超級龍熱

香港功夫映画と共に

馬場から巣立ち、猪木と交錯し、最後は馬場の許に舞い戻った“知的な反逆児”ブルーザー・ブロディ!

2021-04-18 18:24:38 | 龍熱の昭和プロレス放談

36年前の今日はアントニオ猪木とブルーザー・ブロディが初対決した日ですね。
猪木さんの「ブロディを引き抜きたいんだけど馬場さん怒るかな」の一言で始まった“ブロディ革命 in 新日本プロレス”ですが、それはトラブルの連続でした。
ただ私はその数々のトラブルはブロディと新日が合わなかったからではなく、ブロディは自分の価値観と合わない人物、自分が納得出来ない事柄に対して絶対に妥協しない人だったので、それは何時何処ででも起きたと思うのです。
で、猪木☓ブロディは噛み合ったか?私はそれなりに噛み合っていた、と思います。
ただ私の記憶に残る2人の試合が両国の初対決ではなく、大阪の60分フルタイムぐらいしかない理由。それは猪木☓ブロディを安っぽく連発し過ぎた、に尽きると思います。
最後に実は私は個人的にはジャイアント馬場☓ブロディが好きでした。
それはブロディが当時既に全盛期を過ぎた馬場さんに対して「ババ!お前はそんなもんじゃないだろ!もっとできるだろ!」とまるで叱咤激励するかのような厳しい攻めを見せ、それを馬場さんがムキになって受け、そこから反撃に転ずる“巨人たちの闘い”が大好きだったからです。
特に蔵前のPWFヘビー級選手権でブロディが馬場さんに放ったパイルドライバーは落とし方が危なかった。
馬場さんが受け身が上手い人だったから怪我をしませんでしたが、私はこの時「ブロディってガチでヤバい奴だな!」と冷や汗をかきました。でもブロディが馬場さんにこんなデンジャラスな攻めを見せるのも、結局は2人の間に長年の間に築かれたレスラー同士の信頼関係があったからだと思うのです。
それが証拠に馬場さんは新日と何度もトラぶり、最後は行き場所を失ったブロディを再び全日で受け入れました。恐らくこの時のブロディは彼の頑なな人生で初めて心からジャイアント馬場に感謝し頭を垂れたと思うのです。
生前のブロディはバーバラ夫人に嬉しそうにこう言っていたそうです。
「ババは俺の話をちゃんと聞いてくれるんだよ」。そう、彷徨い放浪した誇り高き“超獣”ブルーザー・ブロディの故郷こそ、長年自分が慣れ親しんだ全日本プロレスとジャイアント馬場だったんですね。

Bruiser Brody who fought two Japanese pro-wrestling legends.
Against Giant Baba and Antonio Inoki.

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43年前の感動と興奮!本日「ブルース・リー死亡遊戯」日本公開記念日!

2021-04-15 19:11:12 | 闘神伝説~李小龍

今から43年前の今日、帰宅した父が「二郎、日比谷の映画館でブルースリーの映画やってたからパンフレット買って来たぞ」と手渡してくれたのが「ブルース・リー死亡遊戯」(78)の劇場パンフレットだった。
今でもあの時のパンフレットを手にした瞬間のワクワク感は忘れられない。
勿論その「〜死亡遊戯」のパンフレットは今も大切に持っている。そしてこれからも。

「写真だけでしか見れなかったイエロートラックスーツを着たブルースリーが本当に動き出した!!」(日野康一さんの記事より)

そう、日本公開から43年経った今も、あのクライマックス11分間の感動と興奮に勝る衝撃、今だ無し!合言葉はBRUCE IS BACK!!

Today April 15th,almost 43 years passed since Game of Death theatrical released in Japan.

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李小龍☓倉田保昭運命の邂逅!「ドラゴン怒りの鉄拳」公開前夜異聞。

