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2025年1月23日 アップデイト

2025年01月23日 | 風の旅人日乗



国内某所で
自律型ブイの心臓部
オートパイロット機能の
アップデイト作業

自律はとても大切だ


寒いながらも穏やかな天気の下
ていねいに 楽しく 作業を進める

本日の地道な仕事も含めて
新しいシーズンに向けて
あれやこれや
緊張感を持って準備を始めている

そろそろ始まる新しいシーズン
真剣勝負で
全力で
突っ走ろうと思う





2025年1月22日 部活指導で東京通い

2025年01月22日 | 風の旅人日乗
東京都港区の小中一貫校の
セーリングヨット部指導のために
毎週水曜日は
東京まで電車で通勤

本日
その通勤中に読んでる本がこれ

ニュージーランドでの生活の
あるあるが
とても品があって読みやすい文章で
書かれている

この本を読んで初めて知ったことがあって
それは
猫のおしっこ避けとされて
庭やブロック塀の上に置かれているのを
よく見かける
水を満たしたペットボトルの謎

水のキラキラが
猫の尿意に
何かしらの影響を与えているのかと
思っていたが
そうではないらしい

それは40年ほど前の
ニュージーランドの4月1日の午前中のこと

ラジオ番組に出ていた人気庭師が
エイプリルフールの冗談として
庭に水入りペットボトルを置くと
猫がおしっこをしなくなると
リスナーを騙した

それが真に受けられて
海外にも伝わってしまったのだそうだ

今日も
逗子までの歩きの道すがら
おしゃれに手入れされた芝生の庭に
太陽光をキラキラと反射させている
水入りの大きなペットボトルを
点々と並べているお宅を見たばかり

世の中には
こういうものや こういうことが
たくさんあるんだろうな


  




2025年1月19日 雨中散歩

2025年01月19日 | 風の旅人日乗
午前中
来週の九州出張の
飛行機とレンタカーの手配
そして
ヨット専門誌の担当ページの校正

午後
歩き始める
森戸海岸を通って

逗子海岸を歩き
そこから披露山に登る


山頂で雨が強くなり
雨宿り


猿を見て楽しんでいたら
雨が嫌いらしく
宿舎に入ってしまう

なかなか雨が止まないので
濡れながら歩くことにする

小坪に降りて
逗子マリーナの裏を通って
材木座海岸に降りる


おー
カブト蟹の甲羅


小学生の頃
博多湾の百道海水浴場の波打ち際で
平たい石だと思って
その上に立っていたら
それが動き始めてびっくり仰天して以来の
カブト蟹

相模湾にもいるんだな

材木座海岸から由比ヶ浜まで通しで歩き
また滑川まで戻って
鶴岡八幡宮の参道を北上する

その途中でたまらなく腹が減ってきて
回転寿司店に飛び込んで
寿司をつまむ

体調が悪かったのかなんなのか
あれこれ頂いた中で
お茶が一番美味しかった

鶴岡八幡宮の傍を通って
報国寺に抜けて
ハイランドを超えて
逗子の久木に降りて

線路脇の道を歩いて
長柄の交差点を抜けて
森戸海岸に出る

約20キロの雨中散歩


2025年1月18日 スクール打ち合わせと孤独のグルメ

2025年01月18日 | 風の旅人日乗
午前中
佐島マリーナホテルのロビーで
佐島オフショアセーリングスクールの
個人レッスンの新しい生徒さんに
目標設定とカリキュラムを決めるための
インタビュー

