
アントニオ猪木の生涯の名勝負と言われる“人間風車”ビル・ロビンソンとのNWF世界ヘビー級選手権。
蔵前国技館で行われたこの試合は1対1から時間切れ引き分けとなり、ロビンソンは日本人レスラーに2フォール負け無しの最強神話を守りました。
ところが、その後ロビンソンはアッサリとジャイアント馬場率いる全日本プロレスに引き抜かれ、今度は馬場のPWFヘビー王座にロビンソンが挑む決戦が同じく蔵前国技館で行われました。
「まさか・・・」猪木信者の不吉な予感は的中し、馬場はバックドロップとジャンピングネックブリーカーでそれぞれ2ピンフォールをロビンソンから奪い、日本人レスラーで初めてロビンソンから2フォールを奪った最初の栄誉を勝ち取りました。
「最強と言われ、猪木でも勝てなかったロビンソンから馬場は2フォール奪って勝った。だから猪木よりも馬場の方が強い」。
この三段階的比較論法には、当時の猪木信者は心底激怒し悔しがっていました。逆に言えば、そうまでして馬場さんは自分の方が猪木よりも格上なんだ、と世間に証明したかったんでしょう。
ただ馬場さんにとっては、ここからビル・ロビンソンに出来た“大きな借り”を返す長い道程が始まったのでした。
まず馬場さんは国際プロレスから移籍して来たキラー・トーアカマタに40回防衛目前だったPWF王座を奪われます。これはPWFルールによる反則負けでの王座移動で、実質馬場さんには殆どイメージダウンが無い事と、国際の吉原社長が「元国際のトップ外人のカマタが馬場君からタイトルを奪った事で国際のイメージアップになった」と大変喜び、国際に恩を売る事が出来たと、まさに一石二鳥の王座転落でした。
で、ここで馬場さんに2フォールを“献上”しているビル・ロビンソンが登場します。究極の善玉×悪玉対決となったカマタvsロビンソン戦は、ロビンソンが必殺のワンハンド・バックブリーカーでカマタを撃破!新PWF王者となります。ここで馬場さんはまず一つロビンソンに“借り”を返しました。
ロビンソンは直ぐにアブドラ・ザ・ブッチャーにPWF王座を奪われますが、これも膝を負傷したロビンソンが戦闘不能になった事での敗戦で、完全なフォール負けではないロビンソンのイメージは殆ど落ちませんでした。
その後、馬場さんはブッチャーをシカゴまで追いかけPWF王座を奪回しますが、何故こんな回り諄い方法を取ってまでロビンソンにPWF王座を取らせたのか?それは全ては自分がロビンソンとの初対決に勝つ事で三段階的比較論法で自分が猪木より強い事を証明するためで、だからと言ってロビンソンに借りた“借り”を返すために馬場さんがロビンソンに直接負けては何の意味もない。
なのでカマタ→ロビンソン→ブッチャー→馬場さんといったタイトルの盥回しをする事で、ロビンソンをPWFヘビー王者に着かせたわけです。
しかし馬場さんのロビンソンに対する“借り”返済はまだ終わっていませんでした。今度は愛弟子のジャンボ鶴田の持つUNヘビー級王座(元々は日プロ時代に猪木が保持していたタイトル)をまたもロビンソンが死闘の果てに奪取します。
それもリターンマッチで鶴田vsロビンソン戦史上最も壮絶なフルタイムマッチの果てにロビンソンがUN王座を防衛し、ロビンソンはチャンピオンのまま帰国する、というまさに破格の待遇となりました。
結局、フロリダまでロビンソンを追いかけた鶴田が何とかロビンソンからタイトルを奪回(それもちゃんとブッチャーの乱入というロビンソンに対する同情票をセッティング)しますが、こうしてやっと馬場さんに2フォールを取られたロビンソンに対する馬場さんの“借り”返済は終わります。
何故ここまで長々と馬場さんとビル・ロビンソンの話を書いて来たか。それはジャイアント馬場というレスラーは約束した事や借りた“借り”はちゃんと返す男だ。馬場は信用できる男だ。との全米での信用はこのような労苦の積み重ねで築かれたと言いたかったからなんです。
逆に言えば、対戦相手に対してはある意味非情に徹し、時に切り捨てる事もあったアントニオ猪木からはビル・ロビンソンだけでなく、スタン・ハンセン、タイガー・ジェット・シン、ハルク・ホーガン、長州力、前田日明など次々と好敵手や愛弟子が去っていきました。
「リングの上は闘いなんだ。敵である相手に情けは要らない!」との猪木の心情もレスラーとしては一理あるからも知れません。
ただ新日から全日に移籍後、そのまま晩年までの殆どを全日で過ごしたロビンソンの姿を見てみると、どのような業界でも如何に人間同士の信頼関係が大切かを改めて思い知らされる思いです。
最後に写真でロビンソンが馬場さんにサイド・スープレックスをかけようと必死の表情を見せていますが、最後までロビンソンの面倒を見た馬場さんも、ロビンソンの代名詞であるダブルアーム・スープレックスだけはロビンソンに最後まで1度もかけさせませんでした。
それは同じダブルアーム・スープレックスの使い手であるドリー・ファンクJrやジャック・ブリスコにはこの技で何度も投げられる事を許した馬場さんの“人間風車”に対する最後の意地だったのかも知れません。
Giant Baba vs Bill Robinson.Baba was only Japanese wrestler who got 2 falls from unbeatable Robinson.