コタツ評論

あなたが観ない映画 あなたが読まない本 あなたが聴かない音楽 あなたの知らないダイアローグ

あずサバ

2010-07-28 22:59:00 | ダイアローグ
必達目標というのは、以前はね、努力すれば、できない目標じゃなかったんだがね。前年同期比12%増ではねえ。僕が課として出した数字は7%だったんだが、それだって、君らはブーブーいってたよな。どこから出てきたんだろうねえ、12%。

ところで、企画開発部の森沢さんとは、どうなの? 結婚するんだろ? ビール、それとも、焼酎にするかい? うんうん、おいおい聞こうかね。あずさ、焼酎もね。

あ、そう、今夜は、あずサバ、か。いやね、ウチのカミさん、なんでも自分流に料理して、名前付けるのよ。あずさオリジナルのサバ料理だから、あずサバ、ははは。そうか、あずサバか、うーん。君、サバは好きかい? そうか好きか、そりゃ、残念だったね。

そう、森沢さん、料理好きなの。そりゃよかった。男にとって、結婚とは、まず、食い物だからね。そう、ちょっと意外だな、森沢さん、料理作るんだ。もう、作ってもらった? 肉ジャガとか? 

ウチのに? それはどうかなあ。料理学校に通っているんだろ? それでいいじゃない、わざわざ、君のところは板橋だろ。所沢まで来るこたない。いや、遠いしさ。まあ、食べてみてからさ、そういうことはいったほうがいいんじゃないかな、あずサバ。

おっ、焼酎きたね。ロックにする? いいから、いいから、つくるのは最初だけ。あとはめいめいでね。ほら、来た、あずサバ。早かったね。ありがとう。うん、豆板醤ソースだろ、わかってる。僕が教えるから。いいよ、ここは。

はい、これがあずサバ。びっくりした? えーとね、蒸してるのね。さばを蒸すと、こんなヌメーッとした青色になるのね。で、この皮をこうめくるとね、茶色いブヨブヨした身が出てくると、もうね、とてもサバとは思えないだろ。でさ、こう身をほぐしてね、豆板醤ソースにつけて食べるの。

あ、辛くはないよ。豆板醤と醤油に胡麻油に山葵が混ぜてある。どう? よく食べたねえ、無理しなくていいよ。僕もね、あずサバじゃなければいいがなあと思ってたんだが、ははは。悪かったね。サバを蒸して、油脂を抜くと、こんな味になるんだねえ。なんか、箸で押すと、ジュクジュクしているところが、ちょっとね、ねえ。

えっ、微妙な味? わはは、それをいうなら、奇妙な味だろ、わはは。でさ、このソースが、豆板醤ソースがまた、どうして山葵を入れるんだろ? もう、わけわかんないよね。ただ、焼いてね、黒く焦げた皮へ醤油をじゅっとかけてさ、食ったらね、もうどれだけ美味いかってね。

やっぱり、ビールがいいんじゃない? 口の中洗いたいだろ。そのコップでいいだろ。いいって、君しか口付けてないんだから。でさ、結婚するっていうのはだね、こういうことなんだよ。味覚の違いってのはあるからさ。俺もね、新婚のとき、ちょっとゾッとした覚えがあってね。

あっ、ミーちゃん、ミーちゃん、よしなさい、毛が付くからね。こっちおいで、ミーちゃんも、あずサバ食べるかい? ほらね、ウンチした後始末みたいに、砂かける真似するだろ、ははは。青魚は食べないからね。サンマくわえて逃げるってマンガがあるけど、ありゃ、嘘だね。

森沢さんは、どうなの。へえ、パスタが得意なの。カルボナーラ? ふーん。でさ、やっぱり、森沢さん、うちのに料理習わせに来させる? わはは、僕はいいよ、あずさも喜ぶしさ、ははは。

いや、あずサバはほんの一部さ。あずさしというのもある。刺身だがね、ただの刺身じゃない。おいおい、そう目を丸くするなよ、ただのカルパッチョだよ、オリーブ油に漬かってるの、レモンかけてね、パセリの刻んだのを乗せて、召し上がれってね。うん、悪くないよ、ただね。刺身がマグロなんだ、ふつう、白身だよね。醤油かけようとすると、怒られる、味が台無しになるって、ははは、味が台無しだって、わはは。

あずサーモンというのもある。これはね、これはね、見かけはね、サーモンのクリームソースがけみたいなのね、やったと思った、嬉しかったね、ビール探したね、鼻歌が出たね。でもね、やっぱりホイルで蒸し焼きしてあって、ソースがね、これが酒粕ベースなの。そう三平汁だな。

