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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百三十三話 恐怖の連鎖 )

2008-02-12 18:00:18 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 寝息を立てている子供たちの無邪気な寝顔を見つめながら、ノエルはほっと溜息をついた…。
実家を出た時にはすでに絢人と来人は半寝状態で、305号室に辿り着いた時には完全に熟睡していた…。

 熟睡した子供というのは見た目よりもずっしりと重みがある…。
眼を擦りながらも吾蘭がどうにか歩いてくれたので助かったが、そうでなければ、背負子に抱っこでふたりを運ばなければならないところ…。
いかに腕っ節の強いノエルでも…少々骨が折れる…。

「ノエル…。 」

半開きの扉の向うから顔をのぞかせて…輝が声をかけた…。
輝の好きな薔薇の紅茶の香りが漂ってくる…。
もう一度子供たちの顔を覗いてから…立ち上がって部屋を出た。

 居間のテーブルの上にティーカップがふたつ…ゆらゆらと湯気を立てている…。
香りが強過ぎて、ノエルはいまいちこの紅茶が好きになれないけど、西沢がそうであるように文句は言わない…。

輝が桜色の模様のついたティーカップを取り…紅茶をひと口含んで…ふうっと息を吐いた…。
見ず知らずの親戚ばかりが集まる宴会で、輝なりに気を使っていたのだろう…。
少しばかり疲れた顔をしている…。

「ごめんね…輝さん…。 騒がしい連中ばかりで…くたびれたでしょ…。
親父や御袋がどう話したか知らないけど…みんな輝さんのこと僕の嫁さんだと思ってるもんで…。 」

ノエルが申しわけなさそうに言った。

そのつもりで行ったんだから…構わないのよ…。
宴会での親族たちのあけっぴろげな様子を思い出して…輝はクスクス笑った…。

「えらく…年上の嫁さんだわね~…。 けど…面白かったわ…。
親族関係であんな気楽な宴会は初めてよ…。
ノエルの一族はみんな仲が良いのねぇ…。 」

感心したような輝の言葉に…ノエルの口元が綻んだ…。

「まあね…。 でも…さすがに…僕の身体のことは言えないらしい…。
紫苑さんのことも…だけど…。
だから…三人とも輝さんが産んだことになってるみたいだよ…。

僕だって…未だに信じられないもん…。
ふたりも子供…できちゃったなんてさ…。 」

不思議なノエル…。
輝にも…それは奇跡としか言いようがなかった…。

「ノエルの身体は…どう見たって…普通の男なのにねぇ…。
華奢な体格だけど力はあるし…ケントの父親なのは確かだし…。
神さまの悪戯ね…。 」

悪戯かぁ…。

唇への字に曲げて…ノエルは溜息をついた…。

あんまり…やって欲しくない悪戯だよなぁ…。

「まっ…いいけどね~…。
紫苑さんにはアランとクルトをプレゼントできたし…。
輝さんにケント産んでもらったから一応はお父さんでもあるし…ね…。

実はさぁ…。 
エナジーたちが…もうひとりだけ産める…って言ってたんだ…。
だから…先生にもプレゼントしてあげようと思ったんだけど…断わられちゃった…。 」

恭介に…?

輝は怪訝そうな顔をした…。

「輝さん…僕の子供を産むことで…子供の代で紫苑さんとの縁を繋いだでしょ…?
アランやクルトとケントは僕を通じて実の兄弟だもんね…。
分かってたんだぁ…そのくらい…。

できれば…先生にも…そうしてあげたいな…って…。
僕が先生の子供を産めば…先生と紫苑さんも子供の代で繋がるんだ…。 」

まったく…あなたって子は…妙なところに気が回るのね…。

呆れたように溜息をついた…。

「それにしても…産めるとか産めないとか…エナジーにとってはどうでも良いような些細なことを…どうしてわざわざ…?
何か意味があるのかしら…?
そこのところは…ちょっと考えてみた方が良さそうね…。

