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髑髏フラワー

ママの口ぐせお花はドクロ!

人生6ヶ月。

2013-11-12 | 育児
息子が生まれて6ヶ月が過ぎた。
生まれたばかりの頃は母乳もミルクも飲めずに吐いてばかりいて弱々しかったが、今では寝返りが打てるようになり、寝かせたまま放っておくと、ゴロンゴロンと転がりながら元気に移動するまでに成長した。

夫婦揃って必死な6ヶ月だったと思う。
あっという間に過ぎた。

この6ヶ月は、息子の事と嫁さんの事と引越ししたばかりの自宅の生活環境、そして仕事以外は何も考える事はできなかった。
ホントにそれ以外に脳みそは使っていない。
一言で言えば家族の事に夢中だった。

最近はようやく周囲を見る余裕も生まれたのか、息子や自分たちの将来の生活などを見通す時間を持てるようになった。

そこで、自分の中の小さな変化を見つけた。

一日が終わり、寝床に入る瞬間に、一日が無事に終わる事に感謝の念がわき上がるようになったのだ。

「なんだそんな当たり前のことか」と思われるかも知れないが、こんなことをしみじみと感じるのは、独身の頃も…結婚した後も…息子が生まれるまで、今までの人生では感じることはなかった。

まだまだ無力な我が息子は、本当に様々な危険に囲まれて生きている。
家にいても外に出かけても、一歩間違えれば命を失ってしまうような危険をいくらでも見つけることができる(嫁さんが妊娠してから世の中の見え方が変わってきてるのだと思う。以前なら何も思わなかったが、駅で全力疾走する奴は妊婦にとって恐怖だし、傘の先端を振って持つ奴はベビーカーにとっての脅威だ)。

その様々な危険から、我々夫婦が全力で守ってやらないと、息子は生き延びることは出来ない。
そうやって一日、また一日と積み重ねていって、ようやく6ヶ月を迎えたのだ。

そんなふうに思う原因の一つには、息子と同じくらいの赤ちゃんが亡くなるニュースや、幼児虐待のニュース、子供の事故のニュースなどが以前よりも多く目に入るようになったことが挙げられる。
すぐに「自分の息子だったら…」と発想して胸が痛くなることが多い。

なので、一日が終わる度に

「ああ今日も無事に一日が終わる。また明日も無事に一日が送れるように」

と感謝の気持ちを念ずるようになった。

ほんの数年…たった数年前まで下北沢の風呂なし給湯器なし洗濯機なしのボロアパートに生息していたノーフューチャーなおっさんだからこそ、そんなふうに思うのかも知れない。

時間は手をかけずとも流れ去るけど、その時間の中身には思い切り手をかけて過ごしていきたい。

次の6ヶ月も無事に迎えよう。


親子3人で散歩中に見上げた紅葉。


雑誌を切り裂くことに人生のすべてをかける息子。
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