徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百三十四話 愛しい声 )

2008-02-26 18:18:48 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 穏やかな陽射しに照らされた霊園のありとあらゆるところから…溢れるような芳香が漂ってくる…。
何れも名のある家の幾つもの墓石の集まるところから…少し離れて開けたところに厳しく聳える霊廟…。
その前には絶えることなく…彩り豊かに馨しい花々が供えられ…辺りはあたかも…花園のよう…。

今…そこに新しく豪華な薔薇の花束が手向けられた…。

悪いな…麗香…こんな時にしか会いに来なくて…。
何だか急に…きみの意見を訊いてみたくなったんだ…。
きみなら…どうするかな…って…ね。

太極の話を聞かせれば…恭介はその指示に従うだろう…。
けれど…それは…生まれてくる子供に恭介と同じ犠牲を期待してのことになる…。
そんな動機で子供を誕生させるのは…良いことだとは思えないんだ…。

暴走という事態に陥った時…もし恭介という制御装置がなければ…僕には…僕自身の手で命を絶つしか…選ぶべき道がない…。
そうでもしなければ…この世のすべてを滅ぼして黄泉への道連れにしてしまうだろう…。
あいつが僕の中に居ると分かるまでは…そんなこと考えもしなかった…。
不安は尽きないけど…それでも僕の力だけなら…相庭や木之内の父…宗主の力で何とか抑えてもらえるはずだったから…。

すでに一度は死んだ身だもの…自分の身の処し方については覚悟決めてるけど…もしも…あっさり死ぬことができなかったら…どうなるんだろう…?
暴走する力が…この世にどんな悲惨な事態を齎すかを考えると…それが怖い…。
底なしの恐怖だ…。

太極の話を聞くまでは…それは僕ひとりが耐えていけば済むことだと思っていた…。
あいつが僕の子孫に代々引き継がれていくことは知っていた…。
でも…暴走の危険があるのは僕だけ…僕の心が病んでいるからだ…と考えていたんだ…。

ところがどう…アランまで…。
ううん…アランだけじゃない…。
この先…ずっとその恐怖がついてまわるんだ…。

父親としては…何としてもアランを護りたい気持ちはある…。
僕が生きている間は…申し訳ないが恭介に縋ってでも僕自身の恐怖を抑え込んで…何とか護ってやれるかもしれない…。
けれども…僕は何れ…アランよりは先に逝くだろう…。

僕がこの世から消えた後…クルトはアランを支えてくれるだろうが…クルトの力だけではおそらく…暴走するアランを抑えることはできない…。
運良く僕の方が長生きして…アランを護りきれたとしても…その次の代まではどうしようもない…。

太極は恭介に子供を作らせ…恭介の後を引き継がせようと考えているらしい…。
相性が合えば…代々…そんな役目を負わせるつもりのようだ…。

母胎に入る前からそんなことを期待されて…その子が幸せと言えるだろうか…?
確かにその子は望まれて生まれてくるのだけれど…生まれてきた意味もちゃんと存在するのだけれど…だからって…要らない子だった僕よりも…その子の方が幸せだとは思えない…。

勿論…何事もなければ…僕もアランもその子も平穏なまま幸せに過ごせるのかもしれない…。
それでも…もし…事が起これば…否応無しにその子の人生をも巻き込んでしまう…。
恭介のように…。

アランにとって必要不可欠な…その子の誕生を拒絶するなんて…僕は親として失格か…?
もしもの時は自らの手で死ね…と…アランに…そう告げているようなものだ…。
酷い親だな…。

麗香…きみならどうする…?
僕の選択は…間違ってるかい…?

 何をどれほど訊ねても…答えなど…あるはずはなかった…。
それでも西沢は耳を澄まし…麗香の声を待った…。
霊園の静寂の中で…聴こえるのはただ…鳥の声…水の音…木々戦ぐ音…。

ひとつ深呼吸して…西沢はふうっと溜息を吐く…。

答えは…自分で出せってか…。

切ない笑みが漏れた…。

「何があっても…どんな状態に陥っても…生きることを選ぶのが…あなたの真の道でしょ…紫苑ちゃん…。
あなたがまた…暴走するような事態が起こるのなら…当然…世の中は破滅に向かっているのよ…。
無駄よ…死んだって結果は変わりゃしないわ…。 」

背後からスミレの声がした…。

「間違わないでね…紫苑ちゃん…。
その子を必要としているのは…アラン…じゃない…。
この世界よ…。
誕生させるや否やの決定を下すのはあなたじゃなくて…滝川恭介…。

この世のすべての大元であるエナジーがそれを望んでいるのよ…。
あなたが…その子の人生を悲観することはないわ…。 」

麗香の墓前では相変わらずのオネエ…。
黙っていれば…十分過ぎるほど二枚目だというのに…。

「御墓に参ってくれて有り難うね…紫苑ちゃん…。
お姉ちゃま…きっと喜んでいるわ…。
ずっと紫苑ちゃんが好きだったんだもの…。 」

そう言って霊廟に向かって手を合わせた…。

「生きているだけで迷惑…母は僕にそう言ったんだ…。
ずっと否定し続けてきたんだけど…今となっては…そうかもしれないと…。 
僕は…いつ暴発するかも知れない爆弾のようなものだ…。 」