ノエルの思いつき…悪くないわ…。
恭介は根っから子供好きなの…。
ケントのことも可愛がってくれてるし…アランやクルトを育てるのだって…めいっぱい協力してるものね…。
自分の子が欲しくないはずはないと思うのよ…。

紫苑に遠慮してるだけよ…。 
一応…ノエルは紫苑の奥さんなんだから…。 」

あの紫苑が結婚相手に選んだだけでも驚きなのに…子供まで産んじゃうなんて…まさか…と思ったわよ…。
そりゃぁ小柄で美形だから…それなりの服を着てれば…女の子に見えないこともないけど…紫苑の好みといえば亡くなった麗香さんタイプ…。
紫苑にふられた私が言うのも妙だけど…かけ離れ過ぎて比べようもありゃしないわ…。

「ふふん…輝さんにとっては間違いなく男だもんね~…。
肝心の紫苑さんはどう見てるんだか…僕にも本当のところは分からない…。
先生の子供を産むなんて言ったら…さすがに…怒るかなぁ…? 」

あっけらかんと…とんでもないことを口にするノエルを…輝は呆れたようにまじまじと見つめた…。

変わってるというか…母親としての感覚や感情がかなり希薄なのね…。
産む産まない…も他人事みたいなものなんだわ…。

「やっぱり…おかしい…?
僕さぁ…御腹の中に赤ちゃんが居ると…感情も女っぽくなるみたいだけど…産んじゃったら…全然違うんだ…。
子供は可愛いんだけど…自分が母親だって意識が持てない…。
どっちかって言うと…父親…なんだよね…。 」

そのことについては…輝もかなり前から気付いていた…。
宗主の屋敷で一緒に暮らした折に…どう考えてもノエルの行動が子供を持つ母親のものとは思えなかったのだ…。

「仕方がないって言えば…仕方がないわよ…それは…。
ノエルは男として生まれて…男として育ったんだし…。
余分に女性の機能を持っているだけで…やっぱり…男なんだから…。 」

そうなんだよね~…。
知らずに済めば…済んじゃった話なのにさ~…。

「まぁ…どちらにせよ…紫苑に内緒ってわけにはいかないんだから…まずは紫苑に話をすることね…。
紫苑がOKすれば…恭介だってその気になるかもしれないし…。

もし…エナジーたちがそれを望んでいるなら…生まれてくるその子には何か重大な使命があるのかもしれないわ…。 」



 コポコポとフィルターを通して落ちる液体の音…。
鼻腔を擽る香ばしい香り…。
寝室の扉の向こうから…朝の気配がする…。

ぼんやりと薄目を開けて壁の時計を見る…。

何時だろう…?

針は滝川が目覚めるには十分過ぎる位置を指している…。

危ねぇ…寝過ごすとこだ…。

隣に眼を遣ると…西沢はまだ眠っている…。
あどけない少年の顔をして…。

ふふんっ…いくつになっても可愛いぜ…紫苑…。
小さな紫苑ちゃん…そのままだ…。

思わず顔がほころぶ…。

コーヒーは…ノエルだな…。

そう思った途端…吾蘭が弟たちを従えて飛び込んできた…。

「とうたん…! 先生…!
起きて…朝御飯だよ…! 」

この頃、かなりはっきりした言葉を話せるようになってきた吾蘭…赤ちゃんからは完全に脱皮したようだ…。

 吾蘭の声に西沢が反応する。
自分の手で育ててきただけあって…母親のごとく子供の声には敏感…。
身体の上に登ってきた吾蘭と来人をしっかりと捕まえた。
同時に絢人も滝川の腕の中に飛び込んで来る…。
捕まえられた子供たちの笑い声が部屋中に響き渡る…。

 テーブルの上には、焼き過ぎのトーストと熱々のコーヒー…。
未だに上手く作れない…ペチャンコの目玉焼き…。
インスタントの野菜スープに切り口の潰れたトマト…。
誰も文句は言わない…。
寝坊助のノエルが早起きして朝御飯を作れるようになっただけでも大進歩…。

