本日は若年時に発症した糖尿病のために、20年後に全身性の浮腫、腹水、胸水を発症した腎不全症例の漢方治療をご紹介します。( )内に随時私のコメントや印象を入れます。
医案に進みましょう。
患者:張某 42歳 男性 営林場職人
初診年月日:2004年5月21日
病歴及び初診時所見:
糖尿病歴20余年、ここ半年で水腫を反復、ここ4ヶ月で病情加重、全身高度水腫、陥没性浮腫、身体困重、胸悶気短、平臥困難、腹部膨隆、食少納呆、口渇尿少、便秘、舌質淡、舌体胖大、舌辺歯痕あり、苔白厚、脈沈細。体重85kg(発病前55kg)、血圧155/100mmHg、胸水、腹水あり、右側の肢体が左側に比べ浮腫が甚だしい。尿蛋白2+、空腹時血糖7.39mmol/L(133.02mg/dL)、血清アルブミン1.87g/dL、血清総蛋白4.2g/dL、Cre298.1μmol/L(3.37mg/dL)、BUN14.85mmol/L(89.1mg/dL)。超音波検査:左腎10.6x4.7x4.5cm、右腎10.5x5.1x4.3cm。心エコー:左心室肥大、心包液貯留、二尖弁(僧帽弁)、三尖弁(右心房右心室間の弁)、大動脈弁に血液逆流(いわゆる閉鎖不全)あり。眼底検査:両側網膜に糖尿病性病変有り。
西医診断:糖尿病性腎症、慢性腎不全
降糖薬、降圧剤、拡容、抗凝固剤、利尿剤等、微小循環改善治療半月余、尿量は750ml/24hrから1200ml/24hrまで増加、(しかし)水腫症状の改善は不良、薬物を減量すると水腫は再度加重した。
方薬:張琪氏立案方
海藻(消痰軟堅 利水退腫)40g 牡蠣30g 二丑(牽牛子:黒白丑共に逐水瀉下 袪積殺虫に働く、峻下利水薬)各30g 檳榔(行気利水消積殺虫)20g 郁李仁(潤腸通便)30g 澤瀉25g 猪苓20g 茯苓50g 車前子50g 王不留行(苦/平 おうふるぎょう 活血化瘀 通経 下乳)30g 肉桂(温裏散寒、補火助陽、引火帰源)10g 枳実(破気消積、化痰除痞)15g 川厚朴(降気、燥湿、消積、平喘)15g 木香(行気止痛、健脾消食、止瀉)10g
水煎服用、毎日2回に分服。
経過:
服薬後、尿量は2000~3000/24hrに増加、服薬40剤で水腫は基本的に消退、体重は85kgから56kgに減じた。ただ、腹部気張と双下肢軽度浮腫が残った。さらに原方加減連続10余剤服用にて、水腫は全て消退した。外来で追跡、病情は穏定。
(水飲は見事に改善されました。その後の心エコーの変化はどうなったのでしょうか?右側の肢体が左側に比べ浮腫が甚だしいという記載がありましたが、水腫の改善過程では右側の改善はやはり遅れたのでしょうか?その辺にも興味があります。)
ドクター康仁の印象
現代日本では、本案のような症例に漢方の出る幕はありません。集中治療室管理となります。腎不全の高窒素血症のレベルから考えて、尿毒症性の心外膜炎は考えられませんし、二尖弁(僧帽弁)、三尖弁、大動脈弁の閉鎖不全も突然に腎不全や糖尿病に合併してくるものではありません。従って、コントロールの難しい大量の水湿貯留を一気に改善させる峻下逐水の方法の一つとして決水湯を位置づけするのがふさわしいと思います。言わば、漢方の救急処置の一種と捉えればいいでしょう。
海藻(消痰軟堅 利水退腫)40g、牡蠣30g、二丑(牽牛子:黒白丑共に逐水瀉下 袪積殺虫に働く、峻下利水薬)各30gは軟堅散結、攻逐水飲に働き、腹水の軽減に効果があります。
体内の余分な水分を体外に排泄させるには、便と小便が経路となります。
檳榔(行気利水消積殺虫)20g 郁李仁(潤腸通便)30gは大便からの排泄です。
澤瀉25g 猪苓20g 茯苓50g 車前子50gの群は小便への排泄です。
枳実(破気消積、化痰除痞)15g 川厚朴(降気、燥湿、消積、平喘)15g 木香(行気止痛、健脾消食、止瀉)10gの群は理気薬の群で気滞を除き、行気すれば利水が強まるという行気利水という中医学の考え方による配伍です。
王不留行(苦/平 おうふるぎょう 活血化瘀 通経 下乳)30gは通利血脈と利尿作用があり、活血利尿消腫の功能があります。益母草にも活血利水消腫の功能があります。
肉桂(温裏散寒、補火助陽、引火帰源)10gの配伍はいわゆる“寒温併用”の温に相当し、腎陽を暖め、腎の開閉機能を回復させ、小便自利に導くものです。“消補兼施”の補に相当します。
気血水はお互いに独立していません。重篤な水腫を改善するには、行気(気滞を除く)、活血(瘀血を除く)が欠かせません。
実際の臨床では強烈な水様便が毎日多量に出るために入院の上加療が必要です。
本日の講座の最後として決水湯の出典は「弁証録」、組成は、茯苓 車前子 王不留行 肉桂 赤小豆であることを付記します。
二丑の峻下逐水療法は、使う勇気が必要でしょうね。腎機能低下、心機能不全、電解質異常、感染の有無等を考えると、現在の臨床では使いにくいでしょうね。
2014年 3月23日(日)
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