方薬の組成から適応症を考えてみる
動悸や不整脈で漢方外来を訪れる患者さんは多い。私は、炙甘草湯の加減を行っています。たいていの患者さんは老年期で、同時に夜間の咳嗽などを伴っている。西洋医学での治療剤である、βーブロッカー、抗不整脈剤、血小板凝集抑制剤などを服用している場合が多い。漢方処方を加えることによって、「体調が良くなった。」と喜ぶ患者さんが多い。今回は古典的な炙甘草湯を考え、古人の知恵を学んでいくことにします。
症例:
52歳のA子さんは、気管支喘息で、西洋医学的に治療中である。寛解期に日に2度のステロイド吸入、発作時にメプチンエアーで治療して、喘息の発作は冬を除けば月に一度ぐらいにおさまってきた。ところが、次女の進学問題での心労が重なり、2006年の秋口から発作の回数も増加、同時に動悸、息切れ、胸痛が出現して循環器内科を受診したところ、頻脈性不整脈と診断された。抗不整脈剤を投与されたが、動悸が治まらなくて、漢方相談に来院した。疲れやすく、のぼせ症状があり、便秘気味で、脈は結代があり、弱く、舌質はやや乾燥している。睡眠が不足していると訴えられていました。気陰両虚の状態です。炙甘草湯を処方して2週間で心胸部の不快感が消失、同時に処方した酸棗仁(安定剤)にて睡眠も安定し、柏子仁(精神安定作用とともに潤腸通便作用がある)を加えることでさらに便通も改善され大変喜ばれました。
炙甘草湯(復脈湯)
大棗 人参 炙甘草 生地黄 麦門冬 麻子仁 阿膠 生姜 桂枝
が組成です。色分けは赤が温薬、ブルーが涼薬、グリーンが平薬です。
この中で「君薬」は炙甘草、大棗、人参です。方剤の組み合わせから、適応証を考えてみれば、
① 大棗、人参、炙甘草はともに補気薬です。従って気虚証がまず候補に挙げられます。
② 生地黄、麦門冬は滋陰剤です。従って陰虚証が次の候補です。
③ 生姜と桂枝の組み合わせは温薬であり、陽気をめぐらせる働きがあります。肉桂などの助陽剤や、巴戟天、鹿茸、淫羊藿などのような直接的な補陽作用はありません。従って、陽気のめぐりが悪い状態が候補です。
④ 阿膠はロバの皮から抽出した水溶性コラーゲンです。栄養剤であるとともに、養血、止血に働き、滋陰潤肺の作用があります。従って、滋陰の意味から陰虚、養血の意味から血虚も候補です。
⑤ 麻子仁は腸を潤し便通を整える潤腸通便があります。潤すということは津液の滋潤作用の意味ですから、養陰作用もあります。従って、便秘を伴っている状態か、あるいは便秘を予防した方が良い状態が候補です。
便秘について漢方的に考えてみると、
便秘の原因は大きく分けて2つ、津液が不足し腸が潤されなくなって生じる腸燥便秘と腸の蠕動(ぜんどう)運動が減弱する場合です。おのおの、その特徴を挙げれば、以下のようになります。
津液不足
①実熱(熱結腸道といい、発熱、便秘の陽明腑実症が典型)
②陰虚(紅舌、少苔、無苔、脈細数を伴う)
③血虚(やがては津液不足になる、蒼白舌などを伴う)
蠕動減弱
①気虚(疲れると便秘になる、淡白舌、少気懶言、動即耗気を伴う)
②陽虚 寒症(畏寒肢冷を伴う)
③気滞症(狭義の肝うつ気滞:うつ、いらいら、脈弦などの症候を伴う)
④痰濁(肥っている、胖大舌、だるい重い、厚苔などの特徴がある)
炙甘草湯に配合されている麻子仁は便秘予防の目的
以上の便秘の原因を考えれば、炙甘草湯に配合されている麻子仁は、気虚あるいは陰虚の際に出現する便秘に対して配合されていると推測されますが、大切な問題提起として「便秘が主症候」である場合には、麻子仁を1種類単独で用いられることがあるのか?あるいは無いのか?です。答えは「無し」です。従って「便秘予防」と考えたほうがいいのです。炙甘草湯は張仲景の「傷寒論」に記載されている方剤ですが、心臓病を患っている時に、排便に時間がかかるような便秘は避けた方がいいと彼は考えたのでしょうか?医師の細やかな神経を感じさせます。
炙甘草湯は心肺気陰両虚、心陽不振に対して用いられる
古典的中国医学で「心」に帰経をもつ生薬は、炙甘草湯の中で君薬の一つである炙甘草と麦門冬しかありません。「肺」に帰経を持つものは、人参、炙甘草の2生薬です。
A.甘草の肺に対する効能は、潤肺止咳化痰といい、肺を潤し、咳を止め、痰を除く。甘草の補気効能の最大の特徴は補心気の際の君薬となることである。心気虚の症候である動悸、不整脈に対して益気補心脾に働きます。
B.甘草は配合する薬剤によりその効能が変化する。人参と配合すれば補肺脾に働き、人参でも西洋参と配合すれば補気生津に働き補気作用に加え滋陰作用の側面が出てます。同じく山薬と配合すれば補気養陰の効能が生じます。
近代薬理学的な研究が進み、甘草の調和諸薬、緩和、鎮咳、抗炎症、祛痰、抗潰瘍効果、肝機能改善などの薬理作用が次第に明らかにされつつあります。
しかし、明らかな抗不整脈作用などに関しての解明はまだのようです。漢方製剤の7割近くに甘草が配合されています。上海で中薬学を学んだ時に「甘草は配合する薬剤によりその効能が変化する」と教えられて、甘草の「配合の妙」を感じさせられました。
続く、、