い出のかけら」だ。ランズデールの母オリータの晩年の様子はこうだった。
また、わたしが書いた小説のせいで、母はときどき、息子は頭がおかしいのかもしれない、あるいはこれからおかしくなるのかもしれないと思いこんでいた。これは母だけでなくわたしにとっても、まったく奇妙で、がっかりしたくなることだった。
自動車事故で入院した母から、肺ガンがみつかるが、母は手術を拒否してやがて亡くなる。
母は、人生に配られた厳しい持ち札でゲームを戦い抜いた、驚くべき女性だった。勇気を持ち、無茶ともいえるようなやり方で戦っていた。
今、母に会いたい。
『
ブルックリンの八月』(スティーブン・キング 吉野美恵子他訳 文春文庫)
やっぱり、キングは名人だ。表4の紹介と目次は次の通り。
ワトスン博士が名推理をみせるホームズ讃。息子オーエンの所属する少年野球チームの活躍をいきいきと描くノンフィクション。そしてエペッツ・フィールドに躍動した、いにしえのブルックリン・ドジャースに思いを馳せる詩。ホラーの帝王にとどまらない、キングの多彩な側面を堪能できる6篇を収録。著者自身による解説つき。
日次
第五の男(青野美恵子訳)
ワトスン博士の事件(吉野美恵子訳)
アムニー最後の事件(小尾美佐訳)
ヘッド・ダウン(永井淳訳)
ブルックリンの八月(永井淳訳)
ステイーヴン・キングによる作品解説(永井淳・白石朗訳)
乞食とダイヤモンド(永井淳訳)
ハメットやチャンドラーの文体を模倣して、犯罪小説やハードボイルド小説をパロディにした、「
第五の男」「
アムニー最後の事件」にも感心したが、驚いたのは息子のオーエン・キングが所属したメイン州バンゴアのリトルリーグチームの快進撃を活写したノンフィクションの「
ヘッド・ダウン」。はじめて原稿料を稼いだのはスポーツ記事だったというキングが、そろいのユニホームすらないバンゴア・ウエストが地区予選を勝ち抜き、州決勝戦で強豪ヨークと死闘を演じるまでを、地方紙のスポーツ記事のように淡々と、敵味方を分かたず12歳の野球少年たちの勇気と力の場面を書いていく筆致がすばらしい。コーチのデイブ・マンスフィールドが、練習を終えて暗くなったグランドで笑い興じるチームの少年たちを見やりながらいう。
「大切なのはだれが自分のチームメイトかを知ることだよ。好き嫌いは別にして、自分が頼らざるをえなかった人間はだれかということを」
『スタンド・バイ・ミー』より、三十倍泣けること請け合い。
(敬称略)