生理不順や月経痛や冷えのどれを優先して治療するか? 冬場に冷えを主訴に来院される女性が多い。ほとんどの女性が生理不順や生理痛を伴っていることを前稿で述べた。 先日、下腹部や下肢の「冷え」が強く、生理痛もあり、婦人科を受診して当帰芍薬散をいただいたが、一向に冷えが改善しない女性が来院された。当帰芍薬散の前には桂枝茯苓丸を処方されたという。 漢方エキス剤の普及は喜ばしいことであるが、場当たり的な処方例が目立つ気がする。現行の保険の効く既成のエキス剤で、婦人科で処方されることの多いものとして、当帰芍薬散に次いで、桂枝茯苓丸がある。 そこで、配合されている生薬の性質から「冷え」に対する効果を考察してみた。 桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
千数百年前の漢代の「金匱要略(きんきようりゃく)」に記載された方剤である。昭和になって保険収載されたことから、広く婦人科領域で使用されている。適応症はおおむね以下のようである。 適応症: 下腹部の腫瘤(大方は子宮筋腫である)、下腹部の圧痛や、引きつりがあり、生理痛があり、不正性器出血や無月経、胎盤残留、死胎残留、悪露停滞などに対して とされている。
説明書によっては、「体格がしっかりしていて赤ら顔であり、のぼせやほてりを感じるタイプの人に用いる」とか、「骨盤内のうっ血、血流障害による冷え症」あるいは、 「実証で手足が冷え、顔や頭に頑固な湿疹がある場合」などと記載されている場合もある。いささか拡大解釈気味ではある。 組成は 桂枝 茯苓 丹皮 桃仁 赤芍である。赤は温薬、ブルーは涼寒薬、グリーンは平薬である。この組成から、私には、桂枝茯苓丸が体を積極的に温めるというイメージはまったく湧いてこない。体を温める温薬は桂枝の1生薬だけである。事実、冷え性がつらくて婦人科を受診して、桂枝茯苓丸を処方されて冷え症が改善したという症例は非常に少ない気がする。 桂枝は辛温であり、陽気を巡らし、瘀血(おけつ)や水湿(すいしつ)を配合剤と協力して体外に消退させる働きがある。その意味で、中国医学では、 「桂枝と茯苓の組み合わせ」は、通陽利水(つうようりすい)に働くと言う。しかし、体を温める温陽(おんよう)とか温里(おんり)とは考えない。あくまで、陽気を巡らし利水を行うという理論であって、体を温める意味ではない。 丹皮 桃仁 赤芍はいずれも活血祛瘀(きょお)薬である。丹皮、赤芍は涼薬であり、総合的に瘀血を除くと共に瘀熱(おねつ)を清する。もっとも、瘀熱(おねつ)という概念は中国医学でも最近は用いられない。その発生病理が不明瞭だからである。確実なことは、涼薬である丹皮、赤芍と平薬である桃仁の組合わせには体を温める作用は無いということだ。 桂枝茯苓丸の方意(ほうい) 活血化瘀 (かお)、通陽利水、消癥(ちょう)である。 癥(ちょう)とは、腫瘤の意味である。瘀血(おけつ)が原因となる腫塊を指す。 従って、瘀血による月経異常に対しても効果があるわけである。桂枝茯苓丸は元来、冷えの改善を方意とする方剤ではない。 生理不順や月経痛や冷えのどれを優先して治療するか?という観点からは、桂枝茯苓丸は明らかに前2者である。 組成からの「方意」に忠実であるならば、下腹部の刺痛性の痛み、月経血に血塊が混じる、舌象で瘀血が疑われるなどの最低限の症候を確認してから処方すべきである。 冷えと共に、生理痛がひどければ少腹逐瘀 湯(しょうふくちくおとう)がより効果的な場合が多く、折衝飲(せっしょういん)も有効な場合が多い。 続く、、