いやいやいや、三平汁を煮詰めただけなら、いいんだがね、やっぱりクリームソースだから、ミルクやバターも入っているわけね。舌触りも滑らかなようで滑らかではないような、どんな味だか舌先で転がしても正体がわからないという。これにあずサワーっていうドクダミ茶をブレンドしたカクテルを飲んでると、しみじみ単身赴任したくなってね、わはは。

でもさ、課を放り出して、よそへ行くわけにもいかないだろ。うそうそ、冗談だよ。いまさらね、この年になって、単身赴任もないでしょ。だいいち、受け入れ先がないよ、わはは。ま、7%で睨まれてるからね、12%はともかく、7%を上回らなくちゃ、もしかすると、地方の子会社行きかもね、あずさ2号で、わはは。

でさ、森口さんと味覚の違いはない? 大丈夫? まだ、わからないか。そうなんだよ、彼、この秋に結婚するらしい。でね、相手は森口さんっていってね、企画開発部にいるんだが、いい娘でね、花嫁修行中でね。あずさ、お前にさ、料理習わしたいんだそうだ、どうかね、週に一度くらい。遠慮するな、君。あずサバにあずさし、あずサーモン、あずサワー、みんな教えてあげなさい。迷惑なんてあるもんか。仲人だって勘弁してもらったくらいだから、何かお役に立たなくちゃね。

えっ、あずさこ、つくってるの? ほお、そりゃ、ぜひ、食べてもらわなくちゃ、わははははは。あずさこってのはね、あずサバの10倍は美味い! ははは。うそうそ、冗談だよ。本気にしなさんなって。3倍くらいだよ、ははは。うん、あれは時間がかかる。やはり蒸すからね。ほら、あずサバ、片づけなくちゃ。もう少し食べてね。僕も食べるから。

新婚生活はいいよね、うん、もうすぐだね、君らも。冗談だっていったけどさ、一度くらい、森口さん、こさせなさいよ。さっき、いっちゃったし。なに、形だけでいいんだ。あずさしならいいんじゃないかな。もう、あずさし教えてくださいって、リクエストしてね。

ああ、新婚のときの話ね。うんうん、あれは驚いた。接待ゴルフでね、日曜の朝早く、飯能ゴルフクラブまで出かけてさ。ハーフ廻ったら腹が渋りだして、冷や汗が出るものだからさ、途中で失敬して、3時頃帰ったわけね。そしたら、見ちゃったわけね。 

君さ、熱いごはんにバター溶かして食べる? 食べない。そうだよね、あれ、僕も苦手だなあ。どう考えてもミスマッチでしょ、熱々のごはんにバターは。でも、油ギトギトのチャーハンは旨いんだよね、フライドライスってくらいだから、カロリー気にして油を少なめにすると、旨くない。

うん、帰ってみるとね、ダイニングテーブルに顔を伏せていてね、あずさ。オイッて声をかけたら、顔を上げてね、こちらを見たのね。びっくりしたね、口の周りが茶色いの。僕ね、茶色い髭を生やした、別人かと思った。なんで、見知らぬ他人がいるのか、お客かと思ったりして、でもそんなわけはないし、あずさ?って聞いたら、笑ったのね、茶色い髭が。

それで、あなた、早かったのね、おまえ、何してるの、おやつ食べてるの、って嬉しそうでね。その口はっていうと、ああこれって笑ってね、これっていう。丼のそばに、森永ミルクココアの缶があった。熱々のごはんに、ココアの粉を山盛りかけて、スプーンで掻き込んでるの、それで口の周りが茶色かったわけだ。

こんな話、聞いたことない? ある男が美人で気だてがよくて働き者で、おまけに食が細い嫁をもらったと。ところが、米の減りが早過ぎる。ある夜、ふと目覚めた男が台所をのぞくと、嫁が、後頭部の髪をかき分けたもうひとつの口で、お櫃のご飯を貪り食っていた、という話。それを思い出して、ちょっとゾッとしたね、あれには。

後で聞いたら、子どもの頃から、おやつに食べていたんだって、ココアごはん。ま、ここだけの話、そんな風には見えないだろうけど、あずさの家はひどく貧乏でねえ。森口さんところは、あのへんの土地持ちだってね。あ、森沢さんか、失敬失敬。

でも、新婚時代はいいよねえ。二人で長野へ旅行したときも、ちょっと驚いたねえ。盆にね、一泊二日で温泉に行こうっていうんだ、知っている宿があるからって。で、駅からバスに乗って降りるだろ、目の前に旅館らしい建物があって、こう立派な冠木門っていうの? その奥に石灯籠が見えて、玄関まで飛び石が続いているみたいなの。