 吾蘭が来人と絢人の小さなパンにジャムを塗ってやっているのを、西沢は楽しそうに見つめている…。
懸命に弟たちの世話をするようになったのは、大好きな父親に褒めて貰うのが嬉しいからだ…。
本家で子安さまに年下の者を可愛がるように躾けられたことも影響しているのだろう…。

「まったく…ろくなニュースがありゃしないぜ…。 」

コーヒーカップを片手に新聞を覗き込んでいた滝川がいつものようにぼやき始める…。

それはいいけど…と思いながらノエルは壁の時計を見上げた…。

「先生…遅刻するよ…。 出勤でしょ…? 」

おっと…いけねぇ…。

滝川は慌ててコーヒーを飲み干した。

「ノエル…多分…大丈夫とは思うけど…時々…仕事部屋の紫苑の様子を看てやってくれ…。
今日は定休日だろ…? 」

うん…とノエルは頷いた。

そうか…紫苑さん…調子悪いんだ…。
お養父さんとの旅が…あんまり楽しくなかったんだな…きっと…。

ノエルが心配そうな顔を向けると、西沢は別段、何処がどうという様子もなく微笑んだ。

「僕は大丈夫だよ…恭介…今日は頭の中もすっきりしてる…。
きっともう…記憶のパニックは治まったんだ…。
急ぎの仕事もあるし…いつまでも女々しいこと言ってられないよ…。
それにノエル…引越しの準備も始めなきゃね…。 」

最早…養父祥に宛がわれた新しい家への拘泥も捨てたのか…引越しという言葉を淡々と口にした…。

「紫苑…その前に僕と輝が祥さんと分譲交渉するから…少し待っててくれ…。
今月中には話をつける…。 」

祥の絶対的な支配と命令に対しては、抵抗力も弱く諦めの早い西沢が、性急にことを運ばないように、滝川は慌てて布石を打った。



 仕事部屋の窓から…薄いレースのカーテンを透して柔らかな光が射している…。
それはイラストボードに向かう西沢の背後からゆっくりと忍び寄り…次第に全身を包み込んでいく…。
昨日は気配だけを残して去ったのに…何かもの言いたげに…西沢の周りで揺れ動く…。

「おやおや…てっきり…恭介に乗り換えたのかと思ったのに…まだ…お見限りじゃなかったんですか…? 」

わざと皮肉なことを言ってみる…。
光がゆらゆらと揺らめくのが分かる…。
笑っている…のだ…。

『あの男にも少しは…言葉が通じると思ったのだが…。 
細かいものに話しかけるのは…やはり…難しいな…。 』

あなたから見れば…地球だって大きいとは言えないでしょうね…。
西沢も可笑しそうにふっと息を漏らした…。 

『まあ…良かろう…。 伝えることは伝えた…。 後はあの男次第…ということだ…。 』

恭介次第…?
思わず怪訝そうな眼を斜め上の方に向けた。
相手がそこに居るというわけでもなかったのだが…。

『我子よ…おまえが私の中に戻る時…化身の産んだ第一の実がおまえの後を引き継ぐだろう…。
我子がそうであるように…崩壊のエナジーを封印する者は…その力の暴走を防がなくてはならない…。
おまえにあの男の力が必要なように…第一の実にも抑えの力となる者が必要なのだ…。 」

アラン…にも…暴走の危険があるのか…?
僕が暴走するのは…幼少期にまともな訓練を受けられなかったことと…心的外傷で抑制力を失ったからだと思っていたのに…。

背筋を冷たいものが走った。
力の暴走を何より怖れる西沢にとって…それは言葉にならないほど衝撃的な事実だった…。

僕と同じ宿命を…アランが背負うことになる…。

全身から力が抜け…膝がガクガクと震え出すのを感じた…。

だめだ…そんなことは…させられない…。
護ってやらなきゃ…なんとしても…護ってやらなきゃ…。
こんな際限のない恐怖を…他の誰にも…ましてや…アランに背負わせてたまるものか…。

吾蘭の屈託のない笑顔が…凍えたように震える西沢の脳裏に浮かんで消えた…。 







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