2021-04-15 09:16:43 | 闘神伝説~李小龍

リーさん「嗚呼〜!またNG!カマーン!💢」 

「ドラゴン怒りの鉄拳」(72)から、クライマックスの陳眞vs鈴木寛の決戦でヌンチャクアクションのNG(恐らく)を出して思わず天を仰ぐリーさんです。
このvs鈴木寛戦で使用した黒のヌンチャクはグリップの部分がテープで巻かれたラバー製だと思われ、主に撮影用に使用されたヌンチャクでした。
またこの「〜怒りの鉄拳」撮影中に日本から邵氏兄弟公司作品に出演するため香港に来ていた倉田保昭さんが 陳羅拔の紹介で嘉禾のスタジオ現場でリーさんと初対面しています。
倉田さんはリーさんと対面する前日にリーさんに何か記念のお土産を渡そうと考え、日本から持参した木製のヌンチャクを持参する事にしたそうです。
翌日、スタジオで倉田さんが待っていると陳眞用の中国服を着て、その服の前をはだけたリーさんがチャチャチャ〜♫と現れ、  倉田さんに向かって下から掬い上げるように握手の手を差し出すと

リーさん「ハ〜イ!ブルースリーだ!」

と2人は握手を交わしたそうです😊。
私は倉田さんからこのリーさんと倉田さんの初対面の余りに生々しい描写を初めてお聞きした時、思わず目の前でリーさんと倉田さんが握手を交わしている光景が浮かびそうになりました。それほどリアルなお話でした。ただこの時、倉田さんが持参した木製のヌンチャクはリーさんは手に取り盛んに廻したりはしましたが、実際にはプレゼントとして受け取ってはいないのではないでしょうか。
また同じくその場にいた「〜怒りの鉄拳」で武術指導を担当した韓英傑も倉田さんのヌンチャクを手にして興味深げに廻していたそうです。
その後「ドラゴン怒りの鉄拳」で陳眞のvs虹口道場用の秘密武器としてヌンチャクが大活躍した事を見ると、改めてこの李小龍と倉田保昭、2人の偉大なドラゴンの出会いは香港クンフー映画史に刻まれる歴史的な出会いだった事は間違いないでしょう。

Oh not again!! Bruce Lee made another NG take  at Fist of Fury shooting.

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「燃えよドラゴン」に絡み役で出演していた若き日の名武術指導家!

2021-04-13 07:27:03 | 闘神伝説~李小龍

「燃えよドラゴン」(73)から、クライマックスの大乱闘。右からリーさんに迫るのは絡み時代の元彬ですね。洪金寶や成龍と同じ“七小福”出身で、後に名武術指導家として活躍する人です。
龍熱は元彬の武術指導作品では「ドラゴンイン」(92)や「ワンチャイ天地覇王」(94)&「ワンチャイ天地撃壌」(95)がお気に入りです。
ただ元彬の構築する武打アクションは、袁和平の比較的分かりやすく華麗なアクションと比べると、リアルさを重視したオーソドックスなアクションなので、日本では余り評価されていない武師かも知れませんね。
そんな元彬がドニー兄貴主演「カンフージャングル」(14)で第34回香港電影金像奨の最優秀アクション設計賞を受賞したのは大変喜ばしい事だと思います。
ちなみに写真の左から3番目の戦闘員が徐忠信で、彼も「ラストヒーローインチャイナ」(93)で李連杰演じる黄飛鴻と激闘を繰り広げるなど、数多くの作品で名武打星&武師として活躍した人です。
これら若手武師たちを「燃えよドラゴン」の現場に招集したのが“七小福”1番の兄貴分の呉明才でした。
呉明才はワーナー撮影隊が本編の撮影終了後にリーさんが監督として追加撮影を行う事となった少林寺の森のシーンで李振強と問答するラオ少年役のキャスティングにも奔走し、最終的に3人のラオ少年役の候補者をリストアップする事となります。
最後にこの「燃えよドラゴン」の大乱闘には“七小福”からもう1人、元武も出演していて、劇中では大変印象的なシーンでリーさんと闘っています。それが何処のシーンかはまた次回お話したいと思います。

A young stuntman attacking Bruce Lee is Yuen Bun.He was from famous Seven Little Fortunes
and later became great action director.

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銃弾が私に叫ぶ!命を賭けろと!浜辺美波主演「賭ケグルイ/絶体絶命ロシアンルーレット」今月公開!