レッスンで使うヨットも見せて
イメージを膨らませていただく

すごく前向きの若い生徒さん

レッスンを始めるのが
今から楽しみ

夕方
コースカに映画を観に行く






劇場版 孤独のグルメ

すご〜く面白かった

帰りにヒレカツ定食

すご〜く美味しかった

2025年1月16日 渚橋カフェ 東京湾

2025年01月16日 | 風の旅人日乗
午前中
渚橋カフェで
佐島オフショアセーリングスクールの
個人レッスンを3月から受講される
生徒さんにインタビュー

横浜市で開業している歯医者さん
ご希望と現在の力量を加味して
レッスンカリキュラムを決めていく

葉山マリーナのヘリーハンセンに
お連れして必要最小限のアウターとライフジャケット購入のお手伝い

午後
東京湾側の港の中の倉庫に行って
自律型ブイのソフトのアップデイト作業を
一人黙々と

この季節は東京湾も海水の透明度が高く
魚も見える

きれいな水の海を見ると
心も晴れる







2025年1月15日 東京港空中横断

2025年01月15日 | 風の旅人日乗
週に一度の
お台場学園セーリングヨット部監督業

いつものように葉山から逗子と
品川からお台場のレグを歩く

往復で歩行距離は
トータル17キロくらい

品川とお台場の間は東京港上空を歩く


この日は
行きは南からの強風
帰りは北からの強風で
かなりの寒さだった

春と秋は
レインボーブリッジ歩行路は
それなりの人気だけど
夏と冬は
暑さと寒さで
人通りがほとんどなくなる

日の短い冬は
品川方面への帰りは
夜景を楽しむこともできる

ただし
冬の季節の渡り始めのタイムリミットは
17:30だから気を付けること

18:00には対岸に渡り終えて
退場するようにとされている


寒いけど
人通りがほとんどない冬の
港湾横断空中ウォークは
夜景を楽しみつつ
考えごとに浸るには最高

2025年1月11日 歩く

2025年01月11日 | 風の旅人日乗


Photo by Kazuhisa Matsumoto/Kazi

朝から雑用を済ませた11時過ぎ

仕事上の悩みごとを解決するアイデアを探すための
考えごとにじっくり時間を掛けたくて
長い散歩に出る

長い散歩に備えて
魚肉ソーセージ2本とりんごと水を持つ

観光のクルマと人たちの邪魔にならないよう
裏道を通って長柄の交差点に出て
裏道を通って桜山を越える

そこからまた裏道を通って田越川を渡り
JR横須賀線の線路も渡って

池子の米軍住宅手前を右折して
京浜急行逗子線に沿って歩いて
逗子中学を越え

路肩に余裕がなくて歩くのがちょっと怖い池子トンネルを抜けて
六浦霊園を越え

京急六浦駅を越えて
侍従川を渡って原宿六浦道路に出てから左に曲がる

ここは鎌倉時代は六浦路と呼ばれていたらしい
現在「むつうら」と呼ばれている六浦は
当時は「むつら」と呼ばれていたらしい
なので六浦路は「むつらみち」というのだそうだ

途中のコンビニでトイレを貸してもらってから
朝夷奈切通(あさいなきりどおし)へと脇道を左に入る





この切通はかなり悪路だ
特に分水嶺を越えて鎌倉側に下る側は
湧水で常に濡れていて足を滑らせないかとビビる

鎌倉時代は六浦と鎌倉幕府を繋ぐ重要な道だった
ということは知っていたが
昭和31年に朝比奈峠に新道が開通するまでは
なんと700年もこの切通が唯一の道筋だったのだという
鎌倉への下りで
どれだけたくさんの人が滑って転んだことだろう