そっちへ行こうとすると、あずさが袖を引っ張って、こっちこっちってね、ほかに旅館らしき建物はないのにね。なんか潰れた古い雑貨屋みたいな、屋根が傾いたようなボロ家に連れてくの。中は暗いのに灯りも点いてない。廃屋にしか見えないのね、あずさ、そこに入っていくじゃない。

すると、汚い婆さんが出てきてね。前掛けなんか、汚れて黒ずんでるの。何か、モゴモゴいって、部屋に通されたわけ。ま、外見がね、まるで座頭市が泊まるような家だからね、部屋も推して知るべしだがね。簡単にいうと、衣紋かけってあるだろ、服かけるために、旅館には、浴衣に着替えるから。ハンガーか、そうだね。あれが、針金のだった、ほら、クリーニング屋のやつ。ここは飯場だといわれても僕は頷いたね、ココアごはん食べるやつだからね、ははは。

いや、それが飯はけっこういけたんだよ、意外なことに。山菜尽くしでね、見場はわるいが、珍しいものだった。こちらが知らないだけかもしれないがね。イナゴの佃煮も出たな。温泉はね、最初に見つけた旅館に貰い湯にいった。

あずさはね、お料理おいしかったね、温泉広かったね、穴場でしょって、ご機嫌でね。まあ、家庭サービスなんだから、カミさんが喜んでりゃ、僕はなんでもいいんだがね。宿の値段聞いて、ちょっと怒ったね。8千円だというんだからね、一人。二人でか? と思わず聞き返したね。

あれだけの山菜料理食べれて、8千円なら安いって、あずさはむくれてるのね。30種の山菜ったって、婆さんがそこらで摘んできた野草でしょ、ようするに。部屋は飯場、風呂は貰い湯、人件費は婆さん一人、原価1千円ってとこでしょ。

でも、すごいね、8千円ということは8倍だよ。うちなんて、12%売り上げ増しても、利益率は2.5%しか上がらないのにね。だからね、7%じゃ、話にならんわけね。君らは5%とか脳天気なことをいったけれど、僕はね、せめて9%は出したかったね、もういっても愚痴になるけどね。

ほいほい、やっときたね。あずさこのソースはね、ブルーベリーソースなのね、はい、わかってますよ、たんと召し上がれ、でしょ。ほら、君、これがあずさこだ、わははははははは。



暑中御見舞い申し上げます

2010-07-21 18:15:00 | ノンジャンル
そう筆書したハガキをもらわなくなって久しい。もらっていたときも、友人・知人からはごく少なくて、せいぜい、歯医者や床屋、馴染みのレンタルビデオ店が寄越すくらいだった。こちらから出さないから当たり前だが、こう連日猛暑が続くと、たしかに見舞ったり、見舞われたりする猛暑だわい、と首タオルで汗を拭い、清涼を検索してみた。

ふくしまの水三十選「達沢不動滝」だそうです(福島県猪苗代町)



喫煙は、あなたにとって

2010-07-19 00:56:00 | ノンジャンル


勝新の映画「座頭市」には、いくつも見どころがあって楽しい。市が徳利から杯に酒を注ぐとき、トクトクという音で杯が満たされたのを察してピタッと傾きを止め、見物人を感心させる場面は有名だが、煙草を吸う場面も秀逸だ。敵方のヤクザの家へ乗り込み、固唾を呑んで取り囲む子分どもを気にもかけず、板の間に腰かけて脚を組む。おもむろに煙草入れから煙管を取り出し、煙草を詰め、吸い口に火を付け、スパスパ吹かす、ポンポンと灰を捨てる。そのメリハリをつけた手指と道具の動き、落語家の名人上手のそれのように、小気味よい流れだった。



「嫌な渡世だなあ」と座頭市のように呻きたくなるほど、いまどきの喫煙者は市の十分の一くらいの蔑みを蒙っているのに、美味くて面白いタバコが出た。MARLBORO ICE BLASTである。フィルターの上半分に直径5mmくらいの円があり、その中心に薄いグリーンのボールが描かれ、「ICE BALL」と書いてある。この「ICE BALL」という緑玉を親指で押し潰すと、プチッと蚤を潰したときのような音がする(猫の蚤取りをした人にはわかるはずだが、同じ音と感触である)。そして火を付け、ひと吸いしてみると、フリスクを噛み砕いたときのような、メンソールの香りとスーハー感が、口蓋中に一気に広がるのである。一瞬、タバコを吸っている気がしない。

