コタツ評論

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私が恋して別れたのは

2002-09-24 23:15:00 | ダイアローグ
悪戯っぽい茶色の瞳にまいった
からじゃない
意地悪で皮肉屋のくせにすぐに眼を丸くする
からじゃない
ぞんざいなお前呼ばわりするかと思えば
意外なときに丁寧な言葉遣いをする
からじゃない
私が中座して電話に立ったときに見た後ろ姿の肩が
寂しそうにかしいでいた
からじゃない
熱心に持論を展開してふと気づき
どうでもいい話だがと照れる
からじゃない
女子どもとバカにするくせに女子どもに優しい
からじゃない
階段を必ず2段ずつ上がるアキレス腱が逞しい
からじゃない
カクテルのオリーブをどうしたものか考え込んだ
からじゃない
食べるのが遅い私の皿の進み具合をたしかめながら
食べるのが早い自分のフォークを置く
からじゃない
間が持たなくて私の水を飲んだから

私が彼と別れたのは
会っているときも他の考え事に沈む
からじゃない
長い話し中だったのにかけ直したら電源を切っていた
からじゃない
2人で行ったことのない場所の話をしはじめて
それに気づいてあわてて話を変えた
からじゃない
メールの返事が短くなった
からじゃない
テーブルの下で貧乏揺すりするようになった
からじゃない
お風呂に入ったときに腰から下しか浸さなくなった
からじゃない
コーヒーしか飲まなかったのに紅茶を飲むようになった
からじゃない
注文を間違えたウエイトレスに嫌みを云うようになった
からじゃない
料理を褒めるよりけなすことが多くなった
からじゃない
目立ってきた下腹を気にするようになった
からじゃない
私とキスしたあと歯を磨いた
からじゃない

(9/24/02)


私は腰高く自転車のペダルを踏みつけた

2002-09-23 23:18:00 | ダイアローグ
団地前の植え込みから
叱りつけるように私を呼び止めた声の主は
細い首を伸ばし明かぬ眼をめぐらせて
私の手指が近づく気配を察知した
マッチ軸ほどの四肢なのに
すでに半透明の爪が伸び
私の手からもがき逃げようとする
拝顔の栄に浴した後吹き出すのを噛みこらえ
Tシャツの裾にくるむ
命名の筆頭候補は孫悟空

家へ駆け戻り
哺乳瓶からミルクを与えると
無毛の腹がみるみる膨らんだ
寝床に敷いた古いマフラーの波に
躓き溺れるほど弱々しくとも
私を探し求めるこの新しい重荷

その溜息は明らかに私の不実をなじっていて
肘上のたぷたぷした円周をなぞる
私の中指に感応したからではなかった
ノースリーブの肩口からはみ出した
ブラジャーの紐を弄びながら
「なぜそんなに私の顔色を窺うの?」という質問
期待された答えではないことに
言う前から気がついていた

みすぼらしい野良猫の仔と見くびられぬよう
ゴディバの空箱に入れてきた軽躁は裏切られ
獣医の診断は無惨なものだった
肛門上の傷口には蛆が産みつけられ
肛門括約筋を深く侵食していた
赤黒い穿孔から数十匹の蛆が
ピンセットによってつまみ出された
「お飼いになられますか?」と獣医
期待された答えではないことには
言う前から気がついていた
手術にも抗生物質にも耐えられぬ
このちっぽけな命が
たとえ運よく助かったとしても
垂れ流しの一生だと最前に彼は保証したのだから

伏せた睫にかかるしょっぱい滴を舐め取り
女の耳朶から首筋に口づけた
シンメトリックな笑顔はやがて片歪み
まっすぐ正面から私を見つめる瞳は
いつか所在なげに迷うようになるだろう
血肉はやがて冷える
遅かれ早かれ

肛門が血に汚れていたのは知っていた
眼も見えぬまま植え込みを這いずり回り
傷つけたのだろうが少し出血が多すぎた
盆休みにも診てくれる獣医をようやく見つけ
自転車の籠へ孫悟空を入れ
私は腰高く自転車のペダルを踏みつけた
お前はそのうち眼をいっぱいに見開くだろう
あの見事に咲き誇る百日紅の鮮紅色や
青空を分かつ飛行機雲を仰ぎ見て
孫悟空よ
お前の瞳は
そのとき何色に光っているだろう

(9/3/23)

恋は愚かというけれど

2002-09-03 23:24:39 | ダイアローグ
お前はいつものように前脚を叩き
オウッオウッと鳴きながら
俺の前へ進み出る
一心に俺を見つめる黒濡れた瞳に
視線を合わせ人差し指を立てる

グル~リ 右へ ウネ~リ 左へ
掬っては高く上げるビーチボール
西日の陰差す寂れたマリンランド
工事現場の足場パイプを組んだ舞台
ギシギシ軋む板床に割れたスピーカー

白黒まだらの肌を晒したお前と
菜っ葉服に長靴の俺
お前は大胆に俺は控えめに
寄り添い離れる影のダンス
懸命な演技に報いるには
残り少ないバケツの鰯

さあ クライマックスだ!
俺はいつものように指を鳴らす
俺を押し倒しお前がのしかかる
観客のどよめきと一瞬後の爆笑
いつものように照れ笑いを浮かべる俺に
お前は瞳を輝かせて囁いた
「愛しています」

俺の人魚は
俺の身体の上で何度も跳ね上がり
何度も俺を押し潰して歓喜した
俺は血泡に咽せながら
本当の照れ笑いを浮かべて
言った
「俺もだよ」

(9/3/02)