島国日本は、弥生時代以来、異民族による侵略という脅威なしに文化の受け入れを続けてきた。そのような形での異文化を受け入れ続けることができた幸運は、世界史上でもまれなことである。海の向こうの圧倒的に優れた文明を、平和的に吸収し続けた日本人は、自分をつねに「辺境人」の立場において、中心文明の優れた文物をひたすら取り入れる姿勢を、あたかも自分の「アイデンティティ」であるかのように思い込むようになった。そういう「辺境人」根性は日本人の血肉化しており、逃れようがない。だったらその根性に居座って、むしろ積極的にそれを活かそうというのが内田樹の『日本辺境論 (新潮新書)』の主張であった。
しかし日本人は、内田が言うような意味での「辺境人」の性癖から脱しつつある。日本は今、そのような大きな時代変化の中にあり、その変化の大きさは、かつての圧倒的な唐文明の影響から脱して、自分たちに独自の文化を築いていった時代の変化に匹敵する、というのが私の主張である。
その理由の一つは、『日本辺境論』をこえて(5)ですでに論じた。要約すれば、明治以来、西欧文明を学び続けた日本は、多くの分野で「師」に追いつき、いくつかの分野では「師」を超え始めた。西欧への劣等感というフィルターから自由に、その事実をありのままに受容できる世代が出現し始めたのである。西欧を「師」と仰ぎ、自分たちを無条件にその「弟子」とする劣等感から解放されるということは、自らを「辺境人」と卑下する傾向からの解放でもある。そのような日本人の意識変化は、おそらく明治時代以来初めてのことなのである。
日本人が今、大きな意識変化を経験しつつあると言える他の理由を考えよう。それは、日本文化の発信力にかかわる。日本文化は、「師」に追いついただけではなく、今かなり広範な影響力を世界に及ぼしつつある。そのようなことは日本史上初めてであり、この事実が人々の意識に変化を与え始めたのである。
2)その影響力はまず、科学技術と深く結びついたところで生まれた。たとえば新幹線である。時代の主役が自動車や飛行機に移りつつあった時代に、日本の技術者たちの辛苦と英知によって実現した新幹線は、世界中の交通システムに影響を与えた。高速鉄道システムはアメリカはじめ世界中で、安全で環境にやさしい輸送システムとして再評価されつつある。時代遅れになると見れれていた高速鉄道が、日本の新幹線の成功によって地球環境時代の旗手として息を吹き返したのだ。
このように日本の科学技術が、文化的な発信力をともなって世界の人々の生活を変えていった例はかなり多い。ホームビデオは、日本人が業務用の巨大なビデオを小型化し、家庭で見られるシステムとして世界に普及させたものである。電卓も日本が小型化に成功して世界中の家庭に普及させたハイテク技術である。その価格は40年間で50万円から1000円と、五百分の一に下がった。これらは、巨大なものを極小化するのが好きな日本文化の特質が世界を幸せにした例だ。今世界中で使われているクオーツ腕時計も、世界に先駆けて日本で商品化された技術だ。
「歌に対する人類の夢を具現化した機械・カラオケは、その誕生から30年を経ずして全世界に普及した。世のさまざまな文化流行を見ても、これほど短期間に、これほど広範囲に普及を見たものは他に類をみない。」‥‥これはロンドン大学の研究者が書いた『カラオケ化する世界』の中の文章だという。カラオケは、日本人が自分たちの娯楽として楽しんでいた技術と文化だが、それが今や世界中の人々を楽しませていることは、誰もが知っている。
インスタントラーメンが日本で開発され、やげて新しい食文化として世界に広まったことも、日本人の誰もが知っている事実だ。世界ラーメン協会の推計によるると、2009年に世界で食べられたインスタントラーメンは915億個で、その国別トップは中国の409億個、ついでインドネシアの139億個、日本53億個、ベトナム43億個、アメリカ41億個と続くそうだ。これと同様に人類の食生活を変えた食品に、レトルト食品や冷凍食品があるが、これらも日本が世界に先駆けて家庭用品として産業化に成功したものだという。これらと、寿司などに代表される最近の和食ブームとを考え合わせると、世界の食生活に与えた日本の影響はかなり大きい。(『人類を幸せにする国・日本(祥伝社新書218)』)
これまで挙げたのはほんの数例に過ぎないが、日本で開発された製品が世界中の人々の生活に大きな影響を与えている例は、他にも数多い。もちろん日本人は、こうした事実をある程度自覚しており、その自覚が、これまで二千年の長きにわたって、海外の高度文明をひたすら学び続けるばかりだった日本人の「辺境人」根性に変化をもたらしていないと見るのはかなり不自然だ。
ところで、日本発の文化で、近年世界中の若者に大きな影響を与え始めたのは、言うまでもなくマンガやアニメに代表される日本のポップカルチャーだ。なぜ、どのように影響を与えているのかについては、このブログのカテゴリー「マンガ・アニメの発信力の理由」でかなり取り上げてきた。次回はこの、カテゴリーの中に載せてきた記事の一覧を作成したい。そのうえで次々回は、今回のテーマに沿ったかたちで「マンガ・アニメの発信力」について考えたい。
《関連図書》
『欲しがらない若者たち(日経プレミアシリーズ)』
『ニッポン若者論 よさこい、キャバクラ、地元志向 (ちくま文庫)』
『論集・日本文化〈1〉日本文化の構造 (1972年) (講談社現代新書)』
《関連記事》
★若者の文化的「鎖国」が始まった?今後の計画など(1)
★日本人はなぜアメリカを憎まなかったのか?(1)