2021-04-09 10:33:04 | 作品レビュー

さて、昨日は都内某所で英勉監督、浜辺美波&藤井流星主演「賭ケグルイ/絶体絶命ロシアンルーレット」(21)を試写で観て来ました。

ご存知同名の大ヒット漫画を原作とした映画版第2作目の本作。今回もギャンブルの腕前で学園内のヒエラルキーが決定される私立百花王学園を舞台に情け無用!阿鼻叫喚!驚天動地!なギャンブル対決が繰り広げられます。

ただ作品の内容から、ここでストーリー展開に触れるのは完全なネタバレになりますし、本作に限ってはそれが著しく観賞の妨げになる事は明白なので、ここでは一切触れません。映画は主人公の美女学生蛇喰夢子(浜辺美波)と邪悪なギャンブル王視鬼神真玄(ジャニーズWESTの藤井流星。快演!)の2度に渡る壮絶なギャンブル合戦を中心に展開されます。

そこに生徒会長の桃喰綺羅莉(池田エライザ)が妖しく、そして凄味タップリに絡み、最後は実弾を使ったロシアンルーレットでの決着戦になります。とにかく視鬼神役の藤井流星がもう弾けまくった大快演で素晴らしい!本作は流星君抜きでは成立しないと言っても過言ではないスパーク振りです。そして主人公夢子役の浜辺美波も実に神秘的かつ堂々と華麗なる女ギャンブラーを演じ切っています。要するに本作の登場キャラたちはそのキャラが立ちまくっていて、既成の漫画原作映画に多々あった実写化での外れキャラが1人もいないわけです!

クライマックスのカードを使った「指名式ロシアンルーレット」の異様な緊迫感!そして過去からの因縁決着へと猛然と突っ走る怒濤の盛り上がりは半端じゃない!

この「賭ケグルイ/絶体絶命ロシアンルーレット」は今月29日からロードショー公開となります!!

 

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特別追悼寄稿:“和製ドラゴン”倉田保昭が語る「我が先輩、沢村忠」

2021-04-03 09:27:54 | その他

先日亡くなられた“キックの鬼”沢村忠さん。沢村さんはキックボクシングのレジェンドであったと同時に俳優として何本もの映画やTVドラマに出演されました。特に私たちドラゴン世代にとって“事件”だったのは“和製ドラゴン”倉田保昭主演「闘え!ドラゴン」(74)第21話で実現した倉田保昭vs沢村忠でした。まさにこれこそ当時のドラゴン少年たちにとって“夢の対決”だったんです。

そして先週、私は倉田さんにご連絡しまして「闘え!ドラゴン」の沢村さんの思い出をお聞かせ下さい、と倉田さんに思い切ってお願いして見ました。すると何と!倉田さんからご覧の熱い、心を込めた、そして深い悲しみに満ちた沢村さんの思い出をご寄稿頂きました!!大変光栄であると同時に厳粛な思いで一杯です。それではお読み下さい。“ドラゴン”不知火竜馬からシャドウ最強の戦士“木枯らし”への追悼のメッセージです・・!

 

沢村先輩がお亡くなりになられたとの事、さびしい限りです。

今から50年以上前、『キックの王様』として、日本中を沸かせた

我が大学の先輩、尊敬しておりました。

そして私が香港から帰国し、テレビ『闘え!ドラゴン』に、

あの沢村さんがゲスト出演して下さるとの事、

初対面の日は、緊張と期待でお迎えしました。

マネージャーと二人きりでいらっしゃり、

私にがっちりと握手して「よろしく。」と言って下さったのを、まだしっかり記憶しております。

驕った所が少しもなく、静かに出番を待っている沢村さんが印象的でした。

未だ現役のキックボクサーとのアクションシーンは、私にとって憧れの時でした。

多分、後輩の私にやさしく斗ってくれたのでしょう。

嬉しかったし、また先輩と共演して、光栄でもありました、

撮影の終わりに『カフスボタン』をプレゼントして頂きました。

最後に「ありがとう。」と、おっしゃって下さった時は、

体中の血が騒ぐのを感じた程です。

その後、格闘技界から引退され、長くどうしていらっしゃるか不明の時も、

沢村さんに憧れてキックボクサーになった藤原敏男さんとも、

よく『噂』しておりました。

今日、藤原さんにもメールしました。

やはり、さびしいとおっしゃっておられました。

沢村先輩。

どうか安らかにお休み下さい。

有難うございました。

今、先輩から頂いたカフスを握りしめております。倉田保昭。

 

今から27年前、私が倉田保昭さんに初めてインタビューさせて頂いた時も「闘え!ドラゴン」に沢村さんがゲスト出演された時の思い出をお訊きしています。でも今回倉田さんが明かして下さった沢村さんのエピソードは私も初めて知る貴重かつ愛すべき“キックの鬼”の素顔でした。

