開業医にはいわゆる「飛び込み初診」が多いのです。既に基幹病院で治療を受けているのにも関わらず「慢性腎不全が進行したので、透析準備のために内シャントを作成しましょう」と主治医に言われてから、気持ちの整理がつかないで、腹水、全身浮腫が酷くなる一方で、苦しくて仕方がない状態になってから、漢方なら少しは自覚症状の改善につながるかもしれないと思い始めて「飛び込み初診」となるケースが殆どです。そのような典型症例の一つを読者に紹介いたします。
患者:K.M 49歳 男性 未婚 職業不詳
初診年月日:平成26年6月23日
主訴:全身浮腫 呼吸苦(現在通院中の病院の次の予約日までに浮腫みを改善したい)
病歴:平成25年3月に通風発作出現、個人病院でボルタレンを処方され2週間服用後から浮腫が出現し始めた。平成26年2月18日から同年3月20日まで、救急患者として某病院に入院、腎機能低下を指摘される。その後、慢性腎不全として、別の病院にて、ステロイド剤(プレドニン15㎎)、Ca拮抗剤、プロトン阻害剤、活性型ビタミンD製剤、尿酸生成抑制剤、ループ利尿剤、カリウム補給剤等の治療で外来観察となっていたが、浮腫が悪化して、「透析の準備が必要」と主治医に告げられた。平成26年6月5日の検査成績ではCre5.01mg/dl、BUN45.2mg/dl、尿酸値8.0mg/dl、推算GFR(糸球体濾過値)11ml/分、int-PTH(副甲状腺ホルモン)385pg/ml、Hb7.1g/dl、RBC259万、Ht23.2%等であり、腎臓医としての目からすれば「出来上がった慢性腎不全」であり「将来の血液透析は避けられない」と感じられました。患者の話では次の主治医の再診予定日が一月半後であるとのこと。
初診時所見:血圧206/155㎜Hg、脈拍数113/分 体温36.5°C、体重98.25kg 顔面を含む全身水腫、腹水証陽性、全身乏力、口干、大便軟(回数は1日一回か3日に一回程度)顔面皓白、舌質暗紅、脈沈。
漢方診断と治療方針:陽虚水泛、肺失通調水道、久病挟瘀と診断 温腎助陽利水、宣肺利尿、活血化瘀を第一の目標として、次に、泄濁に移ると方針を立てました。最初に浮腫を除き、次に高窒素血症を改善するという方針です。実は初診時に酸素飽和度を測定しましたがSatO2は97%ありました。呼吸音も正常でした。そこで、軽度の肺水腫はあってもおかしくはないのですが、腹水貯留による横隔膜の挙上が呼吸苦の原因であろうと推測したのです。
幸いにも写真というエビデンスを残して置きましたので、ご覧下さい。
初診時の顔面を除く腹水と全身浮腫です。
腹水が著名です。やや起座呼吸になっています。
いわゆる漢方でいう「陰水」が全身に著名です。
陰水の特徴である陥没性の回復が遅い浮腫です。
足の甲にも浮腫が著名です。
初診時処方:そこで私が選んだ漢方エキス剤は麻黄附子細辛湯6.0gと防己(善く下行し下半身の水湿除去に作用)黄耆(補気昇陽、固表止汗、托毒排膿生肌、利水退腫)湯7.5です。
特に麻黄附子細辛湯の方証である表裏?寒を示してはいませんが、麻黄の宣肺利尿効果と附子(辛 補火助陽 散寒止痛 回陽救逆)の温腎助陽利水を求め麻黄附子細辛湯と防己黄耆湯の合法にしました。後で思ったのですが肉桂(温裏散寒、補火助陽、引火帰源)も加え、陰陽倶虚に持ちいてはどうだろうとも思いました。活血祛瘀作用のある田七人参粒、涼血活血祛瘀作用のある丹参(涼血活血祛瘀)、と前稿でもお話しした坤草=益母草(活血利水消腫)を50gの大量療法を併用して10日間様子を見ようと思ったのです。
二診:平成26年7月2日。血圧は186/125mmHgと相変わらず高かったのですが、前方服用後、尿量は顕著に増量し、僅か10日間で体重は9kg減少し、浮腫が大減しました。
腹水は大いに減少し、
顔面の浮腫はほぼ消失、下肢の陰水も軽快しつつあります。
そこで、防己黄耆湯(金匱要略):防己 黄耆 白朮 甘草 生姜 大棗7.5gと真武湯(茯苓 芍薬 白朮 生姜 炮附子 )7.5gに改めました。
効果が十分に発揮された麻黄、細辛はそろそろ中止すべきと考えて、除いたわけです。なお、生薬配伍量で附子(辛 補火助陽 散寒止痛 回陽救逆)が多いのはエキス剤では麻黄附子細辛湯ですが、これ以上麻黄を継続する必要は無いと判断して、さらに細辛の胃粘膜刺激を意識しました。
勝手ながら、降圧が不十分であるためにARB製剤であるロサルタン25g1錠 Ca拮抗剤アムロジピンOD5mg1錠を朝夕食後(各1錠ずつ、計1日ロサルタン50mg、アムロジピン10mg)を追加させていただきました。14日分の処方をしました。勿論、田七人参、丹参錠剤、益母草は併用したままです。
三診;平成26年7月19日;血圧は165/112と若干落ち着いてきましたがまだ高いです。体重はさらに7kg減少し82,22kgとなりました。顔面の浮腫はほぼ消失、別人のような小顔になりました。
腹水も大減し、もはや波動を感じなくなりました。下肢の浮腫はほぼ消失です。 そこで、いよいよ活血通府泄濁の治療目的で、桃核承気湯(桃仁 大黄 桂枝 芒硝 甘草)を寝る前2.5gの服用を開始しました。 四診:平成26年7月30日。血圧は155/111mmg 体重は88.95kg(初診時から18kgの減少です)患者は体が軽くなって呼吸も楽になって非常に喜んでいました。まだ通腑泄濁の程度が軽いと判断し、桃核承気湯(桃仁 大黄 桂枝 芒硝 甘草)を倍量にしました。田七人参、丹参、益母草は継続するように処方しました。 その後、主治医といっても、行くたびに代わるという病院に再診したようです。その後は、小生は8月に診察予約日に待っていたのですが、おいでになりませんでした。
当院受診察まえの某病院で臨床検査(抜粋)上
当院受信後38日後の検査所見(抜粋)下
まず、緊急の血液透析の必要性は無くなりました。自覚症状の改善とクレアチニン(Cre)の低下など、開業漢方医として常識的ではありますが、できるだけのことをしたのではないかと思っています。
ドクター康仁
2014年9月5日(金)
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