潰してから吸いはじめなくても、吸っている途中で、プチッと潰してもいいのである。一本のタバコを吸い終わるまで、およそ10回は吸うのであるが、3回くらいまでが味わいで、3回以降は惰性で吸っている場合が多い。5回目くらい、タバコが半分に減ったときに、「ICE BALL」をプチッとやると、口中と喉をメンソールで洗ったように、紫煙の新鮮な味わいが戻るのである。ただし、難点はある。かなり指先に力を込めないと、プチッにならない(猫の蚤取りと同様に、指の腹で押さえ、爪先で潰すのであるが)。暗闇の場合、ライターの火かなにかで、目印の「ICE BALL」を探す手間もかかる。やがて吸い慣れれば、やはり猫の蚤取りと同様に、見もせずに指先だけで蚤を探し当てるように、「ICE BALL」を見つけることができるだろう。



吸いながら、このタバコはもしかすると、クラックからヒントを得たのではないかと思った。そして、「ICE BALL」にヘロインやコカインを仕込んで、麻薬を合法化したらどうかと夢想した。実際に、麻薬中毒患者の治療の一方法として、医師が麻薬を処方しながら、徐々に摂取を減らしていくという治療もあるようだ。「ICE BALL」の技術を活用して、より「安全」で「清潔」な麻薬を、国家がかつてのタバコのように製造販売したら、いまよりずっと「安全」な社会になるのではないかと思えるくらい、南北アメリカの「麻薬戦争」は深刻で絶望的らしい。



最近、『犬の力』(ドン・ウィンズロウ 角川文庫)というメキシコの麻薬戦争を扱った凄惨な小説を読んだ。麻薬の生産では、コロンビアが有名だが、メキシコの麻薬王はいちはやく生産を止めて、最大の消費国アメリカと国境を接するという地政学的な優位性を活かし、麻薬流通だけを請け負うことで市場を制するという物語だった(アメリカとメキシコの国境は約3,000kmにわたり地続き)。覇権や首領の交代を狙って麻薬組織同士が殺し合い、警察と麻薬組織が殺し合い、殺戮と拷問など残酷描写のオンパレードで進んでいくのだが、娯楽小説だから誇張されていると思いきや、メキシコの現在は小説をはるかに凌駕しているようだ。小説中で殺されたのは100人には達しなかったが、メキシコでは、麻薬戦争によって、この一年間に7000人が殺されているというから驚きだ。

タバコのパッケージには、「喫煙は、あなたにとって肺気腫を悪化させる危険性を高めます」という注意書きが書いてあるのだが、以前は、「肺ガンの恐れ」ではなかったのか? いかに読んでないかという証明みたいなものだな。

(敬称略)




水木系と山科系

2010-07-16 19:10:00 | ノンジャンル
今日の仕事は暑かった! そういいたくなる7月16日、金曜日の東京であった。体感温度は40度近くに思えた。一年中で、土用の丑の日以外は寒い、とされる猫さえも、出かけるときと同じく、玄関のタイルに寝そべったまま、俺を迎えたほどだ。週間天気予報によれば、来週は35度平均だそうな。



「おい、ゲゲゲ」と入ってくる親友・浦木(杉浦太陽)が、ねずみ男であることに、今日、ようやく気がついた。そういえば、ニヤニヤ笑いを浮かべて下から見上げる流し目など、意識的に似せているようだ。亡くなった井上ひさしは、水木しげるマンガに登場する「フーヒー」と鼻息を洩らす、二等兵や平社員にそっくりだったが、最近では、サッカー日本代表の岡田武史監督を上げるべきだろう。



政界のねずみ男といえば、誰でも舛添要一を思い浮かべるだろうが、金丸信の子泣きジジイと同じく、あまりにそのままなのでかえって興が乗らないものだ。みんながこれからの子泣きジジイを期待しているのは、たぶん輿石東だろうが、水木と同様に旧世代の顔だから、水木系はこれから人材が払底していくのはしかたがない。



はじめて石破茂の顔をTVで観たときの衝撃は、まだ記憶に新しい。山科けいすけマンガの登場人物にあまりにもそっくりなので、人面魚が笑ったくらいギョッとしたものだ。山科けいすけマンガから飛び出したようといえば、金ジュニアも忘れがたいし、ホリエモン村上世彰もモデル料を請求できるくらいだ。水木系と比べれば、一目瞭然、のっぺり面が多く、日本人の顔も変わったのがよくわかる。若い枝野幸男原口一博なども、明らかに山科系だろう。