切通の途中から湧き出て道を濡らしていた水は
そのまま川になって大刀洗川になる

この川で洗った太刀の汚れとは
たぶん人を斬ったあとの血糊だと思われ
当時のその状況を想像しながら
ビビりつつ歩く

そのまま鎌倉中心地まで裏道を歩く

非常食を食べ終わって腹が減ったので
大新でラーメン食べよかなと店の前まで行ったら
17時まで休憩中との張り紙

二軒か三軒となりの
美味しいフォーの店を覗いたら
美味しそうに食事中のお客さんたちで満席

美味しいよねー
分かります

仕方なく参道をそのまま由比ヶ浜近くまで下って
消防署の手前を左折して材木座の裏道に入り

逗子マリーナ手前のトンネルの手前を左に折れて坂を登って
ここも怖めの狭いトンネルを抜ける

そこから小坪と新宿の裏道を通って逗子海岸に出る

逗子海岸を通り抜けて渚橋から海岸通りに出て
長い長柄トンネルを抜けて
また裏道を通って森戸海岸に出たら

今年11回めの日没のあとでした



書いてても長い散歩だったが
歩いていても長い散歩だった

仕事上の悩みごと解決のアイデアは
いくつか出てきたけど

スーパーアイデアの閃きには
もう何回かは
こんな散歩が必要かもしれない


2025年1月9日 Figaro Beneteau 3

2025年01月09日 | 風の旅人日乗
昨年10月30日に相模湾でテストセーリングした
Figaro Beneteau 3 のセーリング写真を何枚か

まるで
カスタムのワンオフ・レーシングヨットのような
徹底的に造り込まれているヨットだった

フォイルが生み出す動的復元力に感動もした

写真はすべて松本和久氏撮影 提供舵社

撮影:松本和久氏 提供:舵社

撮影:松本和久氏 提供:舵社

撮影:松本和久氏 提供:舵社



2025年1月8日 飛鳥山

2025年01月08日 | 風の旅人日乗
主治医に諸々チェックしてもらいに東京まで出たついでに
年末にテレビで観た4000年前のカヌーを見ようと

飛鳥山まで足をのばす


かなり高度な造船技術で造られているように見える



これほど細くて丸い断面の船を乗りこなすのは
かなりの腕前の乗り手だったことだろう

しかし舟の紹介文を読んでも約4000年前のものという以外は
詳細は何も分からない

葉山までの帰り道が とても遠く感じた



2025年1月6日 竹寺

2025年01月06日 | 風の旅人日乗
葉山から歩いて鎌倉まで墓参り

逗子でJRの線路を渡って
住宅街を通り抜けて山道へと分け入る


藪の中に
誰が置いたか こういう看板がある

誰にも会うことなく静かな山道を歩く

人だらけで大変なことになっているに違いない鶴岡八幡宮と違って
竹林が美しい報国寺の人影はまばら

朝の光に苔がとても綺麗に輝く


台湾かららしい人たちが熱心に見ていた鐘楼の正月飾り


お墓参りの後
頼朝の墓所跡で一休みしてから葉山に戻る

2025年1月5日 デイヴィッド・バーンズ David Barns

2025年01月05日 | 風の旅人日乗
ヨット雑誌の連載記事を書くための調べ物をしていたら
懐かしい名前に遭遇した


David Barns

ぼくがプロセーラーを目指して
初めてニュージーランドに渡ったのは1983年2月のこと

ランギトト島が目の前に見えるタカプナビーチに行くと
1981年にワールドを制したデイヴィッドとハーミッシュや
クリス・ディクソンとやジョーィ・アレンや 
マーリィ・ジョーンズやピーター・エバンスたちが乗る470艇群が
平日は夕方から 週末は朝から
練習に明け暮れていた

その後デイヴィッドとハーミッシュは
その年(1983年)と1984年の世界選手権も制したのだった


David Barnes (helm) Hamish Willcox (crew) on their way to winning the 1984 470 World Championship. They won three world 470 titles 1981-1984 and placed third in the other in that era © PJ Montgomery / Sail-world

デイヴィッドは 
複数回のアメリカズカップにも関わった

1987年のアメリカズカップへのNZの初挑戦では
控えのスキッパーに耐えたが

その年の北半球の夏には
12m級世界選手権でNZ代表艇のスキッパーになり
日本の小林正和氏が率いるベンガルとの大接戦を制して
優勝を勝ち取った


その翌年には
今もオークランド海洋博物館の入り口に展示されている
Kボートのスキッパーとしてアメリカズカップに挑戦した

©️Guy Gurney

デイヴィッドはその後 多発性硬化症という難病に冒されたが
偶然にも同じ病に罹ったリチャード・ドッドソンとともに
セーリングを続けた

David Barnes and Rick Dodson, former America's Cup sailors who suffer from MS and are part of the New Zealand Sailing team in Kinsale for the IFDS World Championships - photo © Michael Mac Sweeney / Provision / Sail-world NZ


ぼくがデイヴィッドと最後に話したのは
確か2003年前後のことだったが
いつも羨ましいくらい穏やかで
大尊敬するセーラーであり人間だった

デイヴィッド・バーンズは
2020年10月に亡くなった。



2025年1月4日 恩ある場所

2025年01月04日 | 風の旅人日乗
月刊Kazi誌に不定期連載中の
Kazu Impression 

昨年10月に試乗した
Figaro Beneteau 3の
セーリングインプレッションを
本日発売の2025年2月号に書いた

Amazon

フォイルを備えた世界で初めての
ワンデザインキールボート


Photo by Kazuhisa Matsumoto / Kazi

フォイルが生み出す復元力の
不思議な感覚が刺激的だった


Photo by Kazuhisa Matsumoto / Kazi

フォイルとセーリングの相性は抜群だと
改めて思う試乗になった