繰り返しになりますが、日本が誇る香港クンフー映画のレジェンドである倉田保昭さんがこうして日本大学の先輩である沢村さんへの追悼の想いを「超級龍熱」に寄稿して下さった事、これは本当に本当に光栄な事です。倉田さんからは文中で触れられています沢村さんから贈られたカフスボタンの写真もご提供頂いていますので、機会を見てご紹介したいと思います。

最後になりましたが、倉田さん、沢村忠さんへの親愛に満ちた追悼文をご寄稿頂き、本当にありがとうございました。改めまして深く感謝致します。

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“キックの鬼”沢村忠さん死去。

2021-04-01 20:05:33 | ニュース

僕らの世代はジャイアント馬場、王貞治、沢村忠がスポーツの3大ヒーローだった。アニメ「キックの鬼」(70)を夢中で見ていた僕は実際に沢村さんの真空飛び膝蹴りを初めて見た時、一瞬の合わせ技からの顔面膝蹴りである事に衝撃を受けた。全身から強さが滲み出ている人だった。

沢村さんは映画も「ごろつき」(68)、「極悪拳法」(74)、そしてTV「闘え!ドラゴン」(74)と何本も出てたし歌も上手かった。当時のチビッ子はみんな「キックの鬼」の主題歌が歌えた。
いくぞゴングだ♫飛び出せファイト♫今だチャンスだ♫真空飛び膝蹴り♫キックキック♫キックの鬼だ♫

https://youtu.be/9u7fepyjVFk

これがエイプリルフールのジョークだったらどんなに良かったか。でも本当なんだ・・。
僕の昭和のヒーローがまた1人逝きました。合掌。

https://news.yahoo.co.jp/articles/b562d58a648145dbf7d8ab4f61dea10aa451e26c

Japanese kickboxing legend Tadashi Sawamura passed away.

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いま起動する“逆襲のマフティー”! 富野由悠季原作「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」来月公開!

2021-04-01 13:50:54 | 作品レビュー

さて、昨日は都内某所で富野由悠季原作、村瀬修功監督によるアニメ作品「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」(21)を試写で観て来ました。※以下、若干ネタバレありなのでネタバレが嫌な方はご注意下さい。

あの“シャアの反乱”から12年。腐敗した地球連邦政府は強制的に民間人を宇宙に連行する非人道的な“人間狩り”を行っていた。それに連邦政府高官を暗殺するという強硬な手段で抵抗を続けているのがあのブライト・ノアの実息ハサウェイ・ノア率いる反地球連邦政府組織「マフティー」であった。

ハサウェイは政府要人たちが乗る旅客機のハイジャック事件に遭遇した際、謎の美女ギギ・アンダルシア、さらには地球連邦軍大佐ケネス・スレッグと出会う。だがそこからハサウェイは否応なく連邦軍と「マフティー」の熾烈な闘争にその身を委ねていく事となるのだった・・!

まず映画の冒頭オープニングクレジット前、約15分間に渡って繰り広げられる息詰まるハイジャックのシーンから、今回のアニメーション製作を担当する「UC Next 0100」が描くアメリカアニメを彷彿させるような滑らかかつリアルな登場キャラクターに魅了されました。また私のような「ガンダム」門外漢でもスンナリとストーリーに入っていける娯楽性溢れるドラマ展開や魅力的な登場キャラたちに感嘆。いや単純に面白い!と実感出来るアニメです。

また「ガンダム」と言えば巨大モビルスーツですが、本作「閃光のハサウェイ」ではモビルスーツは映画の中盤とクライマックスぐらいしか登場しません。私はその斬新な設定も安易にモビルスーツの戦闘アクションに頼らない製作側の気概に拍手を贈りたいです。

ただし、クライマックス近くでハサウェイの前に対マフティー用大型モビルスーツ「ペネロペー」を駆る地球連邦軍キンバレー部隊所属のレーン・エイムが立ち塞がる辺りから異様な盛り上がりを見せていきます!

ハサウェイ「ガウマン!お前は盾なのか?それとも連邦に寝返ったのか!?」レーン「俺は大佐とは違う!こいつは解放する!さあ待ってやるのは情けではないぞ!このガンダムもどきめ!」

ここからRX-105ガンダムを駆るハサウェイ☓ペネロペーを駆るレーンの夜の海上を戦場とした壮絶なるモビルスーツバトルが火蓋を切る・・!!

