今日は12月25日、世界中のほとんどがキリストの生誕を祝い、子供はサンタクロースからのプレゼントを待ちわびていたはずです。
ぼくはこの日、誕生しました。遠くにいる友人が電話で祝ってくれたとき、ぼくが「だからキリストみたいな顔をしているんだよ」と冗談を言うと、彼も負けてはおらず「そんなアホな・・・」と言い返してきていました。
こんな冗談の通じる仲間の一人なんです。楽しい会話をしました。朝からラジオを聴いていると、まだクリスマス・ソングが流れています。新しいバージョンのものもあれば、昔から歌われていた曲も流れていて、そんな気分にさせてくれます。
子供のころ、別にクリスチャンでもない家庭に育った家族や父の友人たちが、我が家に来て、クリスマスのお祝いと、ぼくの誕生日もかねてたくさんのケーキのプレゼントをいただいたことを懐かしく思い出します。
けれどもそれ以後、あまりケーキをいただかなくなりました。高齢者になったいま、健康上の理由もあってか、さらにケーキを口にすることを遠慮しがちです。
ぼくは20歳のときにキリスト教に目覚め、洗礼を受けました。以後毎年この時期になると教会の礼拝に出て、キリストの生誕のお祝いに預かってきました。
町や放送から流れるクリスマス賛美歌と教会で歌う賛美歌と、また感慨が違います。とりわけ賛美歌を作られる創作者の思いを知ると、さらに深く味わうことができます。
”きよしこの夜”は1818年オーストリアのヨゼフ・モールが作詞し、フランツ・グルーバーが作曲したという記録が残っていて、今もこの国の郊外にある静かな町に教会があり、礼拝がもたれているということも知りました。
今、歌われている日本語訳は、1909年に東京東中野教会の牧師をしていた由木 康という方によって披露されました。多少、教会で歌う賛美歌と街で歌われるのと、歌詞が違っていますが、とにかく誰であれ、誕生日を迎えるということはうれしいことですし、静かな中にも大いに楽しみたいものです。
残り少ない時間、よいクリスマスを!
やさしいタイガー
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