御馬鹿さんね…とスミレは笑った…。

「あなたは…私たちにとって大切な存在なのよ…。
あなたが居なかったら…誰が私たちを救えたというの…?
今頃…形も残ってなくてよ…。

それに…あなたがとんでもない御荷物を抱えちゃったのも…私たちを救った代償じゃないの…。
申しわけないと思いこそすれ…あなたの存在を迷惑だなんて考える能力者はひとりも居やぁしないわ…。

心配ないわよ~…。
滝川先生が居なくったって…私がちゃんと止めてあげるから…。
熱烈なキッス一発でね…。 」

あぁ…それは…確かに…効果があるかも…。

スミレのウィンクに笑顔を引きつらせながら…西沢は呟いた…。

全身…硬直しそうだし…。

「やぁねぇ…私はこれでも…美形で通ってるのよ…。
口を開かなきゃ…だけどね…。 」

スミレのカラカラと笑う声を聴いていると西沢の心も少しずつ晴れてくる…。

やっぱり…スミレちゃんは最高…。

庭田の霊廟に背を向けると…スミレは心持ち…真顔で西沢を見つめた…。
その表情は明らかに智明…。

「紫苑…生まれてくる子供がこちらの期待通りに成長するかどうか…なんて誰にも分かりゃしないんだぜ…。
こっちがそのつもりで作っても平気で裏切るのが子供って奴よ…。

 エナジーたちの思惑がどうあれ…その子の未来もなるようにしかならないさ…。
ひょっとしたら…別の誰かが…その役目を担うことになるかもしれん…。
多少なり抑制力を持つクルトがすでに居るってことは…その子を含めて…何人かで協力してアランの暴走を抑えろってことかも知れないし…。
どんな理由があるのかは…生まれてみないことには分からん…。

 何れにせよ…我々の世界で名のある家門に生まれた子供たちは…必ず何某かの務めを負っている…。
おまえや俺がそうだったように…。
重い役目を期待されて生まれてくるのは…その子に限ったことではないんだ…。

 それにな…。
滝川恭介は別に…おまえの犠牲になってるわけじゃないぞ…。
奴は奴のなすべき務めを果たしているだけだ…。
おまえを護ることで自分も救われてるのさ…。

 この世が崩壊するのを止めるなんて…いくらおまえでもひとりじゃできない…。
無理をすれば…おまえ自身が凶器になってしまう…。
そうならないように歯止めをかけるのが自分の務めだ…と…奴は考えている…。

 主力に何らかの不足があるのなら…補填できる誰かが補うのは当然のことだ…。
おまえの場合…それがたまたま…滝川恭介だっただけだ…。
今やすべての家門の能力者が…同じ目的を持つチームの一員なんだから…遠慮なんか必要ねぇんだ…。

お互いさま…なんだよ…。 」

智明が諭すように言った…。

「俺も一匹狼で…なかなか他人に頼れない性格だけど…これまで紫苑にはさんざん助けてもらったし…宗主やお伽さまにも力を貸して頂いた…。
けれども…俺は…有り難い…と心から感謝はしても…そのことでおまえや宗主方に対して引け目を感じたり…負い目に思ったりはしていない…。

 友人としてのおまえの個人的な親切はともかく…宗主やお伽さまが動かれたのは…庭田智明を天爵に立てて庭田を存続させることに意味…があるからだ…。
同情だけで親切にして頂いたわけではない…。 」

 それは…西沢にも分かっていた…。
智明を天爵に立てる意味…。
麗香の代理で各地の家門をまわり、連携組織の必要性を説いてまわった智明は、すべての家門の長にとって…庭田の顔…。
次代の連携組織を背負って立つ人物として…これ以上の存在は他にあるまい…。

「滝川恭介だって同じことだ…。
おまえを護る意味が…滝川の方にもあるから…そうするだけのこと…。
本人の思惑はどうあれ…。
それが周りにとっても…たまたま都合が良かったってことさ…。

御好意には甘えとけ…。 」

御好意…ねぇ…。
ただの御好意なら…悩みゃしねぇけど…。

西沢は苦笑した…。

智明もまた…スミレの笑顔に戻った…。

「あら…やだ…いつもと立場が逆転しちゃったわね~…。
泣き言聞いてもらうのは~私の方だったのにね~。

大丈夫よ~…紫苑ちゃん…頼りにしてて頂戴…。
私にだって滝川先生に負けないくらいの力はあるんだもの~…いざとなったら私の愛の力で何とでもしてあげるわよ~…あ~ははは~…。 」

スミレの明るい笑い声…。
それは背負い切れないほどの重荷を…ヨイショッと背負ってみせた強靭な精神力の賜物…。

いつだって…めいっぱい元気貰ってるよ…。
スミレちゃんの愛の力ってやつで…。

きみは庭田のトップに立ってから…また一段と強くなった…。
麗香がきみを選んだのは間違いじゃなかったな…。

どうしようもないことを…くよくよ考えても仕方がない…。
子供のことは…恭介とノエルの意思次第ってことだもの…。
黙って成り行きに任せよう…。

木々を渡る風の音…草原を巡る細流の音…。
西沢は今…確かにその両の耳で…麗香の答えを聞いた気がした…。








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