アニメ化は不可能と言われた富野由悠季による小説「機動戦士ガンダム」3部作が30年の時を経て遂に劇場公開アニメーションとして登場!いま再び燃え上がる“逆襲のシャア”の遺産にして不屈の反体制精神!!

この「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」は来月5月7日からロードショー公開となります!!

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幻に終わった邵氏&日活合作スパイアクション「アジア秘密警察」国内リリース!

2021-03-31 10:22:38 | 邵氏兄弟電影黄金時代

邵氏兄弟公司と日活が合作した「アジア秘密警察」(67)。日本公開版は二谷英明が主演。香港公開版は王羽が主演でした。
そのため同じ役柄の2人が日本版&香港版でそれぞれ宍戸錠相手に同じシーンを演じたりしています。
この2つのバージョン違いについては、私が王羽本人にインタビューした際も訊いていて、王羽は「そうそう!「亜洲秘密警探」は香港版は俺が主演で、日本版はニタニヒデアキさんが主演だったな!」と二谷さんを日本語で発音していたのが印象的でした。
本作は台湾で昔に香港版がVHSで発売されていましたが、コレクターの間では長年レアなテープとして知られていました。
そして2000年に天映娯楽社から「亜洲秘密警探」DVDがリリースされ、さらに日本のキングレコードが「アジア秘密警察」として国内盤をリリースしようと準備に入りました。
実際当時、キングから私に「アジア〜」DVDのジャケ解説の原稿依頼がありました。
ところがすぐにキングは「アジア〜」の国内DVD発売を中止するに至りました。
その発売中止の理由に関しては、私もキングに細かい理由を訊いていないので分かりませんが、恐らくは日本側である日活との権利問題の兼ね合いではなかったか、と推察します。
逆に今だったら、改めて国内でブルーレイとして日本公開版「アジア秘密警察」をリリースし、映像特典で香港公開版「亜洲秘密警探」を収録し、副音声解説をヒロイン役の浅丘ルリ子さんにお願いすれば素晴らしいアルティメットエディションになるかと思うのですが。
何処か気骨のある日本のメーカーがこの貴重な日本と香港の合作スパイアクション映画のソフト発売を決断する事を願います。

Asia-Pol Shaw Bros and Nikkatsu co-production film.
Eventhough King Records once planned to  release it on DVD,but sadly they never did.

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力道山は如何にしてルー・テーズからインターナショナル選手権を奪取したか?

2021-03-24 14:56:45 | 龍熱の昭和プロレス放談

最近ストレージの中の古いプロレス資料を整理していて、龍熱が大好きなシリーズ「門茂男ザ・プロレス365」の別巻で門茂男著「無敵の男の敵」が出て来たので久々に読んでみました。
以前にアップしました力道山vsドンレオ・ジョナサンのインターナショナルのベルトを巡るリング上の息詰まるやり取りも同書に掲載されたエピソードでした。
それに加えて、龍熱が今回改めて面白かったのが1958年8月にアメリカはロサンゼルスで力道山がルー・テーズからインターナショナル選手権を奪取した際の詳細です。
先に結論を書いてしまえば、このインターナショナル選手権は日本滞在時の自分に対する力道山の好待遇に感謝していたテーズがNWA本部に掛け合い、力道山一代限り&日本国内のみインターナショナルヘビー級王者を名乗る事を許す条件で、テーズと力道山がロサンゼルスで試合をして力道山が勝ち手にした“称号”でした。そのためこのテーズvs力道山戦はベルトも無く、試合自体も30分1本勝負でした。
ただそれを日本のマスコミ&ファンにストレートに伝えるわけにはいかなかった力道山がインターナショナルタイトルを世界タイトルと称し、試合を60分3本勝負と言ってしまったためにマスコミに混乱&疑惑が生じてしまったんだと思います。
ただそれでも力道山が当時まだ自他ともに最強を誇っていた“鉄人”ルーテーズに日本ではなく本場アメリカのリングで勝利した事実は改めて快挙と言って良いと思います。
それもテーズがレスラーとしての力道山を誰よりも評価していたからこそこのインター王座奪取が実現したわけで、現在は3冠ヘビー級選手権の1つとなっているインターナショナル選手権の長い歴史と価値は今もその輝きを少しも失ってはいないわけです。

Rikidozan won International heavy weight champion from Lou Thesz at Los Angeles Aug 1958.

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