では、小沢一郎はどちらだろうか? 世代としては、水木系だろうが、ちょっと違う気もする。顔に愛嬌がなさ過ぎる。喪黒福造を宛てたこともあったが、体形しか似ていない。よく観察すると、短い手足でチョコチョコ歩くところや、ひきつった作り笑いにほのかな愛嬌はうかがえるのだが。やはり、別格として、ダースベーダーとしたい。「ゲゲッ!」と驚く向きもあろうが、ダースベーダーが日本人だったら、小沢一郎なのである。これは譲れない。



(敬称略)

男と女の不適切な真実

2010-07-15 03:22:00 | ダイアローグ
「やる気あんのか、てめえ」
「いきなり、なに怒ってんのよ」
「その格好だよ」
「おかしい? 似合ってない? ブラウスの色、合わない? そうならいって」
「おかしかねえよ、別に」
「そう、よかった。じゃ、なにが気に入らないのよ」
「そのジーパンだよ」
「ジーパンだって。ジーンズでしょ」
「うるせえな、おれは、おめえが、おしゃぶりくわえてた頃から、リーバイスの501とかはいてたんだ。ジーパンでいいんだよ」
「はいはい、そのジーパンのなにがいけないのよ。女の格好にケチつけるなんて、意外な人ね」
「その、人ねってのはなんだ。目の前にいるのに、どこかよそにいるみたいにいうな。そのうち、私って人は、とかいいやがるんだろ。てめえ、なに様だ」
「いちいちからむのね。いいわよ、なにが気に入らないかわからないけど、ご機嫌が悪いなら、今日はなしにして帰ってもいいのよ」
「ははあ、やっぱりそういうことか。はなからその気はなかったってえわけだ」
「なにがやっぱりよ。さっぱり、話が見えないんですけどね」
「てめ、この、澄ましやがって、見えるも見えねえもねえ、おれは見たとおりをいってるんだ」
「だから、なにをいってるのよ、なにが見えたのよ。じれったい人ね、さっさといえばいいじゃない」
「人ねって、また人っていったな。あ、じれったい人はいいのか」
「なに、空見上げてんのよ、頭よくないのに、考えたってむだじゃない。それより、あたしに、なにかいいたいんでしょ?」
「おめえ、おれをバカにしてんのか?」
「いいえ、バカにはしてません、バカだと思ってるけど。せっかく、はじめてのデートらしいデートだっていうのに、ブスってしてるから心配させてさ、いいがかりつけてさ、精いっぱいのおしゃれしてきたのに、あたしのなにが気に入らないのよよ」
「あ、泣いてんのか、ったく。たしかに、おめえと二人で出かけるのは、今日がはじめてみてえなもんだ。だからよ、ジーパンはねえだろって、そういってるんだ」
「だからあ、ジーンズのどこがいけないのよお」
「いけねえよ、全然、いけねえよ。色気もへったくれもねえじゃねえか」
「誰がへちゃむくれだって!」
「へちゃじゃねえ、へったくれって」
「あんたこそ、靴の底みたいな顔をしているくせに、よくもまあ、あたしのことをへちゃっていってくれたわね!」
「くっ、靴の底みたいな顔ってなんだ。靴の底って! そんなことはじめていわれた。おれの顔は靴の底みたいなのか」
「色気がなくてわるかったわね。どうせ、そうでしょうよ。もっと、色気があって、若くてピチピチしたのがいいんでしょ。そんなら、そっちへ行けばいいじゃない。ニタニタして手でも振れば、靴底と靴べらだわね」
「ちょっと待て、とりあえず、顔のことは横におこう。それから、若くてピチピチの肌のことも、いまはなしだ」
「ピチピチの肌なんて、あたしはいってない! あたしの顔をへちゃといったうえに、肌も張りがないとか、おばさん扱いするわけ? え、ちょっとあんた、本気でいってるの!」
「おれはそんなこといってねえぞ、一言もいってねえ!」
「いった」
「いってねえったら」
「絶対、いった」
「うるせえ口だな」
プハーッ
「な、なにすんのよ、こんな人通りで、他人が見てるじゃない! ほんとになに考えているのよ、あんたって人は!」
「これはなんだ?」
「なんだって?」
「これは右手だよ、靴べらじゃねえぞ。おめえにキスしてるとき、この右手はどうするんだ?」
「・・・」
「な、そんなジーパンじゃ、どこにも入れないだろ? 触れないだろ?」
「まあだ、わからねえか。じゃ、もう一度」
「もういい、わかったから バカ 」
「わかりゃいいんだ」
「お化粧なおしてくる」
「うん」


男と女の不都合な真実