★日本人はなぜアメリカを憎まなかったのか?(2)
★日本人が日本を愛せない理由(1)
★日本人が日本を愛せない理由(2)
★日本人が日本を愛せない理由(3)
★日本人が日本を愛せない理由(4)
★クールジャパンに関連する本02
(『欲しがらない若者たち(日経プレミアシリーズ)』の短評を掲載している。)
しかし日本人は、内田が言うような意味での「辺境人」の性癖から脱しつつある。日本は今、そのような大きな時代変化の中にあり、その変化の大きさは、かつての圧倒的な唐文明の影響から脱して、自分たちに独自の文化を築いていった時代の変化に匹敵する、というのが私の主張である。
その理由の一つは、『日本辺境論』をこえて(5)ですでに論じた。要約すれば、明治以来、西欧文明を学び続けた日本は、多くの分野で「師」に追いつき、いくつかの分野では「師」を超え始めた。西欧への劣等感というフィルターから自由に、その事実をありのままに受容できる世代が出現し始めたのである。西欧を「師」と仰ぎ、自分たちを無条件にその「弟子」とする劣等感から解放されるということは、自らを「辺境人」と卑下する傾向からの解放でもある。そのような日本人の意識変化は、おそらく明治時代以来初めてのことなのである。
日本人が今、大きな意識変化を経験しつつあると言える他の理由を考えよう。それは、日本文化の発信力にかかわる。日本文化は、「師」に追いついただけではなく、今かなり広範な影響力を世界に及ぼしつつある。そのようなことは日本史上初めてであり、この事実が人々の意識に変化を与え始めたのである。
2)その影響力はまず、科学技術と深く結びついたところで生まれた。たとえば新幹線である。時代の主役が自動車や飛行機に移りつつあった時代に、日本の技術者たちの辛苦と英知によって実現した新幹線は、世界中の交通システムに影響を与えた。高速鉄道システムはアメリカはじめ世界中で、安全で環境にやさしい輸送システムとして再評価されつつある。時代遅れになると見れれていた高速鉄道が、日本の新幹線の成功によって地球環境時代の旗手として息を吹き返したのだ。
このように日本の科学技術が、文化的な発信力をともなって世界の人々の生活を変えていった例はかなり多い。ホームビデオは、日本人が業務用の巨大なビデオを小型化し、家庭で見られるシステムとして世界に普及させたものである。電卓も日本が小型化に成功して世界中の家庭に普及させたハイテク技術である。その価格は40年間で50万円から1000円と、五百分の一に下がった。これらは、巨大なものを極小化するのが好きな日本文化の特質が世界を幸せにした例だ。今世界中で使われているクオーツ腕時計も、世界に先駆けて日本で商品化された技術だ。
「歌に対する人類の夢を具現化した機械・カラオケは、その誕生から30年を経ずして全世界に普及した。世のさまざまな文化流行を見ても、これほど短期間に、これほど広範囲に普及を見たものは他に類をみない。」‥‥これはロンドン大学の研究者が書いた『カラオケ化する世界』の中の文章だという。カラオケは、日本人が自分たちの娯楽として楽しんでいた技術と文化だが、それが今や世界中の人々を楽しませていることは、誰もが知っている。
インスタントラーメンが日本で開発され、やげて新しい食文化として世界に広まったことも、日本人の誰もが知っている事実だ。世界ラーメン協会の推計によるると、2009年に世界で食べられたインスタントラーメンは915億個で、その国別トップは中国の409億個、ついでインドネシアの139億個、日本53億個、ベトナム43億個、アメリカ41億個と続くそうだ。これと同様に人類の食生活を変えた食品に、レトルト食品や冷凍食品があるが、これらも日本が世界に先駆けて家庭用品として産業化に成功したものだという。これらと、寿司などに代表される最近の和食ブームとを考え合わせると、世界の食生活に与えた日本の影響はかなり大きい。(『人類を幸せにする国・日本(祥伝社新書218)』)
これまで挙げたのはほんの数例に過ぎないが、日本で開発された製品が世界中の人々の生活に大きな影響を与えている例は、他にも数多い。もちろん日本人は、こうした事実をある程度自覚しており、その自覚が、これまで二千年の長きにわたって、海外の高度文明をひたすら学び続けるばかりだった日本人の「辺境人」根性に変化をもたらしていないと見るのはかなり不自然だ。
ところで、日本発の文化で、近年世界中の若者に大きな影響を与え始めたのは、言うまでもなくマンガやアニメに代表される日本のポップカルチャーだ。なぜ、どのように影響を与えているのかについては、このブログのカテゴリー「マンガ・アニメの発信力の理由」でかなり取り上げてきた。次回はこの、カテゴリーの中に載せてきた記事の一覧を作成したい。そのうえで次々回は、今回のテーマに沿ったかたちで「マンガ・アニメの発信力」について考えたい。
《関連図書》
『欲しがらない若者たち(日経プレミアシリーズ)』
『ニッポン若者論 よさこい、キャバクラ、地元志向 (ちくま文庫)』
『論集・日本文化〈1〉日本文化の構造 (1972年) (講談社現代新書)』
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★日本人が日本を愛せない理由(3)
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★クールジャパンに関連する本02
(『欲しがらない若者たち(日経プレミアシリーズ)』の短評を掲載している。)